第一章23 『ケリュケイオン』
凪は背伸びをする。
「いやあ。これでやっと異世界って感じがするね」
俺はうなずく。
「うん。気分が変わるね!」
「はい。あたしも本当にこの世界の魔法使いになった気分です!」
と、鈴ちゃんも明るく言った。
凪は肩をすくめて、
「だろうね。二人共、それだけ目立つ恰好してんだ、気分も変わるさ。ははっ」
ぐ。俺と鈴ちゃんは一瞬言葉を失った。二人共、乗せられるままに買ってしまったのだ。いくら似合ってると言われても、凪がいまのセリフを一ミリも悪気なく言ってても、ちょっと恥ずかしいのである。
逸美ちゃんはそんな俺と鈴ちゃんにもニコニコ笑顔で、
「そうよね。二人共人目を惹くくらいに似合っててステキよ。二人共とっても可愛い」
本心で褒めてくれているから、余計に俺と鈴ちゃんは口を閉じるしかなかった。
それから。
俺たちは武器屋へ行った。
俺が剣を、逸美ちゃんが杖を、それぞれ入手するためだ。鈴ちゃんは箒以外にもなにかお手頃な武器があれば買う予定で、凪はなにかおもしろそうなものがないか探す。
ただし、俺は残りのゴールドが少なかったため、見栄えだけ意識して見た目だけ悪くなさそうな適当な物にしておいた。
逸美ちゃんは、《癒しの杖》という、先がかぎ状にくるりと丸くなった白い杖にした。杖を装備すれば呪文を唱えるだけで《ヒール》という回復魔法が使えるそうだ。しかし、《癒しの杖》をメニューのアイテムに戻すと、その魔法が使えなくなる。店主に聞いたところ、武器依存の魔法は、装備しないと使えないそうだ。
武器屋を出ると、鈴ちゃんが大きな鎌を持っていた。
「あ。鈴ちゃん、武器は鎌にしたんだ」
「はい。あたしも物理攻撃用になにかないかと見ていたら、ちょうど持っているお金で買える鎌があったんです。値段に比べていい物だってお店の人が言っていたのでつい」
「いい感じね~」
「うん、いいと思う」
逸美ちゃんと俺に言われて、鈴ちゃんは照れたように鎌を構えた。
「《氷晶の鎌》です」
《氷晶の鎌》は、長さ一メートルくらいある柄に、大きな刃がついている。また、この刃の部分には、水色の水晶みたいな物が埋め込まれていた。魔女姿との相性もなかなかいい。
「《牡丹雪》と《氷河を刈る鎌》という技も使えるようになりました。魔法のおまけつきです」
「わたしといっしょね」
と、逸美ちゃんが微笑む。
しかし《牡丹雪》はそれほど強力ではなさそうだけれど《氷河を刈る鎌》のほうはかなり強そうだ。必殺技と呼べる代物である気がする。鈴ちゃんも序盤からいい武器を手に入れたものだ。
「ごめん、みんな。遅くなったー」
遅れてやってきた凪を見て、俺は気になって聞いた。
「凪、どうして杖なんか持ってるの? 買った?」
ゴールドならさっき使い切ったはずなのに。
「ああ、これかい?」
凪が手に持っている杖、それには見覚えがない。店にも置いてなかったはずだ。頭の部分には澄んだ青色をした水晶のような物があり、また、そこから左右に羽がついている。杖全体は金色で、二匹の蛇が絡まったようにまきついたデザイン。鈴ちゃんにしろ凪にしろ、かなりよさげな物をゲットしてすごいな。
凪は俺に杖を見せる。
「さっき店内を見て歩いていたらもらったんだ」
「誰に?」
「さあ。ぼくと同じくらいの年の男の子だよ」
よくわからないけど、NPCではないらしい。まあ、もらえる物はもらっておけばいいか。
すると、逸美ちゃんがこの杖に反応した。
「この杖、《ケリュケイオン》みたいね」
「うん。そう書いてあったよ。これは《ケリュケイオン》さ」
と、凪が答える。
「《ケリュケイオン》?」
俺が繰り返すと、逸美ちゃんが教えてくれた。
「ギリシャ神話でヘルメスが持っている杖よ。現在では商業や交通のシンボルになることが多いの。水星の惑星記号の元にもなっているわね。また、ヘルメスにそれをくれたのが、アポロン」
さすが《知識の泉》と言われるほどに卓抜した知識量を有しているだけある。所長以外で逸美ちゃんクラスに知識を持つ人を俺は知らない。
おもしろい神話の話に、俺は相槌を打つ。
「RPGには、神話をモチーフにしたアイテムって多いからね」
その杖が実際に商業や交通における付加効果があればいいけど、持つのが凪じゃ期待薄か。
「アポロンくんがくれたのか。ふむ」
嬉しそうに《ケリュケイオン》を眺める凪に、逸美ちゃんが解説を加えた。
「ちなみに、アポロンはオリュンポス十二神の一柱で、芸能・芸術の神なの。そして――光明神であったため、太陽神ヘリオスと同一視されているわ」
「もし先輩にそれをあげた人が本当の太陽神だったらすごいですよね」
感嘆する鈴ちゃんに続けて、俺もこの点について、
「凪だけステータス低いし、それくらいのボーナスがあっても許されそうだよね」
「ですね」
と、俺と鈴ちゃんは笑った。
けど、凪はまだ《ケリュケイオン》を嬉しそうに眺めていた。
「これはぼくの、魔法の杖だ」




