第四章57 『凪の翼』
飛ばせるためには、二つの魔法が必要になる。
《跳ぶ翼》
《導く翼》
特に、要は《導く翼》。
「俺が足場を作り、空へと導く。上空に到達したら、真下のゴーレムに向かって《真空波》を打て。俺の《光弾》を掛け合わせる。合体魔法はまだ試したことないけど、唱えるのを忘れるなよ」
「オーケー。ぼくは開を信じてまっすぐ飛び、まっすぐ魔法を放つ」
よし。
俺は凪の背中に手をやって、
「まずはゴーレムに向かって、左足で踏み切って《跳ぶ翼》。ティラコ上空にて、俺が作った足場に右足をかけ飛び上がり、ワンツーのリズムで今度は左足でジャンプ」
「わかった。任せておけよ、相棒」
むしろ、難しいのは俺の役割だからな。
凪はゴーレムを見据えて、
「《英華発外》」
自身の魔力を3倍に高める魔法を唱える。
「《神機妙算》」
俺も自身の魔力を2倍にし、さらに「《魔力上昇応援》」で凪の魔力を2倍にした。
「行ってこい」
俺が背中を押す。
チラ、と作哉くんとノノちゃん、そして花音が俺と凪を振り返った。
ティラコも遅れて振り返った。
俺がうなずいてみせ、三人と一匹もうなずき返す。
「《跳ぶ翼》」
「《クラック》」
凪は前方に跳んだ。
まるで疾風。
《跳ぶ翼》は、凪の靴の翼によって発動する魔法。一息に高く跳ぶことができる。
試したところ、垂直に10メートルジャンプ可能。
ただし、まっすぐにしか跳べない。
上空以外へ跳ぶ場合は、重力の関係で跳べる距離が伸び、スピードも変わらない。
正確に速度を計る術を持たないが、かなりの速さだ。
だが。
凪と同じタイミングで、ゴーレムは凪に向けて攻撃魔法を唱えていた。
花音たちが振り返ったことで〝俺と凪〟への警戒が優先されたのか?
二人の魔法の発動は完全に同時。
大地を魔法の刃が走りだす。
この展開はまずい。
凪は斜め上に向かって直線的に移動しているが、《クラック》の攻撃範囲を考えると、凪の高さがギリギリで足りない。
このままだと、魔法の刃が凪に直撃する。
《跳ぶ翼》と《クラック》の初動を見てそこまで考えた俺だったが――。
その瞬間、作哉くんが技名を声に出して、魔法技を繰り出した。
「《会心の一撃》」
このタイミングは、凪とゴーレムの詠唱を聞いてから対応したものじゃない。
作哉くんの勝負勘が告げた時機っていうのは、ここだったのか!
俺たちの作戦が決まってから唱えてもよかったはずの《一騎当千》を先に発動していたのは、このためだった。
先刻、《クラック》を阻止できなかったその槍は、いまは攻撃魔法をまとい、加えて攻撃力上昇の効果も乗っている。
「ヅァァア!」
作哉くんの《巨人の槍》が鋭く、力強く突き出される。
案に違わず。
魔法の刃と衝突した超火力の《会心の一撃》は、作哉くんの勝負勘が示した通りの結果となって《クラック》を相殺した。
もしも作哉くんの勝負勘がなかったら。
作戦は失敗していたかもしれない。
もっと言えば、凪がゲームオーバーになっていた可能性すらあった。
ありがとう作哉くん。
おかげで、凪の道が開けた。
一方の凪はというと。
終始、《クラック》の刃に対処しようとする様子を一切見せないまま、まっすぐ前だけを見ていた。来るべきタイミングを見逃さないための、恐ろしいほどの集中力だ。
そして。
一瞬で、凪はティラコの上空に立つ。
ゴーレムもそちらに注意が向くが、目前にいる作哉くんとノノちゃんへの用心は忘れない。特に作哉くんは、たったいま途轍もない威力の攻撃を見せたばかり。警戒を解けるわけがないだろう。
対して俺は、凪がティラコの上空にくる瞬間に合わせるように、魔法を唱えていた。
「《導く翼》、《導く翼》」
この《導く翼》は、凪の帽子の翼による魔法。
風と空気の力で壁を作り、接触した者を突風が押し出し導くことで、方向転換が可能。
つまり、空気の壁が足場になる。
足場は同時に二枚まで出現させることができる。二枚目を出現させるときは、《導く翼》と唱える必要がある。
しかも、《導く翼》を使うと加速度がつく。
約1・1倍のスピードアップ。
ただし、《導く翼》もまっすぐにしか跳べない。
この空気の壁で跳ね返ることができるのは、術者とパーティーメンバーのみ。
だが。
その空気の壁は、術者しか視認できない。
ここが、この魔法の厄介なところ。そのせいで、誰も簡単には恩恵を受けられなくなっている。
現状では、凪の魔法《導く翼》は、俺の《マビノギオン》の《借りる》機能によって俺が借り受けた。
だから、俺が使用する間、凪は《導く翼》が使えなくなる。
さらに、術者は凪でなく俺になるため、凪は《導く翼》による空気の壁を見ることができず、見えない足場を跳ばねばならない。
これは、完全な信頼関係がなくてはできない技。
「跳べ! 凪!」
俺は人差し指で、ビシッと上空を指差した。
果たして――
凪は、俺の作った足場に、ジャストに足をかけ、跳んだ。
よし。
そして、先程の足場が消えた。
《導く翼》による空気の壁は、一度使用すると消失する。
もう一枚出した壁に、凪はもう足をかけていた。
あいつ、本当に見えていないのか?
実は見えているんじゃないのか?
そう思うほど、正確に、ピンポイントに、凪は足をかけて跳んだ。
これにより。
上空が、凪の支配下になった。