第一章10 『妖精の案内』
妖精コルナの自己紹介に、俺と逸美ちゃんと鈴ちゃんが「よろしくお願いします」と挨拶を返した。
凪は飄々とコルナに聞いた。
「ぼくたちを迎えに来たって、どういうことだい?」
コルナは淡々と答える。
「向こうの世界では、ついに魔王が封印から解かれ、悪い魔物が存在するようになりました。魔王はいまも刻々と力を取り戻していっています。ですから、魔王を封印してくださる勇者として、わたしはこの世界まであなた方を迎えにきました」
なるほど。そういう設定か。だから、現実世界のような場所からスタートだったんだ。
コルナはさらりと言う。
「余談ですが、物語は、リアリティーを重視して、プレイヤーのおなじみの場所から始まるのです。今回は鳴沢様ご一行ということで、この探偵事務所から始まります」
この説明……やっぱり、ここはもう、ゲームの中なんだ。
俺はなんだか急に身構えてしまう。俺が感じているソファーに座っている感覚や、見えている風景、聞こえる音は、すべてコンピュータが作り出したものなのだ。現実とはなにも変わらないのに……!
凪がひとりごちる。
「この妖精、コルナちゃんは、チュートリアルの説明キャラだね」
本来なら、本人のいる前じゃ失礼だ、とか言う俺だけど、これはゲームの中。この妖精はコンピュータが作ったキャラクター。つまりNPCなのである。
「なるほど」
と納得する鈴ちゃん。
いや、しかし。
こうして目の前に現れると、まるで本当に妖精がいるみたいだ。
現実世界に妖精が現れるという、おもしろい演出だ。
没入感を高めてくれる。
コルナが言った。
「さっそくですが、あなた方にはこれからこの現実世界から抜け出し、新たな世界へと旅立ってもらいたいのです」
「新たな世界?」
鈴ちゃんが首をかしげる。凪は横から教える。
「ここで言う現実世界はこの場所、新たな世界っていうのは冒険する世界のこと。ここが現実世界そっくりなのも、より自分が仮想世界へ飛び込むっていう感じを出すための演出だよ」
「先輩詳しいですね」
「まあ、これくらいはね」
コルナは人さし指を立てる。
「さて、新たな世界へと旅立つ前に、一つやっておいてもらいたいことがあります」
「やっておいてもらいたいこと?」
俺がそのまま言葉を繰り返すと、コルナはうなずいた。
「あなた方のプロフィールを教えていただきたいのです」
「プロフィールか」
「はい。お名前だけで結構です」
そう言って、コルナは口を閉じた。
すると、俺たちの頭上一、二メートルのところから、窓が現れた。窓の中には潮戸さんがいる。おそらく、さっき言っていた外とのコンタクトだ。
「みなさん、いま聞かれている名前は、ユーザー名です。他プレイヤーにも見られたりすることもあるので、個人情報の観点から、本名をそのままフルネームで使用するのはあまりおすすめしません。ですが、ユーザー名はご自由に名乗ってください」
「わかりました」
「あと、みなさん四人でパーティーを組ませてもらいました。その辺はまた聞きたくなったら呼んでください。コマンドや魔法なんて必要ないですから。ただ呼びかけてくれたら、あなたたちのプレイ画面を見ている人がいれば反応します」
「はい」
テレビが消えるみたいに、潮戸さんの窓が消えた。こうやって外と簡単にコンタクトを取れるのは便利だな。
潮戸さんが消えるのに合わせて、コルナがカードのようなモノをテーブルに置いた。
「こちらにご記入ください。表記もご自由にどうぞ。これはわたしたちの住むゲーム世界へ行き来するための申請カードです」
そして、どこからともなく羽ペンが四本、テーブルに出現した。
「みんなはどうする?」
俺が聞くと、凪が言った。
「なんでもいいんだよ。どうせぼくたちはそれぞれを名前で呼び合うんだ。下の名前でいいんじゃないかい?」
「それもそうだな」
「表記はどうするんですか? 先輩」
鈴ちゃんに問われて、凪は手を動かしながら答える。
「ぼくは下の名前のローマ字にするよ。特に意味はないけどね」
「じゃああたしも先輩に合わせてみます」
「それならみんな合わせましょうか。わたしもローマ字で書くわ」
ということで、みんなローマ字表記になった。
四人とも書き終わり、コルナは小さな身体でカードを回収して、魔法をかけるようにすると、カードは光って消えた。
「これで準備は整いました。それでは、あの光の中へ」
コルナに示されて、探偵事務所の中に突然――靄のような淡い黄色い光が現れたことに気づく。
「さあ。こちらです」
コルナに導かれて、光の前まできた俺たち。
「勇気を出して飛び込んでください」
鈴ちゃんは腕組して、
「勇気を出してって言われても、あたしまだ心の準備なんて――」
「ほい」
と、凪が鈴ちゃんの背中を押す。
「きゃっ」
鈴ちゃんは凪に押されるままに黄色い光の中へと消えていった。
「鈴ちゃんってば、いっつもいじらしいよね。あはは」
「いじらしいっていうのはこういうときに使う言葉じゃねーよ」
俺も、ポンっと凪の背中を後ろから押した。
「開ったら強引なんだから~。優しくしてって言ったじゃ――」
言い終わらないうちに凪も無事、光の中に入った。
それを見て、「ふう」とひと息。
逸美ちゃんは俺の手を取り、微笑む。
「凪くんも鈴ちゃんもせっかちさんね~。よっぽど楽しみだったのね。ふふっ。さあ、わたしたちも行こっか」
「うん。そうだね」
俺は逸美ちゃんに手を引かれ、いっしょに光の中へと飛び込んだ。




