第四章50 『最奥部』
それにしても。
武器を持たず手ぶらというのも新鮮だ。一応、安物の剣は腰に装備しているけど、まだ一度も使っていない。
戦闘においては、おそらく作哉くんだけで基本的にはなんとかなりそうだし、凪や花音やノノちゃんも心強いことこの上ない。
まだまだモンスターが弱いとはいえ、俺も凪が新たに覚えたという二つの補助魔法の実験も済ませることができるくらいに、戦闘での余裕がある。
が。
凪がふらりと消えて、しばらくしてまた戻ってくる。
「さっきからなにしてるんですか?」
ノノちゃんに聞かれて、凪は笑顔で答える。
「いや~。向こうの様子も気になっただけさ。鈴ちゃんたちはみんな元気だったよ」
「凪さんはやさしいんですね」
俺は、凪に騙されてしまっている純真な少女に教えてやる。
「違うよ、ノノちゃん。凪は歩くのが面倒だから、ちょくちょく街に戻って休憩してるだけだよ」
「げっ」
と、声を漏らし、凪はかぶりを振った。
「違うって。ぼくがそんなずるいことするはずないじゃないか。逸美さんに開の近況の報告をだね……」
「もし報告に行ってたら、鈴ちゃんに文句言われたって俺に言うだろ?」
それに、逸美ちゃんに俺の近況報告なんて始めたら、俺を心配する逸美ちゃんにいちいちいろいろ聞かれて、凪もぐったりするはずだ。
花音はため息をついて、
「そんなことだろうと思った」
「だな。ノノ、情報屋のことは放っておけ。あれでたまに情報も拾ってくるからよ」
呆れつつもそう言う作哉くんである。
ついでに凪も、なぜだかやれやれと肩をすくめた。
「しょうがない。ちゃんと行ってきてやるか。逸美さんも開のこと気にかけてるし、ぼくもちょっと思いついたことがある。てことで、《マビノギオン》は借りてくね。じゃ」
「待て、凪」
しかし、俺が呼び止めるのと同時に、凪は「ワープ――鈴ちゃん」と唱えてこの場から消えてしまった。
「まったく、勝手なやつだ」
俺は小さく嘆息した。
約十分後。
凪はパッと俺の目の前に現れた。
「やれやれ。鈴ちゃんにどやされたよ。勝手に大金使って本なんて買うなってさ。本は借金してでも買え、がぼくの信条なのに」
「いきなりそれかよ。怒られるのわかってただろ?」
俺が呆れてそう言っても、凪は堪えた様子もなく、
「逆にマイルズくんは楽しそうに笑ってたよ」
と言って、平然と話題を変える。
「さて。開、これで使えるぜ。全員分の魔法がさ」
「やっぱり書いてきてもらったのか」
《マビノギオン》を持って行ったから、そうしてくると思っていた。
凪は言った。
「ちなみに、鈴ちゃんたちはいま《モスクリフト》を目指して第七階層をのぼっている。だから適度に戦闘もしてるけど、ちょっとくらいなら使っても問題あるまい」
「いや、問題はそこだ。人数が少ない上で戦わなくちゃいけない。急な場面で魔法を使いたくても俺が使っていたらまずい。戦力はこっちのほうが上だし、わざわざ書いてきてもらって悪いけど、俺はこれらの魔法は使わないよ」
「もったいない。でも、三人のためにはいいのか」
と、凪はあっさりとしたもので、頭の後ろで手を組む。
俺は聞いた。
「ところで、マイルズくんの剣って強いのかな? もしそんなに強くない剣を使っているのなら、俺の《天空の剣》を使うように言ってきてくれる?」
「オーケー。とりあえず行ってくるよ。ワープ――鈴ちゃん」
また、凪は消えた。
今度はすぐに戻ってくる。
「マイルズくん、開の《天空の剣》を使うってさ」
「オーケー。マイルズくんも《天空の剣》があればダイヤマンダ相手にも楽に戦える」
凪はうなずく。
「だね。強いモンスターを極力避けながらだった鈴ちゃんたちの歩みは遅かったけど、ここからは進むペースもちょっとは上がるかもね」
「ああ。俺たちも前に進もう」
俺はみんなに呼びかけた。
少し歩くと、より木々が茂ってきた。
モンスターの出現は減っているけど、逆に言えば、モンスターもあまり出ないくらいに深いところまで来たことになる。
《ロンドの山》の最奥部までやってきたのだ。
「ちょっと休憩しない?」
花音が疲れた顔で言ったが、凪が先を指差した。
「見て! なんかあそこ、光が射してる」
木々が茂っているから、太陽の光もあまり届かず、森の中は暗かった。
でも、凪の指差す先は、神聖なほどの光が木々のあいだを抜けて、空からこぼれていた。
俺たちは走った。
その光の元へ到着すると、半径十メートルほどの、木々がない、茶色い地面だけの場所があった。
そこには――
青い柄の剣がひときわ存在感を放って、永く人の立ち入らないこの地に深くその刃を沈めていた。
「これが、《大地の剣》」
幾本の光の柱に照らされた、幻想的なその姿は、一目で特殊な剣だとわかる。
そして、その後ろ――俺たちから見たら、《大地の剣》を挟んだ向こう側に、岩石が積み重なってできた巨大な人形のような、強固な石像のような、大地の化身がそびえていた。
静かに目を閉じたまま、ぴくりとも動かない。
《大地の剣》を守る者。
守護者ゴーレム。