表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

前編『七号館はゴブリンの森に建っている』

短編です。いつもよりは真面目。

「なんでこの大学、七号館を異世界に建ててんだ。ビミョーに行き来しづれぇよ」

「土地が足りなかったから急遽異世界ゲートを作って土地を確保したんだってさ」

「大学なんだからもっと計画的に建てりゃいいのに」





 俺が私立猪飼大学に入学して、二か月ほど経っただろうか。面倒くさい初回講義や教科書集めなどもひと段落。一人暮らしをするため引っ越したアパートも一通り片付け終わり、ようやく本格的な学生生活となりつつあった。だがそれでも面倒くさいと思う部分はいまだ多い。特に治安がまだ少し悪い七号館周辺で授業が行われた日は、その面倒くささはとても高まる。


 友人と共にやって来たのは、大学の中央広場に鎮座する扉。この先は七号館などが建てられているゴブリンの森とつながっている。



「なぁ、トオル」と、友人が俺の名前を呼んでくる。彼はスマホで向こうの天気情報を読んでいた。

「今日の天気予報見たけど、七号館付近ヤバそうだよ。ドラゴンが多いって」

「まじかよ。めんどくせぇ」


 最近ゴブリンの森もようやくアメダスや天気センサーが増えて様々な予報がアプリに届くようになった。いちおう喜ばしい事なのだが、今日の予報は逆に気分の滅入る要素となった。

 現地生物であるドラゴンの襲来は、異世界で時折起こるイベントである。命の危険はないが、ドラゴンに噛まれるとその箇所がめちゃくちゃかゆくなるので非常に心地悪いのが困る。更に噛み跡は肌が荒れるので、女子学生は七号館自体を嫌悪している節がある。蚊の方がまだ可愛い。


「ドラゴンアレルギーって事で、今日は自主休校しようかなー」

 俺は顔を歪ませて冗談めいた一言を友人に放つ。そこそこ不真面目な学生なので、自首休校と言う荒業も選択肢の中に入れている。


 だが友人は似たような行きたくないオーラを出しつつも、俺の意見を否定した。

「社会学はまだしも、今日の異世界学は大事な回だろ? 休んでもレポート書かされるからめんどいよ」

「あー、あの糞ヒゲ講師の授業だもんなー。眠い授業のくせに厳しいからめっちゃ嫌い」


 糞ヒゲ講師は、自分の学科の中でもトップクラスで面倒くさい講師である。出席するのも面倒だが、欠席した方が更に面倒。更に必修科目だから受けない訳にもいかない。あまりにも面倒な授業であるため、新入生すらも一か月だけでその時限をクソ時限と呼んでしまうほどだ。

 ……確かにそんな授業を欠席するとなればそれはそれで物凄く面倒なことになる。俺は馬鹿でかい溜息を吐き、観念して異界の転移扉を開いた。




 扉の先には噴水広場がもう一つあった。ゴブリンの森と日本の転移扉周辺は対となるデザインになっており、景観は良い。その周囲には日本側に建てられた土地より緑が広がっているものの、一目で大学と分かる現代的建造物が立ち並ぶ。俺達が向かう七号館、魔術研究施設の整った二十号館や二十三号館、来年から開く予定のいくつかの工事中施設。デザインや大きさは様々だが、それらの現代的な外観はなぜか自然の木々と調和してとても美しかった。



「ギャオオオオオオオっ!」

 遠くでドラゴンの鳴き声が聞こえる。確かに今日はドラゴンがいつもより多く来そうな感じではある。

 俺は友人に「ドラ除けスプレーある?」と尋ねる。

 異世界との行き来が普通となった今、ドラ除けスプレーは持っておいた方が良いアイテムの一つとなった。俺も初めて日本と森を行き来し始めた時は買いだめしていた物だが……最近は買う事さえない。だって意外と高いもん、あれ。

「……持ってない。かゆみ止めで十分でしょ」

 友人はめんどくさそうにそう答えた。友人も最初はドラゴンを脅威に思っていた者であるが、彼も大学生活に慣れてくるとスプレーを買わなくなった。「日本の蚊がドラゴンよりヒエラルキー高くなるだなんて、大学入って初めて知った」とは彼の談である。



 七号館の自動ドア付近に行くと、そこにドラゴンが大量に集まっていた。中にいる生徒を食べたい、とでも思っているのだろうか。確かに日本で暮らす者はこの世界よりも魔法の素質が高くなるので、食べた時の栄養は現地生物と段違いである。より高みを目指したい高等な生物なら、この七号館を狙いたいとも思うだろう。


「こら、あっち行きなさい! シッシ!」

「ギャオオオオオオオっ!?」


 しかしそのドラゴン達は、大学のパート従業員である清掃おばさんのモップで追い払われた。確かに日本に暮らす者は栄養が高いが、この世界の住民とは能力の差があるため食べる事は不可能だ。ドラゴンは魔力を帯びたドラ除けスプレーやドラゴンコロリをかけるだけで瀕死になるし、モップに当たるだけでも三か月はもがき苦しむ。おばちゃんと戦うのさえ命がけであろう。


 たとえ中に入れたとしても、彼らは基本二分で全滅してしまうと思う。彼らは空気清浄機付きエアコンがある場所に順応していないので、この大学の室内では呼吸ができない。入ってすぐにもがき苦しみ、ドラゴンコロリを持参した生徒によって徹底的にスプレー攻めされてしまうのがオチだ。あいつら、病原菌か何かかな?



「転移扉がここにできた頃まではドラゴン出ただけで騒がれてたらしいよ。順応って怖いよね」

「あいつらも、そろそろ俺達みたいに順応すればいいのに……」



 俺達はドラゴンとおばちゃんが繰り広げる悲惨な状況に大いなる憐れみと恐怖を抱き、ドラゴン達をちょっぴり心の中で応援した。



 ……しかしその後七号館に入った後にはすぐさま「授業だるい」とか「新作ゲーム買った」とかくだらない別の話題へとすり替わるのであった。

 ある意味、俺達は悪しき順応をしすぎたのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ