表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君が僕にくれた宝物  作者: 豊
1/10

~君の笑顔~

この話は高校1年の頃にさかのぼる。


僕の名前は豊。学校での僕の立ち位置は、どこの学校にでもいる少し浮いた存在だ。

仲間内で馴れ合う訳でもなく、女子と仲良くするわけでもない。

クラスメイトの人ですら、僕の名前を知らない人もいる。


そんな僕でも密かな楽しみがあった。それは下校時に他校の特定の女子といつも同じバスに乗ることだ。

彼女は友達と楽しくおしゃべりをしている。僕は彼女の声をBGM代わりにして本を読む。それだけが、僕を学校に行かせる唯一の原動力になっていた。


彼女はいつも駅の1つ前の停留所で降りる。僕は彼女が降りると、イヤホンをして音楽を聴く。そして目を閉じて彼女の今日笑っていた顔を思い浮かべる。これが僕の日課だった。

駅に着くと、サラリーマンや学生・若者でごった返すいつもの日常の風景にうんざりする。

いくつもの路線が集中しているこの駅は騒がしい。雑踏の中で僕は何万人の一人になる。誰も僕には見向きもしない。


誰もが他人を気遣うことなく自分の幸せだけを願ってる。

ケンカをしているカップルやスマホを操作しながら色々な人にぶつかる人、僕はいつもそんな風景を見ながら帰路に着く。


家に帰れば母親の小言。生きる意味を考えると不安で寝れなくなる夜。僕の心の支えは彼女の笑顔だった。

次の日もまたその次の日も彼女は笑っていた。

ある日、いつもの様に彼女を眺めていると、彼女の友人が近寄ってきた。「あのさ、いつもこっちジロジロ見てるけどなに?」僕は唐突な質問にしどろもどろになり、下を見ながら「あ、あの、べ、別に」と答えた。

「キモッ」と小さい声で言うと彼女の友人は戻っていった。

僕はこの場から消え去りたい気持ちを抑えきれずに途中で降りた。


駅からは3つ程手前の停留所でバスは停まる。彼女の友達は僕を気持ち悪い物を見るような目で見ていた。

もうこの時間のバスには乗るのを止めようと心に決めバスを降りた。


溜め息と困惑の中で僕は駅に向かって歩く。けれど、よく考えたらストーカーみたいだよな。確かに気持ち悪いかも、と自問自答していた。


しばらく歩くと、バスの中からでは気が付かなかったが、少し奥に進んだ路地に小さな商店街があった。シャッター街と言えばいいのだろうか。所々のお店はシャッターが降りていて、商店街と呼ぶには少し寂しい感じのする場所だった。


堀田食堂

看板に目を向けふと足を止める。どうせ家に帰っても母親から小言を言われてご飯も美味しく感じないし、ここで食べていこう。僕は店内に入る。

「いらっしゃいー!お好きな席にどうぞ!」短髪のおじいさんがカウンターから声をかける。

客は僕以外に誰もおらず、壁に沢山のメニュー札が掛かっている。

「えっと、サバの味噌煮定食お願いします」カウンターに聞こえるように大きな声で注文する。「はいよ!鯖味噌ね!」おじいさんは元気に復唱する。

僕はセルフの水を取りに席を立つと、店の中から階段を降りる音がする。「おじいちゃん、お客さん?私も手伝うから!」

水を入れていた僕の手が止まる。それは紛れもない彼女の声だった。


「いらっしゃい!今お水を…」僕の顔を見て彼女がハッとする。

僕も彼女の顔を見て驚く。僕はすぐに下を向き、自分の席に座った。彼女はカウンターと僕をチラチラ見ながら立ち尽くしている。

「お待たせしました。鯖の味噌煮定食です」彼女はそういうと僕のテーブルに置いた。

「あ、あの、違うんです…。その、僕はストーカーじゃなくて…」

彼女はその言葉に「友達が変なこと言ってごめんなさい。本当にごめんなさい。もしかして、それを言うためにお店に?」と謝ってくれた。

僕はお店も君も偶然で、家で食事しても母親の小言で美味しくなくてとついつい自分の私生活を説明していた。

「名前なんていうの?私は遥、堀田遥って言います」彼女は微笑んで僕に聞く。


「…。豊、親が心が豊に育つようにって…あまり、その、心は豊に育ってないけど…」恥ずかしさのあまりに自分が何を言っているのかが理解出来ていない。


彼女は微笑んで「そんなことないと思う。だって友達が酷いこと言ったのに豊君は怒らなかったでしょ?それって凄いことだと思うの。」

「い、いや、それは僕が弱くて…、だから、何も言えずに…」

するとカウンターの奥から大きな声で「遥!お客さんの飯が冷めちゃうだろ!」と僕に助け船を出してくれた。

「ごめんない!ゆっくりしていってね!」そういうと彼女はカウンター奥に消えていった。


鯖の味噌煮はとても優しい味がして僕の疲れた心を優しく包み込んでくれた。帰り際、僕がバスの中でいつも本を読んでるから使ってと言って、しおりをくれた。僕は顔を赤くしてお礼を言うと店を出た。


彼女のくれたしおりは優しいラベンダーの匂いが付いていた。僕がラベンダーを好きになったきっかけがこれだった。

基本更新は11時・19時となります。宜しくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ