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一般向けのエッセイ

「ゼルダの伝説 ブレス・オブ・ザ・ワイルド」に感動した話




 一時期、友人が口を開けば「ゼルダの最新作が面白い」と言っていて、(はあ、そんなに面白いなら一度プレイしてみたいな)と思っていた。

 

 この度、友人の協力もあって、「ブレスオブザ・ワイルド」をプレイする事ができた。今、丁度やっている。


 元々、自分はゼルダはスーパーファミコン版と64版をやっていて、「大体ゼルダっていうのはこういうのだよな」という感触は掴んでいた。それはゼルダファンが感じていたのと同じものだと思う。ゼルダというのは人気作であり、いつもクオリティの高い作品を出してきていたし、プロデューサーの宮本茂も、優秀なゲームクリエイターという認識を持っていた。


 さて、そういう過去の流れから、今回の最新作「ブレスオブザ・ワイルド」を見てみると、「こっちの予想を遥かに裏切ってくれた!」という感じだ。もちろん、これはいい意味での話だ。


 では、未プレイの人に「ブレスオブザ・ワイルド」の魅力をどうやって伝えられるか。既プレイの人には「凄いよね」で通じてしまうが、未プレイの人には言葉で伝えにくい。というのも、今作の凄さは言葉に表しにくい凄さだからだ。


                          ※


 思いついた所から始めよう。僕が「ブレスオブザ・ワイルド」(以下、「今作」と呼ぶ)で一番感動したのは、本筋のメインストーリーとは全く違う所にある。


 今作はオープンワールド形式のゲームである。オープンワールドとは今までのように、マップに制限がかかっていて、決められた筋道をたどるのではない、広大なマップを自分の思うままにプレイできるゲームの事だ。自分でどこに行きたいのか、自分で決める事ができるし、自分の冒険したいように冒険できる。とはいえ、本筋のメインストーリーが存在しないわけではなく、各所に存在する。今作のゼルダの場合は、プレイヤーがいきなりラスボスの所に突っ込む事も可能だが、基本的には各所のメインストーリー攻略を頭の片隅に入れながら、各地を自分なりに旅していくというプレイスタイルとなっている。


 オープンワールドとして有名なゲームは、以前にプレイした事があった。「スカイリム」「フォールアウト3」の二作で、「フォールアウト」の方はすぐにやめてしまった。「スカイリム」はある程度やったが、単調で、これもやめてしまった。


 「スカイリム」というゲームはゼルダと同じように、行きたい所に行ける。例えば、「あの山に登りたい」と思えば本当に登る事ができる。だが、「スカイリム」は全体的に雑な作りで主人公の挙動も自然さに欠けていたし、「あの山に登りたい」から「登る」といっても、それはあくまでも「ゲーム」としての山を登るという感じだった。山の質感も自然ではなく、主人公をコントローラーで動かしているという感じが拭えなかった。


 この話を聞くと、ゲームをあまり知らない人からは「ゲームだからそんなものだろう」と思うかもしれない。実際、僕もゲームにそこまでのリアルさ、自然さ、質感のようなものを期待していなかった。


 今作のゼルダに一番驚かされたのは、その「質感」である。つまり、「スカイリム」が果たせなかったものが見事に、しかもゲーマーの予想を遥かに上回る形で実現されたと言って良いと思う。


 僕が一番ゼルダで感動したのは、深夜に一人で山を登っていた時の事だ。深夜、一人、誰もいない高山を登っていく。周囲の空気は冷えていて、空は濃い藍色、星がキラキラ光っている。山頂に辿り着いた時、見知らぬ花があったので、静かに摘んで、ポケットに入れた。


 深夜に一人で山とか丘に登り、珍しい草花を見つけて、思わず嬉しくなって摘んで帰る。その時に、もしリアルにそれをしたら感じるであろう、寂しいような、悲しいような、でも嬉しいような不思議な感触を僕は家にいながら、ゲームをしていて感じる事ができた。天地に自分一人しかいないような、自分と星空だけがあるような不思議な感触。そういうものをゲームというフィクションの経験から、十分に感じられた。これは「スカイリム」には決して無理な体験であると思う。


 同様の経験について、Amazonのレビューで書いている人もいた。サラリーマンの人が、通勤途中、山を見て「あの山、登れそう」と思った時、思わず涙が出てきたと言っていたが、気持はよくわかる。今作のゼルダをやった後、外に出ると、目が、ゲームを通して現実を見るようになっている。ゲームを通して現実を見るとは、危険な考えだと一部の人間は思うだろうが、僕ーー僕らがおそらく感じているのはそれとは全く逆の経験である。ゼルダというゲーム作品の中には風がある。空を見上げると雲が動いていて、月を隠す。木に登ってりんごを取る事もできるし、どんな崖も登る事ができる。


 現実に僕達は生きていて、いつも制約を感じている。あるいは、僕らは現実に対して十分、自分達の論理を被せてきたと言ってもいいかもしれない。例えば、土地がある。すると、それは誰の土地なのかという事がすぐに問題になる。海があればそれはどの国の領土か、どうしたら法律違反になるのか、そんな事ばかりが問題になる。


 ゼルダの海も土地も、全て実際に冒険して確かめる事ができる。そこには現実からは失われた「質感」のようなものがある。現実において建物があり、そこを人が使っているとすると「そこは入ってはいけない場所」である。それ以上の事は僕らは考えない。僕達が触れられる世界は世界の中のほんの一部で、それ以上の事は見なくてもいいし、触る事はできない、考える必要もない。僕らは自分達の制約の中で暮らしていて、その事にも馴れていて、それが当たり前となっている。


 「ブレスオブザ・ワイルド」をプレイした後、外に散歩に出かけると、不思議な気持ちに襲われる。それは、「この世界は全てちゃんと存在している」という感じである。これは不思議な感触だ。木に登ってりんごを取り、高所からパラグライダーで降りる事もできる。それら全てに質感があり、重量感があり、どこかの集落のモンスターもそこに生きているという事が感じられる。世界はそういうものとして質感のあるものとしてあって、プレイヤーは自分の意志で、それらのいちいちに、自分の目で見て、自分の手で触れて……つまり、「冒険する」事が可能なのだ。


 目の前の猪を弓で射る為に草むらに潜んでいる。そこから空を見上げると雲が風で動いている。猪を追うために走り出すと、足元の草むらから虫が飛び立っていく。その懐かしくも、自然な感じというのはおそらく、このような形での、このようなゲーム以外では表せなかっただろう。その感触というのだけでも唯一無二なものに感じた。


 こうした経験は、僕達の子供の頃に根がある。大人から見ると何でもない木の棒を気に入って振り回していた過去。何でもない草むらを秘密基地にして遊んでいた昔。その時、僕らが感じていたものはなんだったか、とは大人は問わない。大人はすぐに忘れる。「汚いからやめなさい」「危ないからやめなさい」「人の邪魔になるからやめなさい」 こうした倫理を一つ一つ受け入れて、僕らは大人になる。大人になると功利性が問題になる。数量が問題になる。


 数を問題にするのは簡単なので、すぐに話題になる。が、質は語るのが難しい。今作のゼルダの素晴らしさは、例えば、雨が降っていて岩肌が濡れているツルツルした感じ、その「質」がはっきり感じられるという事にある。これはどんな数にも還元できない。足元から虫が飛んでくるのを捕まえる事はできる。それをクスリにする事もできる。そうなると、それは功利的なものでもある。が、素晴らしいのは、そうした事よりも、ゼルダの世界が全て、それ自体としての質感を備えていて、ただその世界があるという事を愉しく感じられるという事にある。なんでも、目的と原因に分解し、あらゆる事を自分(達)の幸福のための道具と考える人は世界を道具と見ている。世界を素材と見ている。世界は目的のための道具ではない。世界はそれ自体として味わい、感じ、確かめるものだ。そこに意味はない。なぜなら、それ自体が意味だから。


 …と、哲学的な事を書いたが、言いたいのは「今作のゼルダは凄いよ!」という事だ。「ブレスオブザ・ワイルド」をプレイした後、外に出ると、風景が今までと違って見えると思う。ゼルダの世界を通して現実が見えるようになる。いわば、それまで、失われていた風が、ゲームというフィクションを通した事によって再び現実に流れ出すようになる。そんな経験をする事ができるだろう。


 これだけの経験をさせてくれた任天堂スタッフには拍手を贈りたい。さて、僕はハイラルの大地にまた戻る事にしよう。まだ未探索の場所は沢山ある。この世界をもっと愉しみたい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 素敵なレビューでした。 やりたくなってしまったじゃないですか(笑 んー、本体含めて買おうかねえ。
[良い点] 今作の魅力以上に、作者の思い入れや感動が、淡々とした文章の中から滲み出てくるようで、感服いたしました。 「何でもできる」ということの本質について考えさせられました。 良いお話をありがとうご…
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