目覚めし『怒り』の竜(2)
「あいつらは昔から勘が良いよな」
彼がおかしそうに言った。
同時、赤いランプが点滅し、けたたましくサイレンの音が鳴り響く。
「太平洋南方面三百キロの距離に、異世界生物接近!推定六百キロの速さでこちらに向かってきてます!」
アナウンスの声に一気に緊張が高まる。
「約三十分で富士山周辺に到着予定!」
「いや、もっと早いな。着くのあいつら空間を越えていける。力の差はあるがな」
彼の言葉に自衛官の幹部の人ががなる。
「お前はそんな脅威の存在を倒すために甦ったのだろう!なら、さっさと倒してこい!」
「ああ、いいが――その前に、我が『シルマー』の願いを叶えねばならん」
そう言いながら、彼は私に近付いてくる。
「個人の願いなど後だ!」と騒ぐ自衛官幹部を無視して、先ほどと同じように目と鼻の先にしゃがむ。
――やはり綺麗だ。
煌めく鮮血の瞳。
恐ろしいほど端整な顔立ち。
私は恥じらいもなく彼に見いる。
「あんたが殺されるのを黙って見ていた、ここにいる全ての人間に『怒り』殺されろと強く願った。俺はそれを叶えるために復活した」
「――!!」
ゆっくりと彼が片手を差し出してくる。
「その単純で純粋な感情のままに俺に命じろ、『怒り』のままに――『殺せ』と」
周囲の大人達が引いていく。
「なんて恐ろしいことを考えるんだ」
と非難の声と眼差しに、私はまた怒りを覚える。
「何も分からないままに連れてこられて、訳も分からないままに殺されかけて――黙って見下ろしていた奴が言うんだ? 人類のため? 自分のためだよね?」
私はゆっくりと立ち上がる。
大丈夫、ビックリしたけど足腰はしっかりしてる。
非難の声が聞こえた方向に私は言う。
「私の『怒り』で甦った彼はまず怒りの相手を殺さなくちゃ、異世界生物を倒しに行かないみたい。――全員、殺すのは時間の無駄だから、そこの人、犠牲になってくれます?」
私が指を差した相手は、怯えた表情を見せ後ろへ下がっていく。
「人類のために犠牲はつきもの。人一人の命と引き替えに人類が助かる――そうですよね? 総理」
私が笑みを浮かべて総理を見上げると、彼はばつが悪そうに目をそらす。
「それとも、貴方が犠牲になりますか?」
と自衛隊の幹部のおじさんに言葉をかけるが彼も、唸りながら視線を横に向けた。
「――ほら! 人類のためなんて綺麗事。自分に降りかかる災厄から逃れたいだけ。自分のために人が死んでも良いと思うくせに、私が殺されかけた間際に思ったことをよく罵れるんですね」
静まり返った空間に、気まずい空気が流れた。
みんな、後悔すればいい。
お父さんも、総理も、ここにいるみんな――!
「……彼を戦わせない。このまま、異世界生物がやって来て、みんな死んで、それから倒してもらうわ」
「紫姫くん! 君も死ぬんだぞ?」
「構いません……死ぬほど絶望を味わいましたから……」
私はまた自分の喉元に触れる。
呆気なく人は死ねるんだ。
――死んだら、利香に会えるかな?
「……もしかしたら、死んだあとの方が楽かもしれないですよ?」
そう、みんなに微笑んで見せた。
「待って!」
一人の女性が人をかき分けて前へ出てきた。
さっぱりとした黒髪ショートヘアで士官服の姿――彼女も自衛官だろう。
最低限の化粧しかしていないけど、いつも唇を真っ赤に塗りたくっている女を見ているせいか、私には返って好感が持てた。
「確かにここに集まった方々は、紫姫さんからみれば身勝手で傲慢に見えるかもしれない。だけど皆、国や家族の将来を背中に背負ってここにやって来たの。それは本当よ。……だけど、一人の女の子を犠牲にすれば皆助かるというのは、あんまりよね……」
だから、と彼女は俯いて思い切ったように顔をあげ、私を真っ直ぐに見つめる。
「ここにいる全員が少しずつ、紫姫さんが流した分の血と痛みを流し貴女とその竜に分け与えます」
「……意味ないと思います」
痛みも流した血も私のだ。
他人が流した血も作った傷も今更、私や竜の彼には必要ない。
「意味はないかも知れません。でも、紫姫さん。貴女とこれから共に命をかけて戦うという証しになると思います――ただ、殺されるのを待つより、私には有意義な人生を送れそうです」
「……」
「何を勝手に決めてるんだ! 下がりたまえ!」
幹部のおじさんが女性の肩を乱暴に押し、下がらせようとする。
「――待ちなさい」
それを総理が止めた。
「彼女の言うことも一理ある。私達も地球に生きている以上、逃れられない恐怖に立ち向かう覚悟が必要だった。私達はその覚悟を、紫姫くん一人に背負わせようとした……すまない」
総理が私に頭を下げてきた。
「浅はかだった。逃げていると同じだ。私にもあの異世界生物に対しての『怒り』はある」
そうして総理は私達の場所まで降りてきて、竜の彼に近付く。
「君は紫姫くんから受ける『怒り』しか受け取らないのかね?」
「『シルマー』が受けとれば『シルマー』から俺に流される」
「――なら」
総理は先ほどの女性からナイフを受けとり、腕捲りをする。
「何を!?」
腕にナイフの刃を当て、ひいた。
赤い一筋が生まれ、滲んでいく。
「紫姫くん、私の血と『怒り』を受け取ってくれ」
アメリカ大統領も自ら降り、総理と同じようにナイフで腕に傷をつけ私に差し出す。
――それは波が広がるように周囲に広がり、みんな私と竜に『怒り』と血を渡す。
『血』じゃない、これは――
(意志を託してる)
私と目覚めし竜よ、戦え。
そう言ってる。
(私は普通の学生――女子高生だよ!)
だけどもう、そうは言ってられない。
私は、竜を復活させた時から普通じゃなくなった。
そして状況が私を普通の女子高生におろしてくれない。
私は普通でいられないなら
もっと早く
利香が異世界生物に殺される前にそうしてほしかった。
そのことにまた
怒りが襲う
これは――
自分に対しての『怒り』だ。
「名前……エルガイラ、て言ったよね?」
私は彼を呼ぶ。
「ああ」と竜は言う。
彼にも色々と聞きたいことはあるけれど、今はそんな時間はない。
異世界生物は、予想到達時間よりずっと早い。
こんな感覚、分かるようになるなんて思いもしない。
この能力も、もっと早く目覚めて欲しかった……。
「確かに周囲にいる大人達に『怒り』『憎んだ』……でも、こうして生きて無事にいる私は、私に怒りを感じている。――そしてその原因の源の異世界生物にも! 今、私の怒りをぶつけて滅するべきは、こちらに向かってきている異世界からの敵! ――エルガイラ! 奴を倒すの!」
彼は私の命に目を細め、口元を緩める。
その命令に異存はない、というように。
彼――エルガイラは花でもすくうように私の片手を取ると、膝まつき甲に口付けをした。
「我が『シルマー』よ。仰せのままに。怒りに相応しき勝利を貴女に」
「……紫姫、でいいわ」
「では、紫姫――共に」
私も共に戦う。
それもどうしてか、当たり前のことだと知っている。
私の中の何万代か、それ以上前の御先祖様がそうしていたかのように――きっと。