目覚めし『怒り』の竜(1)
――えっ?
目の前に男性がいる。
二十代半ばくらいに見える青年だ。
髪は闇のようで、他の色など混ざったことがないような漆黒。
瞳は赤い――まるで私が流した鮮血のように。
どうして目の前に青年がいるんだろう?
て、いうか――私、殺されたんだよね?
竜復活の『生け贄』として、喉元バッサリ切られた気がする。
「私……生きてる?」
恐々、喉元を触れてみる。
触れた感じ、切れたような形跡はない。
「傷は消した。危なかった、目覚めるのがもう少し遅かったら、あんたは死んでいた」
「……助けてくれたの?」
「『シルマー』を死なすわけにはいかないからな」
微かに口角を上げて微笑んでくる彼は―― 一言でいえばイケメンだ。
瞳の色が強烈で、ついそれだけに見入ってしまうけど、顔の造形が恐ろしいほど整っている。
鼻の形も、少々つり上がり気味の瞳も、口の厚さも大きさも、輪郭も、理想的で一つの彫刻を見ているようだ。
呆然と彼を見ていたけど、はた、と気づく。
「……貴方、何も着てないの!?」
真っ裸な彼がすぐ目と鼻の先にいて、私は叫びながら離れた。
「たった今、甦ったばかりだぜ?」
やれやれ、と肩をすくみながら答えるけど、「やれやれ」と呆れたいのは私の方だ。
でも――
私の傷を直し、死から助けてくれた。
そして『甦ったばかり』と言った。
私が今、いる場所は竜の骨が置かれていたはず。
明らかに骨は減り、囲むようにいる大人達は動揺と驚き、そして歓喜に湧いている。
「見ろ!私の見立ては間違っていなかった!!」
お父さんが狂喜して小躍りをしている。
総理や大統領は夢から覚めたように顔を見合わせ、喜んでいた。
「あなた……『竜』なの……?」
私の言葉を肯定するように、彼はまた笑みを作る。
誰かが羽織るものを用意してくれたらしく、そっと彼の肩にかける。
自衛隊のコートみたいだ。
とにかく、目のやり場に困ることはなくなったし、死ななかったことに私はようやく安堵した。
まだ、ナイフのヒヤリとした氷のような感覚を思いだし、身体が震えるけれど。
「紫姫くん! よくやってくれた! 君のお陰で竜は甦った! これで世界は救われる!」
総理の言葉と共に周囲から歓声があがる。
「竜を甦らせた功績として何か君に贈らないといけないね。予算に上限はあるができるだけ紫姫くんの願いにそえるよう努力しよう」
それから父と向き合うと、固い握手をする。
「龍ヶ花さん! 貴方の研究は間違っていなかった! 素晴らしい研究だ! 名誉ある賞を差し上げなくてはならない!」
周囲は手放しで喜んでるけど――私は、ちっとも嬉しいと思えなかった。
人を殺す気満々で、私は躊躇いもなく喉をかき切られた。
『竜』だという彼が助けてくれたから生きられたものの、これがただのお伽噺だったら、本当に死に損というものだ。
また、沸々と私の中で怒りが沸き上がる。
怒りを表情に出しているに関わらず、総理は暢気なものだ。
上気した様子で私に告げた。
「紫姫くん! 竜の彼は我々、大人に任せてくれ! 君には辛い目に合わせてしまったからね、このことは忘れて学生らしい生活を送ってほしい」
彼は軍の、政府の配下に置くということよね。
私は、竜を甦らせるための礎でしかない――それはそうだろう。
こんな十七年そこそこしか生きていない私に、竜なんて預けることなんて出来ない。
そう誰もが思う。
ここに来たことも、何が起きたのかも全て忘れろ――てことだ。
「ふざけた奴らだ」
小馬鹿にした声音に皆、静まり返った。
「我が『シルマー』となった女を避けて、俺を支配しようと目論むとはね……。悪いが、俺は『シルマー』以外の命令は聞くつもりはない」
彼の言葉に静寂から一瞬にして騒ぎになる。
「き、君は……! こんな少女に従う気なのか!?」
自衛隊の幹部だろうか?
私を指差し、荒々しく言った。
「――『シルマー』に対して軽々しく指を差すな」
彼の声音が低くなり、赤い目が強い光を放つ。
光ってる、赤く。
怒りを表すように。
室内なのに熱い風が凪いだ。
私も周囲も、彼から発せられる波状に身を固まらせた。
『畏怖』だ、この身体に纏い怖れる感情は。
彼は続けて言う。
「俺は『シルマー』の血脈を受け継ぐ者から『怒り』の感情と、『シルマー』だという証明の血を受け取って復活した。俺に命を下し、動かせるのは『怒り』と『血』を与え生を恵んでくれた『シルマー』のみ」
熱く赤い波状。
彼から発せられるのは『怒り』の波状なんだ。
「『怒り』だと……? それが甦った事と関係があるのか?」
さっきまで浮かれていたお父さんが、深刻な顔をして彼に問いかけてきた。
彼は質問に少し冷静になったのだろう。
そうよ――と、凛とした声で彼は答える。
「『シルマー』の血で俺が甦ると考えた。それは間違っていない――だが、惜しかったな、それだけでは甦りなどしない。勿論、処女伝説など関係ない。受け継ぐ者から感情を受けて『怒り』で力を得る俺。竜・エルガイラが復活したまでのこと」
「では、他の二体も……?」
「同じだ。『シルマー』が強く表した感情と血で復活する」
「……仮説が間違っていた……」
お父さんはその場にへたりこむ。
「怒りの感情を出さなかったら紫姫は死に、竜は復活しなかった……」
「以前の女と同じ結果になっていたな。――今回も危なかったんだぜ?貴重なんだろう?人類の危機に」
「それは知っているのか?」
今度は総理が聞いてきた。
「俺達が掘り起こされ、『シルマー』の子孫がいる。世界規模の危機に俺達は現れる運命だ」
「約千年ほど前にも起きた記録は真実か……?」
「ああ。――ほら、噂をすれば」
彼が天井を見上げる。
どうしてだろう? 光も届かない地下にいるのに――私にも感じる。
――やってくる、異世界の生物が。