私は『異端』のイヴ?
どこかへ連れていかれる。方向からして、父が勤めている研究所だろう。
私はお父さんが話した内容の一部分しか理解できなくて。
「紫姫、お前のミトコンドリアDNAは我々人類の共通配列と違う」
「……ミトコンドリア?」
突如言われて私は首を捻る。
「そうだ、紫姫はミトコンドリアを知らないのか?」
「学校で少しだけ……。そうじゃなくて! お父さんは考古学専門じゃなかったの?」
「お父さんは考古学専門だが、このプロジェクトには医療研究者や科学者など、それぞれのエキスパート達が揃って共に研究している」
「その、私のミトコンドリアDNAに何か問題でもあるの?」
確か学校でミトコンドリアDNAは、全て母親から受け継がれる遺伝子情報だと先生が話していたのを覚えてる。
そしてその特性を利用して、人の先祖を辿ったということ。
十七万年前に生きていたアフリカのに行き当たったということ。
現人類の最も近い共通女系祖先。それがミトコンドリア・イヴと名付けられていること。
それくらいは聞いた。
――でも
今、父は私の『我々の共通配列と違う』と言った。
それがお父さんの関わっているプロジェクトと何の関係があるんだろう?
「紫姫のミトコンドリアDNAはお前の母親から受け継いだもので、母親の系統女性にだけ続いている何万年も前からあるものだ。しかも!我々の人類より古いんだぞ!」
「……」
それじゃあ、私はチンパンジーと人が分かれる前のミトコンドリアDNAを持っていて猿か何かだというのだろうか?
私の微妙な表情に気付くことなく、お父さんはひっきりなしに口を開く。
「お前の母から採取したミトコンドリアDNAを、白骨化した竜に与えてみたら復活したよ――だが、ものの数秒で再び化石化してしまった」
――白骨化した竜?
「竜……って、想像上の怪物でしょ?」
お父さんの、私に向ける顔には笑顔が貼りついている。
こんな不気味な笑顔をつくる人だった? 私の父親は。
「公にしないだけだ。トップしか知らされていない機密だからね」
父は怯える私から視線をそらし、前方を見つめた。
そして薄笑いを浮かべながら話す。
白骨化した竜が発見されたのは、そう、異世界生物が出没しだした頃だ。
まるで、見越していたかのように世界各国で発見された。
そのうち、全ての骨が揃っていると思われたのは三体。
世界に共通している逸話があった。
「異界からやって来る災難に竜が立ち向かう。その竜を目覚めさせるのは、『竜の番人』と呼ばれる乙女だ」
ただのお伽噺だと誰もが思っているが、わざと民間の史実から消しただけで真実なのだ。
竜を復活させ、異世界からの生物と対抗させた過去は一度確認された。
有史以前もあったとしたら、もっと回数は増えるだろう。
お父さんは、政府から正式な以来を受けてずっと『竜の復活』に尽力を尽くしてきた。
「あと少しで竜が復活を遂げる。甦り形成までいった。あとはそれを維持するだけなのに……その『あと少し』が分からなくてずっと悩んでいた」
「そのために……私が必要なの……?」
「そうなんだ! 紫姫! 完全な復活を遂げるには単純に考えるべきだったんだ!」
父は隣に座る私の肩を掴み、揺らす。
明らかに興奮している。
目が血走り映画で見た狂科学者みたいでゾッとした。
その興奮の仕方が尋常じゃなくて私は、「止めて!」と声をあらげた。
だけどお父さんは止まらない。
「紫姫! 紫姫は今世紀の『竜の番人』になるんだよ! 竜を復活させる血を! 遺伝子を! 持つ! 紫姫は! 人類の英雄になるんだ! これは素晴らしく誇らしいことだ!」
「急に言われても信じることなんてできないよ! お父さんが言ったことが本当なら、歴史はどこかで書き替えられてるってことだよね? ――それに、私のことだって『他の人間と違う、化物』って言ってるようなものだよ!?」
『化物』
自分で言ってズキズキと胸が痛む。吐き出された言葉は思ったより衝撃が強い。
最近、クラスメイト達の仕打ちで慣れてきたとはいえ、だ。
「歴史は常に情報操作されている。そんなこと今に始まったことじゃない。それに紫姫、お前は人間だよ?ただ違うのは、選ばれた人間なんだ。竜に。特別なんだよ! 紫姫は!」
興奮しすぎて唾を飛ばし飛ばし説明してくるお父さんに、私はやるせなく首を横に振る。
確かに昔から竜に関わる話をしだすと熱くなる人だったけど、分別のある大人の態度で話していた。
それに、娘である私を人並みの父親くらいには可愛がってくれた。
私の嫌悪を丸出しにした顔も、自傷気味の言葉なんてお父さんの視界に入っていないみたいだ。
(どうしたんだろう……? お父さんじゃないみたい)
ぞくりと背中に冷たい汗が噴く。
私はお尻をずらし、隣に座るお父さんからさりげなく距離をとる。
「紫姫は……紫姫は……人類を救うんだ。救世主になるんだよ……」
私は、普通の女子高生だ。
何の力のない。
そんな力を持っていたら、利香を助けて、今も私と変わりない学校生活を送ってる。
「何……言ってるの。そんなことあるはずないじゃない」
そうよ、ミトコンドリアDNAとか、竜の番人とか、私が関わりがあるとかおかしい。
ぶつぶつと呟くお父さんが少しでも熱が冷めて正気に戻るように、私は冷たく言い放った。