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私と目覚めし竜は復讐を願う  作者: 鳴澤うた
2/20

迎え(1)

「龍ヶ花さん、龍ヶ花紫姫さん」

「はい?」


 顧問に呼ばれ、紫姫は踵を返す。


 豊かな黒髪は碧の光沢があり、素直に背中へと流れている。その髪が振り向き様、軽やかに踊る。

 スッ、と通った鼻筋。

 口はやや小さめでリップを塗っているせいか艶やかだ。

 闇のような色の瞳は近づいてみれば、実は紫色だと分かる。


 ――だから、母が名前に一文字入れたのだ、と本人から聞いたことがある。


 すらりとしたモデル体型は教師でありながら同性として、羨望の眼差しで見ざるえない。

 嫉妬にかられそうになるが、自分が思わず魅入ってしまうのは、それだけではないと気付いていた。

 彼女の纏う雰囲気――他の女子高生、いや、自分を含む女性達と『何か』が違うのだ。


「……先生? 私、次の授業、移動だからもう行かないと……」

 龍ヶ花紫姫が首を傾げる。

 見惚れてた!――用件を告げないと、と遊佐と呼ばれた女教師は慌ててしまい声が裏返ってしまった。

「ご両親から連絡がきて、すぐに帰ってきなさい、と」

「えっ?どうしてですか?」

「お母さま、電話口でひどく慌ててて、『不幸があったからすぐに帰らせてください』と、おっしゃっていたわよ」


「あの人が……?」

 顧問の話しに紫姫は、怪訝そうに眉間に皺をよせた。

「あの人」と彼女が言うには理由がある。

 今の母は後妻で、仲はあまりよくないらしい。

 それを裏付けるように、進路を決める時期なのに三者面談に義理の母親はやってこない。

 

 紫姫は少し考えてから「分かりました」と返した。

「気をつけて帰りなさいね。『防衛』の物はいつでも出せるようにしておくのよ。その前にシェルターに逃げるのは最優先だからね」

「はぁい、分かってます」

 紫姫は物心がついた時からの習慣の復唱に、少々うんざりして答えた。

「龍ヶ花さん。先月、隣の区が襲撃を受けて、クラスメイトの森田さんが亡くなったでしょう? 油断しては駄目」

 

 瞬時、紫姫の表情がなくなり、能面のようになる。

 顧問は自分が失言したことに気付く。

「……ごめんね。森田さん、龍ヶ花さんの親友だったわよね……」

「いえ……。すみません。気を付けます」

 無表情で返してきた紫姫に、顧問は心配そうに顔を覗いてくる。

「……先生は……」

「ん? なあに?」

 若いが、紫姫にも誰にも分け隔てなく親身になってくれる熱心な新任教師だ。

(あの話を、知らないわけではないはずなのに……)


 先生は自分を心配してくれている――紫姫は、そう思うとまだ世の中、捨てたもんじゃないな、と足早に教室へと戻っていった。





 2166年。


 世界は戦争もなく、平和だ――人間同士は。


 国境も人種も貧富の差も関係なく、協力しあわないとならなくなっていたから。

 

 三十年前に、何処からやって来るのか地球に未知の生物が降り立つようになった。

 それは、大きかったり小さかったり、強かったり弱かったり。

 形も様々で、人間と似た生物もいた。


 でも、どれも凶悪だった。


 世界にランダムに出現しはじめ、街や森、山を破壊し、人間を襲う。

 最初はニュースとして頻繁に流され、そして大型の生物がアメリカ大陸に出現して、人類はパニックに陥った。

 世界が初めて団結し、協力しあい、大型生物を攻撃。幸いにも、恐ろしい『核兵器』を使用せずに倒せた。

 それから人間達は人間同士で争っている場合ではないと気付き、地球外生物の打破の為に各国が手を取り合ったのだ。


 ――そして、何処からともなくやって来る生物を『異世界生物』と呼び、研究を始め解決策を模作し続けている。



 先月、隣の区にアメーバーのような成形のない生物が現れ、クラスメイトの一人が殺された。


 覚えてる。

 半透明なゲル状の化け物に覆い被され、溶けていく――


 身近で、目を覆いたくなるリアルなことが起き出している……




 紫姫は教室で一人、国から配付された、対異世界生物用の銃をセットしながら避難用シェルターの場所を再確認していた。

 帰宅途中で異世界生物に万が一、遭遇しないと限らない。

 ここ一年、生物は更に凶悪になり、特に日本によく出没するようになってきた。

 それに加え、近くで起きた異世界生物の襲撃事件。

 それからしばらくは自衛隊に守られての集団登下校だった。

 ようやく解除になったが、こうした自衛は引き続き行うのは日本人の当たり前になっていた。


 ――人間同士、争わなくなったのに、争っていた時よりも物騒になった。


 それが、日本――



◇◇◇◇◇


「龍ヶ花、良かった。まだいた!」

 教室の扉を開けると同時、市橋翼が紫姫に声をかけてきた。

 全力で駆けてきたのか、息が荒く、朝見た時は整っていた髪も乱れている。

「市橋? どうしたの? もう授業始まってるよ? 忘れ物?」

「違うって。お前んちのマンション前まで送ってやるって」

 市橋翼 (イチハシタスク)はそう言いながら、鞄の中に銃が入ってることを確認し、閉める。

「はっ? いいよ。警戒体勢、解除したんだし」

「何言ってるんだよ。普段から登下校は二人以上連れ添って帰れって言われてるだろ?」

「いらない」

 紫姫は冷たく断り、翼の横をすり抜けていく。

「強がるなって」

 すげない紫姫の後ろ姿を呑気に追いながら翼は言った。


 市橋翼は、紫姫の幼馴染みで幼い頃からの顔見知りだった。

 こうして同じ高校に通うことになったが、登下校に一緒になることはなかった。

 翼は、ルックスもそこそこで運動神経もよく、話も面白い。

 常に友達に囲まれている存在だし、紫姫は紫姫で中学からの親友の森田利香と一緒にいた。


「それに、俺も早退できるからラッキーだったりする。こういうの内申に響かないからなぁ」

「それで立候補したわけ?」

「まあな」と明るく答える翼と下駄箱で向き合う。

「……良いんだよ?気を使わなくて」

「んだよ、気をつかってなんかないよ」

「私に構うと、みんなから除け者にされるから」

 

 一瞬、二人の間で時を刻むのが止んだように見えた。

 だがそれは、ほんの束の間で翼の拳骨がポン、と紫姫の頭上に落ちる。


「――いったぁ!」

「軽くごついただけだろ! お前の石頭に本気でごついてみろ、俺の拳がヤバイわ!」

「あんたは軽くしたつもりだって私は――」

「森田のことはお前のせいじゃない。ちょっと状況考えれば、そんなこと猿でも分かる」

「……」

「森田の母さん。今は誰かのせいにしたい気持ちは分かるよ。森田の父さんは、わざわざ学校まで謝りにきて訂正しにきてくれたんだろ?」

「うん……」

「嘘、ばらまいて事を大袈裟にしたのは、お前んとこの口紅ババァだし」

「口紅ババァって……」

 紫姫は義母の顔を思いだし、噴きだしてしまった。

 確かに、鮮やかすぎる朱の口紅を好んで使っているようだが。

「知らね? 近所で『確認生物・口避け』って呼ばれてんだぜ?」

「何、それ……! お、おかしい……! 的確……!」

「だろ?」


 下駄箱で二人、声を殺して笑いあった。








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