二体の竜(1)
甘くて美味しそうな匂いに目が覚めた。
「おはよう、紫姫さん」
「……おはようございます」
キッチンにはエプロンをつけたシェルリオンがいて、何か作ってる。
「おはよう、紫姫」
「おはよう……」
リビングにはエルガイラがいて、TVのニュースを見ていた。
日曜日の朝は、いつもよりのんびりな目覚めだ。
私は顔を洗うべく、洗面台に出向き丁寧に洗顔フォームを泡立てる。
顔を洗い、化粧水をつけてさっぱりしてくると、だんだん頭の方も目が覚めてきた。
「……?」
鏡を覗く。なんだかいつもとどこか違う。
(なんだろ?)
それは後だ。とにかく今は――と、私は人の姿をとっている竜二匹に向かう。
「というか、どうして二人とも私の部屋にいるのかな?」
まず最初の疑問を投げつけた。
ベランダから侵入しないように鍵はかけた。
「空間移動だが?」
エルガイラが画面を見ながら答える。
「そこまでして、私の護衛をしたいの?」
「いいじゃない。紫姫さんの寝室には入ってないんだから」
とシェルリオンが朝食をテーブルに並べだす。
フルーツたっぷりのフレンチトーストだ。生クリームまでたっぷりと乗っていてキャラメルソースが程良くかかっている。
もう、見た目からして美味しいよ! と私に訴えかけている。
「紅茶? 珈琲? イチゴミルクのほうがいい?」
「紅茶で……」
「軽めの、フレーバーティにしようか」
茶葉を棚から出して、手際よくティーサーバーにいれていく。
私はシェルリオンの様子を見て首を傾げる。
「料理、作れるの?」
まあ、私の目の前にあるフレンチトーストの出来映えを見れば一目瞭然なんだけれど。
「紫姫の記憶と、料理のネット見て覚えたんだ」
とシェルリオン。
「こいつは、昔っからこういうの得意なんだ。シルマーの世話を一気に引き受けてる」
エルガイラが説明しながら席に着く。
フレンチトーストを見て顔をしかめながら
「俺、こんな甘いのいいわ……」
とぼやいた。
「エルガイラのは甘くしてないよ。果物とクリームの代わりにハム、卵」
シェルリオンは、エルガイラにも甲斐甲斐しい。
「いいね、今の時代って。調理器具も台所もすっごく使いやすい! 料理も検索すれば世界各国のメニューみれるし。紫姫さんを沢山喜ばせることできるよ」
瞳を輝かせながら、沸騰したお湯を高い位置からティーサーバーに入れていくシェルリオンを見つめる。
(本当、楽しそうだなあ……)
新婚妻みたいだ。
「さ、食べて食べて!」
とエプロンを外しながらシェルリオンは言った。
私はナイフとフォークを持つとゴクン、と唾を飲み込む。
バターに砂糖の焦げた甘い匂い。
香ばしい香りが鼻孔をくすぐり、食欲を促進させてくれる。
ナイフを入れると、カラメル状になった砂糖がパリッと軽い音を立てて崩れる。
(パターンだったら、見かけは美味しそうでも食べたら……ってよくあるある)
おそるおそるトーストを口の中に入れた瞬間――
私は感激に言葉を失った。
しばし呆然。
「……美味しい」
ようやく出た賞賛の言葉。ボキャブラリーの少ない私を恥じる。
「本当、美味しい! 美味しいという言葉しか思い浮かばなくて悪いけれど!」
「無理に飾りたてた言葉はいらないよ。素直に感動して出た言葉の方が嬉しい。それに、紫姫さんの顔を見れば分かる」
シェルリオンはそう上品に微笑む。
「そ、そうかな……でも、本当に美味しい」
「今度から僕が紫姫さんの食事の世話をするから。他の家事も任せてくれたら嬉しいな」
「えっ? いいよ。掃除はハウスキーパーさんがやってくれるっていうし。洗濯は自分でやるからいいわ」
さすがに家事全般をやってもらうなんておこがましい。
彼が甦った理由は、私のお世話をするためじゃないし。
「紫姫、やらせろよ。それがこいつの『喜び』を引き出す手段の一つなんだし」
黙々と食べていたエルガイラが口を挟んできた。
「シルマーに尽くして『ありがとう』と感謝されてエネルギーをもらうのは、シェルリオンの手だての一つなんだ」
「そうなんだ」
「シェルリオンのエネルギーは一般で言えば『正』だから。ちなみに俺のは『負』の部類に入る。普通に生活を送っていれば、感謝とか嬉しいとかそういう正の感情の方が多く出てくる。だけど、小さいくてすぐに忘れてしまうから、こうしてちょこちょこ溜めるしかないんだ」
なるほど。
「言ってることは分かった」
「じゃあ、洗濯も僕に任せてくれるかな?」
シェルリオンが嬉しそうに私に尋ねてきたけれど、
「いい。洗濯は。いいです」
と断る。
「えー」と彼は残念そうな声をあげたけど、私だって年頃の娘なんだから!
下着とか嫌でしょ!
(……前のシルマーとかって、下着とかも洗わせていたのかしら?)
何はともあれ、洗濯は自分でやると絶対拒否をした。
◇◇◇◇◇
前日に甦ったシェルリオンを、防衛省の人達が連れていった。
例のごとく精密検査だ。
「夕方までには帰してよ。まあ、勝手に帰るけど」
と、シェルリオンがスーツ姿の男達に告げる。
多分、無理にでも帰ってくるだろう。
力の差があるから余裕だろうけど。
防衛省の人達も、意見する気はないらしい。黙って頷いている。
――昨日の戦いを見たら、力の差は歴然だ。
どうしたって敵わない。無理に引き留めたら腕の一本や二本、無くなるだけでは済まされないだろうから。
(映画じゃないけど、まさか口から光線だすとは思わなかったわ)
その破壊力はすさまじい。
光線に異世界生物は一瞬にして消え去った。
彼の魂に融合していた私は、ぽかんとするしかなかった。
『今回、紫姫さんの喜びが強かったからだよ』
とシェルリオンは言っていたけれど……
二体の竜が人類の敵じゃなくて良かったと、つくづく思った。
携帯が鳴る。
画面には
『市橋翼』
と表示され、私は出るべきか迷う。
結局、そのまま何度目かのコール音を聞いて止まって、私は罪悪感と背中合わせの安堵にホッとした。
二体目の竜が甦った。
私も――変わらないように見えて、またどこか身体に変化が起きただろう。
人類と違うDNA配列。
それが私を異形の人に変えている。
翼にはそれが分かってしまうかもしれない。
それが怖いんだ、私は――
翼には今までの私のままで見て欲しい。
だから、もう会わない方がいい。
「誰から? 何故、電話に出なかったんだ?」
後ろからエルガイラが覗きにきたので、慌てて携帯をふせる。
「勝手に覗かないでよ!」
「覗かれたらまずい相手? 恋人?」
「ちが……!」
「あ、あの幼なじみの、市橋翼って奴か?」
「違うって言ってるでしょ! それに、翼は彼氏じゃないし!」
図星でつい感情的になってしまう。
「今の時代では『恋人』は『彼氏』と呼ぶのか」
ふーん、と首を傾げ頷いているエルガイラの顔は真剣でちょっと口ごもる。
からかわれていると思ったから。
「……紫姫、あのさ」
じっとエルガイラに見つめられて「何よ」と私は口を尖らせる。
「その翼って奴と繋がっておけよ」
「……どうして?」
「そいつ、四体目の竜と関係ある奴だ」
エルガイラに告白されて、私は大きく目を開いて彼を見上げた。
はた、と気づき、冗談だと思った私は思わず笑ってしまう。
「ちょっ……! 待ってよ? 翼が? 四体目の竜と? 一体どうしてそんな? 翼は普通の人間だよ? お父さんだってお母さんだって、他の人達と何も変わらないよ?」
「紫姫だってそうだろ? 瞳の色以外は、他の人間とそう変わらん」
「瞳の……」
ハッと朝の違和感を思いだし、洗面台へ向かい鏡で自分の顔を見る。
「……目の、色……」
近づいてよーく見ないと分からなかった紫色が、今は近づかなくてもはっきりと分かる。
アメジストのような色の瞳に変化している。
「これ……」
「先祖帰りしたんだ。初代も、こういうはっきりとした紫の瞳だ――紫姫!!」
咄嗟に鏡を割ろうとした私の腕を、エルガイラは抑える。
「あと、二体……! あと二体甦ったら、私はどうなるの!? 人じゃなくなっちゃうの!? そんなの嫌!! 嫌だ!!」
「見かけは変わらん! 何も紫姫までも竜に変化するわけじゃない!」
「だって、だって……! こんなの普通の人じゃない、普通じゃない!」
暴れる私をエルガイラは、いとも容易く抑え込む。
「離して! 離してよ!」
そう言ってるのにエルガイラはますます私を抑え込み、抱き寄せ、胸に引き寄せた。
泣きわめいて暴れても、エルガイラは決して私を離そうとしない。
そのうち、諦めて私は彼の腕の中で泣きわめく。
「やだ、やだよ……! せめて見かけだけは普通の女の子でいたいよ! 竜を呼んで戦わなきゃいけないのも嫌だけど、受け入れるしかないんでしょ!? だったらせめてそれ以外は普通の人でいさせてよ! た、……翼だって! あいつだって、こ、こんなことに関わるって知ったら……おかしくなっちゃうよ! 言わないで、関わらせないで! 知らせないで!!」
――これ以上、普通じゃなくなりたくない。
――だけど、必要だと分かるから、私が犠牲になるから。
――私以外の普通じゃない人、作らないで!!




