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私と目覚めし竜は復讐を願う  作者: 鳴澤うた
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『喜び』の竜・シェルリオン

 嬉しい

 嬉しい――!


 嬉しくて、その場にしゃがみ込んで懐中時計を握りしめる。

「利香……利香……!」

 涙が止まらない。

 悲しくて泣いてるんじゃない。

 今までの鬱憤が一気に晴れるような、清々しい風が私の胸を通っていく。

 嬉しくて涙が止まらない。


「紫姫……! 今、血を……!!」

 エルガイラが、私の首に掛かっているロケットを素早く取り出す。

「……あっ」

「少しもらうぞ」

 私の人差し指に噛みつく。嬉しさが続いていて痛みなんか起きなかった。

 圧をかけ、垂れる鮮血の滴は箱型のロケットの隙間を流れて中の骨に伝っていった。


 瞬間だった――


 ロケットの中から、眩しい光が放たれる。

 同時ロケットは粉砕し、四方に弾け飛ぶ。

「きゃっ……!」

 ロケットが壊れた衝撃と眩しい光に、私は目を閉じた。

 それは閉じた瞼を越えて目に届く強い光で、逃れるように私は身体を捻る。






「シルマー、貴女がシルマーかな?」

 知らない男性の声。

 清涼と感じる声音に導かれて、私はゆっく目を開けた。


 プラチナブランドの髪を持つ青年が一人、片膝をついて私の目の前にいた。


 突然現れ、私のことを『シルマー』と呼び、エルガイラと同じように恐ろしいほどに整った顔立ち。

 そして――全裸。

「……二体目の、竜……?」

 彼は、私の言葉に琥珀とも金色とも言える瞳を細め、微笑む。

 とても優雅で、とてもホッとする笑顔だ。

「そう、僕は二体目なんだね? 今回の目覚めは早かったようだね」

 そう言うと、私を後ろで支えているエルガイラを見て、笑う。

「はは、エルガイラが最初に甦ったんだ。これは新鮮でいいね」

「暢気なことを言ってる場合じゃないぞ。もう一体でかい奴がきてる」

 とエルガイラが返す。

「うん、そのようだ。では、我らがシルマーに軽く自己紹介だけしよう」

 彼は右手を胸に当て、恭しく頭を下げた。


「僕は『喜び』の竜。シェルリオン――以後、よろしく申し上げます」


「……は、はぁ……」

 私は、エルガイラとは違った雰囲気の美形とオーラに、間の抜けた声しか出せなかった。

「名前を聞いてもいい? シルマー」

 尋ねられて、ハッとする。

「紫姫。龍ヶ花紫姫。紫姫でいい」

「綺麗な名前だ。貴女にぴったりだね」

 そう微笑み、私に片手を差し出す。

「千年ぶりの再会の喜びは後にして、先に敵を倒しにいかないとね。紫姫さん」

「え、ええ……」

 私は差し出された手に触れる。


「『喜び』を糧に敵を倒し、貴女に勝利という新たな喜びを差し上げましょう。私の紫姫――シルマーよ」


 スッ、っと滑るようにシェルリオンの手が離れた。


 一緒に、透き通った私をもつれていかれる……?


「――えっ!?」

 そのままシェルリオンに抱き寄せられた。

 私は驚いて、彼と透明の自分とエルガイラに身体を預けたまま意識を失っている自分を見る。

 今、私は意識も身体の感覚もある。

「シルマーである貴女の本来の戦い方はね、こうなんだよ。こうして、魂だけ僕らと融合して戦うんだ」

「じゃあ、今まではどうしてエルガイラは私の身体ごと……?」

「竜一体しか甦っていなかったからね。その場合でこんなことしちゃうと、シルマーの身体が手薄になってしまう。その間に傷つけられたり、他の危険な奴らが憑依してしまうとシルマーの魂が戻れないからね。だから今までの戦い方は臨時用。本来はこうして戦闘に参加できない仲間が身体を守るんだ」


 私は、エルガイラと彼に抱き上げられている自分の身体を見る。

「しっかり守ってやる。行ってこい」

 エルガイラには私が見えるらしい。そう言ってきた。



「さあ、今度は『喜び』の竜の僕――シェルリオンと共に!」

 そう言うと、彼は宙に高く飛び、その姿を竜の姿に戻した。

 エルガイラの、黒く硬い鱗に覆われた姿の竜じゃない。

《羽根……? 羽毛の竜……!?》

 白鷺のように真白の、身体付きは鳥でなく過去から伝えられている異形の『竜』の姿。

 なのに全身が羽毛で覆われている。

「竜は様々な形があるから。びっくりした?」

 トカゲとかそういうイメージしかない私はウンウン、と頷く。

「まだ、甦っていない他の竜達も面白いよ。じきに会えるけど」

 シェルリオンが穏やかな口調でそう私に言うと、こちらにやってきた飛翔物体に目を向ける。


「あの化け物を囲むように飛んでいるのは?」

《あれは、自衛隊の戦闘機だと思う》

 多分、攻撃しないように周囲を囲んでこっちに誘導してきたんだ――私とエルガイラがいる場所まで。

 とはいうものの、ここだって人が多いし建物だってひしめき合ってる。

《シェルリオン……って長くて面倒ね。リオンって呼んでいい?》

「構わない」と気前よい返事が返ってくる。

《なるべく海の上で……。人気や建物のない場所で戦いたいの。できる?》

「エルガイラだって出来たんでしょ? なら僕にも容易いことだよ」

 シェルリオンはそういうと旋回して、港から離れていく。

 異世界生物は彼に引きずられるように、ついてきた。


(戦う相手を分かってる……?)

 異世界の生物の素直な行動に、そんな考えが脳裏に浮かんだ。


「さて……紫姫さん。僕にもっと『喜び』とか『嬉しい』感情を寄越して!」

 そう言われて躊躇う。

《えっと……どうやったら良いの?》

「簡単だよ。嬉しかったこと、楽しかったことを思い出しながら感情を震わせればいいんだ」

《とりあえず、思い出せば良いのね?》

「出来れば新しい方がいい。それか、心に残っているほどの感動とか」

《分かりやすい説明。エルガイラなんかほとんど説明しないから楽だ》

 私の愚痴を聞いてシェルリオンは朗らかに笑う。

「後で注意しておくよ。さあ……! 紫姫さん!」


 港からだいぶ飛んできた。

 下を覗くと船とか何も浮かんでいない。ただ太陽の光が波に反射してきらめく。

《リオン……!私の感情で奴を倒して!》


 私は思い出す。

 利香の仇を討った時のことを。


 これからだって、誰かの仇をとるんだろう。私は。


 その人達がどうか、少しでも溜飲が下がるように、私はシェルリオンに喜びの感情を与えた。








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