竜の彼とのこの状況(5)
次の日の朝、帆波さんが来てくれた。
マンションを不動産に預けるので、保護者として付き添うためだ。
こんなとき、未成年は辛い。
さすがにエルガイラには任せられないし……
「幼馴染みの子に連絡先を教えていいか」
と帆波さんに聞いてみる。
「う~ん……。異世界生物が出没した時に、もしかしたら自衛官達と鉢合わせする可能性もあるし、竜に変化したエルガイラさんを見られたら色々面倒なことになるからね……」
「そうですよね……」
翼は何かあったと感付いているから、私の周辺で少しでも変わった様子があったらしつこく聞いてくるだろう。
「何はともあれ上層部に聞いてみるわ。幼馴染みさんの名前は?」
「市橋翼です」
「――別に構わん」
突如、エルガイラが会話に入ってきた。
「えっ?」
「あの男、『市橋翼』に情報与えても構わん、ということだ」
「『竜』の貴方がそう言うのなら……と言いたいところだけど。世界の事情があるからすぐには頷けないの。ごめんなさい」
「ガキ一人に知られるのも怖いと? 例え知られてもお前らのことだ。全力で潰すくせに」
エルガイラの悪意のこもった言い方に帆波さんは口を閉ざした。
「ガイ!」
睨み付けてハッ、とした。
(ヤバッ……! これじゃあご褒美じゃない!)
案の定、エルガイアの顔を見れば怒りの周波を受け取って、紅潮している。
「???」
エルガイラを見て不思議な表情で首をかしげている帆波さんに、説明するのはすごく恥ずかしかった……。
◇◇◇◇◇
新しく暮らすマンションは、横浜の港に程近い場所にある。
横浜基地が近くにあり、何かあったらすぐに対応できる。
――それが引っ越した理由。
「うわっ、広い! なん部屋あるんです?」
「紫姫さんが利用する部屋は2LDk。エルガイラさん達、他の竜が住むのは隣ね。4LDK用意してあるから」
「同室でも構わないだが?」
エルガイラが不満げに言ったけど、帆波さんは聞こえなかったふりをしてるみたいだ。
「昔と違ってプライバシーは大切なんだよ」
と彼に付け加えながら、キョロキョロと室内を見渡す。
超高層のデザイナーズマンションだと外観を見て分かったけど、内装も負けずに立派だ。
天井が高ので開放感溢れている。
「足りないものはこちらで勝手に揃えちゃったけど、良かったかな?」
と帆波さん。
「全然! 帆波さん、センス良いです! どれも素敵!」
実は、前のマンションで使っていた家具や電化製品のほとんどを、処分してもらったのだ。
私が子供の頃に引っ越して、その時に揃えた物だったから劣化していたし、あの女がベタベタ使っていたと思うと持ってくる気がしなかった。
「良かった。食器とか好みがあるから、足りないのは紫姫さんが好きに揃えて」
帆波さんがホッとしたように言った。
よく知らないけど、雑誌で見かけるフランスのブランド食器……経費で落としたのかな?
お茶をいれるために食器棚から出したティーセットを見て、軽く緊張をする。
「帆波、前に頼んである件はまだなのか?」
エルガイラが少し苛立っているように彼女に尋ねる。
(ああ、あれか……)
エルガイラが珍しく人に頼んでいること――それは。
「切る許可はおりたんだけど……固くて、多結晶ダイヤモンドのカッターでも、なかなか切れなくて進んでないの」
私の、その時の感情と血で甦る竜。
見つかっている他の二体の竜も復活させたい。
『激しく感情が流れている時がチャンスで、その時に血を数的垂らせばいい』
なので、私が常日頃持ち歩ける位の大きさの『骨』を持ってこいということ。
『別に全部、持ち歩く必要はない。一部だけで十分で、そこに感情と血が注がれれば引っ張られて甦る』
らしい。
最初
『これでいい』
と、小指の骨の一部らしいのを渡されたけど――
『ちょっと……毎日抱えてなきゃいけないの?』
という大きさだったので却下したのだ。
持ち運びが容易な小さくて軽い骨――なんてなかったので……
『骨の一部を切って持たせる』ことになった。
(……例え小さくても『骨』だから、ちょっとね……)
と思うんだけど、いちいち富士学校まで行ってられない。
行くまでの間に、感情なんて落ち着いてしまうだろうし。
「少しの欠片でも構わない。とにかく早いうちに紫姫の手に持たせたい」
エルガイラには切実な問題なのか、いつもより真剣な口調だった。
これから防衛庁のお偉いさん達がやって来る。
それまでお茶でも飲んでゆっくりする。
「学校は月曜日からだけど、明日制服とかくるから」
「はい」
今後、通う高校は『聖鵬女学院』の高等部。
ちょうど、異世界生物が出没しだした頃に新設したと聞いている。
望めば、幼稚園から短大までエスカレーターで通えるらしい。
――ようするに、神奈川近郊在住の政府官僚や芸能・スポーツ、著名人等のお嬢様方が入る、万全な避難体勢の学校らしい。
それだけあって、学費とかスッゴくお高いとか……。
今まで通っていた高校は、県立だから学費は安かったし色々自由だったけど、どうなんだろう。
(通う女子のレベルが違いそう)
その後、帆波さんと僅かな梱包を解いて片付けをして、防衛庁のお偉い方と外で食事。
なんやかんやと、あっという間に夜も遅い時間になった。
帆波さんにマンションの部屋まで送ってもらうと、徐に鍵を渡してきた。
カードキーだ。マンションの鍵とは別の。
「帆波さん、これは?」
「必要かどうか、だけど……。紫姫さんの部屋の鍵」
そういえば、カードを通す隙間があった。
「これから、あと三体増えるっていうじゃない? 『竜』が。本来の姿はそうだけど、仮の姿は男だしね……。いらない心配かもだけど。あっ! でも、もうエルガイラとはそういうことなら……!」
「――ありがとうございます」
言い回しに焦る帆波さんから、苦笑しながらキーを受けとる。
私は、なんとも思ってもないし、エルガイラが『男』という意識も持っていない。
――エルガイラも、思っていない。
はっきり言われてないし、態度にも出ていない。
血を分け与えたせいなのか、感情か意識か、精神的なものなのか、彼が私のことを性的な目で見ていないのは分かっていた。
(でもこういう感覚って、帆波さんに言っても伝わらないだろうな……)
断るより、素直に受け取っておいたほうが良さそうだ。と思ったまでだ。
「俺、隣の住処で待機していたほうが良いのか?」
勝手が分からず困っているのは、エルガイラの方かもしれない。
「好きにしていいよ。でも、残りの竜達が甦る前に自由に使っていた方が良いんじゃない?」
「戦いがないときは、紫姫を守るのが役目だから離れすぎても困る」
うーん、と首を捻り悩む彼に
「隣なんだから、すぐに駆け付けられるよ?」
と私が締めくくった。




