竜の彼とのこの状況(4)
「……」
サンドウィッチを無言で口に運ぶエルガイラを見つつ、私も食べる。
(初めて食べるところ見た)
そして男の人――彼は竜だけど、自分が作ったご飯を食べてもらうのも初めてだと気付く。
「どう?」
「何が?」
「美味しい?」
美味しいと言ってくれる? いや、そもそも彼に人間の食が分かるのか?
謎だけど、ドキドキしながら感想を待つ。
「普通」
ガッカリだよ。
「普通って……。今までサンドウィッチを食べたことあるの? でなきゃ普通とか不味いとか分からないけど」
「……なら、美味しい? とか聞くなよ。俺の味覚はシルマーの紫姫に引っ張られるんだから。今まで紫姫が食ったサンドウィッチの味の中では『普通』と感じたからそう言っただけだ」
――確かに、店で売ってるサンドウィッチとか、感激するほど美味しいの食べたことあるけどさ。
(……それでも一つ、分かったわ)
『シルマー』と『竜』のこと。
これからのことを話し合った時、政府関係者や研究者達がエルガイラに色々尋ねたんだけど――
『一度にたくさん聞いてくるな! 俺だけじゃ答えられん!』
とへそを曲げてしまった。
その前に散々、身体検査で身体いじくられたし。
閉鎖空間の中で数人に囲まれてだったから、訊問みたいだったしね。
『俺だけじゃ説明しきれん。四体揃うまで待てないのか!?』
と、それから何を聞いても口を閉ざしてしまったのだ。
竜は全部で四体。
人間の基本感情――『怒り』『悲しみ』『不安』『喜び』に応じた竜が、シルマーの強く出た感情と血で甦りを果たす。
エルガイラは『怒り』の竜。
甦った竜は、シルマーの感情と生命力で生きるらしい。
恐らく私のミトコンドリアDNAに竜に作用する配列か何かがあるのだろうとか、何とか難しいことを言っていた。
シルマーは『竜の保護者』『管理者』という意味が近いらしい。
『千年前は巫女とか呼ばれていたぞ』
とエルガイラ。
問題は――三体しか竜の骨が見つかっていないことだ。
エルガイアは「四体いる」と話した。
残り一体は見つかっていないということ。
この件に関して尋ねようにも、その前からの研究者達の質問攻めにエルガイラは、すっかり辟易してしまってだんまりになってしまった。
「仕方ない。紫姫くん頼みだな……」
機嫌のいいときにさりげなく聞いてくれ、と頼まれたわけ。
(ただ……尋ねる項目が多すぎて、全部聞けるのかな?)
だけど――大人や研究者達が知りたいじゃなくて、私も色々と知りたいことはある。
「私の味覚で知るんじゃなくてガイ自身の舌で味わってみればいいじゃない。食べれるんだし、好みとかあるじゃない?」
「う~ん……」
ガイは私の意見に承諾したのかしないのか、どっちにもつかない返事をした。
「あまり食に興味ないの?」
「『酒』は呑みたい。今は未成年は飲酒禁止とかあって紫姫は味を知らんから、今の酒の味が分からん」
あ、そうか。
「ガイは飲んでいいんじゃない?」
「いいのか?」
少しガイの語気が上がる。
「常識的な量なら好きにしていいよ。生活費は防衛庁が持つし」
お酒好きなんだ。レポートに書いておこう。
「――あと、厚焼き卵のサンドウィッチというやつを今度食わせてくれ」
「……えっ?」
私の手が止まる。
「京の都で食べたんだろ?『サンドウィッチで一番美味しかった』と紫姫の中で記憶してる」
「……それは、そうだけど」
一番、美味しかった。
中学の修学旅行。
異世界生物に邪魔されることなく。
楽しかった。
自由行動で利香と一緒に観光して
お昼に食べたサンドウィッチ。
――あれは
「あれ以上、美味しいと思えるサンドウィッチには二度と出会えない……」
「そこの店から取り寄せてもらえばいい」
――そんな問題じゃない。
「無理……あれは」
――利香と一緒に食べたから、あんなに美味しく感じた。
「二度と、食べれない……」
「何で? 俺が空間移動の能力を使わなくても、『政府』とかいうの使えばあっという間だろう?」
「……私は食べたくない」
「一番美味かったのに?」
「食べたくないものは食べたくないの!」
いつものエルガイラと違うしつこさに、私はだんだん苛ついてくる。
声を荒げ、睨み付けてしまう。
そんな私を見て、彼は形良い唇の端を少し上げた。
「今、食べたら、利香、という女との思い出が崩れそうだからか?」
「うるさい!!」
弾けるように立ち上がりテーブルを叩きつけた。
ガチャン、とサンドウィッチを乗せた皿が音をたて、揺れる。
崩れ、具が皿に溢れ落ちて無惨なサンドウィッチになった。
「ガイには関係ない! 食べたければ勝手に頼んでよね!」
「ふーん」
エルガイラが楽しそうに私を見つめる。
人を怒らせておいて何が楽しいんだろう。
「紫姫は普段、そう感情の起伏が激しくないが――『怒り』の感情は出やすいな。さすが俺を最初に甦らせたシルマーだ」
「はっ? ガイが怒らせたからでしょ?」
「沸点低いぜ? 普通、これくらいで怒るか?」
「ガイが私をからかって心を読むからでしょ!? 人の思い出を掻き回すな!」
エルガイラが肩を竦める。
「仕方ない。血を受け取ったことで紫姫の今までの人生も受け取ってる。勝手に頭の中で映像が流れてくるからな」
「キモい。勝手に人の人生見ないでくれる? 閉じれるなら閉じて」
「紫姫が不快に感じるものはそうしよう。風呂上がりに鏡の前に立ってプロポーション確認している場面とか」
「――!?」
パァン、と乾いた音が響いた。
羞恥で頭が真っ白になって、ガイの口を閉じさせたくなったのだ。
頬を叩いた掌が痛い。
でも、それよりも私は怒りに感情が支配されていて、痛みなんてどうでも良かった。
怒りで肩が上がる。身体が熱くて目まで燃えているみたいだ。
睨み付ける私をエルガイラは、満足そうに口角を上げる。
――わざと怒らせた。
そのからかい方に私は再び、手を上げる。
「!?」
が、その腕を抑えられてしまった。
秀麗な顔が私に近付く。
「俺が紫姫の『怒り』で甦ったということは、俺は『怒り』が生命力で生きる糧だと言うことだ。――この意味が分かるか?」
「し、知らないわよ!離して!」
エルガイラの手を離そうにも、磁石に吸い付いたように離れてくれない。
「食べれないことはない。だが、シルマーである紫姫が甦らせる俺達竜は、『感情』がエネルギーだ。――俺は紫姫の『怒り』の波状が何よりのご馳走ってわけだ」
「……!?」
彼をよく見たら、紅い瞳がキラキラと満足そうに輝いてる。
そういえば、先程に比べて血色も良くてイキイキとしてる……?
「……もしかしたら怒ってほしくて、ああいうこと言ったわけ?」
「普段の紫姫が感情の起伏が少ないのには参ったぜ。甦ったとはいえ、いい加減干からびそうだった」
「――きゃっ!?」
引き寄せられてギュッと腰をつかまれる。
めちゃくちゃアルガイラの顔が近い。
思わず彼の顔に見いる。
こう見ると人の男だし、実際は血の繋がってない同士だ。
だけど彼は『竜』だ。
私はこの目で彼の本来の姿を見ているし、彼の肩に乗って異世界生物と戦った。
こんなにキスまでできそうな距離まで近くにいるのに、私の胸がちっともときめかないのは、その姿を知っているからだろう。
異形の姿をこの目で見ている私には、性の対象に見えない。
「紫姫」
なのに、エルガイラの瞳は潤んでいて、熱っぽく私に囁く。
「な、何……?」
「もっと俺に『怒り』をぶつけてくれ……罵ってもいい」
一気に感情が氷点下になった。
「……あんた、マゾ?」
「ああ! その軽蔑した目付きもいい! 怒りの眼差しよりは落ちるが、身体が熱くなる!」
「……分かったから、離してくれないかな?」
「怒りが足りない!もっと怒りの感情を俺にぶつけてくれ!」
感激にプルプル震えているエルガイラをどうにか引き離した。
定期的に、私は彼のために怒らなくちゃならないことを知った。




