竜の彼とのこの状況(2)
「龍ヶ花さーん!一緒に帰ろうよ!」
同じクラスの女子達が名前を呼びながら近づいてくる。
……クラスの女子ほぼ全員が。
帰宅に集団下校。それは今の日本の常識だから構わない。
だけど一緒に下校する女子が日に日に増えていき――転校前の最後の学舎の下校は、とうとうマックスとなった。
「今日で転校しちゃうんでしょー?」
「最後だからファミレスとか寄ってお別れパーティしよ?」
と、私に抱き着いてくる女子。
いかにもずっと仲のよいクラスメイトでした――を見せつける。
勿論、狙いは私じゃない。
「お兄さんもぉ、一緒に行きましょうぉ?」
「そうですよっ! 最後なんだしっ!」
「ねっ? ガイさん」
皆、可愛らしくおねだり。ホームルーム前にばっちり化粧まで済ませている。
「……行くのか?」
ガイ――エルガイラは面倒くさそうに私に聞いてくる。
名前が長くて呼びづらいから、普段は短く「ガイ」と呼ぶことにした。
まあ、日本の名前っぽく呼べるところを抜き取ってだけど。
設定は
『ガイはお父さんが若い頃につくった異母兄で、最近素性が分かり対面し、一緒に住むことになった』
だ。
そうなると私の異母兄は最低でも四人できることになる。
お父さんは世界をまたにかけ子作りに精をだしていたという、かなりのクズ男として設定されたわけだ。
だけど、そんな設定に気をかける女子高生じゃないわけで。
「目の前に稀な美形!しかもクラスメイトの兄!」
というところに注意がいった。
エルガイラは私から生を受け、力をもらう。なので私を守るのは当たり前で、『姫』の傍から離れない『騎士』のようだ。
だから、こうして登下校は付き添う。
最初は、授業中まで見守ろうとするので慌てて諭したけれど。
「いい加減にしろ! 毎日毎日、ぞろぞろとついてくるうえにキャーキャー高い声を出して! 耳が痛い!」
エルガイラがとうとうキレた。
シ……ン、と静まり返ったクラスメイトを尻目にエルガイラは私の手を取ると、ズンズンと威勢よく前を歩く。
我に返ったクラスメイト達が私とエルガイラの後を追いかけていったが曲がり角のところで見失い、ブーブーと文句の花を咲かせていた。
空間を越える能力は便利だ。
あっという間に移動ができる。
「だけどガイ。頻繁に使わないで。千年前と違うんだから」
「全くだな。俺の顔が千年後に、こんなにもてはやされるとは思わなかった」
自分の容姿が、今の女性の理想とするものだと知ったらしい。
「千年前は『鬼』とか『あやかし』とか言われて近寄りもしなかったんだぜ」
人の姿も景色も変わったけどな、とエルガイラは私の住み慣れたマンションのエントラスに入っていく。
あの女は早々と出ていった。
なので、今はエルガイラと私しかいない。
「龍ヶ花!」
背中から聞き慣れた声にかけられ、私は「厄介なのがきた」と作り笑いを作りながら振り向く。
「市橋、まだ聞き足りないの?」
「ったりめーだろ。お前の説明、嘘ばっか! 何があったんだよ? 俺にも教えてくれないのかよ」
目まぐるしく環境が変わって、手続きや、政府との取り決めで忙しいのに、翼はしつこく毎日やって来ては私を追求する。
確かに官僚が乗る車に乗って、帰ってきたのが三日後になったから、その間、心配してくれていたのはありがたい。
幼馴染みの優しさを味わえた。
――でも、私やエルガイラの説明に不信を抱いちゃって、しつこく何度も同じことを尋ねにくるのだ。
翼はジロリ、とエルガイラを睨み付ける。
「こいつに弱味握られてんのかよ? 異母兄だなんて、龍ヶ花と、ちっとも似てねーし!」
「母親が違うし、ガイの母親は異国の人だし。当たり前じゃない」
「第一、お前の父親が若い頃に作ったとかいうけどさ。そんな甲斐性もちだったのかよ?」
「……どうしようもない父親だけど、顔の造形はそう悪くないと思うよ……娘の私が言うのもなんだけど」
あ、ヤバイこと言っちゃったかな? みたいな顔しても遅いわ。
「本当に甲斐性あったかどうか、生きて会えたら聞いてみるわ」
「親父さんから……連絡ないのか?」
「……届いた封書の消印を見るに、宮崎にいるんじゃないかと思うよ、多分。お母さんの生まれ育った場所だし。お墓もそこにあるし」
私は神妙に答えた。
そう、お父さんはお母さんのこと、忘れてない。
宮崎は古代の神様にまつわる話が多い。
新しい研究対象に選んだだけかも知れないけれど、そう思いたい気持ちがあってもいい。
「とにかく、うちのお袋も心配してんだ。急に横浜に引っ越すことになってるしさ」
「明日、引っ越すからその時ご挨拶にいく。おばさんにそう伝えておいて」
「明日!? 金曜日じゃん!」
「急だったから、業者さんがその日しか空いてなかったの」
「じゃあ学校は!?」
「今日で終わり、来週から横浜の学校に通うって――言ったじゃん! HRで!」
「聞いてない!」
「……聞いてなかったのは市橋だけだよ……あんた、寝てたの?」
いや、翼は確かにいたし、目もしっかり開いていたのを私は見ている。
「目を開いたまま寝てたんじゃないでしょうね……?」
「いや……俺、いた? あれ?いた? ……っあ」
思い出したらしい。
苦虫を噛み潰したような顔をして翼は言った。
「何か突然で、『夢かも』って思い込んでた」
「……思い出してなにより。――じゃあ、帰る」
私は溜息をつきながらエルガイラを促して、エレベーターのボタンを押す。
エルガイラは私と翼のやり取りを、口を挟まずにずっと眺めていた。
彼は、物珍しそうにしていたけど、こんな男女のやり取りが珍しいのだろうか?
さっきみたいにクラスメイトから逃げたように、空間移動してくれれば良かったのに。
「紫姫……!」
「――えっ?」
翼が急に私の名前の方を呼び、引き寄せようとした。
「きゃっ……!?」
グラッと体勢を崩して倒れそうになった私を、エルガイラが支えてくれた。
「――つっ!」
同時、彼は私の腕を取った翼の手を避け握る。
強めに握っているのか、翼の顔が苦痛に歪む。
「……お前……?」
乱暴な行動を取った翼を睨み付けたエルガイラだったが、眉を寄せてジッと彼を見据える。
驚きの色を乗せた顔だ。
「ガイ?」
「離せよ……! 悪かったよ、乱暴な真似をして。ただ、紫姫とこんな形で別れるなんて思っていなかったから……」
「市橋……」
翼の顔を改めて見て、悪いことをしたかも、と思い直した。
幼稚園前から知っている幼馴染みなのに、冷たかっただろうか? と。
お互い成長するにしたがって性差で一緒に遊ぶ時間は段々少なくなって、今は「龍ヶ花」「市橋」と苗字で呼びあう一線を引いた仲になってしまったから。
(当たり前になってたけど、違うよね)
「……翼、心配してくれてありがと。でも、本当に大丈夫なの。面倒を見てくれる叔母も身元がしっかりしてるし」
久しぶりに「翼」と呼んで、私だけでなく翼本人も顔を赤くした。
「お、おう。分かったよ。でも連絡先は教えてくれよな!」
「う、うん……取り合えず携帯の電話番号だけ先に教えとく」
そういえば家電だけで、個人の携帯番号とか知らなかった。
「向こうではテレビ電話を設置する予定だから……そうしたらまた連絡する」
「住所は?」
赤外線で携帯情報を交換しながら翼が聞いてくる。
「……今物騒だから、叔母が安易に教えちゃいけないって。叔母に聞いてからね」
「えー」と翼は明らかに不満気な声を出した。
住所を教えて、頻繁に来られては困るのもある。
だって、いつ政府関係者と鉢合わせするか分からないし。
翼を巻き込むわけにいかない……。
「世の中、危険だらけなんだからさ……その辺理解してよね」
「理解してるよ、だからだろ?……いつ、異世界生物に殺されるか分からないんだせ?だから悔いのないようにしたいわけ」
翼の言ってること分かる。
分かるけど、私だけの問題じゃない。
「叔母さん、説得してみせるから」
翼にそれだけ言うのが精一杯だった。




