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第六話 婚儀


 「お綺麗ですわ」


 「ありがとう」



 メイドのハンナは、ローズが婚礼衣装を着ているのを見つめて、惚れ惚れしたように賛辞の言葉を並べる。ハンナは、ローズと同じくらいの年齢である。

 話を聞けば、ハンナは王都で働いていたことがあるらしく、このお屋敷にきてまだ数年だという。王都の話題を知っているので、話が合うことが多い。また性格も穏やかで、仕事も丁寧であり、ローズつきのメイドとしてこれから頼もしく感じられる。

 

 ローズたちは、朝から婚儀の支度をしている。屋敷内にある礼拝堂で、神に夫婦となる宣言をして、契約書にサインをするのが婚儀の流れである。

 

 婚礼を衣装も、こちらの領主が用意してくれたものであり、古さはあるものの、ローズの体型に添って仕立て直してくれたのか、驚くほどサイズが合っていた。ローズの豊かな胸を強調して、胸元が大きく開いたドレスである。かぶっているベールも細かなレース模様が続いていて、とても高価な品であることがわかる。背丈が大きなローズの体のラインを魅せるように、マーメイド型の足にそったスカートの婚姻衣装。ドレスにはこだわりのないローズも、やはり綺麗に着飾るのは気分が上がるものである。

 

 夫となる人とは結局対面することが叶わず、時間は定刻を過ぎ、婚姻の儀へうつる。




 「ハンナ、ご主人様…、ここの領主さまはどんな方なの? 」




 ハンナに疑問に思ったことを聞く。ハンナはローズの髪を編み込みながら、笑顔を崩さず少し間を持たせてから、答えた。




 「お会いすれば、おわかりになられます。ローズ様が直接ご覧になり、ご判断ください」




 何度か尋ねてみたが、決まってこの返答をもらう。ほかの働いている者にも聞こうとしたが、この屋敷は不思議なことに働いている人数が少ない。

 ルボワが優秀な執事であるのは確かなのだが、料理長、庭師、そしてハンナ。屋敷に通いで手伝いに通っているものが、ほかに数人いる程度なのだ。これだけ大きな屋敷であるのに、人手は足りるのだろうかと思うが、ローズは不便に思うことがないので、うまく切り盛りしているのだろう。やはり執事のルボワは優秀なのだろう。




 「さあ、ローズ様お時間です。礼拝堂までお連れいたします」


 「ええ」




 ハンナに連れられ、ローズは屋敷に中にある礼拝堂へ案内される。

 屋敷の中にある礼拝堂といえども、しっかりとした造りであった。ステンドガラスがいくつかあり、礼拝堂中央の正面には、神に祈りを捧げる祭壇がある。その前には、ルボワが司祭の格好をして立っていた。彼は執事ではないのだろうか。


 ローズが祭壇の前に進んでいくと、ルボワは頭をたれた。





 「麗しいローズ様、我が主の妻になられるお方。この婚姻書にサインをしてください」


 「サイン? 」


 「ええ、サインです」




 目の前に出された書類は契約書である。そう、婚姻の承諾をする書類だ。そこにサインをするらしい。しかしこの状態は変ではないだろうか。夫が不在なのである。




 「えっと、わたしの夫となる方はいらっしゃらないのかしら? 」


 「ああ、サインですね。主さまのサインはこちらに」


 「書いてあるわね」




 契約書にはあらかじめ主の名前が書いてあった。このサインを見るに、アルフレッドと書いてある。夫の名はアルフレッドと確かに聞いていた。



 「ええ、なかなかお書きにならなく苦労はしましたが。いえ、失礼…」


 「ちょっと、待って。婚姻の儀でしょう?相手がいないなんて」


 「主は体調不良でして…。また14才ですので後見人として立ち会い人がいれば、代わりに結婚の承諾を認めることができる。ということがこの領地では認められておりますので」


 「夫がわからなくて、婚姻だなんて」


 「この地方ではそうそう珍しくありませんから。些細なことはお気になさらず、こちらにサインをしてくださいますように」


 「些細なことって。はあ…幸先サイサキが思いやされるわ」


 「いえいえ、ローズ様がお輿入れできたことが我々にとって幸運です。ローズ様は何も不安に思うことなくお過ごしくださいませ」


 「婚姻は決まっていて、断れないのはわかっているわ。サインする選択肢しかないのだから」


 「神がお決めになった婚姻ですから」


 「皮肉なことにね」





 ローズはペンをもって契約書にサインをした。これでローズには5つ下の夫ができたのである。ミス・ローズからミセス・ローズとなった。



 「おめでとうございます。奥様。これにて婚姻の儀は終わりです。部屋に帰ってお休みください」


 「え、もう終わり? 」


 「はい、終わりです」


 


 夫になる人に何も期待はしていなかったが、姿を見ないで婚姻を結んだ上に、このまま一日が終わると言うことなのだろうか。ローズはあまりにも予想外のことだらけで、少し混乱してきた。しかし、そんなローズの様子をみても、ルボワは特に表情をかえない。想定していた出来事だったのだろうか。



 「夫……アルフレッド様に面会はできないのでしょうか。お体が弱いとはうかがってはおりますけれど、わたしも婚儀をあげたことを両親に報告しなければなりません」



 「そうですか。主に面会が出来るかどうか、確認いたしますので」


 「ええ、出来ればすぐお願いしたいのだけれど」


 「そうですね、すぐには返答しかねます。申し訳ありません。近日中にはきっと」


 「はあ、わかったわ。もういい! 」




 このままルボワと話しても無駄だとわかった。こちらの話を聞いているようで、まるで聞いていないことがわかったのだ。つまり、ローズの要求を受け入れるつもりがないということだ。ローズはだんだん面倒くさくなってきたので、早くドレスを脱いで、普段着に着替えようと思った。こんなに着飾っても、夫がいない婚儀。茶番である。




 「ルボワ。わたしはこの後、図書館へ行きたいのだけれども」


 「はい、ハンナに案内をお申し付けください」




 このまま夫に会わずに、新生活が始める気配に、暗い気持ちになる。ただ、ローズは当初の目的である屋敷の図書館へ行くことを思いだした。ここの図書館が婚姻の魅力の一つであったのだ。

 ローズはハンナに呼び寄せ、さっさと着替えをして、メイクも落とし、髪型もラフなものへ変えた。魔術学院ではノーメイクであったし、普段はシャツにシンプルなスカートという制服のようなものを身につけていた。


 この屋敷で生活するのにも、華美な格好でなくていい。だが、今は屋敷の意向に添うことも大切だ。ローズは、ハンナが提案してくれる衣装から選んでみることにした。どれも素敵なものであり、ローズの気品を高めてくれるような大人っぽい衣装が多かった。ローズは体型から、ひどく妖艶な女性と印象をもたれることもある。学院ではノーメイクであったし、体のラインがでる服を着ていなかったため、注目されることなどなかった。ただ、ドレスを着るときは印象が変化して、誰もが驚くのだ。本の虫のローズが、あんな美女に変身するなんて、と。


 屋敷内では人も少なく、どんな服装をしようが、誰も注目しないだろう。身ぎれいにしたとしても、見せるべき相手の夫でさえ、自分の前に現れてくれない。着飾ろうが、着飾ることをしなかろうが、誰にもなんとも思われないのだ。そうなれば、ローズは動きやすい格好を選ぶ。ハンナにはもっと簡易な作業着みたいなものがないかと尋ねた。




 「奥様、それはどうことでしょうか?何かなされるのですか? 」


 「本を読むときって服がかさばるのよ。袖口が広がってない方がいいし、本棚を移動するときは、裾が広がったドレスでは大変でしょう?だからハンナたちが日常で着る服くらいのものが理想だわ。日常用の服があればいいかなと思って」


 「そうですか。ルボワ様にうかがってみないことには」


 「あら、どうして?わたしはわたしの着る服を選べないの? 」


 「いえ、そうことではございません。だた、ローズ様に失礼がないようにと言付かっておりますので。わたしの一存では決めかねます」


 「はあ、優秀な執事だこと。まあいいわ、お任せします」




 ローズはここでハンナに当たっても仕方ないと思った。あくまでルボワがすべて取り決めをしているように感じた。そもそもルボワとは何者なのだろうか?執事なので家のことは引き受けているようだが、まるでルボワがこの屋敷の主みたいな権限を持っているようにも感じてしまう。



 「今日は、このお洋服にします」



 手前にあったレースなどの装飾品が少ない、ネイビーのタイトなドレスを指さした。これなら動きやすそうだ。ローズはそれからハンナに連れられ、屋敷の中央にある大きな扉に通された。そして大きな鍵を開ければ、そこは一面に広がる本棚。その蔵書はどのくらいあるだろうか。これは何年かけても読み切ることは不可能そうだ。どうせこの領地に住むことは決まっているならば、時間をかけて本を読もう。そして自分のやりたい魔術の研究を続けようと、改めて感じたローズであった。






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