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披露宴で、乾杯の挨拶をしてくれと頼まれて、非常に困る

 さて、礼服酒場なんて題でエッセイ書いてるんだから、服について一家言喋るのが筋というものだが、生憎と僕は素人だ。

 服装規定もコーディネートも専門外。そういうのは、まあ他の良エッセイを参考にしていただきたい。

 これは、『礼服を着る機会があった時の僕の身に起きた思い出』というのを文章にしているのだ。

 得てして、そういう場所では面白いことが起こる。

 式服を必要とするのは、真剣の場であるからだ。


 だから、同僚が結婚披露宴で僕に乾杯の挨拶をしてくれと言いだした時は、こいつ大丈夫だろうかと思った。



 おそらく平成二十五年六月のことである。

 その夜、僕は阿呆みたいに忙しい部署に転属されたばかりで、残業中であった。

 上司先輩らは皆帰り、一人で書類とにらめっこしていた課のデスク。

 携帯電話が鳴った。

 取ると、同期の同僚からである。

 僕の同期は他の年代と比べて気味が悪いくらい仲がよく、誰かの結婚出産の度にパーティを開いてケーキを食ってるような間柄であったから、また飲み会の誘いかなと思った。

 しかし、井波くん(仮名)からの電話の中身はちょっと毛並みが違った。

『もしもし、大二郎? 今大丈夫?』

「職場にいるけれど、僕しかいないから大丈夫ですよ。なんじゃらほい」

『俺、今度結婚するやん? 来てくれるんだろ』

「ええ、もちろん。出席で返信ハガキ出さしてもらいましたよ。この度はおめでとうございます」

『ありがとうございます。それで、な。頼みたいことあるんよ』

「はい、なんじゃらほい」

『あの、披露宴で、乾杯の挨拶してくれんかな』

「えぇ?! いや、だって職場の上司呼んでるんでしょ? 奥さんの職場の上司も来るんでしょ? 僕でいいんですか?! 僕、井波さんの御家族とも面識ありませんよ?」

『俺達らしい式をしたくて、色んな役処を友達に頼んで回ってるんよ。俺の同級生で締めるところを任せられそうなの大二郎しかおらんのよ』

「(ああ、そういやこの人悪い奴は大体友達って人だもんな)……わかりました。やらせてもらいます」

『ありがとう』

「……本当に僕でいいんですか?」

『本当に僕でいいんです』

「……本当に僕でいいんですか?」

『よろしくっ(ガチャ)』


 参ってしまい、その日は仕事を切り上げ帰りました。明日できることは明日やろうの精神です。



 しかし、披露宴の乾杯の挨拶なんて、普通来賓がするもんじゃないのかなと僕は気が気でなく。

 それから本番当日まで、ネットで検索して、本屋でそれっぽい本を探したり、無関係の僕の上司に相談したりしながら文面を考えました。

 こういうのは変に気取らず、うまいこと言おうとせず、必要な言葉を簡潔に、大きな声で言うのが大事。

 まあ、それなりに人前で話す機会も多く、スピーチ自体は苦手ではなかったので、辛くはなかったです。

 いや、辛かった。そんな大役押しつけられた以上は、それなりのことをちゃんとしたいと思い、「もしとちったらどうしよう」と食事も喉を通らず。

 

 こういう時は、彼の力を借りるしかない。

 本番前夜、スピーチの原稿を書いた後、祝儀袋と衣装を準備します。

 件の蒼縞ネクタイです。頼むぞ友さん。僕に度胸を。

 

 

 さて、本番当日。

 寝過ごしました。うっかり、ぐっすり。

 ま、まあ集合場所にはちゃんと定刻に着いたし。

 スピーチの原稿、持ってくるの忘れました。

 ま、まあ中身は覚えてるし。今からメモ帳にもう一度書けばいいだけだし(震え声)。


 後日、同僚から「大二郎、披露宴まで顔色が悪かったから皆気にしてたぜ。まさか乾杯の挨拶で緊張してたなんてなw」と言われました。

 そりゃ、緊張するっての。

 赤の他人に式場で、参加者全員を代表して祝いの言葉を放つなんて、僕には一大事なのだから。


 おかげで、会場までのバスでは酔うし、ウェルカムドリンクでウィスキー飲んでふらふらだし、結婚式では賛美歌歌い損ねるし、披露宴では新郎新婦の上司が挨拶してたけれど何にも耳に入ってなかった。

 しかし、彼は本当にたくさん友達を呼んだんだな。

 親族の3倍おるやんけ。

 井波青春オールスターズ。

 僕は彼らと対面張って、乾杯を叫ぶのか。

 ああ、鬱!

 

【それでは、乾杯に移りたいと思います。皆さま、お手元のグラスをお持ちになって、御起立ください】

 スタッフがシャンパンを注いで回る足音とグラスの音

【乾杯の御発声は新郎のご同僚、伊藤大二郎様にお願いしたいと思います】

 ざわめき。すごいざわめいた。

【伊藤様、よろしくお願いいたします】

 とりあえず、歩き出すと、ざわめきが聞こえる「デカッ」とか聞こえる。


 井波くんも、井波夫人も、えらい笑っていた。



「清次郎くん、恵さん、おめでとう。両家御親族の皆さま、本日は誠におめでとうございます。御指名をいただきましたので、僭越ながら乾杯の音頭を取らせていただきます。ありったけの幸せをこめて御唱和ください。乾杯!(乾杯!)」





 会場を振わせた後、速攻で自席に戻る。

 ノルマ終了じゃぼけぇ! 

 おら、酒持ってこい!

 ビールだビール! 

 お、魚料理やな! 白ワインじゃ。

 よっしゃステーキキタコレ 赤ワイン!

 ウィスキー! ウィスキー! 上から順に注文ニキー!


 こんなうまい酒はなかなかない。

 旨過ぎて、酩酊していた。



 いまだに、彼は結婚式のビデオの、僕の挨拶のシーンを見返すんだってさ。

 ほんとう、やめて欲しい。


 

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