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同僚の結婚式で香川に行って、深夜の屋台で知らない人に牛皿を奢られる

 おそらく平成二十六年五月のことである。


 職場の同僚、長井博次(仮名)の結婚式に出席するため、一泊二日で香川県まで出掛けたことがある。

 何故実家のある大沼県でなく香川県なのだろうと首をかしげたが、話を聞くとなんのことはない。

 彼と新婦が香川大学出身ということなのだ。

 余計に首を捻る。


 式には、大学時代の共通の友人を多く呼んでいたらしい。

 全国から、彼らの友がわんさかと集まった。僕の顔見知りは同期の同僚数名。圧倒的アウェイ。

 きっとここには、この地には新郎新婦とその他大勢の、思い出の残り香があるということだろう。

 魚介類をつかったオードブルを苦労してナイフとフォークで切り分けながら、新郎新婦を囲む会を眺める披露宴。白ワインがうまい。

 思い出に付きあわされる僕としては、さてさてどういう気分でいればいいのか。

 どうやって楽しもうか。

 10年着続けるダブルの礼服と、10年来の親友から受け取った蒼縞のネクタイ。僕は勝負服である。


 過不足なく式典は進んだ。友人の結婚式で賛美歌を大き過ぎる声で歌って視線を集めてしまったり、披露宴でスピーチを頼まれて何故か僕のテーブルだけ大爆笑していたり、二次会で「君面白いから司会やってよ」と無茶もいいところを頼まれて、たらふく飲んだり。十分に楽しい数時間を過ごす。

 初めてあった連中に写メを取られたり一緒に取ったり、「あなたのこと見たことあります」という謎の言葉をかけられたりしながらのどんちゃん騒ぎ。

 日付も変わろうという頃にビジネスホテルに到着し、引き出物をテーブルに置き、ネクタイを外す。

 このネクタイは僕の最大の友人が誕生日プレセントにくれた大切な品で、僕にとって大事な席に参加する時に着用する勝負ネクタイである。まだまだ白タイなんて付けるほどの貫録もないので、十分押し通す。

 不思議なもので、これを付けていると友人の後押しを感じて前向きな力が湧いて来るのだ。手放せない。

 服も服飾も着れば同じと思っていたのだが、一つ思い入れのある品ができると価値観なんてあっという間に変わるのだと、30にもなって気付く。全く世の中は学ぶことが多い。


 というわけで、前置きが長くなってしまって申し訳ないが。

 この話は結婚式の二次会が終わった所から始まる。



 僕の趣味なのだが。

 友人の結婚式などで他県に出掛けた時には、解散後に一人で飲みにでかける習慣がある。

 初めて訪れる街を一人で歩き、気に行った店を見つけてちょっと入ってみるのだ。

 案内された席で看板メニューと燗をいただき、「ほぅ」と呟く余韻に、至福を感じるのだ。

 そう言う時、自分が思ったよりもナルシストなのだなとおかしくなる。


 さて、今日はどこで耽ろうかと香川高松のアーケード街を歩く。

 地名は知らない。そういうのにあまり興味がない。

 もう日付も変わろうというのに、いかにもな暖簾を出した地元連中の集まりそうな店がいくつも開いている。

 物色を続けているとちょっと変わった店を見つけた。

 居酒屋なのだが、店自体は締めたらしく、シャッターは半分まで降りている。

 そしてその前に木製の机と椅子と、包丁とまな板をおいておけるような小さな調理台が並んでおり、数人の男女が焼酎と簡単なつまみでやっていた。

 店長らしき男の人一人できりもりしているのは、おそらく店員さんはシャッターの奥で仕舞いを付けているからだろう。

 ああ、なるほど。常連さんや、僕のような連中のために最後まで付き合ってくれるための、屋台なのだ。

 

 オレンジ色のシャツを来た店長。見るからに常連と言った風ないかつい顔の男性。親子程年齢が離れているのに親子に見えない男女連れ。

 そこに、ノーネクタイの礼服の男が一人交る。

 慣れたものなのだろう。「何にします?」と訊かれるのでとりあえず作れるものがマジックで段ボールに綴られたメニュー(?)の一番上のオムソバと芋の水割りにする。食べる物はなんでもいいのだ。

 ものの五分で湯気の出る料理ともっと薄くしてもいいのにというくらい濃い水割りが出てくる。

 一口食べて、一口飲んで「ほぅ」と呟く。

 これがたまらないのだ。

 隣に座るいかついおじさんの視線を感じるが、気にしない。


 気にしないで三口ほどいったところで、突然隣のおじさんが、自分の手元にきた牛皿を僕の方に押しながら言った。

「兄ちゃん、食べなよ」

 なんか嬉しそうな顔をしているおじさん。

 これを食べたからと言って、取って食われることはないだろう(意味深)

 日本なら、薬を盛られて財布を取られるということもあるまい。

 礼を言って、平らげた。食べたら、もう一回礼を言った。

 おじさんは嬉しそうな顔をしている。僕が初対面の相手からでも遠慮なくゴチになれる、そういう人種だということを理解したのだろう。遠慮なく、色々訊いてきた。

「兄ちゃん、どこから来たん?」

「今日は何しに?」

「いくつなん?」

「体でかいけれど、柔道か何かしてたの?」

「何センチ?」

「ってか何キロ?」

 途中から、暇になった店長や隣で飲んでた男女連れまで混ざって僕の話題でもちきりだった。

 

 いかつい顔のおじさんは黒田さんと言う。

 顔にはその人の歩んできた物が出るというが、まさに地元のやんちゃがそのまま地元で成長した、と言った風な面貌。人懐っこさと遠慮のなさがにじみ出ている。

 この時間だというのに、着ているシャツはよれていないし、履いている靴は洒落ていた。

 店長とは昔からの連れて正月に家に遊びに行ってそのままツーリングに出かけてしまうそうだ。

「こいつ、本当迷惑なんだよな」と笑いながら店長は言う。

 その時は流石に店長の奥さんに叱られたらしい。

 礼儀として、腹を抱えて笑っておいた。


 結局三杯飲んで、祝儀代わりに、もう一杯飲んで帰ることに。

「またいつでもおいで」と見送ってくれる。

 最後の一杯はやり過ぎたな、とふらふらうっぷしながらホテルに戻る。

 隣の部屋の前にデリ嬢らしい女性が立っているので、少し早歩きで移動して、扉を空けて締める。

 今日も楽しかったなと風呂にも入らず寝る。



 さて、次の朝、あれだけたらふく飲んで食べても朝になれば朝食が入るのだから、僕の胃袋も業が深い。

 服を着替え風呂に入り、礼服はケースにしまい、帰途につく。

 帰り路、昨日の屋台の前まで来る。


「あ、伊藤さん」

 店長が、屋台でホルモン焼いて食べていた。

 まだやっていたのか……。

 黒田さんは帰ったらしい。おそらく、夜になったらまた来るのだろう。

「またいつでもおいで」と、笑って見送ってくれた。



 次があれば、礼服を着ずに行くだろう。


 



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