−無知な天才③−
唖然とする自身の眼前には手を振り切った彼女。
口を結び、眉を歪め、桜髪の隙間から覗くキツい目を作るその表情には感情的な怒りを露わにしており、それ以上を堪えるように身体を震わしていたのであった。
これまでは静かな怒りに近いものを見せる場面はあったが、今回はその真逆の激情だ。何がきっかけだったかは分からないが少なくとも一番感情を揺さぶる余計な一言があったのは間違いない。
ただ、それでもその声だけは荒げはしない。
「ーーあいつを、悪く言わないでくれ」
「………」
僅かに落ち着いた彼女は次には悲しく、寂しげな様子を見せた。彼女にとっての"あいつ"は非常に重要な人物なのだろう。そんな他人のようで他人じゃない誰かに対しての失言で怒りを向けられるとなればいよいよ私もどうかしている。
そんな所を気に掛ける余裕はない。
ルシエラの一言を聞いて数秒後。
私は力無く膝を付き、地面を向いていた。まるで糸が切れた人形だ。
地面が歪んでいるように見え、ポタポタと雫が落ちる。
何を考えたのか、胸の奥に隠していた感情が漏れる。
「じゃあ………私が悪いって………言うの?」
視界いっぱいを涙で滲ませながら鼻を啜り、小さい嗚咽を漏らす。
そこでようやく私は泣いているのだと自覚した。
誰が? このカナリア・シェリーがだ。
確かに沢山の情報量に困惑して意外な事実を聞いたのは間違いない。重荷だと感じ、苛立ちを覚えていたのも真実だ。が、色々な感情が絡まりあって最後に頬を叩かれて一喝された結果がこれだ。
かつての私がこうまで感情面を曝け出しはしなかったと思う。出したとしても弱味のようなーー否、これは聞き分けの悪い子供の駄々で、人前で見せたりしなかった。
何故だろうか? 前はもっと自身を客観視して何も揺れ動く事がなかった筈なのにーー。
いつからこんなに脆くなってしまっのだろうか?
今だけで良いから気薄な感情しか持たなかったカナリア・シェリーに戻って合理的な考え方がしたいと説に願う。
きっとその時点で戻れない程に変わってきてるのだろう。
この瞬間はもう何もかもを呪いたい気分になりながら堰き止められない感情をぶち撒けるので精一杯であった。
「天才って言われて………それが異端になって、尊敬が妬みに変わってしまったの。次に誰も近付いて来なくなって孤立して………ようやく新しく出会いがあったかと思ったら悪魔に襲われて、何回も何回も死にそうな状況になりながら………身体もぼろぼろになっても何とか乗り越えたら今度は次の戦い。で、これが仕組まれた結果の上にある………」
「シェリー………」
「それでも今日までは自身の力が切り開いて掴み取った未来だと思っていたのにそれは私が頑張ったからじゃない………」
そう。
頑張ったのは私じゃないのだ。
私は頑張った人の上に立って頑張ってるフリをしていた哀れな道家だ。
笑いは笑いでも今の自身が浮かべるのは嘲笑い。
「カナリア・シェリーには勿体ない力よ………。貴女の力もアイツと呼ばれる人の力も………」
「………」
気丈な態度の私はもう居なかった。そんな意気消沈した姿からの言葉を魔女は聞くしか出来ず無言のまま。
沈黙の間。
それからどれくらいの時間が経過したかは分からない。ひたすらに抑えきれない感情を吐き出しながらどうにか気持ちに整理をつけようとしては頭が真っ白になり、嫌な部分だけが浮かび上がる時間だけが過ぎた。
しかしそれも長くはない。否、長くは持たない。
「すまなかった」
何に対してなのかが不明瞭な謝罪だった。いきなり平手打ちをした事か、或いは背負わせた業に対してなのか、また別の所に向けてなのか。
私は何も返せないままにーー。
「………これ以上は今は止そう。また次に会う時には立ち直っているのを信じている」
それだけを最後に彼女は言い残したのは聞こえ、私がようやく顔を上げた頃には辺りは真っ暗になっていた。長椅子に座ったままの体勢は変わらずにずっと顔を伏せた状態。周りには昼間よりかは少ない人の気配だけ残した噴水の音だけが静かに響く空間。
元の空間に戻ってからも私はずっとこのままだったのだろうが、果たしてどれくらいそうしてたかを知る者は居ない。誰かから声を掛けられたのかすら分からないくらい茫然自失になっていたのは間違いない。願わくばこの姿を見知った人に見られていない事を祈るばかりだ。
こんなカナリア・シェリーは見せられない。見せたくない。
結局何かが解決なんてしなかった。
次から次へと押し寄せて来る混乱だけが山積みになり、一体何を指針に考えて動かなければ良いかすらも見失ってしまう。やるべき目的はあるのに自分を支えていた土台が崩れてこのまま行動するのかに迷いが生まれた。それは足を止めるどころか後ろに後退してしまう程に無くなる道標。
カナリア・シェリーはこれからどうするのが正しいのだろうか?
私は覚束無い足取りで宿へと帰路する。
抱えられない重荷に身体を震わせながら。




