−無知な天才−
気付けば夕暮れが近付いていた。特にアテもなくアリスさんを探す事だけを意識して歩き回っていたが、やはり嫌な予感が的中したのか、こうして必要に捜索する時は全く見つからない事態に陥ってしまうのだ。すれ違いがあったにせよこれだけの時間を探し回って見当たらないと言う事は恐らく別件が割り込んだか、サボってるかで外回りをしていないかだろう。昼間の印象からは後者の説が有力だが、あまりそれは考えたくはなかった。
後は自身が一般と同等の立ち入りが許された周囲しか動いていない為、それ以外の区画に居るのならば当然出会さないのも当然な事。そうなると無駄手間な行動しかしていないが、案外空っぽな気持ちになって歩き回るのは精神的には良い休憩になる。
とは言え、アテもなく探し回るのもようやく限界を感じた私は一先ず噴水がある広場の長椅子に座って四肢を休ませる。
「はぁ、息抜きにしては徒労感がいっぱいね」
まるで解決してない仕事から現実逃避して大量の仕事の山を抱えてる気分だ。
噴水から流れる水の音色が良い感じの癒しになり、それを緩和させてはくれるが、一息付けばすぐ様に思考を巡らせる。
まずは当然堕天のルシファーによる大魔王の降臨計画の阻止。未だに予測された術式は見つけられず、当人すら発見出来てない有様だ。そろそろ不安を覚えてくる。
次にシルビア・ルルーシア。彼女の実態を聞かされた今、見方が変わってくるのは必然だし、その話について触れたいが、触れられない板挟みになりながら接するとなるとどう絡んで良いかわからなくなる。
そして裏切り者。黒幕。
私はその悪魔を此方に現界させる為に封印の力を弱めた犯人をさがさなければいけない。が、正直全く進展はない。私が直接調査している訳でもないから現状気にするのも意味があるのかではある。しかし何かしらを企んで起こした件なら現状私達が計画を潰している為、目をつけられてしまっているかもしれない。
そして引っ掛かるエイデス機関そのもの。
どれもが解決しない。だからこそ嫌な予感がする。まるで全ての延長線上に繋がるような一つの結論が存在して世界をひっくり返しかねない思惑が蠢いているような。
頭痛を覚えたくなる。もはや思考が妄想の類にすら近い領域に入り出しているのだから仕方ない。
ただ、全てを否定したくても否定出来ない理由が一つ存在してしまっているのだ。
それはーー。
「確かに普通の人からすれば妄想だろう。だが私からすれば読み切れない未来を否定するのもまた滑稽だよ」
「貴女………」
不意に街が静まり返る。先程までの多少少なくなったとは言え盛んな街の喧騒が嘘のように無くなり、辺りに人らしき人が存在せず、最初から私と話しかけて来た彼女のみの世界のような状況が唐突に始まった。
否、これは彼女の力だ。
この場の二人だけを取り残す特殊な空間。私が扱う原初魔法の【箱庭】に近い力。自身と相手だけを邂逅させる為だけの。
カナリア・シェリーの中に入り込む存在。
ルシエラ・バーミリオン。それが彼女の名前であり、反逆の一族である魔女と言われる者だ。未だに魔女の単語を他から聞いた記憶がないのが引っ掛かる所ではあるが。
思ったよりも早い再会だろうか? あまり間隔が空いたような気もしないが、唐突に現れるのは嫌な予感を禁じ得ない。そもそも毎度毎度碌な目に合ってすらいないのだから邂逅しただけで何か代償を支払うのではないか?
「相変わらず疑い深い性格だ。一体誰に似たのやら………」
「保護者面されても知らないわよ。私は肉親を知らない。私の知る親は叔父と叔母だけよ」
「そうだな。閑話休題だ。有意義な話をしようじゃないか」
雄弁に語るその姿から有意義よりも胡散臭い話しかしないように感じ取れてしまう。が、こうして姿を現したと言う事は何か理由がある筈だ。最初の邂逅の時の予言も僅かとなったこの時期。
さて、どんな話をしてくるのか?
「残念ながら私にもはや未来予知の力は殆ど残されていない。だから先が確定した結末を語れはしないよ」
「………何の為に現れたのよ」
出だしから躓く。それで何を有意義に話すと言うのか? そもそも俗世間に介入出来ない立場の人でどんな話題を提供するつもなのか。
「だから話す内容は予知ではなく、予測だ。これまでの一連の出来事をそろそろ解決していく為に」
「予測? 一連の出来事?」
ああ、と彼女は言いながら私の隣に座り込む。その横顔は真剣さが窺えるが、かなり不安気な様子を見せていた気がした。
ずっと覗き込むのも不自然な感じがした私は他所を眺めながら魔女の言葉を待つ。
ややあってーー。
「カナリア・シェリー。貴女を狙っている存在がいる」
「なっ………」
開幕一番。いきなり告げられた。
いや、だが既に私は狙われているのは間違いないような気もする。
「悪魔とかに、じゃない。もっと別の誰かに貴女は良いように次から次へと事件に巻き込ませているんだ」
「………まさか、私は………」
「自分の意志で。それは間違いないだろうな。実際私の忠告も無視しているんだから自分の意志で動いているのを曲げはしないのは分かっている」
何か棘のある言い方をされたが、割り込む隙もなくルシエラは続ける。
「だが、貴女が自分の意志で動くのと事件が向こうからやって来るのはまた違うだろう? 相手の目的が貴女に仕向ける事ならそこからは成り行きでも構わない節なら後は事件が起きるか起きないかの差だ。まあ、高確率で事件になるようにはしていそうだが」
「ちょっと………それってどれの事を指しているのよ? 割と色々あって分からないわ」
これまでを遡って一体いつから、若しくは誰や何が仕向けられた出来事になるのか。正直そんな人生を操作するような所業をする者なんて考えるだけで恐ろしい。
「全ては分からない。が、全てかもしれない」
「曖昧過ぎる言い方なんだけど………」
「貴女は幼少期。肉親を亡くし、老夫婦に育てられてその老夫婦も亡くなって一人になってから暫くして学園に入った。そこまでは間違いなく何もない。安心してくれ」
「………何で魔女である貴女がそこだけは太鼓判押すのよ」
最後。冥天のディアナードと対峙していた時に結局聞かずじまいにしていたが、本当に魔女と言う肩書きを無しにしても一体何者なのだ?
私は見覚えがない。だが今の素振りからーー否、それよりも前のやり取りにしてもどうやら彼女は随分と昔から私を知っている口だ。
カナリア・シェリーの昔を知っている。それ自体は恐らく調べれば多少なり把握は出来るだろう。何故なら自身の過去にそこまでの特別性はない。まあ天才魔導師としての意味合いなら特別性はあるかもしれないがそれだけだ。際だった壮絶な過去がある訳でもない。他より魔法の才に優れていただけであり、普通に育って成長してきた少女だ。唯一分からないとすれば本来の肉親が物心付く頃には亡くなっていて老夫婦ーー叔父叔母に私は親代わりに育てて貰っていただけ。そんな平凡な記録は調べる程に情報はないだろう。経歴だけある。そんなくらいだ。
だからまるで幼い頃のカナリア・シェリーを見て来たみたいな言い草をされると違和感が募る。もし面識があるなら私が忘れているのも変だ。まあ割と忘れっぽい一面があるのは否定出来ないから確実にとは言わないけど。
しかし逆に昔から私を見て来たなら彼女が本当に何者かは気になる。今でこそ色々名が広がってはいるが、当時の私には何の注目する要素なんてない。故に学園入るまでは何もなかったと言い切るのは分かるが、何故ルシエラが知っているのだ? って訳だ。
「学園に入ってからのカナリア・シェリーは本当に私が予期しない速さで成長し、関わりを増やしていった。故に全てかもしれない」
「それはまさか私がエイデス機関と知り合ったのも悪魔と戦うようになったのも今こうして悪魔を探しながら悩んでいるその他諸々も全て誰かの仕組んだ事で私は手の平で踊ろされているって?」
陰謀論も甚だしい。もはやそれこそ予知や予測ではなく妄言や妄想染みているだろう。そもそも明確な答えがある訳ではないし、根拠もない。今現在あるのは違和感として捉えられる程度のもの。
これがまた予知したものだと言うならその犯人も出て来ている筈だ。が、当然それは彼女の口振りからして有り得ないだろう。
だったら一体ーーいや、それは良いとしてもし一連の出来事が仕組まれた話で進めたらーー。
「まさかエイデス機関が………?」
「信じられないって感じだな」
「当たり前でしょ? 大前提として考えたら可能性はそこに行きつくわ。だけど………」
これまでの過程がまるで全て私に差し向けた事になる。
織宮さんも。アリスさんも。ガルムさんも。ダリアス・ミレーユも。
もしかしたらそこまでに付随する間接的な事象まで全てがーー。
「じゃあ何? 悪魔も全てエイデス機関が原因でそれを私を関与させたエイデス機関で尻拭いって訳?」
意味が分からない。計画に色々と破綻があるようにしか見えない。それよりも先ずは何がしたいのかすら分からない。
目的は? 狙いは?
「貴女はエイデス機関について少し勘違いしているようだな」
「いや、私より寧ろ何を知っているのよ貴女は?」
「あれの創設が遥か昔。大戦時代より以前から存在するとしたら?」
「ーー!?」
それは嘘だ。エイデス機関は軍とギルドが解体され、代わりの自衛組織としてと秘密裏に事件を解決する工作員的な一面を持つ組織。確かに怪しい側面が見え隠れしているのは事実だが、一々表沙汰にしていては収集がつかない件を片付ける為に秀でた人達を集めた集団。
まさかそれが下手したら私が生まれるより前からあったなんて信じられる筈もない。
少しした人数で小国に匹敵する戦力も可能な人材が軍にもギルドにも加わらず、ましてや存在すら隠蔽した歴史なんて普通に考えられない。
「そこまで不思議に思う必要はない。元々秘密裏な組織として暗躍されていたのが少しずつ表舞台に上がってきただけだ。本当に秘密にするならそもそも周知させるべきではないのだからな」
「………」
「何故それでも表舞台に上がって来たのかって言うとそれが軍とギルドが解体されたからだ。早い話、知らない人からすればその辺りがエイデス機関が結成された時期となってしまっただけ」
確かにそう言いきれば違和感はない。歴史の誤情報なんてよくある事だ。魔法の概念や理論だって幾つも修正されて来た。歴代の偉人もまたそうなのである。加えて言えば、【黒の使者】と呼ばれた反乱分子を撃退した英雄達にも隠された存在がいるみたいなのだから、詰まるところ当事者辺りしか把握していない真実ってのはいつの世にも沢山あるのだ。
百聞は一見にしかず。
と、まあこの際エイデス機関が既に実在していた結論に一々疑問を抱いている暇はない。
問題は結局何が目的で結成され、何をして来たのかだろう。
軍とギルドがあった時代。そんなご時世で秘密裏に動いた活動理由とは?
「そろそろ見えてくるんじゃないか?」
「見えてくるって一体何が………」
いや、この話をしているのはルシエラだ。知っている理由はともかく散々エイデス機関を毛嫌いしたやり取りをしていた。
それは何故か?
考えてみろ。そもそも彼女は何者だ?
「………まさかエイデス機関って」
「これで私が警戒している理由が少しは分かるだろう?」
ーー魔女。
その言葉で全てが収束した。
「魔女が本当に第一級反逆者として扱われていた立場だったのならそれを認定していたのがーー」
「そう、それがエイデス機関だ。当時はエイデス機関ではなくエイデス教徒と呼ばれ、神の敵とされた魔女を狩る者達で束ねられていたのだよ」
「魔女狩りって………趣味が悪過ぎるわよ」
一体どの程度まで遡った出来事なのだ? ここ数年では収まらない枠の話である。と言うかどうして私は彼女と出会った時にその答えに行き着かなかったのだろうかと悔みすらする。あの時に既に簡潔すぎる答えを提示していたと言うのに。
「それも私達の一族がほとんど狩られた後期からは徐々に魔女狩りの意図は無くし、教徒から機関へと名称が変わった。だから今でこそ貴女が想像する者達とはズレがあるだろう」
「そうして解体された軍とギルドの代わりを担う強大な組織として表舞台って訳ね………」
受け止め難い事実だが、嘘として一蹴出来ない信憑性は少なからずある。だがまだまだ腑に落ちない点も同じくらいには存在する。
「その事情で結局繋がっては来ないのよ。どうして私が狙われているのか」
断片的な一部一部が揃った程度じゃ本質には辿り着かない。数式の一部がわかったところでその先の真実なんてわかる筈もないのだから。
幾ら天才とは言え。




