−天才対天才③−
恐らくはリアンも気付いてはいる。が、何処でその抜刀術が繰り出されるかに法則性を読むには未知な領域で苦戦を強いられているようだ。
もしかしたら読み切るのは不可能なのかもしれない。どんな体勢からでも瞬時に思考しない反射で振るうのだから狙い目はきっと少ない。
反撃も出来れば凌ぎも出来る攻撃と防御が連動した技の法則についていける人は当人だけなのだ。
「抜刀ーー【飛燕】」
「くっ」
明らかに彼女の抜刀術に遅れを取り出している。以前の冥天のディアナードの時は一撃で倒すが故に見せなかった引き出しを開け出した為だ。灰色の少女の間合いは完璧に危険地帯となっている。
純粋に強い。
ただ、リアンが相手だからこそ使わざるを得ないと思えば、やはり彼の底力が感じられるのは間違いない。
しかし起源の差がそのままの差にも思われた。
不幸な事故により立ち止まるしかなかった彼と悲願を果たす為にずっと進み続けていた彼女。もしそれが両者同じ月日、年月の練度であれば違ってはいた。
つまり勝敗の結果は近付きつつある。
「抜刀ーー【菊花】」
どんどん逃げ道を塞がれたキングにチェックメイトを指すように。
「抜刀ーー【睡蓮】」
光華は勝ち筋を作り出していく。
「抜刀ーー【月光】」
次から次へと繰り出される彼女の抜刀術により後退する避けや防ぎ方になり、どんどん試合場の端っこへ追い詰められていく。
もはや反射にしか頼れてない動きは後手に回らざるを得ず、力で返すのも叶わない。
反撃は起きない。
「はぁ………はぁ………」
肩で息をするリアン。立ち回りを崩され、猛攻にさらされた彼はぼろぼろだ。踏ん張っていたとは言え、全ての攻撃を防いではいない。所々を叩き斬られた跡が出来上がり、既に四肢に入る力が弱々しくなっていた。
きっと骨も幾つか折れているだろう。綺麗に切断された方がすぐ様試合が終了し、楽になれたんじゃないのか? と考えてしまうような辛さを今味わっているかもしれない。
対する灰色の少女は息一つ乱していない。抜刀術特有の間合いを維持しながら一定感覚の呼吸をする。いつでも迎撃出来る証拠であり、まだまだ余裕すら残したような雰囲気だ。
盤上この一手。もう次で勝者が決まるところまで来てしまったのだ。
十分だろう。碧髪の少年はよく頑張った。復帰明けのような万全ではない万全の中で最善を尽くした戦いをした。
彼じゃなきゃここまで持ち堪えられなかっただろうし、彼じゃなきゃ彼女も真価を発揮しなかっただろう。
光華は強過ぎる。ただそれだけの話だ。
今の彼女の勢いならば冥天のディアナードを単独で撃破出来るんじゃないかって程に有り余る実力差を見せつけた。
彼女なら或いは私やダリアス・ミレーユが参加していたとしても優勝候補に名を挙げる筈だろうと今なら思う。
これにはきっとへカテリーナ・フローリアも息を呑んで観戦しているんじゃないだろうか?
正直私があの状況なら降参する。
まだまだ秘めた力の一旦を見せているに過ぎない発展途上であれ程の立ち回りをするのだ。
普通なら諦める。勝てやしないて。
ただーー。もしまだ諦めるつもりがないリアンの心境を汲みとってあの場にいると仮定したら。
そう。正にあの時、私が冥天のディアナードと対峙して死闘を繰り広げた瞬間に重ねるなら。
ーーどうする?
私ならーー。
と、次の瞬間だった。
◆
「勝負有りだ………」
「流石に、ね。かなり頑張った方よ。これは学生内はおろか、一流の魔導師ですら並ばない次元の戦いよ」
多くは語らず静かに答えを提示するフェイルと語らずにはいられない驚きを抱きながら語るルナ。
彼等の目から見てもこの試合はこれまでよりも一段と飛び抜けており、もはや認めざるを得ない天才の姿に唖然とするばかりだ。
また対峙した視点では考えが変わってくるかもしれないが、客観的な位置で観察して解説する身としては言葉が詰まってくる。
「どんな鍛錬をしたのか想像が出来ない。同じ魔導師よりかは同じ人としての地力は全く上なのは認めるしかない」
「技も、力も、機転もある。現役じゃない私でもこれまでに見た誰よりも優秀なのは確実に言えるわね」
「ともかく、彼女を相手にするには現時点では圧倒的に格の差がある。どうしようもないくらいな」
彼等の目からも異才を放つ神門 光華の姿に表情を険しくさせるばかりだ。きっと織宮 レイが言っていた通り、彼等と互角かそれ以上に立ち回れる実力者とは確実に彼女のことだろう。
だからこそ二人はその客観的な目線から見ることを止めて主観的な位置から次にどうするかを意識する。
降参の手段を抜きに。
「正直、仕掛けて来るのを待って立ち位置を交代させて場外狙いしか活路がないわ」
「確かに。が、彼女の技は待ちの姿勢を主体とする。果たして仕掛けずにしてどんな形で動くか」
「神門って娘も油断出来ないわね。勝負はいつだってどんでん返しになるものだから」
「ただそれだけの余力が彼に残されているか」
「微妙ね。だけども仕掛けて来ないなら余力を回復させる事が可能になる以上」
「神門 光華は仕掛けるしかなく、アースグレイ・リアンは活路を見つけるしかない」
戦って来た彼等だからこそこの戦況に確実な勝利が存在しない意見を述べ合う。先程は勝負は有りとの裁定も話したが、それでも諦めない強い意志があればほんの僅かな可能性も存在する。
僅かな可能性をなし得た仲間をこの眼で二人は見てきたのだから。
「ーー! 仕掛けるわね」
「それが正解だ。後はーー」
彼等が考える展開が予想された筈だったーー。
◆
脇腹が痛い。腕が重い。肩が上がらない。足に力が入らない。肺が苦しい。意識が遠のきそうになる。目には額から流れ出る血が侵入する。鼻が血で詰まって息苦しい。頬が痙攣する。膝が嗤う。頭が痛い。武器を握る力が入らない。全てが機能せずに口を開いた息すら難しい。
そんな絶望的な状態。我ながら無様で嘆かわしい。
勝つつもりで息巻いた結果が僅かな時間の間でこの様だ。
圧倒的。本領を発揮した真なる天才の前では歯が立たないのだと身を持って知った。
いや、これは言い訳だ。
分かっている。自身が塞ぎ込んだ時間と塞ぎ込む暇もなくひたすらに磨き続けていた差が一番の敗因だろう。神門 光華は止まらなかった。アースグレイ・リアンは止まっていた。それだけだ。
確かに彼女はカナリア・シェリーに並びうる異才を放つ人物なのは間違いない。
転校して来た初日を思い出す。
同じ人間なのか? 実際には違っていたから正解だが、そんな問題ではない。
心の問題。
カナリア・シェリー以外に対する立ち振る舞いはやはり慣れていない為に、神門家の当主としての気配を見え隠れさせていたのは伝わり、その人生の生き方とでも言う仕草が全てそこにあった。
何がそこまでさせたのかは後々に知ったが、当時見た時の衝撃は忘れられなかった。
自身がどれだけ特別じゃないのかは嫌でも分かる。
だから挑戦だ。
今だけは憧れとして見ているカナリア・シェリーを忘れよう。
アースグレイ・リアンより先を進んでいる背中がすぐそこに居るのだから。
とは言え、どうする?
多少の頭は働くが、肉体が理想の動きをしてくれはしない。仮にしてくれたとしても目先にいる天才を打開する要素になるかは怪しい。
だが、考えるしかない。
動くものは全て使え、あらゆる可能性の手を思考しろ。
足掻け、踏ん張れ、諦めるな。
僕の持つ勝ち筋はそんな意地だけだ。
譲れない諦めの悪さで勝つんだ。
神門 光華がゆっくりと距離を縮める。彼女の居合は一見待ちの姿勢に思えるが、あくまでその技が待ちなだけであって仕掛ける攻撃には居合術を用いていない。実際には仕掛ける技もあるのだろうが、此方の対応に合わせて的確な待ちにする一種の誘導。
先手をしようが待たれ、待とうが仕掛けざるを得ない展開を作り出される。
あの技術に反応する動体視力も無ければ、予想をした洞察力もない。出会い頭のその場凌ぎで精一杯だ。
ただ、唯一考えられる彼女の攻撃の癖が読み通りならーー。
「(活路はきっとそこにある)」
一見間合い内なら必ず狙いを定めてくる居合ーー抜刀術。その制空権に入るか、若しくは入れるのが彼女の技術。自ら詰めもすれば、隙があるような不安定な体勢からも放たれるその太刀筋を完璧に防ぐ事は不可能。
弱点のない技に思えた。
しかし、逆に考えれば制空権にさえ入らなければ抜刀をしない。と言う訳だ。
牽制、陽動の攻撃はどこからでもするが、それが致命打になるかと言われればそうではない。つまりそこに自身の勝機はある。
制空権に入った時の抜刀術。彼女はその都度その都度の呼吸の仕方に合わせて種類を変えている。自ら仕掛けて相手が誘いに乗った時の抜刀術の種類は三つ。相手から仕掛けた時の抜刀術は二つ。
そのどちらでもない抜刀術は一つ。
全てが正しいかは分からない。が、彼女もまた感触を確かめながら戦っているのは間違ってはいない筈。現に光華の技は対人戦で使うのは恐らくこのアズールが始まってからだ。しかも複数の技を使うのは僕が最初。ならまだ可能性的には戦法が絞り込めるのだ。
それも賭けでしかない。
更に真価を発揮すれば予測のつかない不規則な攻撃になっていく。
だから今だ。
今しかない。
「………」
仕掛けるのは灰色の少女から。これは確定事項。何故なら此方から仕掛けつもりはないからだ。
否、仕掛ける余裕ももはやない。その場に立つのも一苦労なアースグレイ・リアンは待つしかないのである。
そしてもう一つだけ確信と言える事がある。
それはーー。
「(彼女の抜刀術は連続では使えない)」
溜めに集中する。一撃の精度を上げる。その二点から光華は連撃を行わない。厄介な強さの理由はそれだ。
恐らく次の抜刀術の繋ぐまでに要する時間は一呼吸以上の硬直がある。その間に位置取りや態勢を整えながら迎撃する立ち回りは充分に達人の所業。
だけど唯一の隙間。きっと今の自身が狙ってやろうとしたら一撃目の抜刀術に膝をつくか、耐えてもやり過ごされるだけだろう。
だからこその一回限りの挑戦。
最初の一撃を耐え、やり過ごされないように一気にケリをつける。
それが今の僕の絶対絶命を迎えている場面だ。




