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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
始動
90/155

−天才対天才



嘆きが聞こえる。

その人は血に塗れ、息を殺しているかのように呼吸を上手く出来なかった。


嗤いが聞こえる。

その人はこの世の何よりも悍しく、狂乱するがの如く他者を嘲り倒す。


激情が聞こえる。

その人はこれ以上になく怒り、嗤う狂人に楯突き、嘆く怯者を守る。


狂人と激情と怯者が踊る。まるで世界がこの瞬間に全てを狂わせていくのを体現しているように。


血と涙と感情だけの色に染め上がる世界は闇に堕ちる黒紫だった。光はなく、希望もなく、あるのは絶望と深い深い闇だけが広がるこの世の終わり。


狂人が何かを喋る。


激情が掠れた声で反応する。


怯者は涙を流す。


ゆらゆらゆらゆら蠢き、崩れていく世界の中で三者を中心に回る光景は神話の1ページのような出来事に見えた。


何が正しく、何が間違い、何がーー。


何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何がーー。


ネチャっと纏わりつく赤が支配する空間でひたすらに答えを探さなければいけない。が、それも時間制限付き。


始まる崩壊が止められないようにこの惨劇は始めから決まっているのかもしれない。


嘆きと嗤いと激情。


それらは惹かれ合う。否が応にも。


終わりの始まり。


狂人は奏でる。


怯者は奏でる。


激情は奏でる。


旋律をーー。


序曲をーー。


終曲をーー。


そうして最後には色と音が消えた世界は終焉を迎えたような気がした。



「ーーッ!!?」


深海から浮上したような息の吐き方をしながら私は起き上った。はぁはぁと荒い呼吸は収まらず、額には毒が全身を巡っているのではないかと思わせる脂汗が垂れ、麻痺したみたいに震える身体。整理が付かない脳内。目覚めたばかりだと言うのにボヤける視界。込み上げる吐き気や胃痛。鳴り止まない心臓の音。


あらゆる肉体の拒絶反応がほんの数瞬続き、ひたすらにこれ以上しんどくならないように現状を維持する息継ぎをしていく内に全てが勝手に収まっていく。


ようやく意識して一息付けたと自覚するまでにすらどれくらいの時間を要しただろうか?


5分? 10分? それとも数十秒?


それ程に目覚めの悪い夢を見ていた。


だが、落ち着きを取り戻した頃にはどんな夢を見ていたのかすらも思い出せない結果に終わった。


そうだろう。夢とは見たくて見れないのと同じく、覚えたくとも覚えられないものなのだ。たまに覚えている夢だってあるが、それも時間が経てば大半が朧気になっていくのだ。だからこそ起き上った直後の身体の拒絶反応みたいな異常も収まってくれたのだろう。しかし悪い夢を見たと言う事実が消え去る事はない。


衝撃的で、残酷で、悍しくて、恐ろしくて、頭の中がぐちゃぐちゃに掻き回されるだけ掻き回されたようなものだった。


果たしてあれは何だったのか?


ついこの間も悪夢を見たばかりでの今日だからまともに熟睡出来ているのかすら怪しい。


「最悪だわ………」


そして嫌な汗を拭いながら壁掛けの時計に目をやると既にアズールの試合時間に差し掛かっていたのである。


今更急いだところで一戦目は確実に間に合わないだろうし、昨日の流れなら二戦目も終わりかねない勢いだろう。


全く踏んだり蹴ったりである。


はぁ、と私は溜息を吐きながらも着替えを済ませて宿を後にした直後の大通りに出て歩いているとーー。


「あれ? アリスさん?」

「あ、………」


屋台が出回っている一つの店の前でひょっこりしゃがんで商品を眺めている東洋人の女性がいた。ただでさえ小柄なのでしゃがんだ姿は少女にしか見えないが確実に見覚えのある知人である。


恐らくは悪魔やら騒ぎを起こす不審な輩がいないか外回りをしているのだろう。多分。


そう考えたら今の彼女は普通にサボっているようにも見えてしまうが。いや、確実に露店に並ぶ商品に目を輝かせていたから間違いないだろう。そしてこの悪いことがバレたような焦燥感を漂わせる分かりやすい反応が更に信憑性を感じる。


と言うか実はよくサボっているんじゃないのだろうか?


「………レイには内緒にしてね………。また仕事増やされるから………」

「………ええ」


割と真剣なお願いをされた。


まあ、彼女もこの前のダリアス・ミレーユの一件で色々疲れた様子だったので張り詰めてばかりだと息苦しいのはありそうだ。まだ仕事を忘れて興味が示せるものがあるようだから息抜きには丁度良いと思う。


それはそれとしてアリスさんが露店で一体何に興味を示したのかの方が個人的には気になるところ。


私も横にしゃがんで聞いてみた。


「何か………綺麗だから買おうかな? って思ってどれにしようか悩んでいた」

「目移りした域じゃなくて完璧に仕事忘れてない?」


開き直ってすらいる彼女が眺めていたのは各地から集められた純度は低いが鉱石や宝石類の装身具だ。


指輪、首飾り、簪、腕輪、髪飾り等の自身を着飾る為の見栄え重視な品が並ばれたよくある露店。年頃の女性なら特に目を輝かせるのも無理はないだろう。私はあまりごちゃごちゃした装飾品は好まないが、折角だから記念に買って帰りたい気分にさせてしまうのがこんな祭り事。


ただそんな自分の為だけに品を彼女は見てはいなかった。眺めているのが大体の対になる類な、所謂お揃いの装飾品であるからだ。


大体予想がつく。


ここ最近は私が知り合った時よりもずっとその行動が顕著さを表していた。きっとアリスさんは気付き始めてしまっている気持ちをこんな形で伝えていくのだろう。


ただ一つ言うと髪飾りのお揃いは男性向けじゃないから絶対やめましょうね?


不意に込み上げる笑いを静かにしながら私も大きくは触れずに色々と商品を選ぶのを手伝う。


「これは? 首飾りだったら定番って印象だけど?」

「うーん、知り合いが昔同じようなもの渡していたから真似みたいだし………」

「じゃあ耳飾り?」

「それも知り合いが………」

「なら腕輪は?」

「それはルナが………」


どないせっちゅうねん。とよく分からない他所の方言で突っ込みながら私はご要望に応えられる商品を探していく。


そして手に取ったのはーー。


「これなら? 確かこの宝石は魔力を込めると綺麗に輝くとか言われているやつよ」

「指輪………?」


恐らく東洋ではあまり風習がない類のものだろう。実際大和国に出向いた時も指輪なんて身に付けた人はいなかった。

だけど別に指輪がダメな風習もないだろうし、この際有りなのではないだろうか?


「喜ぶかな? あまり指輪とか似合う人には見えないから………」

「昨今は割と誰でも填めてるわよ? 高価なのだったら魔導師は魔法の補助にもなるくらいだし。貴女が最初見ていた髪飾りに比べたら全然似合うから」


私の際どい指摘も交えながら提案する言葉にアリスさんは自然と二つの指輪に目を向ける。その特殊な宝石を使った色彩は情熱的な赤と神秘的な青の二つ。同色ではないがこれは互いが惹き寄せられることを意味する対象さを意識したものだ。


この場合赤が織宮さん。青がアリスさんかしら?


「受け取ってくれるかな?」

「大丈夫よ。彼なら受け取ってくれるわ」


と言った辺りで彼女の顔が真っ赤になり出した。バッとこっちに顔を向けてどうして相手が分かるのかを目で訴えてくる。


いや流石に分かるでしょ。寧ろバレてないと思ってたら逆に驚くわ。


「………誰にも言わないで」

「言わないけどその調子だと筒抜けなんだけど」


もう少しそんな所は涼しい表情を身に付けて欲しいと考えた矢先に私は現在の時刻を観察する。


ただでさえ試合開始直前の出発だったのにもう随分とそれから時間は経過しているのは言うまでもない。


「あちゃー、今から行ったら誰が試合始めているかしら?」


と溜息混じりに呟いているとアリスさんが。


「大通りの真ん中で中継機で観たら? 多分今から行っても満員で入れないと思うよ?」

「………そう言えば昨日司会進行の人が言ってたわね」


すっかり忘れていた。何故か現場で観ないといけない使命感が先行した為にそっちの事は全く意識していなかった。ある意味寄り道したおかげでって考えれば急がば回れの言葉が正しさを帯びるのも頷ける。


そうして互いにある用件の為に私達はその場を後にする。


どうにか上手く行きますようにと人混みに消えていく彼女を内で応援しながら大通りへ入る。


噴水の上部360度から観戦できるように設置された中継機に人々は足を止め、流れる映像に注目する。そんな中で私も遠目からアズールの戦いを遅れたが、観る事が出来た。


現状はーー。


「リアン対光華………」


本日の初戦であるフローリアの試合は果たしてどうなったのだろうか? そこを知れずにこの組み合わせを観るのは些か勿体無いような気はした。時間からすればあっさりと勝負がついた流れに思える辺り、多分あの無暴の少女が勝ったとは予想出来るが。


「なら、彼女と戦うのが誰かって訳ね」


身内の人で言えばリアン、光華、シルビアの誰かになる。が、残りの三人の誰が勝ち残るかは本当に予想がつかない。


まずは今の試合から考えなければいけないが。


『神門選手が先制!! しかしアースグレイ選手防いだ!! 開幕から天器を盾に先方の異常な斬撃を難なく流す!!』


そう。何故予想が付かないかの理由に先ずは灰色の少女が絶対剣を使用せず、しかも魔武器の類も使えないから地力の潜在能力で挑むのに対して碧色の少年はその若さで天器を使いこなし、悪魔すら倒した手練れだ。経歴で言えば互角だが、それ故に光華はハンデを背負った状態で舞台に上がっている。

些かリアンの方が有利な状況には変わらないが、果たして厳しい展開を感じた彼女がどう判断をするか。


正直間近で解説する人物以上に行く末を思考する私が普段なら見れない試合の流れを整理していく。


力任せな事実上素手でも可能とする神速に達する斬撃。それを退くことなく天器によって破られた。そうなると光華は真正面からの力技が通用しないのを悟り、左右に揺さぶる。それも一撃が流れを変えると分かっているからこそ注意を分散させて穴を見つけるチェスのような動き方。


対するリアンも向こうが攻め手を変えたのを理解しながら流れを変える一太刀だけはもらわないように不動に徹しながらも守りを最小限に身軽に動ける位置取りだけは揺らがない。


簡単な図式だ。


火力で言えば最大の一撃を防いだリアンの方が現状は有利ではある。が、その一撃を通す手段をあらゆる観点から探る光華は身軽さがある。しかもこと間合いに関しては確実に彼女の方が二手三手先を予見出来る実力差を備えている。そうなると下手に自身の位置をずらしたら穴を見つけられる可能性を感じた彼は動けずにいる図式が出来上がり、仕掛けたら負けみたいな流れが側から見ても分かってしまう。


しかし、これは一対一の試合だ。


勝つ為には膠着した均衡を砕いて流れを掴む必要がある。


「ーーッ!」


先に動いたのは灰色の少女だ。


小細工はない。最短の距離を駆け抜けて懐に容易く入り込んだ。これにはリアンも苦しい表情を浮かべながら最小限の動きで位置を変えて臨戦態勢に入る。


普段私が知り得る人で言えばアリスさんが飛び抜けた速度を持っているが故に意識から外れていたが、彼女も十分に速い。その素早さだけで言えば碧色の少年を容易に出し抜こうとする程に。これはやはり鬼の末裔と言う血もあるのか、生まれもった資質がやはり高い。


しかし、この初見とも言える動きに反応した彼の対応力にも驚きを覚えた。日々の鍛錬以上にやはり戦闘感覚がずば抜けている。武闘派魔導師と呼ばれるフローリアや対峙する光華にすら負けないだろう。いや、瞬発力だけならば軍配が上がるかもしれない。


手刀が振り抜かれる。その斬撃だけで他者を戦闘不能に追い込む脅威の一撃を上体を逸らして回避した少年は自身よりも大きい天器を真横に振るう。それを地面すれすれののけ反りで避けるとしなやかさがあるからこそ可能にする避け方をして両者はその場で円を描くようにして回る。先に態勢を戻したリアンが肩を使って体当たりして押し出す。致命打にはならないが、身体を崩す彼女にそのまま追撃を重ねて更に距離を離す。


上手い。無駄のない、と言うよりかは単発的な攻撃ではなく全てを一連の流れにさせて相手に反撃を許さないような戦いは正に演舞に近い。簡単に一本を取らせて貰えないのを分かった上で深追いをしない冷静な行動は賞賛する。


しかし、離されたからと言って光華が不利になる事はないだろう。あの俊敏さを活かして次は左右に動いて相手に的を絞らせない。そして彼の反応が追い付けない程に加速したところで一気に背後に回る。溜めのない攻撃で先程の手刀とは違う緩急のある回し蹴りがリアンの横腹に刺さる。


ぐっ、と小さな呻きを上げながらも天器を振って無理矢理に彼女を離す。


先制打は灰色の少女が決めた。これはちょっとばかり展開に動きを見せたと言えよう。均衡を崩せる側が有利なのは明らかだ。が、互いに持つ力は一瞬で勝負を決める事を可能としている以上、油断は出来ない。一発逆転と言えば聞こえは良いが、対峙する者からしたらたまらないだろう。


「現時点では互角。先にやられたリアンも焦らないのだから不用意には仕掛けられない」


何故なら頭もキレる2人だ。あの先手をワザと食らって誘っているとも予測出来る。必ずしも致命打にならない先手が有利に運ぶとは限らない。だからこそ光華もじっくり様子を窺う。


先程チェスで例えたが、今はまだ互いに一つの駒を動かした程度に過ぎないだろう。


これは長い戦いになる。


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