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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
第一章 始まる物語
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–天才にできないことはない④–


さて、ではどうしようか? ざっと見渡した時で把握出来たのはまず過激派の朧げな目的と正体。

彼等は多分国家制度に不満を持つ階級の低い平民の武装集団だ。7年前にガラリと変わったイルムガム国の情勢を元に戻そうとしている旧軍の残党辺りか。今時に古い火器武装をしているのが何よりの証拠だ。

この列車を襲撃したのも終着駅が政府や大貴族が集中する大都市セントラルであるのを知った上での計画だろう。更に言えばセントラルに向かう列車だから貴族や政府関係の重役が頻繁に利用している。

そう。結局は情報漏洩がしているから奴等にいとも簡単に制圧されるのだ。大都市だけを強固にしても周囲一帯は並以下になっているからこうなる。重役達も護衛くらいは付けているだろうけど、このご時世に実力ある者なんてエイデス機関辺りに勧誘されている筈。それ以外の多少の武芸を心得ている程度なら旧軍の敵じゃない。彼等は人の命を奪っても眉1つ動かしていないのだ。そんな武装もしている集団を相手に刺激を与えれば目も当てられない事態になるのは流石に理解しているだろう。静まる空間が答えだ。

概ねの状況は著しくはない。彼方が何かしら政府本部に要求をして膠着すれば人質である私達が1人ずつ殺されるだろうし、応じなければ最悪皆殺しすら有り得る。どちらにせよ最初の交信で新たな死者が出る確率は非常に高い。

なら私は今更だが、次なる犠牲を出さない為に動く必要がある。唐突な事態に若干面を喰らって1人の命を救えなかったが、だからってこれ以上対策しないカナリア・シェリーではない。

天才にできないことはない。

時既に遅しかもしれないが、己を鼓舞させる意味で言い聞かせる。

そうして私は旧軍を蹴散らそうとほぼ初めての命を天秤にかける実戦を開始しようとした。

ーーが。


「調子乗ってんじゃねえぞ? 残党風情が」


乱暴な口調を発して立ち上がる乗客により、出陣の頃合いを見失ってしまった。

いや出遅れたの方が正しいかもしれない。

別に気にしないで此方は此方で勝手に行動しても良かったであろうが、残念ながら私の視線はその出張った人物に釘付けになってしまったのである。

原因はまずその乱暴な口調を使っていたのが予想外にも凛として高貴な雰囲気を出していて私と然程変わらない少女であった事。そして知り合いではないが見覚えがあり、超が付く程の有名人であった事だ。

彼女はーー。


「(あれは………【無暴】へカテリーナ・フローリア)」


九大貴族の1つ。へカテリーナ家の三女であり、私とそう変わらない年齢でありながら二つ名の勲章を授かる実力派公女だ。

簡単に言わせれば天才。

自分と比較しても遜色がないであろう並の天才枠からは十分に飛び抜けた素質を持つ規格外化物であるらしい。

全ては噂だけどこの僅かな時間の言葉で二つ名の意味を理解出来る人物だとはすぐ様把握した。

普通の女の子の口調じゃないわ。

そう思う私だが、実際サマになっている空気を醸し出しているのだから仕方がない。

燃え盛るような朱よりかは深紅の髪。それとは相反的に透き通る翡翠の輝きを灯しながら目付きの影響を受けた力強い瞳。一見華奢そうな身体に見えがちだが、旧軍よりも戦い慣れた風に感じる迫力に近い身のこなし。

一言で表すなら威風堂々である。

本当に女の子だよね? と思わせる彼女は口元を歪めて単身で奴等に近付く。

何が楽しいのだろうか?

自然にそんな意味合いを受け取る時点で自分が異質であるのを自覚せずにやり取りを眺めるのであった。


「ッ!? 動くな!! それ以上動くならーー」

「あ? どうなるんだよ? 三下ぁ?」


全く意に介さずに悠々と歩き進むへカテリーナ・フローリア。口調と行動力のせいで頭の回転が悪そうに窺えるが彼女は最初に残党と言いのけた。それは彼等が何者かを判っているから言えたのである。

きっと看破しているのだろう。だからこそ動き出す時期が被った。

場の流れは明らかに1人の公女が飲み込んでいる。迷わずに乗客を殺した旧軍達もそれを感じてしまっているのだ。

私も判る。

深紅の少女は強い。


「選べ。黙って死ぬか、足掻いて死ぬか。あたしは足掻いてくれた方が楽しめるけどな」


とても上品な貴族の印象はない。皆無過ぎて粗悪な姿と口調は一体どちらが悪者なのかと思わせる。

これでは旧軍の彼等も情け無くすら見えた。何せまだ10代の少女に死に方を選ぶ権限しか与えられないのだ。戦を経験してきた強者の面目が丸潰れになってしまうような挑発ではない脅し。

過激派の選択肢は決まっていた。

いや、折角の二択すらどちらかを決められていた。


「我々を甘く見過ぎだ!! 蜂の巣にしてやる!!」


一発や二発の銃声ではなかった。重なり合う発砲音と鼻をつまみたくなる硝煙の匂いが辺りを包み、戦場へと化す。騎士道や魔導師の礼式対戦みたいな優しいのではなく、生死を賭けた卑怯も正々堂々もない血生臭いもの。

これが実戦。

ただーー。


「!」


圧倒的な力差があった。


「ああん? こんな玩具であたしを殺れると思ってんのか? この【無暴】のへカテリーナ・フローリアを」


つまらなそうに答える。

彼女はあれだけの銃弾に襲われながら全くの無傷。そもそも通じてすらいない。否、通じてないも表現的には弱いかもしれなかった。

正確にはそれ以前の問題である。

その光景を垣間見て、ここでようやく私は二つ名の意味を理解する事が出来た。


「(あれは無属性の念動魔法。中々変わった力をお持ちみたいね)」


基本は自然界の火、水、雷、風、土である5種から成り立ち、そこから派生していくのが一般的な魔導師の扱う魔法だ。しかしそんな基本軸から外れた異種属性魔法と言うのが存在している。極めて珍しいもので原理や理屈は解明されていない未知の力。一説では魔力の普通と全然違う傾向にある魔導師が生み出した偶然の産物と言われている。

確かに彼女は色々な意味で周りとは掛け離れた芯を持っているようには思えるけど。

その中で最近浮き彫りにされ始めているのが無属性魔法。転移魔法等の空間操作に関係しているのが分類に入る属性だ。

念動ーー念動力魔法は魔力の流れ以外では目で見ても判らない手品みたいなもの。まるで、透明な何者かが手助けをしているみたいに物理に関与して、ある時は遠くの物を持ち上げたりと扱う術者の意志を具現化させた力。

今回蜂の巣にされようと発射された鉛の塊は全てへカテリーナ・フローリアに辿り着く前に空間に固定されて動きを止めていた。

素人からすれば理解の及ばない脅威でしかないだろう。

無暴とは無属性と暴力的な風格から当てはめられた二つ名なのだと考える。


「おいおい。こんなんで終わりか? まだあたしは準備運動すらしていないぜ?」


パラパラと、勢いを無くした銃弾は重力に従って地面に落ちていく。深紅の少女の余裕な態度を見れば確かに玩具程度の火力である。

だが人の命を奪える殺傷力を持つ武器であるのは間違いないが、それに物足りなさを感じる彼女の様子を見れば修羅場をくぐり抜けてきた旧軍達は苦虫を噛みながらこう言うしかなかった。


「化物め………」

「はあ? そりゃあ褒め言葉だぜ?」


粘っても突破口はないと痛感した彼等は臆して下がるしかない。今持てる武力が全く通用しないのだからどうしようもない。魔法で何とか出来るなら銃なんて物に頼ったりはしないだろう。

既に形勢は決まっているが、忘れてはいけない。

へカテリーナ・フローリアは言っていた。

黙って死ぬか、足掻いて死ぬか。

つまり命乞いは叶わない。

所詮こんなものか、と小さく呟いて彼女は更に歩を進める。


「ーーッ」


ゴアッと、目視出来そうな濃密な魔力を私は感じた。その例えは同時にどれだけ比例した魔法が行使されるかを如実に現している。

差し詰め、上級規模か若しくは超えそうな勢いの力。

迷いなくそれを放とうとする。この列車の中、狭く乗客も多数いて線路に沿って動く乗り物の空間でーー。

え? 嘘でしょ? 待って!!

何か先日もあったような既視感を感じる私は真面目に焦る。

残念ながら今回は先日の特別講師の時みたいな未遂ではなく、完璧に実行されてしまった。当然止めに入る者なんているはずもない。

馬鹿!!


「くたばーー」

「【強制中断】」


発動はされたものの何とか周りに影響が出る前に止められた。もし間に合ってなければ崖地帯を進行する列車はひしゃげて脱線を経て落下していっただろう。当然使用した本人と私以外は容易く死亡して新聞の三面記事にでかでかと晒されるとんでもない大惨事になっていた。

笑えない事件に巻き込まれる寸前だ。おかげで身の危険から助かる方法の一つが暫く扱えなくなってしまったわ。

ほんと、少しは周りを見て行動して欲しいものだ。


「ああッ!? 邪魔する気か!?」

「あのね、怒りたいのはこっちなんだけど」


何と理不尽な言い草だろうか? 有名な公女程こんな始末に負えない性格になってしまう世界にいつから変わってしまったのかと、呆れを通り越しそうだった。

まあ、自身の自負する絶対的な力がサラッと封じられたら無理もないのかもしれない。


「一体何した?」

「強制中断よ。どんな魔法だろうとそれが魔法なら間に合えさえすれば中断出来る技」


好条件な便利過ぎるものではあるが、代償は一度使えばその魔法だけ数日は使用出来ない欠点があるのでいざと言う時にしか使えない。

そりゃあ魔法一つ止めたら命を守れているのだから仕方ない条件である。

だからこそこんな場面で使うのは勿体無さ過ぎた。

おかげで無駄な犠牲はせずに済んだけど。


「何だそりゃあ? 聞いた事もねえぞ?」

「当然よ。だって私の魔法だもの」


カナリア・シェリーが1から構築した原初魔法。異種系統でもない極めて特殊で法則を無視したアンチマジック。魔導学者からすれば未元魔法とも捉えて良い私しか扱えない秘術。絶対的にとまでは言えないが、専門家ですら頭打ちの方式だと理解出来ずに嘆いていた。

今みたいに発現した魔法さえ無条件で消失させる【強制中断】の他にも幾つかあるが、滅多には使えはしない。何せ莫大なメリットとデメリットが付き纏う諸刃の剣だから万が一に自爆しない為に身に付けたのが先程の【強制中断】なのだ。本来その為にあるものを不本意ながら使用してしまったので暫くは他のと一緒に封じられたようなものである。

まあ無くても問題はない。単に好奇心と置かれている立場から身を守る奥の手として得た術なだけだ。

寧ろ無い方が良かったくらいにーー。


「感謝しなさいよね。本末転倒になる前に止めてあげたんだから」


言いながら私は電気を帯びた魔力の鞭で呆然とする旧軍を手際良く潰す。出力も控えているので命に別状はなく、被害を最小限に抑えた捕縛方法を実行した。後はセントラルに着けば保安隊が引きとってくれるだろう。

全く旅先の行きしなから騒ぎに巻き込まれる事になろうとはね。しかもかなりな危険域で。


「………只者じゃねえのは確かなようだな。一体何者だ?」

「カナリア・シェリーよ。貴女程の知名度があるかは知らないけど学生の魔導師なら聞いた事はあるんじゃないかしら?」

「ああ。例の天才魔導師か………どうりで変な魔法を使いやがる訳か」

「変な魔法って………」


興奮も収まったのか、獣みたいな気配と荒ぶった感情が姿を消していた。さり気無く高難度の技術を馬鹿にされた気はするが、まあここはあまり触れずに流そう。

とりあえず周りの目もあるから私は早く席に戻って一休みをしたいのだが、そんな心境を無視して深紅の少女は上機嫌な笑みを浮かべながら近づいて来た。

よく絡まれる自身は判ってしまう。

こんな時は大抵ロクでもない展開になるのをーー。


「この列車に乗ってるって事は行き先はセントラルだろ?」

「ええ………。それが?」


ついには間近まで迫って来て思わず後ろに下がる。私に見えるのはまるで獲物を見つけた狩人のみたいな静かなようで燃え滾る翡翠の瞳だった。

そして彼女はこう言った。


「カナリア・シェリー。このあたし、へカテリーナ・フローリアと勝負しろ」

「………は?」


どうやら一難去ってまた一難がやって来たようだ。


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