−天才は何を以って天才なのか③−
◆
「………は?」
背後から聞こえた一人の大きな声に全身を強張らせながら間抜けな言葉を発した。野次でもなく、罵声でもなく、かと言って応援の言葉でもない。
喝。情け無い自身を奮い立たせる為に浴びせられたもの。若しくは戦う理由。が、それは望んだ覚えもなければ予想もしていなかった出来事だ。
まさかあいつが? どうして?
それを自問したところでわかる筈もない。答えてくれるのは当人だけである。
真紅の少女は振り返る。またそれで叱咤でも受けるかもしれなくとも振り返るしかない。
すると自らが見上げた先にいるあの異端の天才はきっと彼女が持つ他者を震え上がらせる眼光とはまた違った種類の双眸で射抜かれる。
彼女は瞬時に理解した。
あれはカナリア・シェリーにしか、それか大戦の英雄達のような特別な中のひと握りしか纏えない強く気高いものだ。
そう。周りが畏怖よりも敬意を抱き、敬い、憧れる。
その後に見せた表情は普段の当たり前な日常の記憶にある友人として見守る柔らかい笑みを浮かべていた。
「応援しているわよ?」
「ーーッ」
きっとこれまでの交流でそんな扱いはなかった。それはやり取りがやり取りでまともに互いが間に受けない感じだったのもあるだろう。
が、今のは何かが違った。決定的に違った。
まるで追いかけていた存在がこちらに引っ張ってくれるみたいに。
へカテリーナ・フローリアは粗暴で身勝手な人物だ。
しかし彼女だって目標が、憧れがある。
それがカナリア・シェリーだ。
特別な自分を特別に扱わず、常に先を歩いていた。単なる力の強さだけではなく心でも。
あの強さに追い付けずとも離れていきたくはなく、ずっと追いかけていたい存在であり、認めてもらいたい人物。
だからこそ怒った。離されて、認めてくれず、ある意味特別に扱われたあの時。
いや、悔しかったのだろう。
わかってもらえないくらいに自らの強さが足りずに諦めらてしまった事に。
そうなればぶつかって認めてもらうしかないと。彼女は勝負をした。けど後遺症を抱えたカナリア・シェリーのほんの少しの本気にも辿り着けず、必死だったがまぐれのまぐれでしか勝ちを拾えなかった上に終わってみればただただ友達を傷つけただけの勝利の何が納得出来るだろうか? 本当に望んでいた形から大きく歪んだ状態での決着の後に残っていたのは後悔だけ。
ずっと彼女は後悔していた。どうしてあんな形でしか自身を表現出来ずに周りも含めて憧れた人を困らせて傷つけてしまったのだろうかと。
わかっている。
わかっていても罪のようなものが渦巻き、わがままだけを残して立つこの場で何をしたら良いのかまでは解決しなかった。
胸を張って戦えず、後ろめたいような気分のままでどうすれば良いのか?
目標の背中が曇っていく感覚を味わい、色々な感情が爆発しそうな時に彼女が叫んだ。
戸惑いはした。
だが、多くを語らずとも十分だった。
だって単純なのだからーー。
「………あたしも結構自己中心的などうしようもない奴だけどお前も大概だっつーの」
ボソッと、誰にも聞こえない程度の独り言を漏らしながら瞳に光が戻る。
そしてへカテリーナ・フローリアはいつもの笑みを取り戻した。
「色々まだ言い足りない事は残っちゃいるが………」
もう迷いはない。目標の背中は見えた。以前よりも遠さは変わらないが、大きさは増した。
つまり追いかけ甲斐のある憧れと言う訳だ。
だからーー。
「悪いな。それだけ言っとくぜ? ま、どっちみちテメェ程度の奴はあたしにとって敵じゃねえから眼中にないがな?」
彼女の調子は取り戻された。ただ、向こうにとっては変わらずに苛立ちだけを与えるだけではあるが。
「な、んだと?」
苛立ちよりかは怒り。己の傲りの高さが更に拍車を掛けているのだろう。例え同じ九大貴族とは言え許されない。
どれだけ同じ立場だが絶望的に実力差があったとしても。
「昔みたいに強いから偉い考えはもう捨ててんだよ。それにあれだけ見られてちゃ恥ずかしい真似は出来ねえからよ」
「ーー!?」
真紅の少女の魔力の波長が変わった。
それは天器を使う為にではなく、またもっと別の力を扱う為にーー。
「全力で、速攻でテメェをぶっ飛ばして終わらせてやるよ。かかってこい」
「ど、どこまで、僕を馬鹿にする気だッ!!」
ライア・マルスは挑発に見事に食いついて飛びかかる。怒るのも当然ではあるが、絵に描いたような誘いに乗る姿は滑稽でしかない。
ただ彼女は舐めて対処するつもりはない。
本当に次の一業で決着をつけると言う意志だけの宣言であるに過ぎない。
「(あたしは昔からどうしても上手く扱いきれずにいたこの異種魔法をどうにか"物体を操作する"と言う工程だけに止めた。意外と便利だし、弱味も減るから今まで満足していた。それに天器を身につける為に後回しでも良いかとあまり向き合わないで今日までいた)」
念動魔法。そう謳っていた力。
どうしてそれで彼女の二つ名が無暴と呼ばれるのだろうか?
「見せてやるよ。あたしですら手を焼く本気の魔法を!」
両者の魔力が干渉する。
ーー刹那。
へカテリーナ・フローリアを除くこの場にいる人達全員が強烈な爆音に驚愕をしたのであった。
◆
「………無暴って無属性の魔法で暴れるって意味じゃなかったのね」
「流石に安直過ぎないかそれ?」
喝を送って見守る私と隣で静観するユリス先輩。その両方が今の決着の瞬間に目を見張った。それだけの凄まじい衝撃が走ったのは当然ではあるが、何より彼女がやってのけてる魔法がもはや魔法による現象とはかけ離れたものによるのとその圧倒的な破壊力に流石の天才達も冷静な分析をした上で陳腐な感想が一番に口から漏れてしまった。
「爆発したわよね?」
「対戦相手も気の毒にな。直撃する寸前に解放しなかったら肉体が消し炭になる勢いだったぞ」
「上級は有に超える威力。加えて詠唱なんて一切ない身体の一部の現象みたいな出の速さ」
「詳細を知らないから客観的な意見だが、昔魔力を粘土に例えたあんたに習って言うなら」
対戦相手が場外までぶっ飛んで失神すると言う宣言通りの披露をした真紅の少女が歓声を浴びているのを眺めながら細身の男性は述べる。
「彼女は魔力だけで出力を出した攻撃を可能にする特殊な戦い方。つまり魔力が武器。粘土なんて生易しいものではないけどな」
言っている事は変だが間違ってはない。
間違っているのはーー。
「待って待って。元々魔力は練り上げて魔法の術式を介してようやく物理法則を発生させるものなのに術式も介さないなんてやってること空気を掴んで投げたような話よ?」
障壁と言う魔力だけで攻撃を防ぐ技は昔から存在するが、あれはあくまで魔力が通った魔法などにだけ通用が可能で、普通の物理現象はすり抜けるのだ。だから魔力だけを攻撃に転換させるなんてーー。
「いや、確かフローリアの今まで使っていた魔法は互いの魔力が干渉する位置だと上手く機能しない弱点があったわ………」
「そうか、魔導師なら当然体内を巡る魔力が存在するからある程度の範囲まで近付けば干渉する」
「そこで自身の魔力と相手の魔力が干渉した状況で一種の暴発を故意的に狙う」
「結果それが物理現象として発生して爆発した」
「って狙ってやったところで相手だけじゃなく自身も一緒に巻き込まれるだけじゃない!」
「ところが一方的に攻撃の手段として彼女は使えた。恐らく魔力の波長が変わったのとお前とかが知っている異種魔法からして元々周りとは違う魔力の流れがたまたま噛み合ったのか、感覚的にコツを掴めたから成せた」
「ある意味代償がありすぎて真似出来ないんだけど?」
これもまた天才だからと言えばまとまる話ではあるが、普通に天才がそんな理屈と理論を吹っ飛ばして感覚から入ってまとめるには失敗って恐怖が邪魔して試みないだろう。実際これまで扱った姿を見てないのだから本人も無茶な力だと自覚しているのは間違いないし、どうして今使ったのかすら分からない。
「彼女の魔力の波長が俺らが持つ流れとは反発しやすい傾向の持ち主だと仮定したらも前提に入るから生まれて持った資質と育った環境に依存するし、人の性格みたいなものだから真似も再現も不可能に近い領域でしかないな」
「結局欠点と思われた近接は逆にかなり危険な領域に変わってしまう訳ね………」
天才よりかは特殊。異端の天才が特殊な枠に入るならまた真紅の少女も異端な天才の仲間入りだ。と言うかあれで天器も扱えるんだからいよいよ彼女の潜在能力を見直す必要がありそうだ。
………あれ?
「(もしかして私………今あの子と次戦った時の想定をしていた?)」
疑問系だが、多分していた。じゃなければこんなに意識してしまう筈がない。しかも一度今の力を無しに負けているのだから次今の状態の彼女と混じえたらいよいよ人外を相手にぶつかる本気の死闘になる予感しかしない。
それ程に自身の知らない力を見せつけて凱旋する仲間は強かっただろう。
まるで背中を任せられるような、命すら預けるのも構わないくらいに。
「天才は何を以って天才なのか」
思わず自然に口にしてしまった言葉。
隣で聞くユリス先輩は意外にも笑いながら答えてくれた。
「見りゃあ分かるだろ?」
当たり前だと言わないばかりな清々しい解答に私も微笑みながら返した。
「そうね。あれが天才って言うものだわ」
◆
「しょ、勝者へカテリーナ・フローリア選手!! 開幕の流れは一変し、圧倒的な勝利!! 初戦から派手な戦闘を見せてくれました!!」
観客を盛り上げて進行していく。と言うか司会のマーガレット・サラすら今の戦いを上手く捉えきれていなかったが為の精一杯な感想を叫んだだけとも思える。
無理もない。分かるのは予想に反した展開を見せつけてくれただけだ。勝負も蓋を開けて見れば秒殺劇。途中で思わぬ観客からの声があったが、盛り上がりはしただろう。
「い、今の試合の解説宜しいですか!?」
折角なのでみたいな振りをされる二人は互いに目を合わせて複雑な表情をする。
「あまりこう言っちゃなんだけど、実力差があり過ぎたってのが一番的確じゃないかしらね?」
「ああ、勝ったへカテリーナ・フローリア選手はどうやら特殊な魔法の類を扱えるようだが、それは難易度の問題で語れそうなものでもない」
「と、言いますと?」
「私達じゃさっぱりよ。ただ単純に強い。今のも直撃しないようにしていたし詠唱とかの時間消費を無しにね? あの力は学生にしては反則にも思えるわ」
「加えて初見で教科書や指導にない範囲を臨機応変に対応するにも開幕の本人の態度もあって冷静な判断で観察出来もしないだろう」
結局色々と都合良く噛み合った戦い方であるのが彼等の評価だ。
が、当時の二人があの練度の魔導師だったかと言われれば違う。それだけ才覚に恵まれているし、様々な経験をしてきたのは一瞬で分かってしまった。
「カナリア・シェリーの知人か………。こうなれば彼女の周りの選手も注目かもしれないわね」
「と言うことだ」
「ありがとうございました!! では次の試合に移らせていただきます!」
そう言って解説を終えて音声を拾わなくなった直後。
「おー。お前ら頑張ってるか?」
ここで裏から現れたのは東洋人の青年。
彼は先程まで巡回をしており、たった今交代で会場の警護に回ってきたらしい。
「もっと可愛い試合だと思ったんだけど?」
「同感だ。もう少し選手達のことを詳しく知っている人材に解説を変わって欲しいくらいだ」
二人の文句を聞きながら苦笑する織宮 レイ。
が、無理もないだろう。本来ならあそこに更に学生に相応しくない実力の選手達が混ざっている筈だったのだから。
「まあシェリーちゃんは置いといて、元々出場する予定だったダリアス・ミレーユって奴は俺のいるエイデス機関の上位の実力者だぜ? 正直俺も戦えば勝てる保証のない域だな」
「マジ?」
「あとこれから出て来る選手の中にも現役のアリスやフェイルでも互角に立ち回れる子が混じってる」
「今の学生ってそこまで実力が高いのか………?」
流石に現役も含めた英雄達と同じくらいとは凄いなんて生易しい表現では足りない。彼等が英雄と呼ばれるのはそれだけの死闘、死線を潜り抜けて来たからなのだ。
「高い理由はさっきルナちゃんが言ったままさ。シェリーちゃんの周りが異常におかしいんだよ」
寧ろこれまでの彼の知る経緯を考えればよく生き残ったものだと言えるくらいには過去に経験した戦いに匹敵か若しくは超える激闘だったのは間違いない。勿論レイだって更に経験を積み、強さに磨きをかけている。しかしそれでもまだまだ年端もいかない少年少女達が同じ高さまで辿り着いている理由はもう異常としか説明が出来ない。
カナリア・シェリーも
へカテリーナ・フローリアも
アースグレイ・リアンも
神門 光華も
ヴァナルガンド・ユリスも
だから一つの予感を彼は覚えた。
「(何か出来すぎた状況だよな?)」
ここまで騒動の起点が誰かを明確にすると過ぎる疑念は晴れない。これがたまたまな方が更々おかしいと行き着くのは必然だ。
「(もしかしてシェリーちゃんの周りに黒幕がいるんじゃないのか?)」
カナリア・シェリーの才能に引き寄せられた天才達もいるだろう。彼女は良くも悪くも人並外れた天才達の中心に常にいる。かの落ちこぼれの青年同様に特別な何かを持っているからなのだろうが、それは逆に言えば危険も引き寄せている。
そう彼の勘が告げていた。
いや、かなり前からその可能性は考えはあったのだ。
だからこそレイはシェリーに容疑者の一覧を見せ、彼女に精一杯の助言を悟られないように伝えた。
やがて本人が理解した上で信じられる仲間を持ってもらう為にーー。
「(仮に周囲に居たとしたらもしかすればセントラル内………下手したらこの会場内に………)」
いよいよアリスの出番が近づいて来たかもしれないと考えているところに朱髪の女性から肩を叩かれる。
「で、何を考えているのよ? そろそろ貴方達の目的も教えてくれたって良いんじゃない?」
あ、とまた悪い癖を出してしまい、それを彼等に悟られてしまった。やはり普段のふざけた人間性が根本にあるせいでわかりやすいようだ。
昔こそはわかりやすいも何もなかったのに。
「そう、だな。ぼちぼち制限時間は近いからな………。特に試合の解説者って役割を担っている以上、お前達にも被害が出ないって約束は出来ねえし………」
流石に憶測の域を出ない話はさておき。今最も優先するべき脅威の可能性は言わなければならない。いきなり悪魔が現れました。倒すの手伝ってくださいでは適当も良いところだ。きっとこれ以上誤魔化してもある程度の予測はされて身構えさせなければならないのだから、それならば早い方が良い。
正直な話。現役引退した母親と現役だが守るべき大事な人が存在する二人に頼るのは申し訳ないのだが。
「今更そんな気遣いされても困るわよ馬鹿」
「全くだ。どうせならセントラルに訪れる前に話してくれないとな」
「そ。どうせよどうせ。レイが一人で突っ走ったところでどうせ御陀仏になるんだし」
「どうせ御陀仏はかなり縁起悪いから止めてくれね!?」
ただよくよく思い返せば単独で動いてる時に無事で済んだ記憶が全くない。元殺し屋の癖に単独行動が出来ないなんてかなり致命的である。
「貴方が守りたいものは私達も守りたいものよ。そして貴方もね?」
「英雄だからとか、聖騎士だからとかじゃない。俺達が仲間だからだ」
もうお手上げである。
彼は思う。
過去から現在までろくな人生を送っていたような気はしなかったが、悪くない人生だと。
まだまだくたばる訳ではないが。
「わかったわかった。って言っても俺らが動いてるのもあるからとりあえず頼みたいのは現状はこの会場内だけだからよろしくな?」
「はあ、私達ってとことんこんな大舞台で損する性格よね?」
「早速溜息付いてげんなりするなよ!? なんだよさっきの熱い友情は!?」
「張り詰めていても仕方がないのだからこれくらいが丁度いいだろ?」
「ったく。何か変な余裕が出てきたぜ………」




