−天才は何を以って天才なのか②−
「実力差は明白なのは間違いないんだけど流石にあんな戦意だと負けそうね」
「そうだな。試合形式とは言えお遊びで参加する程の場じゃない。油断していたら何があるか分からないだろう」
「なーんか昔の私みたい………」
「あれか? あいつとの?」
スーッと深い呼吸をしながら懐かしむような表情で彼女は当時の自分を振り返る。
「あの時の私はまたあそこにいる彼女とは状況が違うけど何の為に頑張っているのかが他人………まあ兄なんだけど。それが理由だったのよね」
「理由ってのはそんなものじゃないのか?」
「負い目とか言い訳とか自分が満足する理由じゃなく誰かに納得されたりする為に頑張る努力って既に迷ってるようなものじゃない?」
何となくだが悟るフェイル。そこにあるのが確固たる意志ではなく、他に自身の努力の結果を測ってもらうやり方が果たして正しいのだろうか?
「迷うにも色々な種類がある。あの少女は私が迷っていた時の姿に似ているのよ」
「そう言う内情まで読みとれるのは流石だな。生憎俺には他人の奥底まで測れる技量はない」
「貴方も子供を持てばわかるわよ。言葉以外の動作、仕草、表情、声色、動き。結局その行動には意味があって訴えているものなのよ」
「………」
正直彼は驚いた。軍が解散してもフェイルは高みを目指すことを心得て研鑽を怠らなかった。ルナよりも多く長くだ。
なのに全く自身とは違うものを持つ彼女の知ることはただの努力で持てる術ではないし、人としての器の広さを感じた。
「ふ、どうやら俺もまだまだって訳だな」
「そうよ。真っ直ぐなのは悪いことじゃないけどしっかり周りを見てあげなきゃだし、考えて進まなきゃ。誰もが進む道に失敗もなく進めなんてしないんだから」
「成る程な」
「だから迷うのよ。迷って考えてそれでも分からなくて………」
正に今舞台に立つ深紅の少女がそうなのだ。果たしてその迷いが勝敗が決まるまでにケリをつけられるのか?
「答えが出てまた、歩き出すのよ」
いつも真っ直ぐなようで立ち止まったり、悩んだり、苦しんでいたが諦めはしなかったとある英雄の姿を見守って来た彼女はやはり懐かしむような表情で語るのであった。
◆
試合開始!
と合図がされたが全く動かずに佇むへカテリーナ・フローリアを見て私は苛立った。
「は? 何あの子ボケーっと突っ立ってるの? 相手が変に不気味に感じて動かないから良いけどあれやる気ある? 舐めてるの?」
「いや怒り過ぎだろ」
「そりゃあ怒るわよ! 私が出場しなかったら文句垂れるし棄権しなさいって言ったら怒髪天を衝く勢いでキレるしそれで私を負かしたら今度はやる気無し!? 意味分からないわよ全く!」
珍しく怒りの感情を露わにするのは確かだけど述べた通り納得のいくものではない。自身も割と身勝手な方だとは自覚しているが、彼女はそれ以上だ。
ただやる気、戦意が見えないのは何かに迷っていると考えられるから一概に戦う気がないと言う訳でもないだろう。その何かに答えを見つけようとしている内にもうあの場に立ってしまったのだと思う。
果たして彼女はどんな理由でなのだろうか?
「経緯は知らないが、お前が負けたのか?」
「え? そうよ。まあ予想外な展開があったのもあるけど負けたわ」
「まぐれだったにしてもお前に勝つのは学生内じゃまず不可能だと思うぞ? ダリアス・ミレーユは置いといてだが、ちょっとした天才が勝てる程甘い奴じゃない」
「奴じゃないって私がいる場所で言われても………」
お前は私の何を知っているのだ? 確かに自身を過小評価している訳でもないが、過大評価している訳でもない。
確かにあの時私は負けたのだ。ほんの少しの間だけとは言え全力を出していたカナリア・シェリーがへカテリーナ・フローリアに。
「それに、彼女以外にも参加している皆は学生の枠を飛び越えた貴方みたいな天才がまだまだいるわよ」
「天才って、そんな大売り出しする安さじゃないんだがーー」
と、そこで選手に動きがあった。
先手を仕掛けるのはライア・マルス。試合開始時は彼女の不気味な静けさに様子を伺っていたが、その僅かな時間で戦意の低さに気付いたのだろう。直進だけの動きで単調だが、並大抵の相手なら怯んで後手に回らずを得ない展開だ。いきなり対峙相手が最短の距離で詰めてくるのだ。何も準備をしていない者には虚をつける。
ただ、戦意が薄いとは言え反応して詰めた分距離を空ける少女。後出しの動きにしては差が縮まらない程の反応力。
「まあ、流石にアレを見た後なら遅くにしか見えないわよね」
アレとは先日私達が衝突した際に使った俊電の技だ。見様見真似ではあったけど普通に目で捉えるのは簡単じゃない速さをお披露目したのだ。このアズールでアレに届く速度が発生することはまずない。故に近接を苦手とする彼女は相手に接近を許さない。
がーー。
「普通の野外なら問題ないが、ここは試合場だ。当然場外負けがあるから離したくても限界がある。そして向こうはそれを狙って追い込んでいるぞ」
「反撃を………」
する筈がない。いや、別のことに意識を割きすぎて出来ない。今の動きだって身体が勝手に動いたくらいの事だろう。
徐々に場外手前まで下がっていくへカテリーナ・フローリア。ライア・マルス選手も溜めを作っている。足が止まったところにでかい魔法を与えて吹き飛ばして勝とうとする魂胆が伝わった。
そうなると勝負は早々にーー。
しかしここは持ち前の反射力が功を期した。下がった勢いをバネに変えるように今度は対角上に詰めて相手の至近距離まで辿り着いた。そこで隙間を流れるように潜り、互いの位置を入れ替えた。
体捌き。これは私が知る中では見せなかった技術。あの間合いで最小限の移動で安全圏に位置取るのは何もせずに出来るものではないし、やはり自然に身体が動いた印象が拭えない。
故に真紅の少女は元から体捌きを培っていた。私から言われるまでもなく弱点の対策はしていたのである。恐らく私が知らなかったのは極端にへカテリーナ・フローリアが格下でもなく格上でもない力量を持った相手との戦闘をしなかった事が要因だ。使う必要もない、使ってなんとかなる訳でもない状況にしか居なかった。
彼女の知らない部分がこの試合は見れるのだろうか?
「また止まったな」
「そうね」
周囲も違和感に気付きつつある。そして何より対峙する少年が苛立ちを持ち出して釣られるように観客側から野次が飛ぶ。
当然そんなのが耳に入る筈もない。
いやーー。
「気配が変わった」
「ええ………」
元々気の短い性格だ。気性の荒さも獣を連想させそうなダリアス・ミレーユに近い。違うのは真紅の少女が獣なら翠の悪魔と言われた彼女は狩人ってこと。
ただそう例えるならこの試合場はフローリア次第で檻に変わってしまう。
直後ーー
彼女が顔を上げた。
「ーーッ!?」
ライア・マルス。だけではない。野次を飛ばす観客すら息を呑む鋭い殺気が漂った。
肌を刺激するこの感覚は間違いなく殺気。それも学生に扱えないような。
「ごちゃごちゃうるせえよ。静かにしてくれねえか?」
短い言葉と睨み渡す眼光だけで黙らすその強者だけが許される迫力。天才なだけでは持てない資質。まるで王者みたいな頂上にいる存在。
知らない。普段から粗暴な人物には変わりなかったがあれだけの畏怖を感じさせるモノは初めて見た。
あの戦いの時もーー。
「ま、真面目に戦わないからだ!! ここは試合場!! 馬鹿にするのも大概にしろ!!」
流石に引き下がれない貴族の矜恃が辛うじて言い返させた。
そう、今は戦いの最中だ。例え相手が強かろうが弱かろうが全力で互いの力を競い合う場。そうしなければ相手に失礼だ。
ってその粗相をしたのが私だったのである。
つまりライア・マルス選手が抱いている気持ちはつい少し前のへカテリーナ・フローリアだったのだ。
勝つか負けるかじゃなかった。
自分の持てる力を出し切って貴女は戦いたかったのね。
私とーー。
「………」
再び彼女は黙り込む。気配も弱々しくなっていき、押せばそのまま倒れそうだ。
どんな心境なのか?
どんな気持ちでそこに居るのか?
どんな戦いを貴女が求めていたのか?
全ては分からない。前も今もこれからも。
だけど多分それこそ関係ない。
私も私の望むへカテリーナ・フローリアであってほしいのだからーー。
「しっかりしなさい!! フローリアッ!!」
いてもたってもいられなくなる私は気付けば柄にもなく声を張り上げて彼女に喝を送った。




