−天才の住む世界③−
◆
本来ならばもう見守るべきなのだろう。魔女は表向きに出る座をもうはるか昔に魔人に譲った。だから今後の世界で道を切り開いていくのは魔人を象徴とした人間達であり、カナリア・シェリーは魔人と魔女の意志を受け継ぐ人としての希望であった。
それは個人的な意見でしかないが、少なくとも私はそう思って彼女の気持ちを尊重して干渉するのをやめたのだ。
例えその未来が苦難な道であってもきっと成し遂げてくれるだろうと。
しかし、嫌な予感をした。
嫌で気持ち悪く思惑が混じった比喩のしようがない不気味さを感じ取っている。
カナリア・シェリーも心の奥底でこの違和感に戸惑っている。それは意思を共有できる私だからこそ判ることだ。若しくは私の感じるものを共有して向こうも抱いたのかまたは逆なのかは判らない。
が、ここまで来れば私はどんな不気味さなのかまでは理解してきた。
これにまだ彼女が気付くのは難しいだろう。未来を予知してきた魔女だからこそ今はその力を使えないが、思いつく。
率直にだ。
この展開は彼女の運命が呼んだ事象なのか?
かなり曖昧な言い方ではあるから補足するが、単純に考えてもだ。どうにもカナリア・シェリーがある時期を境に世界から襲われているとでも言いたくなる状況が休む間もなく続いているのだ。本来学生である彼女が関わるにはただ天才だったからの理由しかない。
整理すると。
悪魔との遭遇。それによるエイデス機関との接触で始まる共闘。悪魔の強襲。呪いを解呪する為に渡った先での悪魔との死闘。九大貴族達との交流。魔人の遺産。魔臓器を必要とする負傷。再び悪魔と、エイデス機関の戦闘。
矢継ぎ早に巻き込まれるのが果たして体質とかの問題なのか?
早々に危惧して私がカナリア・シェリーに干渉したのも、もうあまり残されていない預言の力を使う羽目になった。私が予想していた早さではない。もっとゆっくり彼女は成長していく筈だったのだ。
そして私ですら予期しなかったカナリア・シェリーの見た夢。
いや、あれは予知夢だ。が、預言にすら等しい断片的な情報を確かに彼女は身に宿した。きっとそれはこれから起きた事象に当て嵌めて答えを見つける断片的な情報のようなもの。
だけどあんな凄惨な死の世界が未来にあるのだとすれば最悪である。
私の推測はこの展開は何らかの意図によって仕向けられた可能性。その正体は多分悪魔を解き放った者が黒幕なのだろう。だからカナリア・シェリーも無意識に率先して探している。その何者かを放置するのは脅威だと感じているからだ。
ただ、一体いつから歯車が狂い出した?
意図があると前提に考えるならば既にカナリア・シェリーが世界の起点として作用していくのを知っていて観測されている。
接触がある。何処かで舞台に上がっている彼女を観客席から観て笑っている。或いは今後接触する為に今舞台の準備をしている段階? 一番最悪なのは裏方にいるバーミリオン・ルシエラの存在すら把握している可能性があると言う点。
つまり狙いは彼女か、或いは魔女か。
誰だ?
どんな脚本で舞台装置を設置している?
誰が観ている?
カナリア・シェリーをどうする?
誰が企んでいる?
世界をどう変革する気だ?
もはや魔女の私が静観していられなくなってきた。既に私の預言通りに時を進めている。そして魔界から大魔王が現界しようとしている。本来有り得えてはならない遥か遠い昔の歴史が再び繰り返されようとしているのだ。
私だけが知っている。
魔人の遺産の事実。
私だけが知っている。
もうこの世界を守る守護神は居ない事を。
私だけが知っている。
この展開の違和感を。
だから再び干渉する。彼女が願って動く筋書きを変える。順当に進む展開を掻き乱す。干渉する瞬間さえ間違え無ければ恐らく観測されてない。もし観測されてしまったとすればその時こそ黒幕を見つけ出す。
私は預言をする者。だがその未来を変えられないことはない筈だ。
それはカナリア・シェリーから教えてもらったのだから。
魔女である私すら変えようとする彼女を守る。
絶対に。
◆
時刻は正午。
日差しが強く差し込む一室から見下ろす街並みは人混みで溢れている事はない。昨日の騒動で街の人が異変を覚えたのもあるが、明日から始まる大魔聖祭の準備でこの通りが少ないのもあるだろう。どうやら政府とエイデス機関の情報操作でちょっとした破壊工作を企てる一味を見つけて取り押さえたって話であの激闘は内密に終わった。
故におかげで大魔聖祭もアズールも中止にならずに済んだ。
あれ? もしかして中止になった方が良かったのでは?
よくよく考えたら最優先は魔王復活の阻止だ。普通に中止になれば復活に必要な魔力を回収出来ずにってなる。
あー、やらかしたわ。いや、寧ろエイデス機関の皆さん何してくれてるのよ?
と言ってどうにかなる程大人の事情は簡単ではないだろうし、そもそも魔王復活の確証を証明しなければならない。概ね昨日現れた悪魔が根拠になりそうだけど今思えばその証拠の悪魔は確か星の核がある場所に転移させた筈だから証明出来ないのよね。
やっぱり私やらかしてばかり?
しかもどうやら私はあの後意識を失っていた所を皆に発見されてつい今し方目を覚まして病室で話をする訳なのだけどーー。
「シェリーちゃん? いや、シェリーさん?」
ちゃん付けを止めてさん付けを使う東洋人の青年は目が笑っていない。それを気持ち悪いと一蹴するのは流石に空気を呼んでやめた。
「………」
隣にいる同じ東洋人の女性も無言の圧力を掛けてくる。あれは怒っているわ。それもかなり凄く。私は苦笑でしか返せなかった。
「念の為に魔臓器の負担を抑えるよう新しい装置を試験的に組み込んでたので身体から魔力を使うのを極限までに下げました。外部から魔力を引っ張るとかの話も聞いてましたから丁度良かったですぅ。それでも肉体の魔力も引っ張り切ってて危なかったですけどぉ」
青髪の医者はあっさりとさっぱりと告げてきたが、試験的な装置の何が念の為なのかよく分からなかった。
ただサラッと私が外部から魔力を集めて使える魔法の進捗がかなり捗っているのは良かったかもしれないが、割と読まれて細工されててげんなりした表情しか出来ないわ。
「流石に何も擁護出来ないぞ? 全てはお前が勝手に判断してやったんだからな?」
細身の少年はどこ吹く風のように言う。
確かに言っていることは事実だが、貴方はある程度把握していたわよね? と追求したいがこれも何か言い訳じみてきて何も返せず睨むことしか出来ない。
それを鳴らさないようにする口笛の煽りで流してくるあたりよく状況を把握している。
結論から言えば非常に具合が悪い状態だ。
ユリス先輩の言う通り今回の件に置いて私は何処からどう見ても個人的な判断に走った。そこに関しての詳細は話す必要があるが、その前に一言話さなければならない。じゃないと彼等は怒りを鎮めそうにもないから。
「す、すみませんでした………。私の独断で動いて進めてしまって………」
「あー、全くだ。一番お荷物になりかねない爆弾抱えてるんだからもう少し慎重に周りを頼って行動して欲しいぜ。セラちゃんが細工してなかったら何処で倒れてたかも判らないぜ?」
「ぐぬぬ………」
「そう、ちょっと天才だからって何でも上手く行くと思ったら大間違い。ちょっと! 天才だからってね?」
「凄い刺があるんだけれど………」
「私からしたら命の粗末は軽視は出来ませんが、まあ貴女の治療費とかはちゃんと請求しますから特に生きてたらそれで良いですぅ。請求先はエイデス機関ですが」
「何か遠回しに重圧かけないで!?」
「まあ、うん。どんまい」
「貴方に関してはもう面倒くさいだけよね!?」
私がこんなに言われる事例も珍しい。そんな意味では叱ってくれる存在が居る事に何処かで喜んでしまっていた。
でも反省はしないといけない。
「この場に神門やリアン達がいたら余計怒られそうね………」
心配をかける人達がいるのを改めて意識し、私は今一度反省の表情を苦笑いにして表す。
そこへ。
「ただ、だ。理由があっての立ち回りなのも分かっていない訳じゃないからな。問題はそうした話。聞かせてくれるよな?」
「ええ………だけど正直私も上手く説明が出来るか分からない特別な現象が発生したからあくまで仮説みたいな判断からの意見になるわ」
頷く彼等を見ながら私は事の発端の判断について話を切り出す。
「先ずは貴方達を逃した理由は、まあユリス先輩は知ってそうな雰囲気だけどダリアス・ミレーユがあの場で死んだ筈なのに復活するのを先読みしての事」
「そもそもこいつが嘘でお前に合わせて動いた訳だけど、やはりか」
「復活って………」
「彼女は呪いを受けて不死なる肉体となる【リバイバルシフト】によって死んだ肉体を数刻前に復元させる力があったの」
「待てよそんな話は聞いてねーぞ?」
「わざわざ言わないわよ。でもそれで色々納得したでしょ? 呪いの代償は肉体の老化の進行を止める。だからあの容姿のまんま幾年の時を変わらずに過ごしながらあれだけの強さを秘めていた。戦歴だけで言えば織宮さんよりも長い様子だったわね」
「全く厄介な相手だな。呪いを解いたりもっと他の未来を探す考えを放棄してたどり着いた末路があれか」
「もしかしたら私も………ううん、昔の私みたい」
「アリスちゃんは悪くないですぅとは言いませんが、今こうして誰かの為に頑張れる機会をしっかりと活かしているんですから全く違いますよ」
「そうだ。って言い出すとあいつはそんな機会をくれる奴に巡り合わなかったからああなってしまった訳だよな」
「言い出してもキリがない。ダリアス・ミレーユ自体がそんな考えかも違うかもしれない。きっかけは度々あったのにああなってしまったって可能性すらある」
そこは細身の少年の言う通りだろう。ただどこまで彼女の経緯を考えても今は今後の役に立つかは分からない。それだけあの翠の悪魔は歪んでしまっているのだ。
それよりも問題はーー。
「確認するけど彼女は貴方達が戻って来た時には本当に居なかったの? 一応私が絶対零度の魔法で氷漬けにしてたんだけど?」
「凄い怖いこと言ってるが事実だ。俺達が来た頃にはシェリーちゃんが倒れてる現場だけだったよ」
「………」
これはつまりあの厄介な人物がまだこの界隈に身を隠している可能性を示唆する。なら再び相見える事だって大いにあるだろうし、邪魔をしてきさえ考えられる。
凄い困った。確かに彼女を凍らせたし、あの魔法が溶けることも解けることもありはしない筈。だからこそ余計に不気味であるのだ。
もし自力で抜け出したのなら今後はあの魔法すら通用しない化け物を相手にしないといけないし、何者かの手によって解かれたとしても意図が読めなくて恐ろしい。
そもそもあの場に倒れていた私が無事に生還しているのも変な話だ。普通ならそのまま厄介な敵であろう私の息の根を止めに掛かる。それがない理由として予想出来るものがない。
有り得るとしたら私を手助けする為に何かを取り引きしたって発想しか出てこないのだから。
まあどちらにしても現状当人の居ない場所で考えても正解はわからないから仕方ないが。
「話が逸れたけど、そんな理由で彼女と私と現れた悪魔で争いが始まったの」
「流石にその混沌とした空間には居たくないし、どう展開が転がるかわからねえな」
「下手に矛先が向かう相手が入り乱れるくらいなら少人数でぶつけ合う方が被害は少ない。が、それで結局あんたが両方を退けた結果になる訳か」
「そう………なるわね?」
今更だが、自身でも無茶な戦い方をしたものだ。心無しか周りの皆さんの視線が真面目に化け物を見るかのような感じだ。
貴方達も十分変わらないのだけれど。
「いやいや、シェリーちゃん? 本当に人間かも疑わしいし、何で逆に不利な身体で強くなってるの?」
「正直この地上で貴女に並ぶ実力者がいるか怪しいのだけれど?」
「そうかしら? 悪魔は結局仕留めたかすら分からないしダリアス・ミレーユも全く同じように不明だし」
「成長速度が速いのは間違いないだろう。何度も見ないでも少し見ただけで扱える技量は抜群にあるだろう」
「それは貴方もよね?」
「普通は貴女は戦うような状況ではないし、何で戦える精神を持ち合わせてるかは些か疑問ですね。精神科医に診てもらいますぅ?」
「やめて!! 何かそんな部分まで病気みたいな扱い!!」
いよいよ虐めに近い。しかも殆どが率直な感想を述べているだけなのが質が悪い。まあでも元々がそんな感じだったから今は彼等程の実力者にすら思われるようになってしまっただけの話である。
別段強くなりたい訳じゃないのにね。
「事実は事実でさておき、だ」
「何か釈然としないんだけど………」
「強いから問題なんだよ。全部抱え込んで一人で打破しようとするのは天才でもおすすめしないぜ?」
「………それは」
「実際私達を逃して無茶してるのだから否定は出来ない」
「あの時はーー」
「俺達が信じているのに甘えているよりかは俺達を信頼してない………ってちょっと意地悪か」
「ーーッ!?」
信頼。その言葉が酷く胸を締め付けた。
「何か別でも言われた口みたいだな?」
ユリス先輩の見透かした台詞に私はしょんぼりしながら頷く。
確かに、私一人で何とかしようとした判断はあった。あの入り乱れた空間を簡略化するのも考えていたが、結局のところ皆を信用していなかったのだろう。その結果がダリアス・ミレーユを逃してしまったのだからもしあの時彼等がいたらそんなことにはならなかった筈だ。
持てる才能に驕っている。きっと皆を守る理由を言い訳に皆を信頼して任せる考えを放棄している。
へカテリーナ・フローリアの言う通りだ。全く彼女の言葉は間違ってなかった。それは怒るだろう。
「私って駄目ね………。全然周りが見えていない」
そして私自身も。
「………ごめんなさい」
私は謝罪する。
すると突如ユリス先輩以外の3人が間の抜けた顔をしながら病室の角で固まって何やら会話を始める。
「ど、どうした? 俺言い過ぎた?」
「言い過ぎよ。あの娘まだ学生よ? いつも女の子に甘くてだらしない癖にとうとう真面目な時も嫌われること言いだすなんて………」
「いや待て何か言い過ぎなのはアリスだよな?」
「と言うかレイ君も人のこと言えないんじゃないですかぁ?」
「俺はいざと言う時に頼るって言ったじゃねえか」
「レイの任せるのが事務的な仕事ばっかりってもしかして私のこと………」
「アリス。それは最低限やる仕事だからな? 仕事終わらしてないのに次の仕事やらせるのが信頼して任せるとは言えないぞ」
「………チッ」
「今舌打ちしましたよね!?」
「これ、こそこそ話する意味ありますぅ?」
まずそもそもが会話が筒抜けである。相変わらずお人好しな性格の人達だ。
「反省はしろよ?」
「ええ、それは絶対するわ」
横目で見る細身の男性からの忠告に答える。きっとそれが出来なければこれからの敵対する勢力にその内私は潰されるだろう。
皆を信じて戦っていかなければ。
「思えばこれまでの戦いで私はそうして来たから今の皆が居るんじゃない………」
堕天のルーファスの時も、摩天のエルドキアナの時も、冥天のディアナードの時も。皆を信じていたから。自身の築き上げてきたものを自分で崩していたら世話ないわ。
「貴方にも謝るわ。ごめんなさい」
「やめろ。気持ち悪い」
「は?」
「言い方悪かった。柄にもない振舞いをするから気持ち悪い。だ」
「何も誤解ないし寧ろ悪意増して説明しなおしただけじゃない!」
なんて奴よ。気を使って気にするなって意味で通ると思っているのかしら?
はぁ、と溜息をついているとそこへ変に織宮さんが私と同じように溜息をついて戻ってくる。
「悪いシェリーちゃん。言い過ぎた」
「めちゃくちゃ言いくるめられてる!!」
そこら辺もう少しドシッとしても良いのに本当に残念である。
「間違ってないから良いわよ。そろそろ次の話に移しましょう」




