−天才なんてたかが知れている⑤−
「しつこい!」
「ええ、私は狩人ですから。獲物を仕留める為には何でもしますよ」
互いの言葉と肉体が交差する。幾重にも、無数にも増えていく火花は二人の戦いが加熱している証拠だ。
速い。私こそ音速の世界を僅かに垣間見ただけでも相当な風景だったが、あれはその領域を超えているのではないだろうか? 全く姿を捉えられる気がしない。ましてやこの暗がりの状況だ。どんな動体視力の持ち主だ。
それに加えて目を見張るのはダリアス・ミレーユ。サラッとあの速度にも対応しているのに驚きを隠せない。ようやく本流、いや本性を見せた彼女の潜在能力はここまでなのか? ならばさっきのユリス先輩の戦略が通用したのは偶然だったのだろうか?
「だから油断している内に何とかしたかったんだが、相手が悪過ぎた。こうなれば止められないぞ」
彼が重々しく語る。戦意こそ向けられなくはなったが警戒を解いていない様子から気を緩ませる暇はないのだろう。ただでさえ標的があっちやこっちやに変えるのだから油断も有りはしない。
正直万全な状態でもやり合いたくはない。可能なら金輪際関わりすら持ちたくないから変に仕掛けたりもしようとは一切考えてなかった。
そう。私は冷静に合理的に感情論ではあまり動きたくない人間。
「ワルツも楽しいですが、物足りない。やはりこんなものですか」
返事の代わりに雷撃を凪ぐ東洋人の女性。怒りは感じられるが側から見ていてもそこに真の意味での闘争が入っていない。
つまり他の、昔ではなく今までに得てきた様々なものが人に対しての遠慮を生んでいた。いや恐れているのだろう。
過去に、自身に。
「消えない罪に何を意地になっているのですか? 無駄なのですよ。貴女は変わらない。変われる訳がない!」
「ーーッ!?」
唐突な捲したてる台詞を耳に入れてしまったアリスさんの動きが鈍った。致命的な遅れにより音速の世界から離脱を余儀無くされてしまう。
それを見逃さない翠の悪魔は距離を詰め、鍔迫り合いに持ち込む。
「どれだけ頑張っても意味はない。手を伸ばした所で届かない」
「そ、そんなことはッ!」
「ありませんよ」
否定を呑み込む断言。まるで最初から決まっていたかのように、逃げ場のない袋小路に追い込むが如く。精神操作とでも言うのか?
激情に刈られた彼女の中の積み重ねが瓦解していく音が聞こえてきそうだった。
琥珀の目が鋭さを増し、口は弧を描く。
「人は変われない。それは変わったように感じることで逃げた証だ。甘えだ。弱さだ。もう認めろ」
踏ん張る力も無くなっていく姿は滑稽とは言えない。しかしあの翡翠の少女は嘲笑いながら堕としていく。
抗えない現実。希望を与えない闇。変わらないと否定される生。
このままではアリスさんが持たない。
止めなければーー。
とダリアス・ミレーユが更に語ろうとする様子を止めるべく私は駆けようとした。
「所詮貴女は変わりようのない化けーー」
「それ以上口を開くんじゃねえ!」
カナリア・シェリーよりも速く。いやこの場の誰よりも一番に躍り出た英雄がいた。
言葉の比喩ではなく、文字通りである意味あの東洋人の女性にとっての救世主が。
助けること以外に何も考えずに最短で二人の間に突っ走る。
彼はーー織宮 レイは。
「やれやれ。次は貴方ですか」
「テメェみたいな人種にも寛容な俺でも許せねえ真似してくれたな!?」
珍しく黒髪の青年は開幕から怒りの頂点にいた。まあ無理もない。大事な仲間がよりにもよって一番最悪な形で打ちのめされているのだ。互いに同じ故郷出身。何となく感じれた境遇を持つ者同士。辛い過去を抉られた傷の痛さを分からない筈もなく。
現れた存在を見る彼女はまるで親鳥を見つけた雛のようだった。
「れ………レイ」
「大丈夫か? 何も考えるな。すぐ片付けてやるから休んどけ」
そう言い聞かせる言葉に素直に従うアリスさん。恐らく強がりすら見せられないくらいに今の彼女の精神的な状態が不味いのだろう。逆に今拠り所としている存在が大きいのも伺える。ある意味一番最良の頃合いで現れてくれたのかもしれない。
「ほう? 貴方は意外に謙虚な人だとお見受けしましたが、中々どうして」
「逆に聞くが、どうしてテメェはそんなに呑気でいられる? これ以上の危害を与えるならどうなっても知らんぞ?」
「呑気ですか? ふふ、確かに危機感はありませんね。欠如している訳ではなく持つ必要がありませんから」
強まる笑み。正直これだけの猛者達に取り囲まれた状況で不敵に構える彼女の余裕は一体何処から湧いて来るのだろうか?
「………」
薄々感じてはいたが、倒されない絶対的な自信があるのか? いや、死の恐怖すら抱いていない様子もあることから死なない根拠があるとでも言えば良いのか?
死ななければ負けない。ただどうして?
謎はいっぱいある。
先ずはあの風貌。
やはり辻褄が合わないのだ。あの身体で、その年齢で語られる歴史の重さ。秘めたる脅威。空気。気配等の全てが常軌を脱している。
天才だからでは済まない。彼女は天才の中でも異常なくらいの経験や知識を手にしている。まるでズルをしたかのように。
かと言って努力の研鑽がないなんては考えられない。どれだけ強大な力を持とうが扱いこなせなければ意味がないのだ。
ダリアス・ミレーユはそれを会得している。
故に分からない。成長の速度と時間が噛み合わない。
「私は負けません。だから楽しませて下さい。貴方達の力を、強さを、弱さを、恐怖を、怒りを、憎しみを、知識を、才能を、勇気を全て私と言う狂気に見せて下さい!」
歪んだ表情は正に翠の悪魔と呼ぶに相応しい姿であったと思う。此方が踏み越えようとしない一線を平気で通り、ぶつかってくる存在こそが何よりの脅威。
「もっともっともっと! 足りないんだよ。こんな程度じゃ生温い!! 殺すつもりで来い! 私を満足させるには何の躊躇もなく命を奪える奴だ。命の殺り取りをしてこそ私の真価が問われる」
「………狂ってやがる」
「それはテメェもだろうが殺し屋」
「元をつけ忘れてるんだよ!」
もう避けて通れない闘争だと理解した東洋人の青年は天器を手に駆ける。
ーーその時だった。
「ほう、威勢の良い人間共じゃのう」
「あ? ーー」
一瞬だっただろう。
訳も分からない内に全てが始まり、全てが終わるそんな刹那の時間。
真っ赤な飛沫と同時にグチャッ!! と嫌な音がした。いやもしかしたらそう感じたのかもしれない。違う。結果から目を背きたくなる話だっただけだろう。この場にいる全員が一様に。
それくらいに眼前の光景は思考をおかしくさせるようなものだったのだから。
率直に言わせてもらうわ。
あの寒気がするような翠の悪魔は呆気なく頭を吹き飛ばされ絶命した。
本物のーー。
悪魔によってーー。
「ふむ」
それは発した。
「こんなにあっさりと死ぬとは思わなかったぞ」
それは死を軽んじた。
「相変わらず人間というものは脆く儚い」
それは私達と一線を隔てていた。
「まさか………」
かなり大きな体躯を誇る老齢の格好。内からはち切れんばかりの筋肉は明らかに人間が為す形を超えており、白髪の隙間から光る金色の眼光はその場の存在を平伏せそうで、何よりその朦々しくさえ感じる纏いし覇気が人のちっぽけさを教えてくれる。
言葉が音割れをしたように耳に入ってくる声は非常に不気味であり、ちょっと小突いただけ、みたいな感覚で一人の異質な天才を葬るコイツは何者なんて聞かずともわかる。
こいつはーー。
「儂は流天のヴァリス。かつての盟友。冥天のディアナードの仇を討つべく参上いたす」
名乗り上げると同時に覇気が膨れ上がった。
こんな時だがついに現れたか。
理由はさておき、考えていた中での一番の不測事態である存在。最大の強敵だった悪魔が認めるかのような発言を漏らしていた異例。
何れぶつかるとは踏んでいたが、まさかこんな滅茶苦茶な状況で現れるなんて想像もしない。
そして何より重要なのはあれだけ啖呵を切っていたダリアス・ミレーユが無情にも絶命してしまったからに他ない。
人間側一同が様々な感情に乱される程に彼の危険性は最上級であった。
ん? 待てよ。
隅に置こうとした理由を深く考えなかったが今確かに悪魔はーー。
「………そうか、主が盟友を倒した一人の天才。否、天災か」
「えっと………?」
非常に不味い。矛先が私に向いてしまったのは不幸ではないだろうか? 間違いなく老齢の語る悪魔を倒した一行の一人ではあるが。
違う、最後に倒したのは私ではない。
人聞き悪い言い方もあり、撤回を要求しようとする。まさか悪魔相手に。
「堕天のルシファーが一目置くのも頷けるわい。華奢に見える人の子でありながら感じ取れる内の矛は全てを貫く程に研ぎ澄まされている。迂闊に近付けないくらいにのう」
どんな絶賛だ。が、聞き覚えがある存在の名前まで聞いてしまえばどうやら用があるのは完全に自身である。いやどの道標的として狙われるのが遅いか早いかの差でしかない。
「………天才なんてたかが知れているわよ」
「フ、フハハ。謙虚な物言いだな人の子よ。儂を前に軽口を叩ける存在なだけで大したもの」
「どんな要件かは知らないけど邂逅したばかりなのに課題評価過ぎないかしら?」
「そう思うか? 主らより遥かに長い時を生きてきた儂は見ただけでわかるぞ」
「………」
「些細なことだ。別に天災だろうが、弱者であろうが関係はない。あるのはーー」
ーーお主が盟友の仇であることだ。
殺意なんて言い方すら生易しい表現になってしまいそうな眼力が向けられる。この死をも悟りそうな底知れない圧迫は覚えがあった。
この老齢はあの冥天のディアナードと同じか、もしかするとそれ以上の力を秘めているかもしれない。
命すら差し出した一戦が蘇る。全てを出し切って掴めた勝利。
もう同じ結果は出せない。
何故なら私はあの頃の力を有していないのだから。
だがそれでもーー
カナリア・シェリーは意を決して一歩前に出る。毎度の事ながら唐突に現れてくる脅威。
ある意味天才に与えられし試練のようだ。
なら乗り越えていくしかないだろう。
「おいおい、一人で戦う気か?」
「!」
そんな声が後ろからする。
振り替えらずともわかる誰かの言葉に思わず気持ちに余裕が生まれるのを感じながら私は答えた。
「まさか、しっかり協力してもらうわよ。もうここまで巻き込まれているんだから」
「一連托生になった覚えもないんだがな」
頼りになる先輩が横に立つ。更に後ろから何も語りはしないが、佇む二人の気配。例によって多少入れ替わりはあるが前回同様に条件に差はない面々達。
共に強大な悪魔を撃破した英雄。
絶対剣の中でも特に悪魔と相性が良い聖剣ゼレスメイアを担ぐ剣聖。
未知数で秘密に包まれてはいるが一旦を垣間見ただけでもわかる謎の天才。
後は私ことカナリア・シェリー。勝算は相変わらず高くはないが何とかするしかない。
「早く片付けようぜ。こんな場所で暴れ回り続けるのは不味い」
「既に出遅れですが、致し方ありません」
「ああ、猶予を与えるなんて余裕を出している場合じゃない」
決まりだ。
短期決戦、早期決着でいくわよ。
「さあ、気を抜かないで」
自身の身体を考えるのは今だけは無しだ。出し惜しみで負けて死ぬくらいなら限界まで身体を酷使する。
私はブワッと黄金に煌めく光を身に纏う。
限定解除【コンバートアーツ】。瞬間的な大解放魔力を糧に物量で攻めていくことを可能にする魔法。
最上級魔法だろうが、複合魔法だろうが、超魔法だろうがこの僅かな時間だけは溜めすら必要としない。
渦巻く魔力だけで切り裂く風となる力。
「確かにあやつが大袈裟に語るのも頷けるわい」
表情が多少なり引き締まる流転のヴァリス。
冷静に分析すればこの反応が以前の相手とある差みたいなものだろう。
彼女はそれでも尚歓喜していたのだ。まだそんな小さな情報だけでもこの先の戦況を左右するだろう。
いや今は深く考えるのはよそう。私はとりあえず生き抜いて平穏に過ごす為に全力でぶつかるのみ。
「終わらせるわーー」
先手必勝。
私が仕掛けようと考えたその時だった。




