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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
始動
72/155

−天才なんてたかが知れている③−


全くの未知数ではある。が、恐らく彼女の存在事態が彼等ですら手に余ることだけは唯一考えられる。そう考えるときっと私も同じ枠にハマりそうな気もした。だからこそエイデス機関に席を置くだけでも良いと提案された理由にしっくり来る。


「やれやれ。いつの時代でも変わらない愚かな選択を決断するのですね」

「ーー?」


刹那だった。

雨が降る暗闇の中で幾重に反射して光る存在が私に襲い掛かるのを。


「っと!」

「貴方!?」


それを防いだのは意外にも、いやある意味当然の才能を持つ謎多き先輩であった。

迫り来る細い光。これは糸とでも言うべきくらいに目視するのすら叶わないものが四方からとり囲む。が、彼は僅かな時間から見抜いた穴に自身を抱えて飛び込むことで脱出を測った。

結果は無傷。

そして先程まで居た場所に取り残された傘だけがバラバラに刻まれた。もし私だけの状況ならきっと同じ末路を辿っていたかもしれない。

それ程に対処するにはあまりにも認識し辛いし、それ以上に不意打ち過ぎたのだった。


「へえ、初見で見抜いたのは数人しかいないのですけどね」

「街灯の光の影と反射して見える光の角度から割り出しただけさ」


淡々と相変わらずのように述べているが、明らかにおかしい。こうして落ち着いた今私もカラクリは理解したが、それはあの咄嗟の場で判断して尚且つ顔色一つ変えずに遂行するのがどれだけ異質で異端か。

幸か不幸かはさておき。


「視認も難しい極細の糸。しかも魔力を帯びた強度のあるもの。それが貴女の武器かしら?」

「種明かしが早くてつまらないですが、その通りです。いや、少し違いますかね」

「は? どういう意味よ?」

「簡単だ。あれはまだほんの一部の武器にしか過ぎない。まさかあれだけで戦いはしないだろう?」

「察しが良いですね。貴方何者ですか? 興味が出てきましたよ?」


殺意が膨張する。不意打ちはあくまでお遊びみたいなものだと物語るように迫力が増して全身が否が応にも精神に警告を送る。これまでに幾度となく死線を彷徨い、強大な敵と戦って来た私でさえだ。

やはり地力が相当高く、実践経験がまるで違う。

これが【翠の悪魔】と呼ばれる所以なのか。

そして、隣に立つ人物もまたーー。


「興味出されても困るんだけどな」


臆する様子を全く見せない形でユリス先輩は一歩前へと踏み出す。

横顔から覗く彼の口は告げた。


「俺がやる。お前は下がってろ」

「ーー!」


そんな台詞は初めて言われたかもしれない。いつも前へ出張ってたカナリア・シェリー。しかし無理が祟る肉体になっているのを知ってか、正体を探られるのを嫌い、目立つのを嫌うめんどくさがりな彼がはっきりと言葉にした。

その言葉に何故か私は素直に任せてしまえるような気がした。


「相手は百戦錬磨の実戦の天才よ。無理はしないでね」

「そうか、なら俺はーー」


のそっと何の構えもしないやはり変わらずな、だが秘めたる異質を感じさせずにはいられない雰囲気で。


「ただの不幸な魔導師だ」


ブオッ!

雨が止んだ。そう思えるくらいに場の湿気が吹き飛んだのである。重力に逆らった雫は街灯に景色を写し、まるで時間が停滞したかのようであった。

単純な魔力の波動。それが周囲に弾け、雨粒が爆散する。一見力の誇示をしただけに過ぎないようになっているが、既に細身の男性の言葉を皮切りに始まっていたのだ。

壮絶な戦いが。

最初に仕掛けたのはダリアス・ミレーユ。再び鋭利で強力な糸を放った。どんな原理で物体を細切りにする程に張った糸を出しているのかまでは不明だが、脅威さはカラクリが解けた所で変わりはしない。

それを先輩は屈んで避ける。私も巻き込まれ兼ねない場から退がりながらも次なる動きに注視する。

今度はユリス先輩だ。何もない空間に掌底を打つ。すると勢いは波状となり広がり、水飛沫すら凶器となった。正に散弾銃みたいな衝撃波である。

あれはへカテリーナ・フローリアの使う力と同種、或いは類するものと考えたが、詠唱した様子も破棄して放った気配もなく。純粋な地力の技にすら見えた。下手したら彼女よりも扱い方が上手いかもしれない。

ただこれが簡単に通じるとは全く持って思えない。


「最初から全力で来た方が良いですよ? 私は手加減が苦手ですから」


翡翠の少女は自身の周りに暴風を纏い波状攻撃を跳ね返す。実に分かりやすい対処。笑みを浮かべながら煽る存在は血に飢えた獣の表現が適切だろう。

ならば彼は狩人が似合うかもしれない。


「天才でも手を抜くのは難しいか? 俺は出来るぞ?」

「手を抜いて私に勝てるつもりですか?」

「勝つかはともかく負けはしないな」

「後悔しますよ」


パリンッと街灯の硝子が割れ、光源が消失する。一つ、二つと足場すらまともに把握出来ない暗さが覆う。雨雲も重なって星や月の明かりすら遮断した世界は到底何も映しはしない。これでは戦うなんて論外だ。

いや違う。そもそも彼女は何故実戦の天才と織宮さんが称したか?

そうだ。彼女はそもそも戦場をその若さで潜り抜け、尋常ならない戦火を上げた古き軍人であったのだ。

寧ろこんな状況すら戦いを優位にさせる為の戦術に過ぎない。糸を使った不可視の攻撃といい、勝ち抜く術や生き残る手段に長けたやり方が根底にあるのだ。

即ちこれは此方側にとって悪くにしか働かない事態なのである。


「夜目がきく訳か。まるで動物だな」

「そういう貴方こそ気配で察知しているのかしら? 中々人間業じゃないわよ?」

「お前も分かっているようだが?」

「魔力の流れが乱れていればそこに何かあるってことよ」

「お前らしいな」


寧ろ魔法以外の部分の感覚に頼るなんて人間離れしているとしか言えない。

そう思った直後に眼前で火花が弾けた。同時に炸裂音と甲高い音が雨音を搔き消す。彼等の存在は認識は出来るが、一体何をしているかは想像するしかない。多分何方かが銃、それも前に遭遇した襲撃者が扱っていたような速射式。そしてそれを凌ぐ剣戟らしきもの。いやいやこんな空間でどうすれば成せるのだ? この状況下の戦いは難易度だけで比べれば冥天のディアナードの時に匹敵するかもしれない。


流れ弾が怖い私は周囲に水の壁を作って対応しながら介入の余地を感じられないまま傍観しか出来なかった。


「貴方は本当に何者ですか? 顔色一つ変えずに凌ぐなんて」

「教える義理はない」

「そうですか。ですがどうやら防ぐだけで精一杯のように見えますね」

「………」


沈黙する彼。だが明らかに攻めに回れずに防戦一方なんて有り得ない。実際どれだけダリアス・ミレーユが猛威を振るっているかは分からないが、直にこの空間にも目が慣れてくる。

が、会話から見えてくる展開に私は冷や汗を禁じ得ない。


「ふ、あからさまな挑発には乗りませんか」

「然りげ無く隙を作ってくれるのは良いが、俺がそれを罠だと気付かないと思うか?」

「参りましたね。誘いに乗ってくれないと私も攻め手に掛けて困るのですがね」

「そうか? 実際俺は防戦一方だが?」

「いいえ違いますね。気の所為かと考えましたが、位置取りや殺気の向け方、そして動揺を見せない冷静さ。上手く私の攻めの手段を縛らせてやり辛くさせてるんですよね?」

「分かっているなら全力で来た方が良いぞ? まだ俺が手を抜いている内にな」

「まさか逆に挑発されるとはね」


火花の数が倍に増えた。未だに魔法らしい魔法も使わないでいる戦いが激化する。

これが実戦と言うものなのだろうか? 自身のように持てる力を曝け出してぶつかるスタイルとは全く違う。と言うより魔法を使わずに戦うなんて魔武器や天器を扱えても考えられない。

そして先程の会話。まだまだ互いに様子見の段階でしかないようだ。普通戦闘の時間なんて長引いて好転するとも思えない。

徐々に見えてくる二人の影。

アリスさんの瞬間移動の力を拝借した影響で多少の速さは目で追える。ただ見えている部分が全てではないのは彼等のやり取りを聞けば分かる。

間合い、最小限の動き、陽動。あらゆる手段を用いて戦うからこその立ち回りなのだろう。


「速ければ良い訳じゃない。目で追えずとも動きを制限させれば必然と攻撃経路が予測出来て緩やかな速さに落ちる。上手く操作出来れば攻め手に掛けさせることも出来る訳だ」

「しかし様々な戦法を想定しながらでないといけない。これは両者がそこそこ対人実戦を心得ていて成立する掛け引きですね」


自分の能力が対人相手に劣っているとは考えもしなかった。が、それは過去の話だ。現状魔法の制限もある私には魔法以外での戦闘手段が必要になってくる。限りある力を最適化させて確実な一撃を当てる為には相手に隙を見せる駆け引きをしなければいけない。それは高水準の実戦を経験しなければ身に付けられはしないのだ。ならばこの戦いから学べることは多いだろう。


「と、別に私は勉強会をしているのではありませんでしたね」


動きが加速したのが分かった。弾ける橙色の数からも何となく速度があるのは予想出来たが、かなりの速さだ。そこへ激しくなる攻撃の手数を考慮すると体感速度は果たしてどれほどのものなのか? 刹那の判断が命取りになる攻防の激化に息を呑む。

細かく銃撃しながらの糸による奇襲を仕掛ける翠の悪魔。細身の男性は何処からか引っこ抜いた鉄棒を槍を扱うように振り回し弾膜の隙間から抜け出す。次節殺気か、或いは攻めようと言う意志を放つことで動きを鈍らす光景を目にする。それに乗るか乗らないかは状況に応じて考える彼女もまた一癖も二癖もあるだろう。

中々均衡が崩れない。何方もが目に見える行動以上に次なる予測をしながら私とは違う世界で戦っているように伺えた。

二人にしか測れないチェスみたいな何か。こう動けばああ動き、引けば押してと自らの引き出しと言う駒を操作して局面を支配する。ただチェスに例えた以上、盤面は互角なままにはならない。もしかしたら均衡は徐々に崩れているのかもしれないだろう。チェックメイトはいつか訪れるのだ。

その証拠にーー。


「ーー!」

「おや? 少し顔色が変わりましたか?」


防御する動きに若干の遅れが発生している。前方、後方、左右の様々な角度から息をつく間もなく放たれる猛攻に間に合わなくなって来ているのが見えた。その泳ぐ身体を辛うじて整えるが、やはりダリアス・ミレーユの述べる通り顔色が僅かに歪んでいる。

不味い。確かに資質は相当なものかもしれないしどのような世界を生きて来たかは分からないが、現在のユリス先輩は現在一介の学生に過ぎない。当然現役真っしぐらの翠の悪魔が相手では長くは持たない。

直感的に感じたであろう彼女が笑みを浮かべて更なる追撃を繰り出した。まだまだ余力を残していた事実が私の表情を歪ませる。


「それも誘いですか?」

「………」

「黙りも良いですがこの場合は逆効果ですね」


不意に翡翠の瞳に力が篭るのを感じた。同時に一定の間合いから攻撃していたのが急遽距離を狭める。

そして不規則な動きからの蹴り上げが彼の武器を吹き飛ばす。強すぎる勢いに上半身が巻き込まれ、この戦い一番の隙が生まれる。

目を見開く先輩。鋭くなる怪物。

互いの時間が一瞬止まった。

あくまでカナリア・シェリーの主観だが、ここが分岐点であり、分水嶺であると確信した。

だからこそ私は動く。卑怯だとか言われても関係ない。私自身が巻き込んで招いた事態なのだから彼まで責務を負う必要はないのだ。こんな展開でユリス先輩に怪我をされては困る。

この絶好の機会に横槍は気が引けるが、逆に一番割り込める頃合いだと思う。

だがしかしーー。


「ーーッ!? これは!?」

「私の武器はただ単に攻撃だけに重点を置いた訳ではありません」


ほんの僅かに感じる魔力の痕跡。目には見えない何かがそこにはあり、幾重にも引かれた結界みたいなもの。

彼女の武器の一つであるのは視認が難しい糸だった。が、難しいだけで確かに目で見える筈なのだ。しかし今回のこれは明らかに見えない。完全に視認すら出来ない糸が張り巡られていたのである。もし気付くのがもう少し遅れていれば私は自ら切り刻まれに行く形になっていたであろう。

そんないつから?

いや、既に初めから仕込んでいたのか? 見えない糸と見える糸の両方を。動いていなかったから巻き込まれず知り得なかっただけで、いつの間にか八方ふさがりの状態が形成されている。

そうか。だからユリス先輩はどんどん押されているのだ。脱出経路を消されていき、行動範囲も狭まり、更には増えていく攻撃の数。

戦局は終盤に掛かる寸前だ。もしかしたら彼には分かっていた展開かもしれない。

だったら打開策もーー。


「おっとさせませんよ?」

「!」


バリンッと、何かを砕く音が聞こえた。

それは二人の間に設置された魔法陣。が、ダリアス・ミレーユは解除陣の術式を纏ったブーツで踏み潰す。

当然魔法は不発に終わる。


「色々と気を逸らしても誤魔化せませんよ」

「そんーーなっ!?」


ここまでしても尚、向こうの方が一枚上手だった。魔法をこんな風に伏せて狙いすましていた戦術さえも読まれて潰される。互いに読み合いは果てしなく長くて高度だ。

全く自身の戦う舞台と違う戦術を前に私はただただ呆然とするしか出来ない。

そして何もかもを崩された先輩に靴の先端から飛び出る仕込みナイフが襲い掛かった。

やられた。


「ーー惜しかったな?」

「ーーッ!?」

「えっ!?」


刹那。

彼は真上に跳躍した。何の影響も受けずに、張り巡らせた糸の被害も食らわずに。

あっさりと籠の中から抜け出したのだ。


「立体的に捉え不足だな。最悪地下が下水道になっているからそこへ脱出する方法も考えたが、吹き飛んだ鉄棒を見て方針を変えた」

「まさかそんな隙間に」

「誘い過ぎなんだよ。そんなに人の表情を崩したいのか?」

「もしやさっきの顔色も………」

「ああ、あんまり得意じゃないんだがな。演技は」


やられたのは、してやられたのは翠の悪魔であった。



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