−悪魔的天才⑧−
これで勝ちだ。
ーーそう思っていた。
「ーーガハッ………」
喉が発作を起こし、グラッと三半規管が揺れた感覚に陥る。何とか足を崩さないように保つ。
何だ? 何だ今のは?
勝手に剣がすり落ちて、苦しさを感じ、訳の分からない咳が込み上げた。
止まらない咳を手で抑えて何とか落ち着いた時、そこには赤黒い液体が大量に垂れていた。
どうして? どうして?
口からも溢れる血を理解しながら外傷がないかを確認する。何ともない。
なら何で?
予想外な事態だ。未だ喉から上がってくる気持ち悪い感覚と息苦しさ。そして寒気。これは外傷でも無ければ呪術みたいな効果でも無い。
そうして消去法を行ってようやく事態の意味を把握した。
が、解答を得る代わりにどうやら私は今がどんな場面に立たされているかを思い出すのが遅過ぎた。
「しまっーー」
至近距離からの魔力の波動。本来なら当たることもない攻撃だったのに最悪な瞬間にツケが返って来てしまった。
防ぐのすら間に合わずにカナリア・シェリーは直撃してしまう。全くの無防備な状態だった身体は弾け飛び、さっきの見ていた構図が逆転してしまう。
違ったのは当たりどころが悪かったのと、内から発せられる危険信号が重なって。
「………ぁ」
あっさりと意識が暗転してしまった情けない天才だったことだ。
私は最後の最後で逆転負けをしたのである。
◆
「シェリー!」
「シェリーさん!?」
被害から逃れて舞い戻って来た彼等が目撃したのは勝ちが確定したと思われた光景のひっくり返しした場面であった。
本人は相当動揺して理解が追いついてなかったが、側から見た立場の人間にはすぐ様分かってしまった。
それは彼女の生命線と言われる人口臓器が耐えられない負荷に合った弊害。魔力を糧に機能すると言われている魔臓器。仕組みは不明だが、派手に魔法を使うのは控えるように言われていると本人が口にしていた。
なら当然の代償だ。
エイデス機関の実力者筆頭が使う力の真似事をしたかと思えば次は高難易度且つ多量の魔力を必要にする複合魔法だ。いや、あれは前者の技術を使いながら並行して魔法を放っていた。そんな領域の力を発揮出来るのが世界に後何人いるかみたいな偉業だ。派手なんて言葉に収まらない。寧ろ無茶だ。長期戦を強いられた訳でもなく、そこまで沢山魔法を使っておらずとも簡単に限界点に達してしまう。
あれが大丈夫な筈がない。あんないきなり身体の自由が効かなくなって小さい血溜めが出来る吐血は相当な状況だ。
「無茶し過ぎだ!」
「今すぐ医療機関の手配をッ!」
「いや、あまり動かしたくないが直接連れて行こう!! 先ずは応急処置だ!」
「はい!」
決断早くすぐ様行動に移す彼等。
それを少し遠くから膝をつく深紅の少女が虚気味に眺める。
「貴女もかなり深手ですわ。一緒に行きますわよ?」
後ろから身を案じるシルビア・ルルーシア。
だが振り返りもせずに、聞こえているかすらも怪しいままに倒れる異端の天才から視線を外さなかった。
確かに本気で戦った結果に起きた事故だ。仕方ないことだった。
「ーー何で………アイツは動かないんだ?」
「………」
珍しく震えた声が響く。もしかしたら一番状況に困惑していたのはへカテリーナ・フローリアだったのかもしれない。
恐らくは始めからーー。
「死んで………ないよな?」
「死にはしないでしょうけど………」
意外にもカナリア・シェリーはかれこれ医療機関に再三お世話になっている。死線を彷徨い慣れていると言っても過言じゃないだろう。
無事だが、無事ではないが裁定だ。
保障は出来はしない。
「(まさか、私もこんな結末になるなんて………)」
全てが悪い流れだ。決闘する流れから、予想外な真価を見せ、最後にはこの顛末。もっと簡単に決着が付くと考えていたから悔やまれる。
「何でだよ………」
「え?」
「何であたしが勝ってんだよ………これじゃあ納得がいかねえよ………」
「貴女………」
歯切りしながら口にする彼女の発言の意図が最初は読めなかった。
しかしいつにもなくらしくない展開ばかりが続いたのはーー。
「アイツが辞退して残念だっただけなんだ。そこにあたしにも辞退しろって言われて納得がいかなくて、ならアイツと非公式な試合でも良いから戦って負けて潔く辞退するなら良いと思っていただけなんだ」
成る程。それが本音か、と栗毛の少女は納得する。ただ最初から勝てないと分かっていたのか。しっかりと忠告は心の中では受け止めていたのにこんな事態になるなんて。神様の悪戯だとしたら残酷だ。
全部の歯車が狂ってしまった結果。
果たしてどう筋書きを進めたら良いのだろうか?
彼女は、へカテリーナ・フローリアは?
「試合………どうしますの?」
約束はしていない。成り行きに任せるならば辛うじて勝利した彼女はアズールを辞退しないで良い資格を得てはいる。
まあ、あれが勝ちと言って良いのかは難しいが。
「シェンリンに勝てはしましたが、試合に出場するダリアス・ミレーユさんと言うのは同じかそれ以上に強敵で危険な方なのが事実でしたら………」
「きっと負けるな。アイツは嘘はつかねえ。こうして戦って見て分かった。アイツは生きるか死ぬかの瀬戸際をいつも歩いているんだってな」
それも優しい表現かもしれねえな、とまるで彼女の伝えたかったことが全て伝わっているような口振りだ。
だったらーー。
「責任取るしか………ねえじゃねえか」
「フローリア………」
「アイツがああなってしまった以上、あたしは素直に従ってしまう訳にはいかねえ。まるで自分だけ命拾いする感じなのはごめんだ」
「負けるだけじゃ済まないのを分かっていても………ですか?」
「くそッ………やるからには簡単に負けるつもりはねえよ」
意地を貫き通すくらいはしなければ本人も持て余す感情に折り合いがつかないのだろう。
リアンに担がれた宿敵であり友はこの場から消えていく。そんな姿を見て果たして何を思ったのか?
何れにせよこのまま引き下がれなくなる結果に終わってしまった以上ーー。
「あたしは無謀な奴だ。躓くまで突っ走るしかねえ」
「こんなことになっても意思は変えないのなら私は止めませんわ」
互いの意見を主張して固まった。
そこへ鳴る自然の雷鳴、まるで嘆くように。ポツポツと落ちる雨。まるで泣くように。
残念ながら雨は降っても地は固まらないようだ。
◆
セントラルから抜けた付近の小さな街。そこにはとある一団が潜伏している。本来は滞在であるのだが何分その一団が一団だけに公にならないよう極秘裏な活動となっている。何故そんな一団が居るかとなれば近々開催される学園大魔聖祭の影響だ。
大陸内は勿論、それを超えた国々から小さな諸国の者までーー。
もう少し言い方を変えれば祭り事に興味を示し、お忍びをしてやって来るお姫様とか。
「………いやぁ、何て言うか………スゲェお姫様を捕まえたよな?」
「………捕まえたよりかは捕まった」
「どっちでも凄いわ!」
街内の酒場。まだ開店は先なのだが、敢えて早めに一部の者だけの貸し切りで使わせてもらうように頼んだのは東洋人の成年ーー織宮 レイである。
そして会話をする相手もまた彼との再会がようやく叶った人物。
一見物静かで特に特徴らしさがない短髪の普通の男性。しかし重々しい西洋の青銀の鎧に身を包んだ逞しさを持ち、落ち着いた面構えでいる存在の片目はこれまで幾たびの戦いを刻んだような傷跡を残す。隻眼となって開いている瞳は命を奪うのすら叶わない強さと優しさを兼ね備えたものが宿る。
最後に傍らに置く巨大な大槍。ガタガタに傷つくそれはどれだけの敵を倒し、どれだけの命を救ったか物語る程の使い込みであった。
明らかにただ者ではない。
それもその筈。何故なら彼は七年前の【黒の略奪者】の事件で大きく活躍をした一人であり、その後に諸国で勃発した戦争を終結させた英雄。
聖騎士とすら呼ばれ、そして織宮 レイ達の仲間。
アルケ・フェイルだ。
現在諸国のお姫様と婚約をしている。
「ほんと、いつから色男になったのかしら?」
隣に座って果実酒を味わう朱髪の女性ーーボルファ・ルナは揶揄うように喋る。久しぶりの仲間の再会に加え、お母さんとして息子の世話に忙しくて飲む機会がなかったお酒に酔い気味である。
「止めろ………その手の冗談は苦手なんだ」
「苦労してるんですねぇー」
戸惑う彼の向かい側に座る空色の髪を一つ結びする医療魔法の権威と呼ばれる女性ーーセラ・ゲルビンは何杯も果実酒を飲みながらも変わらない様子で微笑する。
「苦労と言うよりは幸せ太り?」
「まあ幸せなのは間違いじゃないだろうけどよ」
レイの隣で東洋酒を飲む如月 アリスはズレた例えを持ち出し、聞く青年は苦笑いして同じ東洋酒をぐびっといく。
軍が解体されてから散り散りとなってそれぞれの道を歩んでから数年ぶりにの集まりである。世界よりかは大陸を救った英雄達の邂逅は案外世間から掛け離れているよりかは世間のそれと何ら変わらないものだった。
ただ若干一人不在ではあるが。
「そういやルナちゃん、息子は?」
「今日はミミルに預けているわ。申し訳ないけどね」
「まあ良いじゃないですかあ? 女は時にはこうして育児から抜けてハメを外すことも生理学的に必要ですよお?」
「貴女はハメを外し過ぎじゃないかしら? 結構ひっかえ取っ替えしてるとかミミルから聞くわよ?」
「取っ替え引っ換えです。正直どいつもこいつも詰まらない人でしたからそうなってしまってる訳ですけど」
「魔性………」
「アリスさんから言われると堪えるものがありますぅ」
「いや、彼女は別に魔性とかではないだろう?」
「そうそう。こいつは未だに男日照りの童顔に苛むーーって痛い痛い!! 足踏まないでッ!!」
「今のが一番酷いわ」
「貴方もいい加減女心を知らないと一生独身よ」
「ふ、俺がいつから独身だと錯覚ーー」
「あ、レイはずっと変わらず知ってる通りの人生だから」
「そういや身近に知り尽くされている奴おったわああ!」
「ちょっと見れば分かる底ですけどね〜」
成長した彼等の会話は酒が進んでいる為か、こんな女やら男やら将来の愛方のことについての内容が主である。まあそれ以外の近況は概ね伝わって来るくらい活躍しているからって理由があるから聞く必要がない訳でもあるが。
「でも何かレイはちょっと変わった?」
朱髪の女性は今では大分穏やかになったキツイ目付きを蘇らせるようにして観察した感想をダダ漏れにする。
「確かに昔と違って女性への執着心が無くなった? いつもならこんな話題になったら直ぐ様ルナさんは仕方ないにしろ私に言い寄って来るのに」
「女性陣! 俺だっていい加減節度を自覚するからね!?」
「いや、にしても恨み言の一つも口にしないのは変だ」
「何年前の俺を思い出して言ってんだよ?」
そりゃあ年月が経てば人は変わるだろう。
しかし「それとは違うのよ」とルナはおかわりした果実酒を口に入れて目をトロンとさせながら言う。
「もしかして好きな人でも出来た?」
「ーーッ!」
そんな突拍子もない言葉に反応したのは東洋人の女性であった。ただ周りの視線を見る限り気付かれた様子はないので東洋酒を飲んで誤魔化しながら隣の同僚を見る。
少し雰囲気がおかしかった。
「…………」
「え? もしかして図星?」
「図星って言うか、何か今までは考えも無しだったけど今はあ、こいつじゃないな。って言葉が過ぎってしまうんだ」
「運命的な人を見つけたって感じがしますねえ」
「いや、これが俺も分かんねえんだよ」
そんな台詞を聞いて僅かに落ち込むアリス。
こちらとら好意がある者にとって隣で曖昧な言い方をされると不安でしかない。
しかもそこへ酒が回り過ぎて空気を読まない人物が例の人の名前を出すのだ。
「もしかしてカナリア・シェリーって娘?」
「ええ? あの学生さんですかあ?」
「何で貴女が知っているのよ?」
「主知医でしたから。寧ろ何でルナさんが知ってるんですかあ?」
「喧嘩売られたからよ」
「………意味が分からないですう」
「俺からしたら更に意味が分からないのだが?」
変な感じで話題が脱線しようとする中、兎に角レイは思っていることを口にして注目を浴びる。
「残念ながらシェリーちゃんでもねえ」
「あら? じゃあ誰なのよ? 変態野郎の気になる奴って?」
「こんなレイさんは未だかつて見ない空前絶後ですう」
「だから女性。酒入ってるからって辛辣に言わないで」
頭を掻き毟りながらようやく考え抜いて絞り出した答えを有りの侭告げる。そんな彼も普段ならおちゃらけるのに酒が入ってるからか普段より真面目なキャラが際立つ。どうやら酒を飲んだ方がまともに機能する人種らしい。
どんな人種だ。
「まあ何だ。ソイツはどう思っているか知らないけど側にいると心強いんだ。いつの間にか弱音も勝手に口にしてしまうくらいにな」
「ーー!」
言われて心当たりをあるアリスはチラッと隣の人物を見る。が、何故か予想とは相半してソッポ向かれていた。
しかし顔が見えなくともそこから観察出来る彼の耳は真っ赤になっていた。きっと今魔眼を使って心を読めば答えは直ぐに分かるだろうが、色々と様子を見て感じ取った確信だけで充分通じる。
再び東洋酒を飲みながら少し頬を緩ます東洋人の女性は完璧に油断をしているだろう。
そんな一面を覗いたある者は見逃さなかった。
「………あー」
その間でポンと手を叩く朱髪の女性は全てを察したように納得する。名探偵ではないが、女の勘が最大限に発揮される。
そして次の瞬間には中々嫌らしい笑みを浮かべていた。
「まさかそうなっちゃうんだあ?」
「ッ!?」
「ーーッ」
見破られた2人は互いに目を向けず各々で変な誤魔化しをする。一番酒入って思考判断が鈍っている奴が鋭いって何だよ? みたいな文句が二人の当人の脳内に過ぎる。
そして以外にも他の人物達が気付かないと言う始末であった。
「えぇ? 分かったのですかあ?」
「興味深いな」
「(何でだよ!)」
「(母親には敵わないのかしら?)」
しかしこの調子ではその内察して来るのも時間の問題だと考え、東洋人の青年はこの恥ずかしい空気から脱出するべくいつもながらのボルファ・ルナと再会した時の挨拶代りのような話を切り出すのだった。
「てかアイツはまだ帰って来ないのかよ?」
「んー、そろそろじゃないかしら?」
半分お酒に溺れて机にグダァとしながらもそんな部分だけはハッキリとした口調で話す。
一体どんな確信を持って言うのか疑問の一同に恐らく今日一番の柔和に蕩けた表情で彼女は説明する。
「アイツ多分ルークのことが恋しくなって来る頃合いだからきっと近い内に帰ってくるのが分かるのよ。全く嫉妬しちゃうわ」
「いやいや、ルナちゃんにも会いたいだろ?」
「違うわ。私のことはもうお役ご免なのよきっと………」
あ、これ話題間違えたぞ。とレイは周りから集まる視線に冷や汗を流しながら思う。
そのルナの伴侶は何分世界の平定に忙しく、よく留守にして放浪する癖が強い。相変わらず真っ直ぐな性格ではあるが、流石に振り返るのも時には必要だろう。
どうして来れるんだよ、と彼は長らく会っていない親友に対して文句を垂れる。
するとお酒を勢いよく飲み出しーー。
「帰って来たら再教育しないとね………」
「しんみりした口調で怖いこと言ってるよ!?」
どうやら堪えたよりかは逆に怒りの方が勝っているようだ。
中々帰って来ない理由ってもしかしてーー。
「っと、ぼちぼち時間か」
「何? こんな時も業務?」
「こんな時だからこそだよ」
学園大魔聖祭が始まるまであと僅か。エイデス機関としての任務もそうだが、課題は山積みである。
最悪世界が終わってしまうかもしれないのにこれ以上のんびり酒場で喋っている場合でもない。それでもこうして旧友と集まったのは彼等を一目見て気持ちを切り替えたかったからだろう。
以前までは世界の危機に直面する時は大概唐突であった。だが今回は準備をする時間がある。
覚悟と言う準備が。
「(もう充分命拾ってるからな………そろそろ年貢の納め時かもな)」
一人苦笑する織宮 レイ。
だがそんな彼の心中を察することなんてーー。
「はいはい、レイはまた変なこと考えてる」
「え?」
「分かるわアリス。今のこいつはあいつと同じような顔してるわ」
「ど、どういう………」
「まあ良いんじゃないですかあ? 身体真っ二つで済むなら治しますし」
「いやいやこええよ!」
「馬鹿は死なないと治らないやつか」
「おいフェイル! それは喧嘩売ってるよな!?」
果たして皆の勘が鋭いのか、黒髪の青年が分かりやすいのか、または両方なのか。何方にせよそんな一人で抱えるような問題を見て見ぬフリなんて彼等は良しとしないのだ。
何故なら仲間だから。
「困っているなら言え。例え国が相手だろうと俺はお前の味方だ」
「貴方が皆の調子狂わせてどうすんの? ほんと空気読まない癖に気遣いするんだから」
「クロード君が居ない間の仕切り役なんですからしっかりして下さいよ?」
返す言葉がなかった。と言うよりかは一人で悩んでいた自身が馬鹿らしくなって来た方が正しいかもしれない。
世界が変貌するかもしれない瀬戸際に居るのにこうして皆の言葉を聞くだけでどうにかなりそうな気分にさせる。
どれだけ頼もしい奴らだと呆れていると隣の同僚はあまり見せない笑みを浮かべて言うのだった。
「負けたね?」
「………敵わねえな全く」
頼もしいのには変わりない。
ただ冷静に考えてもまだ頼るべき時ではないと彼は思った。
その為にレイはレイなりに動いて期待する後釜の存在を見つけたのだから。
「勝手言って悪いが、先約がいるからな。お前らはいざと言う時に頼りにさせてもらうぜ」
まだまだ若く、まるで昔の親友を見ているような気持ちにさせる天才の少女。先ずは彼女と状況を打破出来るのが理想だ。
本気で皆が出張るには早い。
「それはさっき言っていたカナリア・シェリーと言う者か?」
「近況知らない割には察しが良いな」
「近況は知らなくてもその名前は有名だ」
「話題には事欠かない子ね」
話は忽ちあの異端の天才に移る。そこへ東洋人の女性は思い出したのかとあることを尋ねる。
「そう言えば最近の診察ではどうだったの? セラ?」
「そうですねえ………」
普段ならサラッと何でも受け答えする彼女が考え込む。まさかあまり良い話ではないのかと思いきや。
「大丈夫ですう。良好ですよお。………良好なのですが、気になることがありまして」
「何だ? 人が真っ二つになっても治すセラちゃんが」
「何か嫌味に聞こえますう。まあそれはともかくとして」
間を空けて溜めを作る。
そして果実酒をちびちび飲みながら言った。
「実は一部の人口臓器は機能してない事に気付いて一旦取り除いて術を施したら………再生しちゃったんですよね」
どういうことだ?
詳しく説明しない故にいまいち要領が掴めず、あまり詳細を知らないルナとフェイルからすれば良い話ではないか? と口を挟むくらいだ。
が、彼女は信じらない口振りで漏らす。
「もしかしたら遠くない内に全開する可能性が出てきたんです」
「嘘だろ? だって本人もセラちゃんからーー」
「はい、無くなったもの、亡くなったものは元には戻らない。そんなことを可能にするのは神様しか無理なんですよお」
それが世界の理。変わりようのない事実であり、真実なのだ。
しかしその話が本当ならまるでーー
「奇跡が起こっている………?」
「あー、あの子なら有り得そうだから末恐ろしいな」
しっくり来る東洋人の女性の言葉に呆れながら被せる黒髪の青年。
そんな所へ更に話題に事欠かない結末を迎えるとは誰も予想しなかっただろう。
「ーー!」
不意にセラ・ゲルビンの通信機器が鳴り響く。「今日は非番な筈なのに」とボヤく辺り、彼女でなければ対応出来ない案件が発生したと言う訳だ。
となればかなりの重体の患者が現れたのを意味する。
関係ない彼等もその様子を見る。普段は呑気な口調なのに深刻な表情になっていく姿が嫌な予感を告げていた。
「………」
時間にして数十秒。短いようで長い連絡が終わり静まる空色の女性。酒はすっかり冷めたみたいに、そして非番から仕事に切り替えた彼女は重々しく語る。
何であまり関係性のない皆にそうするのか?
それは魔法医学の権威であるセラすら呼び出す案件の患者がーー。
「………カナリア・シェリーが意識不明でセントラル病院に搬送されたみたいですう」
バッ、とレイとアリスは立ち上がって詳細も聞かずに事態の不味さを察知して酒場から飛び出して行ったのであった。
そこから遅れて告げた彼女もまた椅子に掛けている簡易白衣を着て後を追っていくのだ。
まさかの急展開。
あまり接触していないボルファ・ルナと名前しか知らないアルケ・フェイルは取り残された空間に座る。
「世話しないわねえ」
「寧ろ昔よりもそうかもな」
「………どういう意味?」
「不出来な後輩が心配でならないってことさ」
「不出来よりかは不敵かしらね」
「………上手いな」
「歳取ったわね………」
最後に締め代わりとなった会話を区切りにこの久しぶりの邂逅は終了する。まだまだこうやって全員が息を抜いて飲み明かすには時間が必要なようだ。
果たしてそんな平和が訪れるのはいつの話になるのか?
残念ながら誰にもそれは分からない。




