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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
始動
67/155

−悪魔的天才⑥−


「………私でも負けるかもしれない相手なのよ?」


これは正直使いたくなかった。ある意味で彼女の更なる闘争心を仰ぐかもしれないし、情け無い弱気発言が説得力を持たせずに聞いてくれないかもしれない。最悪試合を辞退したのは逃げたかったからか? と罵声を受けるかもしれない。それでも私は戦わせたくなかったのだ。これは勝ち上がるもう一つのブロックの方も例外ではない。光華なのか、リアンなのか、シルビアなのか。その誰かでも説得をする。

それくらい危険を感じたのだ。

だから信じて言うことを聞いてちょうだい。

でないとーー。


「なあ? テメェは何で自分基準で言っているんだ?」

「な………どういうーー」

「私に勝てないなら皆勝てないとか、私に出来なけりゃ皆にも出来ないとか、そんなのテメェが決めた考えであたしが決めたんじゃねえ。あたしより天才だからってあたしがテメェに全てで劣っているつもりはねえよ」

「………」


やはりだ。あの時と似ている指摘だ。

もしかしたら私は自分でも気が付かない内に周りを見下していたのか?

と考えたが、違っていた。違っていなくはないが私はもっと根本的な部分で過ちを犯していたのだ。こんな自身の体裁を見直している場合ではなく、もっと大事なものから目を逸らしていた。


「テメェはあたしが勝てると微塵も信じちゃいねえ」

「ーーッ!? そ、それは!」

「違うか? ああ?」

「わ、私は貴女を………」

「心配してってか? テメェのそれは心配じゃねえ。信用してねえ、だ」

「ーー」


が、その場での自身は過ちに気付ける穏やかな心境でない。

人の言葉に耳を貸さないで、信じていないのは何方だと内心で思い、その自意識過剰な発言は向こうにも当て嵌まると見立てていることへの苛立ち。

そして何より私が抱いた心配を無下にして吐き捨てた言動に対しての怒り。多少は堪えるつもりではいたが、こればかりは珍しく感情的になる。意地ならこちらにだってあるのだからーー。



「………わかったわ」


私は立ち上がる。

ここまで言われて引き返せはしない。


「なら今私が引導を渡してあげるわ」


信じてないのが心外だと言うなら、信じられない根拠を証明する。

現実を直視させる。


「シェリー………」

「シェリー!?」


リアンと光華もこれには今日一番の驚愕を見せながら自身に詰め寄る。幾ら何でもそれはやり過ぎだと注意する未来が見える私は先に言葉を発する。


「分からせてあげる必要があるのよ。私でも勝てないかもしれない相手を倒せるのかを」


挑発も兼ねた言い草。この時ばかりは冷静な自身は何処かに消え失せて嫌な人間となっていたのだろう。

聞き分けがない相手はもう身を以て知ってもらうしかない。

こればかりは予想の斜め上を行っていたのか、当人は僅かな硬直を見せる。

が、次の瞬間には口角を上げて不敵な笑みでーー。


「おもしれぇじゃねえか。ようやくその気になりやがったか」


その瞳に喜怒哀楽の全てを込めて私の挑戦を受けた。ただどうしてか彼女の発言の裏にありそうな絶対なる自信を持っているようには見えなかったが、一種の手負いの獣みたいな恐ろしさが伺えた。まあ手負いなのは何方かと言えば私の方ではある。

それくらいに本気で戦う気概があるのだろう。

丁度良いわ。もっともっと感情を昂らせなさい。怒りなさい。闘志を燃やしなさい。

そんな貴女を打ち破らないと貴女も諦めがつかないわ。

あの悪魔的天才を相手に壊されるくらいならこのカナリア・シェリーがその誇りごと折ってあげる。


「表へ出な? 近くに人気のねえ路地裏がある」

「望む所よ」


そして私達はとうとうどっちが上かを決める戦いの火蓋が落とされた。



陽が雲に隠れ薄暗くなる日中。そこは中心を全方位から眺められる円球状の施設。そう遠くない未来にその広がる空いた席は満席となり大歓声に満ち溢れる予定が詰め込まれた場。

当然関係者以外立ち入り禁止なのだが。


「やれやれ、この都市は優秀な魔導師が多いようですね。ここまで来るのに苦労しましたよ」

「いやぁ、任せてよ。僕の力に掛かれば上手く誤魔化せるからね」


簡易的な作りの天幕内で二人の男性は明らかに不穏な空気を放つ会話をしていた。


「内通者の貴方の活躍は評価させてもらいますよ。レイニー・エリック」

「契約通りに上手くやろうよ。堕天のルーファス」


互いが互いの認識を改めながら話す。

まさかの既に都市内部に彼は浸入を果たしており、堂々とこんな場所に立たずんでいる。

その共犯者がまさか九大貴族の一人だとは誰も想像はしていまい。


「何故貴方は我々に協力を? 確かに魔王が復活しても貴方を含めた身の周りの命は保証しますが?」

「大層な理由はないよ。ただこんな未曾有の危機に見舞われているのに呑気に平和ボケしている連中が気に食わないからさ」

「連中とは?」

「殆どさ。政府の連中や他の貴族。そして大衆達。全員がぬるま湯に浸かってぬくぬく生きているのが見てて反吐が出る」

「ほう、貴方は違うと?」

「違わないかな。だからこそ僕は改革を求めていたのさ。世界を根元からひっくり返すような状況を」


レイニー家。表沙汰にはならないが、数々の不祥事を招いている問題の貴族だ。本質的なものからなのか彼等の家系は今の世界の情勢を好んでいない。九大貴族の恩恵がありながらもこの平和を壊そうと本気で考えた結果が彼の隣に立つ人外なる存在だろう。

世界を昔のように混沌に変質させようとレイニー・エリックは協力している。


「僕の先代の兄はあともう少しで悲願を達成させようとしていた」

「志し半ばで朽ち果てたと?」

「そうさ。だから今度は僕が成し遂げてやるのさ」


レイニー・エリックの先代の兄。彼は昔のとある事件に暗躍していた者。しかしそれを知る者はレイニー家の一部のみ。

その暗躍した人物とはーー。


「今は亡き先代の兄。この世から存在すら隠蔽された【黒の略奪者】の一人」


彼の記憶に残るのはあの荒々しい狂人。触れる者全てを破壊し尽くす【暴君】と名付けられた悍ましい大剣を担ぐ蒼髪の傭兵。


「レイニー・アーノルド。僕が尊敬する偉大なる化物さ」


口調こそ少年そのもの。しかしその瞳の奥には残虐さを宿した暗闇の光。人の皮を被ったような人間の悪。歪み、狂い、壊れ掛けの存在。

恐らくは隣の悪魔すらもゆくゆくは壊し兼ねないくらいの邪悪さ。

いや、もしかしたらそこには理由があるのかもしれない。


「貴方みたいな人は悪魔になるべきでしたね」


だが堕天のルーファスからしたらそんなことを知る由もなく、仮に牙を剥かれた所でたかが人間に遅れを取りはしない自負。

さしたる問題ではなかった。

その真実は中々に一興な結末だった。詰まる所レイニー・エリックしか知らない。

話の裏側まで読み取れないと悟った彼は別の質問を投げる。


「で、君の情報網を持ってしてもあの封印を弱めた人物の素性は全くなのですか?」

「………それに関しては全くだよ。狙いも意図も読めないし、本当に何であんな立場に居る人種がわざわざ行動に移したのか」


意外なことに悪魔と協力関係を結んだ彼が此度の悪魔を此方に招いた元凶ではないのだ。

その結論は悪魔に取っても現在進行形で気になる疑問である。


「それは気持ち悪い………いや気味が悪いですね」


寧ろ戦慄すら覚えるくらいに何者かの思惑に畏怖を抱く。これは本能的な曖昧な感覚。


「単なる愉快犯とか?」

「我々が封印された魔界へと繋がる地はおよそ人間では立ち入れない死の谷です。わざわざ危険を犯して危険を招くなんて考えられない」

「君達を解放して何かをするつもりにしては動きがないんじゃないか? とは言っても無闇には動けないんだろうけど」

「そう思わせつつ実は動かされているかもしれませんがね」


掌で、と直感に従った発言にレイニー・エリックも信じられない感想を持つ。


「まさか………世界の危機を裏から操作するなんて」

「人間の味方でも無ければ悪魔の味方でもない新たな勢力の表現が良いかもしれませんね」

「混沌を求めるのは僕達だけじゃない訳か」


もしかしたらそれすら生温いのかもしれない。とにかくまだ謎だらけの見えない相手を考えていても仕方がない。きっと人間側も今は同じ結論に至り、やるべき行動に出ている筈だ。


「魔王を復活させるのが最優先。我々は我々の目的を遂行するだけです。その為には引き続き内通者の役目をお願いしますよ?」

「任せてよ」

「くれぐれも足元を掬われないように。どうにもこの地には優秀な魔導師が多過ぎる」

「そうかい? 悪魔が懸念する程の魔導師が簡単に居るとは思えないけど?」

「甘くは見ない方がーー」


と、その時。堕天のルーファスは口を止めて固まる。彼がセントラル一帯に張り巡らしている駒の一人から警戒の合図があったのだ。ただしそれは駒が感じた魔力の反応が此方に向けられているの有無は関係しない。単純にどれだけ脅威かを図っているだけだ。

だから彼は別に警戒を強める必要はないのだがーー。


「(この魔力は………)」


覚えのある感覚。ついこの前対峙した人間とは思えない化物染みた存在のものと全く同じ。忘れる訳もない悪魔ですら認める天才。

そして同胞達を次々と撃破している仇。


「(前よりも遥かに強くなっている………)」


少しの時間を経ただけなのにその魔力は比べ物にならない強さを帯びていた。そんな事実だけで彼の中で戦慄が走る。

何故彼女は強くなれる? どうすれば人間が化物を超える?

何がカナリア・シェリーを天才にさせる?

ただの生まれ持った資質にしてはもはや説明出来ない力を秘めてしまっている。まるで世界が生み出した万物のようだ。

このまま手を拱いていては何れはーー。


「(魔王だろうと………)」


有り得ない想定をする堕天のルーファス。世界の法則すら変えてしまいそうな相手を彼は何としてでも倒さなければならないと思う。


「どうしたの?」

「いや、気のせいです。そろそろ密会は終わりにしましょう。長居は無用です」

「そうだね。じゃあ近々の再会を」


先に立つはレイニー・エリック。彼は何もわかっていないのだろう。そこそこに優秀な駒ではあるが、あの程度では彼女には程遠い。

そう考えながら魔力の感じる方向へと目を向ける。

未だに力強く感じる影響なのか、空が呼応するように雷鳴を轟かした。

今彼女は怒っているのだろうか?

触れぬ神には祟りなし。課題すぎる評価をする悪魔は早々に退散した。


あともう少しすれば一雨降るのを予見しながら。



薄暗くなってくる空。湿気を含んだ空気に包まれながら人気もない場所に足を運んだ。

そして私はこれから戦う相手と距離を置く。視界の片隅に映るリアン、光華、シルビアが難しい表情をしているのを感じていた時だ。

背後から殺気に限り無く近い敵意が増長した。


「ーーッ!」


もう試合開始みたいな雰囲気は一切なかった。戦う状況が整った瞬間に深紅の少女は私に向かって不意打ちで牙を剥く。

天狗の鼻でもへし折るつもりなのだろう。

路地裏にある広々とした場所で彼女の魔法が放たれた。

へカテリーナ・フローリアの持つ固有性の異種魔法ーー無属性の念動力。辺りに散らばる煉瓦の破片が猛速度で迫った。

奇襲からの速攻には誰もが防ぐことが叶わない。


「挨拶代りにしては優しいのね?」

「ちぃ」


しかし私だって気は抜いていない。すぐ様にカナリア・シェリー個人が編み出した原初魔法の一つである【簡易魔道書】により、即座に展開した風の結界が無機質な塊を吹き飛ばす。

目に見えない力の操作は確かに厄介だ。しかし魔力の流れを辿れば軌道も読みやすい。

更にもう少し観察する必要はあるが、彼女の魔法の弱点も多少なり鮮明になってきている。


「良い気になってんじゃねえよッ!」


荒げながら再びの念動力。今度は煉瓦の破片なんて生易しいものではない。

感じる魔力の範囲が私の足元に張り巡らされていく。大体半径5メートルくらいが彼女の魔力の支配下のように広がる。

次の瞬間、地面が盛り上がり私ごと宙に舞う。

浮き上がる大地に立つ感覚は変な気分だ、と思考したくらいで自身の視界が反転する。空が下になり、地上が天になる。そして視界には逆さまに見える【無暴】が次なる手を仕掛ける瞬間だった。


「【波動螺旋(スパイラルウェーブ)】」


魔力が旋転しながら一点に収束していくのが分かる。目に見えない銃弾が襲い掛かると変わりない。

障壁を展開するが一箇所を貫く威力には強度も限界がある。ビシビシィ、とヒビ割れる感触が聞こえてきそうで防ぎ切れないのを悟って魔法で対処する。

それは爆破の力。魔力の流れに割り込むように発動させることで勢いが収束の逆、拡散をして形を崩す。風圧のようなものが髪を揺らすだけに終わった頃に私は地に足をついた。

ここは流石九大貴族ーーいや、へカテリーナ・フローリアと言おうか。自らの魔法を理解し尽くした柔軟な手法であり、独特な技だ。初見で見破った対処をするのは困難を極めるであろう。

ただ、やはり魔導師ならば魔力の軌跡は分かる。目には見えないが落ち着いて感じ取れば見えているに等しい。厄介だとすれば物理的な迎撃では通用するのと通用しないのがあるくらいだろう。例えば炎で包み込もうとすればすり抜けてくる。水でもそれは同じだし、かと言って氷や土でも貫通型の魔力そのものには敵いっこない。どれだけの質かにもよるが、得意分野に偏った魔導師なら相性が絡んでくるので引き出しが多くないとやり難い。


「涼しい顔しやがって」


不意打ちからの組み合わせを無傷で過ごされたのは多少なり不満なのか、彼女は眉間に皺を寄せる。

ただこれが全力ではない筈。寧ろ身体が温まってきた頃合いだろう。今度は更なる力を発揮してくる雰囲気を感じた。

だけどみすみす後手に回るつもりはない。

私は身体強化した瞬発力で向こうが攻めに入る前に接近する。

中距離から遠距離型に属する魔法を多用しているが、果たして触れ合う距離での実力はどうか試させてもらうわ。

その場で適当に想像して具現化させた刀剣を抜刀。意表を突いた一閃だが寸前の所で避けられてしまう。ただ表情には歪みが生じていた。

以前から把握はしていたが、へカテリーナ・フローリアは接近戦に弱い。或いは苦手である。何故ならそうなる前に沈めることが大半以上であり、苦戦を強いられる経験がないからだ。弱点として認識はしていてもまだ克服には遠い。


「多少の心得があるかもしれないけど私には多少じゃ凌げないわよ?」

「くっ」


カナリア・シェリーだって武闘派と言えば嘘になる。しかし吸収した体験は糧となっている。あれだけ悪魔と激突したのだからそこそこには接近戦も上手くなってしまうのだ。

二振り目。下から打ち上げるように振り抜く斬撃を皮一枚で回避した深紅の少女は軽快な動作で後退する。

追いかけても良かったが敢えて止める。そしてこう見ると私は少しばかり落胆を覚えてしまった。

こんなものだったのかと。


「距離を取っても無駄ね。貴女の魔法は粗方把握したわ」

「あん? 余裕見せてんじゃねえぞ!?」


煽りと取った彼女は離れた場所から空を蹴る。すると地すら引き剥がしながら強烈な衝撃が波みたいに押し寄せてくる。


「だから無駄だって」


それを突風で搔き消す。

強力な攻撃なのは認めるが、脅威ではない。防ぐ手段がある以上魔法の力で自身が遅れを取りはしないし、近付けば発動するよりも速く攻めれば良い。そこが台風の目のように安全地帯になる。


「ーーッ!」


苦い感情を浮かべるへカテリーナ・フローリア。

そこへ続けて欠点を告げる。


「最初思ったのよ。どうしてその魔法を直接私に向けないのかを」


正直普通に攻撃するよりも相手を魔法の支配下に置いて操作する方が効果的だ。それがあれば接近戦に持ち込まれにくくもなる。

だが出来ない理由があるのなら?

出来ないよりもしたら不都合になる致命的な不備があるのなら?


「答えは簡単。念動力は魔力が干渉して起きる現象だから」


彼女の魔法は指定した空間に魔力を加えて操作するもの。ある時は物体を動かしたり、ある時は力の流れを利用したり。きっと対人に施しても同じことは可能。

しかしだ。魔力を加えて操作しようとするなら此方も真似をすればどうなるか?


「互いの魔力が干渉してしまえば技そのものの信号が入り乱れてしまい、諸刃の剣になる。そうなれば発動を中断して魔力の繋がりを断たなければいけない」


特に勘が鋭かったり魔法の才が秀でている者なら支配下に置かれたらすぐ様理解して対処するだろう。だから直接目掛けたりはしなかった。接近戦を好まないのも魔法を使えば距離の都合から干渉範囲に入り切ってしまうからだ。

砲弾を至近距離で飛ばすのに等しい。


「カラクリが分かれば苦戦もない。異種魔法の残念な所ね。その特異性ある強さ故に引き出しの数を減らすのだから」


特化型なんて言えば聞こえは良い。ただそんな力が通用するのは枠に収まる天才辺りまで。枠から飛び出た者達は万能型だ。何でも出来る方が戦闘に置いては強い。余程の差がない限りは特化していようが工夫した技の前にはなす術もない。火では水に勝てない。なら雷を使おう、みたいな単純な話だ。

狭まれた力が通用しないなら勝負は見えている。

まだ私なんてマシな方だ。技の種類が豊富なだけだから。

でもあの人物は違う。こんな魔法のみのぶつけ合いなんてやり方だけで挑める相手ではない。

私は魔法の天才だが、ソイツは戦闘の天才。手段の数ならきっと私よりも遥かに持っているだろうし、慢心や油断がない。

さあ、こんな局面から戦闘の天才すら打ち破る方法があるのかないのか?


「………確かにあたしの魔法は仕組みを看破されたら脆く見えるもんだよ」

「………」


静かに放たれる言葉がやけに心をざわめつかせる。

特に引っ掛かるのは”脆く見える”と併用した意味。素直に受け取ればまだ隠された力か或いは欠点を補う手段を持っているとなる。

いやあるのだろう。小手先の誤魔化しみたいなものではなく、彼女もまた全力を出す場面が少ない為に惜しんでいた奥の手を。


「!」


風の流れが変わったように感じた。が、それは空気が変わったからの理由だ。明らかに先程までとは違う気配を見せる深紅の少女。嵐の前の静けさを彷彿させた。

本領を発揮する気である。何と呑気な事だ。

構わず私は駆ける。受けに入る必要なんて何処にもない。隠し球があろうと真正面から挑むつもりすら微塵もないのだ。そんな悠長さはきっとダリアス・ミレーユは持たない。全ては結果になってこその力なのだ。

このまま一気に畳み掛けさせてもらうわ。

瞬く間に刀剣の斬撃範囲内まで近付いた。後は振り切れば当たる。防ぐも良し、避けるも良し。ただし奥の手を使わせる時間は与えない。

胴体目掛けての軌跡を描いて振る。


「ーー!」


そこでへカテリーナ・フローリアと視線が交差した。さっきまでの状況ならその顔に張り付ける表情は苦しくしたものだった。


だがーー。


「教えてやるよ。テメェでも出来ねえことがあるってのをな」


好機でも何でもない形勢の中で浮かべていたのは獰猛さを滲ませ、誇ったような眉を釣り上げた寒気のする笑みだった。

うん。これは嫌な予感がするわ。

そして見事に的中する。


ガキィィンッ!! と刀剣が弾かれた。態勢を崩され身体が泳ぐ中で私は驚愕する。

まさかの展開だ。

【無暴】が手に持つは自身が魔法によって生み出した西洋剣。しかし一本の武器に弾かれた訳ではない。重なり合う数計七本。まるで翼みたいに連なりながら全部が振るわれる。勢いは手の痺れから分かる。

最初は理解が追いつかなかったが、つまり具現化させたそれらを念動力によって操作して扱っているのだ。手で持てば二本が限界だし、重さに振り回される弱点を自らの魔法を使って補う。

まあこれが普通の西洋剣を操作しているだけなら良かった。

だが明らかに帯びる魔力、感じる迫力、神聖さは並々ならない常軌を脱した存在感に見える。

そう。正に選ばれし天才しか扱えない魔武器を超えし異形の力。

私は知っている。知っていて使えないもの。

それはーー。


「天器ーー【七剣星(アルクトスグラディウス)】」


命名を告げながらも七本の西洋剣は意思を持つ生物みたいに降り注ぎ、展開していた【簡易魔道書】を全て貫く。更に追撃が来るのを刀剣で払いながら距離を取って逃れた。その時に前髪を掠めてしまい、危ない場面であった事に嫌な汗が滴る。


「………とんだ隠し球ね」

「ようやく顔色変わったじゃねえか?」


今度は向こうが挑発した態度で喋る。

天器は従来の魔武器の上位互換。簡単な説明だがその差は天と地程の差があり、天才でも扱えるか扱えないかに二分化する天から与えられた武器とすら言えるもの。離れた場所で見守るアースグレイ・リアンと同じ資質を持つ天賦の才だ。

独特な魔法に特別な武器。流石にやり辛さがないと言えば嘘になる。

当然まだちょっとしたお披露目程度。これから天器の真価が問われる。





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