−悪魔的天才⑤−
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喫茶店の窓から覗くセントラルの風景はいつにも増して少し騒がしかった。あちこちから来る国外の人達に加え、あれやこれや準備に奔走する者達。通路は装飾された物品が並べられて華やかさが前より感じられる。
気が付けば学祭も始まるまでそう遠くない時期に迫っていた。
正式名は学園大魔聖祭。有名で代表格である四つの学園を中心とした混合行事。ある意味で他の生徒達が一つの物事に精を入れる交流向上企画でもある。建て前は皆仲良くの平和な大祭ではあるが、これには各国のお偉いさんや企業、更には九大貴族と政府が支援者になっての興向収入が目的とされている部分が大きい。
期間は5日にも渡ったもので年に一回の国を上げての大行事だ。それだけに学生からしたら緊張感を持つもので、成長を促すものでもある。
しかし正直一番大変なのはエイデス機関の面子であろう。何せ5日間を無事に事件なく終わらせる為に常に目を光らせ続けないと駄目なのだ。一応政府直属治安部隊もいるが、人数が多くはない彼等の組織には極めて重要で忙しい期間であろう。
特に目の前にいる黒髪の青年は凄い憂鬱そうに項垂れていた。
「早く終わらねーかな」
「まだ始まってすらいないわよ?」
「始まらないで良いぜ全く」
「仕事しなさいよ」
「だから嫌なんだよ。俺はあんま良い思い出ねえからよ」
話を聞けばあの【黒の略奪者】の事件はこんな催しの中で勃発したものだったようだ。それからの見直された情勢に変わってからも襲撃をしようとする工作は少なからずあったようで今回もまた何か起こるのを見越しているからこその低落らしい。いや、特に今回はーーだろう。
まあ、国内や国外からも沢山の貴族や政府が参加して一箇所に集まるのだから考えられる話ではあるし。
が、毎年何故学習もせずに続けるのか?
「基本的に国外との交流も少ないしな。正直内輪問題があるのを知られない為にしているのもある」
「私達の国は平和ですよーって感じ?」
「安全ですよーだな。優秀さを示しとかなければ積み上げたものが崩れてしまうし」
「嫌なしがらみね。安全どころか今大変危険なのに」
悪魔に裏切り者。何方も無視出来ない状況の中での今年の学祭は波乱を感じさせずにはいられない。
だからこそ一刻も早く手掛かり、動向、狙いを見定めなければ。
「しかし容疑者一覧だけに絞れないなんてなるといよいよお手上げじゃないか」
「そこは今は置いておきましょう。先ずは悪魔の方が先決」
気の遠くなる捜査に意識を向けている場合ではない。私の予想が正しければそろそろなのだ?
悪魔が騒ぎを起こすのは。
「前に堕天のルシファーが言っていたわ。魔王を復活させる為に優秀な魔導師を攫っているって」
「結局まだ行方不明の魔導師は殆ど見つかってない。情け無いながらな。見つかった一部の人は特に命に関わる事態にはなってないようだけど」
「多分魔王復活のその時までは大丈夫だと思う」
「根拠は?」
「少なからず優秀な魔導師を集める理由がそこにあるからかしら」
特定の資格みたいなのを持った人物に限定される。そこら辺の違いを考えれば恐らくはーー。
「単純な魔力値の適正が高い人。魔王を復活させる為には高濃度且つ大量の魔力を必要とする」
「召喚魔法の類いを使うからか」
細かい部分は把握出来ないが、見立ては間違っていない筈だ。ならば攫われた者達もその召喚魔法が使われるまでは命を奪われたりしない。生きていてこその魔力だから。
「でも何で近々それが使われるのが分かるんだ? 準備さえ終われば時期は関係ない気もするが」
「だったら尚更よ。今頃魔王がこの世界を支配していたかもね」
「笑えねえな。じゃあ準備が済んでないと?」
「確証はないけどね。準備が済んで後は待っているだけかも」
一体何を? と思うが、少し考えれば分かる。ただ時期が丸被り過ぎて本当に厄介なこと。
「学園大魔聖祭最終日。数十年に一度の皆既日食の日」
「!」
月と太陽が重なり、昼間なのにも関わらず世界は暗闇に襲われる。文献の記述によれば月と太陽は魔法と密接な関係があるらしく、皆既日食の日は特に共鳴して不可思議な現象が発生しやすいだとか。
更に別の文献を覗けば悪魔等の単語がちらほら記されているのだ。
無関係には思えない。
「それに多くの人々が一箇所に集まる国自体を生贄にすら考えているかもしれない」
「動きがない理由としては有り得るな」
「召喚魔法の術式もそもそもが陰陽を模した説があるから辻褄は合うのよね。特に皆既日食なんて世界が一変したような雰囲気だし、現界力に特別な因果があるのかも」
「魔王復活………御誂え向きな瞬間だな」
何処まで行っても確証はないから鵜呑みにしては良いものでもない。しかしそこで動かなければいつ動くのか? ってなる考えも浮上する。
どのみち学祭中は目を光らせるしかないのが答え。
そして予想が的中するなら魔王が復活したその時がーー。
「私達の負けね」
「マジか?」
「一説によると魔王は神とは対極に位置する存在であり、天を神に地を魔王に分け隔てる程の力を持っているとか」
「………」
押し黙る織宮さん。まさかここまで深刻な展開だとは想像の範疇にはなかっただろう。魔王に関しての文献がまず少ないし、詳細が不透明過ぎて実感が湧かない。しかし鬼神の力を思い出せば借りた力であれだけの出力だ。次は借り物を振るうのではなく、神そのものが降臨すると考えればそれがどれだけ甚大かは考えれば分かる。
本当にそんな実態を呼び出せるのかは疑問。
だが確かに悪魔は宣言したし、予想した規模の術式ならばそれくらいの力があってもおかしくはない。
だからこそ今は悪魔に専念するべきなのだ。
「意外にシェリーちゃんは落ち着いているよな?」
「私もこの数日中は卒倒ものだったわよ」
あの時全力で仕留めるべきだったと後悔するくらいだ。どの悪魔にしても厄介ではあったが、今回ばかりは度合いが違う。神の力の片鱗を扱う悪魔は相手にしたが、次は神と同格かもっと質の悪いものだ。今度は臓器はおろか骨すら残せないだろう。
誰にもどうにも出来ないのを相手にする訳にはいかない。
つまりやることは一つ。
「魔王を復活させる前に悪魔を仕留める」
「或いはその魔法を皆既日食の間封じる。魔王の復活さえ阻止すれば最悪の事態は免れる」
「難題だな。相手がそれを許すとは思えねえ」
裏をかくだけじゃ出し抜かれる。裏の裏を読まなければ駄目だ。が、彼方も実現させるのは比較的難しいと思う。きっと知れ渡っているであろう私やエイデス機関の厄介さも織り込んだ動きになる。
ある意味魔武闘会ーーアズールを辞退したのは正解だったわ。でないと動ける範囲が狭まる。この大都市内を隅々まで探せる軽快さは必要不可欠だ。
「ま、でもセントラルの中に入ってくるならば見つけるのは容易いぜ」
「あら? あれだけ捜索して見つけられていないのに言うじゃない?」
「そりゃあ捜索に出動している中にはあの二人が入ってないからな。探すとなればあいつらが適任過ぎるのに」
「二人?」
「アリスとガルムだよ」
納得した。アリスさんは例によって特殊な魔眼の力。オルヴェス・ガルムさんは絶対剣の力。前回だって逸早く駆け付けたのはその二人だ。彼女達の包囲網を持ってすれば隠れていようが見付けるのは簡単だろう。
堕天のルシファーはきっと学祭中に都市内に仕掛けを施す筈。学祭が始まってから閉会する皆既日食の時間までの隠れんぼみたいなものだ。
幾ら広いとは言え、それまでの時間を果たして見つからずにいられるか。
「………」
やけに構想が単純ではないか? これなら私の考えでは2日もあれば見つけ出せる。どれだけ遅くてもだ。
彼がそんな分かりやすい策を労するだろうか?
「確かに違和感があるな。向こうもあの二人と接触しているならそこは想定するだろうし」
「ええ、でもさっき言ったように下準備が済んでいれば当日までは静観しているかもしれない」
「そうなれば怪しいものがないかも探すように指示しとくか」
「そう………ね」
本当に打てる手はそれだけなのだろうか?
どんどん詰めてはいるが、何かを見落としている気がする。でもエイデス機関の弱点であるしらみ潰しに探す作戦もセントラル限定にすれば問題はない。
なのにこの言いようの知れない引っ掛かるものは何?
私は上手く進んでいる計画に不信感が募っていく。
「とりあえず方針はそれで良いだろう? もし何かに気付けばその都度臨機応変に対応するしかないと思う」
「それはそうね」
「考え過ぎってこともある。囚われすぎないよう平常にしとけ。その方が人間て奴は冴えるもんだ」
「年の功かしら?」
「間違ってないが経験談にしてくれ。まだお兄さんでいたい」
切実な返答だ。今日は珍しくふざけた対応をしないのはやはり現状の危機感を感じて彼なりにいっぱいいっぱいなのかもしれない。
流石に真面目に考える織宮さんを見ると大変だなと他人事みたいにしか心配出来なかった。
ーーとそこへ。
「シェリーお待たせしました。………これは織宮さんも。ご無沙汰しています」
礼儀正しく挨拶するはついこの間レミア学園に転入してきた和の国の九大貴族が一人で、その当主を務める少女。
鬼の末裔であり、神が与えし絶対剣に選ばれし大和撫子こと私の友人。
神門 光華である。
「光華ちゃん随分制服姿が似合うな。美女は何着ても生えるってのはこのことか?」
「ふふ、有難いお言葉です」
「何だろう? 同じ東洋人同士なら貴方の口説き文句が社交辞令に聞こえるわ」
「常に口説き文句しか言ってない訳ねえだろ」
「どうだか?」
「まあまあ、もう少ししたらシルビアさんやリアンさんも来ますよ」
この三人だけの邂逅も少しばかり久しぶりだった。アリスさんもいればあの結束して戦い抜いた記憶が鮮明に思い出されそうなくらい私達は色々な垣根を超えた仲間だと少なくとも私は思う。
ともあれ、簡単な挨拶が済んだのを見計らって織宮さんは席から立ち上がって光華に譲る。
「もうお出でになるのですか?」
「ああ、前のエイデス機関の見学した話の感想を聞きたかっただけだしな。これから学生諸君で水いらずに大人の俺が邪魔する訳にはいかねえし」
「そんな邪魔だなんて」
「逆にいてもらいたいものね。貴方の大好きなハーレムよ?」
「ハーレム担当は既にいるから必要ねえだろ? と言うか俺もこれから旧友と合流する約束があるんでな」
本当に今日は珍しい。普段は女の子のことになると人が変わるのに何故か今日は凄いまともな人間の姿になっていた。
「今心の中で酷いこと考えたろ?」
「読心術なんて心得ていたかしら?」
「安易に認めたよな!?」
どうやら女の子のことよりも大事な旧友と言うことらしい。確か彼の旧友って知っている限りはアリスさんとーー。
「あ、あのおばさんか………」
「………頼むから本人の前では言わないようにな? 繋がりある俺も巻き込まれるから」
話はそこで終了し、黒髪の青年は無駄にお会計で頼んでもいないのにお金を置いて店から出て行った。
本当に常にあんな人ならばさぞかしモテていただろうに。
ただアリスさんの気持ちを考えると今後彼に女の子を紹介する話は無いと言う方が彼の為だと思うから私は絶対に紹介しないが。
「も、もしかして私邪魔でしたか?」
「いいえ。本当に旧友との再会があるんでしょう? こっちも要件済んだし」
「な、なら良いのですが」
「それよりもアズールの組み合わせ結果はどうだったの?」
そう。今日は学祭の中でも主要催しであるアズールの対戦者の組み合わせを決める日なのだ。
これは学祭の要である四つの学園でどの学園の誰が一番かを決める単純な能力の競い合いだ。各校の一年生の三人しか出場出来ないもので、今後の将来性を問われる大事な試合でもあり、ひいては学園の評判にも繋がる。
意外にも余興みたいな感覚ではいられないのだ。出場する方も見守る方も。
本当は私が出るのは必然に決められたことだったのだが、身体の事情と悪魔の行方の対策もあり辞退した。
まあ代わりになる人物達は私が認める強者なのは間違いないので安心したい所。
ただ一つの懸念さえなければ。
「ええとそれはーー」
「シェンリンお待たせ致しましたわ」
灰色の少女の言葉を遮って現れたのは栗色の髪を伸ばす貴族の令嬢の見本みたいな姿をした少女。だが内面は策士と称されるくらいに質の悪い戦略家であり、【絶対攻略】と名高い二つ名を持つシルビア・ルルーシアであった。
そしてその後ろを歩く二人の人物も私に挨拶をしてくる。
「やあシェリー」
「テメェ何で出場してねえんだよ?」
片方は鮮やかな碧髪の落ち着いた少年。彼は他の学生と比べても縮めようのない才能を有し、私ですら得ることは叶わず、先程のエイデス機関に所属する織宮さんが扱える天器と言った魔武器の上位互換のものを一学生が持ちし九大貴族が一人、アースグレイ家の次期当主ーーアースグレイ・リアン。
もう片方は乱暴な口調を強調させるような深紅の髪に一般人なら怖気付きそうなキツイ目付きをした少女。彼女もまた九大貴族の一人で【無暴】の二つ名を冠する特殊な魔法を使う魔導師。
へカテリーナ家次女ーーへカテリーナ・フローリアである。
「揃ったけど何で貴女いるのよ?」
「あたしもアズール出るからだろ」
「いやいや逆にじゃない?」
「何だよ? 別にこそこそ作戦会議するって訳でもねえだろ?」
「まあそれもそうね」
自身以外は試合に選ばれた面々で集まったこの会だがとある懸念があり、私自体は出場もしないのだけれど少しばかり試合の組み合わせが気になったので先に知らされる彼等に教えてもらう為に呼んだ。
九大貴族の皆の実力は信用に値するものなのは確かで疑う余地はないのだが。
「はい。頼まれたものですわ」
「これが組み合わせね」
そうしてシルビアから受け取った組み合わせ表を覗く。
人数は各一高三人の出場の計12人での勝ち上がり式。人数が人数なので一部のシードブロックに選ばれたら戦う回数が少なく、優勝の確率が上がる。
さて、肝心の組み合わせはーー。
第一ブロック
アレスター・テイスVSレイニー・エリック
へカテリーナ・フローリアVSライア・マルス
シードブロック
ダリアス・ミレーユVSフェシリア・ジル
第二ブロック
アースグレイ・リアンVSギリアム・ダブレード
神門 光華VSヴィクトリア・ビハイム
シードブロック
シルビア・ルルーシアVSトレイル・ゼファー
である。
「大半九大貴族なのね」
「ああ、参加してないその他は年代的な都合で居ないだけでやはり僕も含めた連中はそれなりの評価をされているんだと思う。もしかしたら血筋なだけで加わっている可能性もあるけど」
「結局つまらない坊ちゃんの戯れになるのかしら?」
「君に坊ちゃん扱いされると返す言葉がないよ」
率直な感想に苦笑いするリアン。が、私からしたらそこらへんは問題ではない。誰が勝とうが全く良いのだ。
気になっているのはこのアズールに出場している一部の人間。
特にーー。
「ダリアス・ミレーユ………」
「何だよ? そいつがどうかしたのか?」
口に漏らす名前にフローリアは反応する。組み合わせを見れば順当に勝ち上がれば彼女が相手になる。
だから私は酷な宣告をした。
当然反感を貰うのも予想しながら。
「貴女、悪いことは言わないわ。この人物と戦うのはやめなさい」
「………それは棄権しろって訳かよ?」
「ええ、貴女は確実に負ける」
この発言に周囲が目を見開く。まるでこの場が凍て付いた世界か、若しくは時間が止まってしまったような状態になる。
よりにもよって一番言ってはいけない相手に言っている。しかし皆もカナリア・シェリーが冗談や嘘で言っていないのを理解しているし、何か他に理由があるからでもない。
どう足掻いても勝てない相手であるのだ。
ただ、まだ勝てないだけなら良い。しかし彼女と相対した瞬間に私は感じてしまった。
あれは戦ってはいけない。死の臭いを纏う存在は戦ってしまえば命を刈り取られる。文字通りの【翠の悪魔】なのだ。
「相手はエイデス機関の上位陣。加えて人格は最悪。だから今回はーー」
「ごちゃごちゃうっせぇな!?」
ドォォンッ!! と机を叩く音と怒声が店内に響き渡る。静寂な空間は私達の席だけから全部に変わり、何事かと注目が集まる。
店員さんも近づいて来るのを発見したシルビアは席を立ち、説明をしに行く。
そして困惑する光華が宥めようと深紅の少女に声を掛けようとするが。
「何でテメェの指図受けなけりゃならねえんだよ? ああ?」
無造作に彼女の手が私の胸倉を掴む。
短気な性格の瞬発的な怒りではなく、これは心底から湧き上がる激情なのは容易に感じ取れた。
だが私も引く気はない。
「貴女だからこそ止めてるのよ」
「どういうことだよ?」
「能力不足な相手ならダリアス・ミレーユが本気を出す前に終わるでしょう。だけど貴女だと本気を引き出してしまう」
苛烈してしまえば競い合いの勝負から命の奪い合いに発展してしまい兼ねない。特に互いが互いなだけに好戦的な性格の持ち主であり、に通った部分が多い。
「貴女を過小評価していないわ。だからこそ死ぬ可能性もある。悪いことは言わない」
きっとこれでも折れるような性分じゃないだろう。だけど頭が良い少女だ。根気良くやっていくくらいの気概はーー。
その時、フローリアは言った。
「テメェ………ナメてるだろ?」
「!?」
発言と同時に感じたのは怒りだけではなかった。
これは多分敵意だ。
他の誰でもない私に向かっての。
「あたしはテメェを好敵手として認めたがな、テメェより劣っているつもりはねえ」
「貴女ッ、今私が言っているのは対戦相手の危険度でーー」
「気に食わねえよ。その見透かした面で上から目線なんて」
何故だろうか? 言い方は違うが、ついこの前のユリス先輩の言葉を思い出してしまう。
それが友達と意識していた人物から放たれる。
前回と今回では受け取り方が全く違う。




