−悪魔的天才④−
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悪魔の証明についてふと考えてみた。
簡単に言えば「無い」と決め付ける事実がない以上「ある」のだと詭弁する話。確かこれに近い事象や会話を私は以前にした記憶があった。
例えば私が悪魔との戦いで仲間を見捨てた未来の話。
正直そんな未来は無い。何故なら今の現実は悪魔を倒し、仲間も無事なのだから。
が、あの時見せられた魔女の映像を考えると無かったよりかはあった未来に思えて仕方がない。歩んでない未来、しかし決め付けられない未来。
例えば机上の空論の魔法。
何がこの世で最強の魔法か? だ。こんなのは終わりの見えない妄想論でしかない。そもそも何を持って最強とするのか?
だがここで私の友人が出した答えは魔法を無くす魔法。これ以上にないアンチマジックであり、比べるべくもなく魔法の中では最強だ。
ただそんなのは存在しない。私の結論だった。
それもまた証明出来ない。数々の詭弁がカナリア・シェリーを翻弄して揺さぶる。
とまあ、一方から覗けば答えが定まらない曖昧な提議ではあるが決して悪いことばかりでもない。逆に可能性が少しでも出てくるのだから。
それはこれまでの偉人が現在を作り上げる為に必要であるもの。意味合いは違ってくるかもしれないが、彼等は不可能な事象を証明してきたのだ。
そうして私も友人を見習って決め付けられない可能性のある課題に挑戦を試みていた。
内容は単純。
魔法を使う。但し自らの負担無しに。
「つまり、魔力を使わないで魔法を発動させるってことか?」
「ええ、わかりやすいでしょう?」
私は当たり前の常識を語るようにこの場、学園でも目立ちにくい隅に位置する小さな金網で囲まれた魔法実験専用空間内で同席する一人の少年に答える。
言うても彼は年齢的には年上で先輩にあたる人物なのであるが。
「矛盾していないか? 魔法は魔力あってこそ発動する力だ。魔力無しの魔法は魔法ではなく、また別の枠の力になるぞ」
「貴方って変わっているよね? 私の理論は不可能だとは言わない」
覇気のなさそうな口調で肯定的な言葉を使う先輩を面白いと思った。
彼はヴァナルガンド・ユリス。死んだような虚空の目が特徴的な細身の男性。それ以外はあまり可もなく不可もないあらゆる面で普通か平凡がお似合いな人物。どちらかと言えばやる気が感じられない不真面目な魔導師だ。
カナリア・シェリーの一つ上の先輩である。
何故そんな知り合いが出来たかと言うとこれは学園で認可された部活動に適当に入ったのがきっかけだ。以前は帰宅部を貫いていたが、心境の変化でつい少し前にこのユリス先輩がいる魔導師同好会に参加したのだ。
因みに同好会に所属するのは彼と私だけである。
「魔法じゃない魔法は魔法じゃない。でもお前が魔法って言うなら魔法だろうな。どうやって実現させるかは知らないけど」
哲学的な言いようだ。だからこそ個人的には高く評価せざるを得ない。
この魔導師同好会に入った理由は基本的に活動内容が自由だからだ。自由に一部の空間の使用を認められているから私はそれを利用して好きにやりたいことをしている。
細身の男性は内申点目当てで入ったらしく、学年が上がったと同時に彼一人だけになってしまい、規約から外れた人数に減ってしまった為困っていた所に私が入ったからこんな個人的な理由の活動に付き合ってくれている。
しかし意外にもユリス先輩の思考は風変わりで自身の考える意見に面白い返答をする。
一見、と言うか実際の成績すら全てが中の中程度で周りからの印象も同じなのだが、私からすれば才能を隠しているだけの天才にしか思えない。
どんな理由があるかは知らないが天才の事実を偽っている。
ただ自身に見破られたからか、彼は私に才能を隠すのを止めて自然な姿で対応する。
「もう少し言い方を変えたら媒介となる魔力を自分の中から引き出すのではなく、外部からの魔力で補う形が正解ね」
「まだ誰も実証してないことだぞ。簡単にいくのか?」
「私を誰だと思っているの?」
「生意気な後輩」
「傷付くわね」
「だったら魔法を覚える前に敬う気持ちを覚えてくれ」
「これでも貴方のことは尊敬してるわよ。先輩?」
「どうだかな」
はあ、と溜息をつく彼は静観に入る。口には出さないが「やってみろ」と言わ意志表明だ。
では試して見ましょう。
「………」
魔法とは一般的に体内にある魔力を一定量引き出して物理現象に変換させるもの。要は形のないものに形を与える造形師みたいなものだろうか? その為には魔力、技術、想像が必須だ。例えば粘土に置き換えてみましょう。魔力が粘土なら技術は形作る為の器用さ、想像は形作られたものの完成形。当然粘土がなければ完成しないし、完成形が上手く頭で描くのができなければ器用でも駄目だし、器用さがなければ完成形とは違うものになる。
そして体内から引き出す魔力は粘土の質を上手く作りやすくする変換出来る。日頃から慣れしたんだ素材が既に用意された状態から作る訳だ。
だがその素材を別の場所ーーつまり外界に馴染んだ自然魔力を使うとなれば話は違う。いきなり他人の用意したカチコチな粘土から土偶を作ってくれと言われているものだ。
「魔力を粘土に置き換える発想は無かった。まあ理屈は通るが」
彼は思わず漏らす。
既に私は魔法陣を展開して大気に残存する魔力を集束させる。流石に補助がなければ今は難易度が高い。
そうして術式を解放。
簡単だが、炎が上空へと打ち上がる事象が発生した。
つまり成功したのである。外からの力を利用した全く別の理論に基く新たな魔法の第一歩。
「そもそも魔力を自身以外から引き出すなんてよく思いついたな」
「当たり前の常識に囚われていたら考えないでしょうね」
私はあの悪魔との激戦から肉体の一部が修復不可能となり、自身の魔力を媒介とした代替え品で生命線を維持している。それは不用意に魔法を扱えない制約を課せられた訳だ。これからも必要となる魔法が自分の首を絞めるものに変わってしまい何かと不便な生活で模索した。
どうすれば負荷を掛けずに魔法を使えるのかを。
疑問が浮かべば解決はそこまで難しくない。後は実現への道のりを探すだけ。
今回はその成果だ。
「根本的に魔力をどうやって肉体から作り上げているのかを考えてみて」
「そりゃあ体力的なエネルギーを変換して魔力にしてるんだろ」
「あながち間違いじゃないけど、それだけだとこんなか弱い私が他人より魔力を沢山持っている結論には至れないのよね」
「か弱いは必要なかっただろ?」
「後輩にもう少し優しい言葉を投げれないかしら?」
「俺は嘘は嫌いだ」
「遠慮がないのよそれは」
とにかく幾ら天才だろうが、体内のエネルギー量が他より多いのは何か違うのだ。体力なんて並程度だし。
ならばどんな原理が作用しているかを考えたらそもそも魔力はどうやって肉体から発生するのか?
突き詰めて出た答えは外部から取り入れた何らかのエネルギーが体内で魔力に変換されているに至る。多分似たような論文は世に出回っているだろうし、結局何が関与しているかはわかっていても今の段階じゃあどうしようもないだろう。
そこで私は外界に魔力の原型が漂っているのならばそのまま外界で魔力に変換させて使えば良い結論を出す。構築させる過程に手間はあるが、理論は正解だった。
後は実用的な域まで引き上げていく研鑽をすれば良い。
「学生ならもう十分に実用的に見えると思うが?」
「甘いわ。このやり方で本来の自分の力に並ぶくらいにしないと」
「………一体何と戦っているんだ?」
「万一に備えてよ。ほら? 先輩もやってみて」
「は? 何で俺が………」
「客観的な目から発見がないかの確認よ。さっきの例を参考にやれば形作るのは難しくないわ」
「粘土かよ………やれやれ」
面倒臭さそうにしながらもユリス先輩はこの新たなに見つけ出した魔法ーー外干渉魔法を試す。
僅かな沈黙。彼の肉体から魔力が立ち込める気配は一切ない。だが目に見えない何かが集束をしていき一つの個を形成する。それは魔力になる前の何かであり、寄せ集めただけに過ぎないものを変換させて扱える魔力にする。
後は起点として想像した魔法を射出して完成だ。
出来上がったのは光の球体。比較的簡単過ぎる周囲に明るさをもたらす用途の魔法。
ただ難易度が高い低いの問題ではない。
「………」
私は目を見張る。相変わらず死んだような目で気怠げな雰囲気を晒す彼はあまり苦にしないで外干渉魔法を使えている。
正直言えば失敗例を見たかったのだ。恐らく技術的な難易度は最上級とは言わないが、現段階の未完品を平然と扱える人物なんてそう滅多にいない。失敗して当然な技術をたった一度の説明と実演を見ただけでどうして真似出来る?
怪訝な表情を浮かべるカナリア・シェリーの様子に気付いた細身の少年はどうやらバツの悪い装いをする。
間違いなく今のは学園内で成せる力量を遥かに上回っていた。きっとアースグレイ・リアンやシルビア・ルルーシアと言った九大貴族にヒケを取らない才能の持ち主。一旦で垣間見たことから彼等すら超える力を秘めているかもしれない。
だから問題。だからこそおかしい。
彼は貴族でもなく学園成績すら中の中と平凡な実績しか残していない。明らかに自身を偽り、力を隠そうとしているのが伺える。
ヴァナルガンド・ユリス。貴方は何を考えているの?
貴方は一体何者なの?
「………まあ、詮索されたくないのは分かるから踏み入るつもりはないけど」
覇気のない表情。光が込められていない瞳。奥を覗こうとしても虚無しか広がってないような不鮮明で見通せない。
ただ確認をしなければならない。
謎に包まれた中でもはっきりしておかないといけない答えを。
「貴方は何が目的?」
少しの間が空く。場合によればこの瞬間から確定要素がなくとも世界の脅威の可能性を考慮して対応しなければならない。
疑って接しなければ。
「俺は………静かに過ごしたいだけだ」
「誰かに、何かに加担していたりはしない?」
「どう言う意味だ? 俺は平和に学園生活を送っていきたい。それ以外は何をしようとも思っていない」
「………」
「それだけじゃ弱い………な。一つ提案がある」
「提案?」
思わず警戒する癖が出る私に手で制してくる。
ゴホン、と咳払いをしている間にその手は差し出されていた。
よくわからなかった。
「俺の存在を喋らずに探らないのならお前のすることに出来ることなら協力しよう。どんな形になるかはその場その場になるだろうけど」
成る程。その手は交渉に乗るか乗らないかの意味だったのか。
「もし乗らなければ?」
「そうだな。学園生活を脅かすつもりなら俺も手を打たせてもらう」
刹那ーー私の身体をとてつもない殺気が襲う。
なんてことはなかった。この場に置いても彼は秘めるものを曝け出したりはせずに、底を見せなかった。
言葉にしながら脅威が一切感じられない。逆に不気味ではある。
「私を相手に本気?」
「本気ではない。と言うかお前がそれをして得はないだろう? そもそも俺が害あるかないかの見定めをしたいだけなのに」
正論だ。わざわざ藪を突いて蛇を出すような真似をするつもりはない。まあそれだけユリス先輩は私の考える敵ではないが、秘密を漏らすなら敵になるくらいには広めたくはない決意があるのだ。
彼は身の潔白を証明する為に協力してくれる程度には信頼を得たいと考えている。そこには何の疑問もない。
たださっきの質問に対しての返事は気になる。
本気で私を相手にはしない解釈で良いのか? それとも私を相手に本気を出すまでもないのか?
所々食えない台詞を置いて来るのが多少厄介である。
「どんな形で協力するかは分からないって言ってたけどそれじゃあ協力してくれたのかの合否も分からないわ」
「お前なら分かるだろう? それくらいの視野を持っているとは感じている」
「過大なのか過小なのか難しい評価ね。一応これでもエイデス機関に勧誘されている身なんだけど?」
個人的な問題だが、落とし所に困った私。ここまで来たら意地だ。会話の流れからしたらまるで私が彼に劣っているようにしか見えない。
確かに只者じゃないのは否定しない。
だけど私は異端の天才と呼ばれていたカナリア・シェリー。
エイデス機関も認め、災厄の悪魔すら倒したこの自身がこの細身の男性よりも下なのか?
多分同じ土俵に上がるような性分じゃないだろう。
それでも培って来た力に自信を持っている私の誇りがまだ納得をしていないのだ。
「………何をムキになっているんだ?」
「そういう所よ」
「別に今までと対応は変わってないんだがな」
「全然違うわよ」
「勘違いするなよ? 別に俺がお前より優れている部分があって何がおかしい?」
「? おかしいでしょう? だって私はーー」
「天才だから………か? だとしたらその考えは捨てろ」
空気が変わった。今回は紛れもなくピリピリと肌を刺激する何らかの圧迫感。到底普通の人が出来る所業ではない。
何故この瞬間なのだろうか?
いや、そうか。
彼は教えてくれているのだ。先輩として後輩に知らない情報を。
「天才と自惚れしている内は何も出来ない。何故なら全てに置いて天才の二文字が邪魔をするからだ」
「ーー!」
「天才にしか出来ないことをじゃない。お前にしか出来ないことをすれば良いんだ。無理をすれば何れ自分に返ってくるぞ」
例えば今こうして他の環境に頼らないといけない状況である弱っている身体にとかな、と全てを見透かした風に彼は断定して言う。
この身体が抱える正体を何故貴方は知っているの?
「言っとくがこれは天才が秘める先見性とかじゃないからな? 少し考えれば誰にでも分かる推理だ」
「………」
果たしてそれだけなのか? まるでこれまでの道程すら見通したような言い方をされてしまえば誰にでも分かるなんて推理だとは思えない。
だってユリス先輩の台詞は私のやって来たことが自分に課せられた使命を無理していたと語っているのだ。故に今の私の現状が出来上がったと。
だったら私にしか出来ないことって何よ?
「さあな、お前にしか出来ないことはあんたしか思い付かないだろ?」
「結構正論並べて濁していない?」
「否定しないさ。とにかく今は片隅に置いとけば良い。これは先輩からの助言だ」
「………」
「甘えない後輩程可愛気ないぞ」
「………余計なお世話よ」
だな、と肩透かしばかりなやり取り。
結局何も話が進んでないのだから不毛な会話だったと思う。
「で、どうする? 提案に乗るのか乗らないのか」
「元より選択肢は無い提案だわ。協力してくれるなら是が非でもないしね」
「そうか」
「黙っていれば良いんでしょう?」
「助かる………」
白けた場に留まる必要を感じない私は求める相手の手を取らずに気持ちに折り合いをつけて退散する。本当にそれで良いのかは分からないが。
一先ずは彼を信用はするが、同時に抱える課題が更に難易度を上げたから見直す必要が出て来た。
全く一難去って一難どころじゃないわね。
そう思いながらユリス先輩と交差した時。
「もしお前が協力して貰えたと思えなかったら俺の秘密は好きに話せば良い」
「ーー? 随分と私任せな提案に変わってないかしら」
「不満か?」
「いいえ、でも主導権を委ねるなんて意外に………いや、そうでもないか」
こんなの私は信じるしかないじゃない。交渉成立した最後の最後に一番の落とし所を出して此方に都合の良い風に思わせるなんて。
完璧に一本取られたカナリア・シェリーは振り返り、対面状態の彼の寂しく空いた手を掴む。
「期待しているわよ。先輩?」
「厄介な奴を勧誘してしまったよ。後輩」
恐らく新しい関係性を知った瞬間だろう。
同世代の仲間や目的が一致する仲間でもないまた別の関係。
互いが協力し合う先輩と後輩。それ以上でもそれ以下でもない。
それが私とヴァナルガンド・ユリスだった。




