−悪魔的天才③−
「これはこれは織宮 大尉。如月 中尉。お久しぶりでございます」
「止めろ。もう俺達は軍人じゃねえんだ」
「私としてはこれ以外取り柄がありませんので御理解の程を」
礼儀正しく振る舞う存在は異質そのものだった。
礼装された軍人みたいな制服を着用し、小柄な身体で敬礼する。そして隠れるように被られる制帽と短めの翡翠の髪の隙間から覗く琥珀の瞳はおよそ人間性が乏しくも感じる一方で人間らし過ぎる強かな気配を見せていた。
恐らく同じか私よりも下の年齢だろうか? にしては纏う雰囲気は子供なんて言えない程でまるで幼き自分を見ているようでもあった。
それでもこんなにも人を威圧するような事はしていなかったが。
聞く限りは軍人の頃の知り合い、いや部下にでもあたるみたいだけど。
「彼女はダリアス・ミレーユ。軍歴で言うと少佐で二つ名が【翠の悪魔】よ」
「悪魔………」
比喩的な意味なのはわかる。が、どうしてもその名称は身構えたくなるものだ。嫌でも肉体のあちこちの古傷が疼いてしまいそうになる。
で、意外なのはあの風貌でついた二つ名と階級だ。正しければ黒髪の青年よりも上である。カナリア・シェリーも学生の身でありながら秀でた才能を買われているが、また意味が違い過ぎた。
元軍人ならば実戦を積み重ねてきた実力者だ。才能だけの連中とは比べられないしまた九大貴族のそれすらも通じない。
そして更に言われた言葉が驚愕を生む。
「今はエイデス機関に所属していて現状の私を含めたから上位三人の内の一人」
「飛び級過ぎじゃないかしら?」
元少佐で今は機関の首位なんて誰かの繋がりを利用しているのではないか? ぐらいの域だ。まあ強さがそのまま地位と同様になる風潮なのでそれだけ実力のある娘なのだろう。そんな側面だけで図るならば下手したら異端の天才よりも上をいくかもしれない。
末恐ろしい存在だ。
だが何より恐ろしいのはーー。
深淵に引き摺り込みそうな悪魔みたいな双眸を此方に向けてカナリア・シェリーの奥を覗き込んでいることである。
まあ、覗かれたことで何がある訳でもない。世界を滅亡させるような魂胆を持ってもいなければ彼女に手をくわえるとかでもない。
ただ少しばかり探ってはいるが。
「其方の方は?」
「ああ、彼女が噂の天才少女だよ」
語る必要がないくらいざっくりした紹介。此方としては些か不服だが向こうはそんな説明だけで理解したようである。
知るやいなやダリアス・ミレーユはゆっくりと歩いて来た。
「貴女があの異端の天才ですか」
「もうその称号は取り消して欲しいわね。今はただの一介の魔導師に過ぎないわ」
謙遜みたいに返すが事実である。あの冥天のディアナードとの激戦を経て失なった代償は大きい。生き長らえる為に取った処置、代用出来ない肉体の器官の一部を魔力を動力とする人工器官で補うことでこうして生きている私はあの頃の力ははっきり言って無い。魔力が枯渇するなんて話になれば死ぬかもしれない身体で何かをしようとは思いはしないわ。
退屈だと言っていた世界に戻ってのんびりと生きていく必要がある。その為にはまだ課題は残っているけれど。
「名誉を破棄するなんて勿体無い。使えるものは使い潰さなければ損でしかありませんよ」
「名ばかりの称号がどれだけ役に立たないかはわかるのではなくて?」
有りの侭に返す。こんな御時世では地位や名誉がモノを言う。が、それに見合った実力や潜在能力を備えているかと聞かれるとそうでもない事例は多い。でなければ自身が世界の危機に直面する場面なんて普通はないのだ。
そう思う所へ翡翠の少女はこれまたおかしげな様子で不気味に笑みを浮かべる。
「果たして名ばかりですか? 見る限り貴女は不純物で無理矢理力を抑え込んでいるように伺えますが?」
唐突に彼女は一体何を言い出すのか? 不純物とは恐らく人工器官の事を指すのだろうが、その後の台詞がいまいち要領を得ない。
はたから見ればそんな風に見えるのであるのか? 若しくはまた別の意味が込められているのか?
「………? どういうこと?」
「それはーー」
と含みのある言葉の真実が明かされようとした時だった。
「ダリアス・ミレーユさん。次の目的地が決まりました。帰って来て早速ですが視察をお願いします」
現れたのはエイデス機関の一員の女性。確か受け付けでも見た人だ。どうやら話の流れから忙しない偵察みたいな活発的な任務に奔走しているようだ。
「やれやれ、また日帰り旅行ですか? 今度こそは当たりを引きたいものですね」
「当たり?」
今の所空振りに終わっている視察の目的は何ななか? 思わず興味が其方に移ってしまった私は不意に口から疑問が漏れる。
ただよくよく考えればわかることかもしれない。
翠の悪魔と呼ばれた彼女が現状であちこち間をおかずに動き回る理由が。
「ーーッ!?」
突如空気が震えたような気がした。否、場を漂う魔力が不安定になった。これはちょっとした異常事態ですらある。言えば災害が訪れる前兆みたいな動きだ。
それを人為的な力で引き起こされている。
目先の翡翠の少女の手によってーー。
「私は経験してみたいのですよ」
「………?」
宿るは笑みなんて可愛いものではなかった。
歪んで、恐怖させるような異質で、人間なのか違うのかを曖昧にさせてしまうもの。
狂いに狂った狂気そのものであった。
珍しく隣にいる如月さんですら身を震わし、元殺し屋の経歴がある織宮さんも表情を固くさせた。
そしてカナリア・シェリーも冷や汗を流す。
同じ人種とは到底思えない存在。だからこそ【翠の悪魔】なんて呼ばれているのかもしれない片鱗の姿。
自身が言われるような化物の形容とはまた違って寧ろ烏滸がましくすら感じるのが目の前の人物。
そんな化物は宣誓するみたいに歓喜な狂気を浮かべながら発言した。
「悪魔との殺し合いを」
「な………」
自ら志願してあんな規格外の存在に戦いを望むつもり? もう二度とごめんなくらいなのに彼女は未知の体験に心を踊らしてすらいる。
正気ではない。普通ではない。人の事を言えない気もしたが、また波長が違い過ぎる。
「カナリア・シェリーさんは悪魔と戦ったのでしょう?」
「それがどうかしたかしら?」
「実に羨ましい。実に興味深い。人が更なる高みに至る証明をした貴女が実に不愉快」
「………」
支離滅裂で言っている意味が理解不能だ。何なの? 戦闘狂なの?
「ククク。何が目的かは知りませんがあまり長居はお勧めしませんよ? 目の前に極上の餌が置かれてはいつまでも我慢なんて出来ないのですから」
「………」
「ではまた近々。今後のご活躍期待していますよ?」
最後まで危険な香りを漂わせたままダリアス・ミレーユは場を去る。そんな後ろを眺めながら冷静に努めているようで実は握り拳を作っていたのに私はようやく気付いた。
何者なんてものではない。
あれは人の皮を被ったある種の悪魔だ。二つ名が似合い過ぎていて皮肉ですらある。出来ればあまりお会いしたくはない。今の私としては悪影響すら及ぼしかねないだろう。
「すまんシェリーちゃん。ちょっとばかり強烈な相手に遭遇させちまって」
「強烈より凶悪過ぎるわよ。ああ見えて案外良い奴とか言わないでよね?」
「残念ながらそれはねえ。正直エイデス機関でも手に余っている。いや、軍人の頃からずっとかもな」
「どんな人だったのよ。経歴が気になるわ」
そもそも軍人の頃って幾つの話よ? それこそようやく物心がついたくらいでしょうあの風貌なら。あんな得体の知れない存在が国を守っていたなんて当時の民衆が知ればゾッとしそうだ。
「俺も大尉になった時点で知ったくらいだから詳細までは不明だが、入隊してから僅か2年で少佐に駆け上がった特例の天才だ。少なくとも俺の知るあの落ちこぼれさんも中佐まで登った異例ではあるが、何分年齢差がある。まあ、あれで上の指示に忠実だったから害はないと判断された上での裁定なんだろう」
「にしてもあの目は確実に人を殺してそうな目だったのだけれど」
「当時は自分の指揮下の部下を半殺しにしてたのは知っている」
「何で?」
「あの年齢だからだろ? 上官がまだ幼い少女であれば普通なら舐めてしまうさ。あれも俺が止めに入らなければ本気で殺してたかもしれない」
怖すぎるだろ。そんな上官の元でとても働きたいとは考えられない。幼女が青年を殺す図とかどんな御時世だ。
「因みにさっき彼女が口にしていたけど、悪魔を散策させている訳?」
「本人の希望もあるし、この前の悪魔の件で俺もアリスも下手に動けないしな」
「結論実力はどうなの? あの調子だと悪魔と遭遇したら絶対挑むわよ?」
「一応既に白と決まった場所に二度手間で向かわせてるから悪魔に遭遇する確率は低いけど、もし遭遇しちまったら………」
何でか私は嫌な予感を拭えない。ほんの数分の邂逅に過ぎなかったのに脳裏から全く離れてくれない狂気の塊。
また近々と言われた言葉がどうにもこれから先の情勢を大きく揺るがしそうなそんな胸騒ぎがしてしまう。
そこへ予想外の言葉が鼓膜を刺激した。
「倒しちまうかも………な」
「そこまでの素質ッ?」
「冥天のディアナードみたいなのなら話は別だけど、彼女の実力は本物なのは確か」
「シェリーちゃんが魔法の天才なら、あいつは戦いの天才だな」
とんだ伏兵みたいな存在だ。しかしどうにも納得がいかない。あの若さでどんな修羅場を潜り抜けてきたのだ? 実戦とは才能以上に経験を積まなければ成長しないもの。例え潜在能力があろうと燻らせたままにする人物もいれば逆に相手が悪く芽を潰されて終わる人物すらいる。
私だって勝利を手にした数よりは負けて下手したら死んでもおかしくない数の方が多い。それくらい実戦とは命が失われる。故に織宮さんやアリスさんの方がそんな意味では遥かに修羅場を潜り抜けて来た強者だ。ダリアス・ミレーユも軍人であったろうが果たして彼等以上に戦って経験してきたとは思えない。物理的にあり得ないと結論が出る。
仮に可能なのだとしたらそれはーー。
「俺もわからねえが、まるで彼女は実年齢以上の時間を生きて来たようにしか見えないんだ」
「私は一度死んで生まれ変わったように感じるわ」
「………何方も非現実的な見解ね」
とにかくあの若さに不相応なものを持っている訳だ。
近々なんて意味深に言い残された私は今後に付き纏いそうな嫌な予感を拭えない。
「ま、何かあってもそこは俺達が止めるさ」
「何かあるような物言いの方が嬉しくないんだけど」
「目を付けられてしまった以上油断しない方が良い」
「見学に来るんじゃなかったわ………」
尚更勧誘されても断りたくなる組織である。
もはやあとの祭りであるが。
「さて、最後は変な感じになっちまったが大体こんなもんだ。どうする? まだ見ていくか?」
そうだ。そもそもここには以前に立ち寄った際に見学出来ない不手際があったから改めて出向いたのだった。あの悪魔みたいな少女のせいで色々なことが頭から飛びそうになった。危ない危ない。
とは言っても一通り見て回れた私は十分であった。一員に加わるのは益々ごめんな印象しかなかったような気もするけど。
それにこれは他の要件のついでみたいなものである。良い時間潰しになったとは言えよう。
「いえ、この後は例の用事があるからここら辺で良いわ」
「あーそうか。そろそろ大魔聖祭、アズールの時期だもんな」
「まあ、例によって辞退したけどね」
ただ、代わりに選手宣誓を代表して述べる役を押し付けられてしまい、否が応でも目立つ羽目にはなってしまったが仕方ないだろう。流石に寿命を縮めて参加することに比べれば安い仕事だ。
「なるほどな。でもだとしたらレミア学園はアズールを優勝出来るのか? 既に番狂わせが起きているようなもんだが」
「フフ、問題ないわよ」
何故なら私が認める天才が三人も出場するのだからね。正直決勝戦辺りはその三人が残りそうなくらいだ。後はミネア学園に強敵がいるが、それでも此方の面子が残るのはほぼ確実である。
そこでようやく私の自信に気付いたアリスさんは珍しく緩い笑みで納得する。
「そうね、九大貴族の内の三人だったわ」
「実力は申し分ないわよ」
しかしどうにも織宮さんはまだ渋い表情を崩さない。確かに油断は禁物かもしれないが、そこまでの伏兵でもいるのだろうか?
彼も知る実力者が此方には居ると言うのに。
そこで彼はとても気まずそうに口にする。
「いやあ、これは多分シェリーちゃんは知らないだろうし、あまり気苦労掛けたくないんだが………」
「何よ? 私の友達じゃあ実力不足な程の天才が出場するの?」
「そこまでは言わないがな………」
勿体ぶる黒髪の青年に食って掛かり結論を急かす。
するとーー。
「アズールにはあの【翠の悪魔】も出場するぞ?」
「………」
そうか、彼女は一学生でもあったのか。
ならば私も納得するしかなかったのであった。
そして近々と言った意味が奇しくもわかってしまった瞬間である。
と言うかエイデス機関の人物が参加ってズルくない?




