−悪魔的天才②−
以前は運悪く見学に訪れたのに都合悪く入れなかった施設。今回は様々な経緯からの計らいで案内者付きの見学となる。まああくまでそれも見学と称した探りにすら思える状況だけど。
まさかだがこれも彼による計画なのだろうか?
本当にしっかりやることはしてる人間だから油断は出来ないのだ。
「おいおい。たかが入るだけにどれだけ疑り深いんだよ?」
「貴方の案内だからよ」
前回は悪魔だったのだ。次は龍でも出て来るのではないかとすら考えてしまう。冗談に違いないが、少なくとも私にとって前向きよりかは後ろ向きに作用しそうな疑惑は拭えない。
信頼だとか口にしたが、案外一番信頼出来ない人物かもしれない。
「酷い感想だな。女の子はときめきが好きなんだろ?」
「余計な気遣いありがとうございます。さっさと思惑を白状なさい」
「何だ違うのか。じゃあ言っちまうと見学ついでに怪しい見立てがある人物を探して見てくれ。多分居ない筈だ」
「さらっとついで扱いしないでね?」
全く簡単に言ってくれる。が、既にエイデス機関の末端である彼が言うのだからきっとこれは念の為程度の探りだろう。別の視点から違和感が発覚するかも? 的な大穴を予想した類いだ。或いは私と言う不確定要素に変わった反応をするかの炙り出し。
だから特にネタばらしをしようとは思っていなかったのだろう。出来れば自然体で観察する方が見えてくるものもある。固定概念に捉われないやり方だ。
まあ怪しんだ姿勢の自身に隠しても無駄だから早い内に白状したのだろう。
「ったく慣れないことはしねえもんだよ」
などとボヤく黒髪の成年を他所に私達はその一部の人間にしか堂々と入ることを許されない秀才集団の巣に入り込むのであった。
◆
気付けば一通りの内部をグルリと見回して見学もとい視察も終わりに差し掛かっていた。
結論から言えば大した収穫はない。本当に普通に何の異変もなしに滞りなく進んだ任務。
本来はそうなんだけれど。
感想としてはこんなものか。みたいな想像以上の発見もなかった。普通の人の感想ならそれは長文用紙を何枚も書けるくらいの成果が見込めそうな実に有意義な見学だろうが、生憎関心が向くようなものは私にはなかった。大体が想像の範疇の知識に入る光景ばかりだし、秀才集団なのは知っているから別に緊張したりもしなかった。
と言うか隣の彼のおかげで威厳が損なわれているのも否めない。
ともかく中身に目を見張る場所はなく、一員達にも不自然な部分は見当たらずとした結果だけだ。
「強いて言うなら案内されない堅牢な扉の向こうとかかしらね?」
「やめとけ。あそこは大衆を恐怖に陥れた凶悪犯とかの一部を隔離した場所だ。大量殺人鬼から革命家、巨大犯罪組織の長とか様々だ。明らかに並の神経した奴はいないから目に入れて良いもんじゃねえよ」
普通に怖過ぎる。と言うかこの街の一角にはそんなヤバイ連中が息を潜めていたの? って事実こそ今日一番の驚愕だ。
何でわざわざそこまでして?
と、理由はどうやら単純でありながら厄介な内容であった。
「残念ながら足りない知恵を借りてるってやつだ。曲がりなりにも実力だけは一級品な連中だからな。先見性や知識、あらゆる角度から仕掛ける事が可能だから重宝するしかねえ」
「悪には悪って訳ね」
確かに必要な力かもしれない。幾らこの機関に優秀な秀才、或いは天才がいて鋭い考察を出来たとしてもやはり限界はある。
私が犯人ならこう動くなんて推理を犯罪を犯してない人物に聞いても仕方ないだろう。それを経験してきた者ならではの考えがあるのだから。
的を得た理由なのはわかるがそれでも凶悪犯を一部とは言え、ここに収容するには危うさがあり過ぎるが。もし外から脱走の手引きで乗り込んでくる輩がいたら最悪な事態ではなかろうか?
「一応は配慮した配置はしているさ。単純にエイデス機関の首位の三人の誰かは必ず常駐、それか値する人材を待機はさせている」
「逆に抜け出せないが浸入も許さないって具合かしら? 例えば所在が明らかにされて不味い連中ばかりとか?」
「ま、ちょっと考えればそうだよな? 悪者ってのは善人だけに怨まれている訳じゃないからな」
彼等からしたら悪人から大衆を守る他に大衆から悪人を守っている感じだろう。
因みにこの件の裏切り者の話について意見はもらっていないのか? と聞いてみると。
「無理に決まってるだろ? 得るものよりも失う方がでかい。あとその話は今は止めてくれ」
結構強引に取り合わない姿勢を見せる。まあこんな場所で聞くのは世界のどこを探してもいないだろう。
なんだか自身の神経もロクなもんじゃないかもしれない。
ただ一言だけ伝えたい考えはあった。
「可能なら多少は探る方が良いかもね」
「あのなー、わかってるか? かなり際どい会話だぞコレ?」
「散々巻き込んでいるお礼に意地悪してるのよ。どうせ土下座すれば助かるんでしょう?」
「全て俺に返してくる仕返しかよ。何処でそんな主導権握る立ち回りを覚えて来たんだ?」
「え? 織宮さんを参考にしてるけど? 後オルヴェス・ガルムさん?」
「末恐ろしいよシェリーちゃんは。で? 理由は?」
「流石に黒幕じゃないでしょうけど手引きしたりしてる可能性はあるかもね」
「おいおい。複数犯だって言いたいのか?」
「寧ろ単独犯が最悪な展開よ。貴方が経験した【黒の略奪者】の事件だって単独では無理あるものだったでしょう?」
「まあ否定はしないがもしかしたら単独でも出来る相手ではあったかもしれない」
「わかったわ。本当貴方の時代は最悪な連中の事件だった訳ね」
何か揚げ足を取られた気分だ。とは言え、それなら此度の仕業が個人の領域である程に厄介なのは彼にも伝わるだろう。
「つまり冥天のディアナードみたいな展開が最悪な訳か」
「まだそっちの方がマシだわ」
何せ今日までで足掛かりにようやく追い付いた次第だ。相手の全貌が明らかにならない考えがこの先あの時よりもっと酷い惨事を引き起こすのだって想定しなければならない。
と思った所でちょっとばかり裏切り者の目的が予想出来てきたかもしれない。
「(もしかして世界の終わりを………?)」
粗悪な発想だ。仮にそれが正しいのだとすればどんな思考で至ってしまったのか? 何が突き動かすのか? 世界を終わらせたその先に何を見る?
やはりこれこそ現時点では雲をつかむような話だ。正解が全く浮かんでこない。
ただ何となく見えてくる壮大な不穏の渦中に足を踏み入れてしまったのだけが唯一分かるのであった。
「わあったよ。ただ怪しまれるのは避けたいからまた追って知らせる」
「それが良いわ」
きっと手掛かりは望めない可能性の方が高いが、念を入れるに越したことはない。難航が予想される先を見据えれば不確定要素は早い内に取り除くに限るのだから。
この話はそこで終わりを告げる。何故なら少し先には業務を押し付けられて猫背の姿勢で机にへばり付く東洋人の女性が見えて来たからだ。
あ、哀れな。
特別姿勢が悪い印象がなかったから多分相当な時間をあそこで過ごしているのだと思う。しかも苦戦している風に見受けられるあたり内勤は苦手そうだ。
そんな所へ空気を読まずに「おっつかれい」なんて絡んでいく上司が数秒で滅多打ちにされた光景に私は改めてこの職務に携わる考えを放棄する意志が固まったのである。
「えーと………久しぶりねアリスさん」
「………」
「ちょっと待って。私にまでその紫電の手で八つ当たりしないで!」
散々溜めた鬱憤は彼一人の犠牲では足りないらしいが流石に火の粉を飛ばさないでほしい。と言うかどれだけ内勤嫌いだったのよ。
「私外勤の戦闘担当なのに………あんな文字ばかりの仕事………」
「言いたいことは分かるんだけど………」
可哀想に見えてしまうが、それはそれで彼女の為を思ってさせているとも考えられた。多少過度な部分はありそうだが、結局それに全部目を通して確認するのだからかなりの労力だ。
少しばかり先読みして期待し過ぎかしら?
「あ、アリス。これ字違うぞ」
「え、嫌よ………その字は間違えてない」
「先行して間違い肯定してたわね」
「あーあー、ここも書き方違うし、げっ。この書類は先にやれってあれ程言ったのに」
「駄目! 駄目! 私はもう限界よ! 長時間労働させて過労死させる気?」
「結構前から頼んでた書類を先に済ましていたら追われることもなかっただろ」
「知らない知らない! レイなんてセクハラで訴えられたら良いのよ!!」
「ちょっと任せただけでエラい飛躍した言い草だな!?」
どうやらそうでもなく、期待通りなやり取りが繰り広げられた。これはこれで見ものな【紫電】の一面であろう。セクハラって発言が違和感あるが、ともかく面倒臭いから仕事を押し付けたって訳ではなさい。
ある意味他にも出来ることが、役に立てることがいっぱいあるんだぞと示させているのだ。
まだ当人には理解が難しいだろうけど、何れ大きな財産になる。
是非とも頑張ってもらいたいと年長者が見守るみたいな思考になってしまった。
「だからモテないのよ!」
「ーーっ!? わ、わかった! もう休んでろ!! 後は俺がやるから!」
「貴方が言いくるめられてどうするのよ!?」
織宮さんもそろそろ変な所を真に受けたりする癖も直した方が良いと思う。
まあ、頃合いだと判断したのかアリスさんは取り敢えず休憩を挟むようだ。
この二人を見ているとエイデス機関の全貌が案外普通の世界に見えてしまうような見学であった。
◆
「身体はもう大丈夫なの?」
「快調よ。無茶はしないに越したことないから最近はずっとのんびりしているわ」
お昼休み。館内に設けられた配属人数の割に無駄に広々とした食堂で席を囲っての食事をしながら雑談していた。
結構一般人にしては珍しいのか周りからチラチラと視線を感じるのが少し嫌である。言い出したら見学中からそうだったが。
「皆普段から永遠と同じ単調の繰り返しで来客なんてまずないからな。しかも現役学生がってなれば興味が出ない訳がない」
「そうなの? 一般解放はしてなさそうだけど私みたいに見学に赴く人はいるでしょう?」
「簡単に言っているが、基本的に極秘な機密機関だから見学の一つ通るのも審査が必要なんだぜ? ましてや学生程度の奴は審査が入るまでもないくらいに即却下されるんだ」
「政府の人でも出入りするには認証許可を得てから少し時間をもらわないと駄目なの」
「道理で………だけどならば具体的にどんな審査が入るの? 全く身に覚えないんだけど?」
もしかして知らない所で見張られていたのだろうか?
なんて変な心配は一切関係なかった。
「学生で審査が入る条件は魔法学会に魔法論文を提出していることだ。見学希望の学園と生徒名を聞けばそっちも直ぐ割れるからな」
そう言えば何回か学園側から頼まれた気もする。面倒臭いから適当に作ったやつだったかな? まさかアレが活きて来てたとは流石に考えもしなかった。
「最低審査条件が通ったたらようやく個人の略歴を学園側に求めて評価を聞く。ここで成績や内申点がどれだけあるかによって判断されるが正直一番重要なのはエイデス機関の誰かと関係があるかどうかだ」
なるほど。それじゃあ学生じゃまず見学は有り得ない訳だ。魔法論文なんてまだまだ作成する技能を持つ人はほぼいないし、エイデス機関の人物と顔見知りになる機会すら早々ない。正直大半は今を思えば黒髪の成年の推薦みたいなものだろう。
この人は裏で何処まで気を回してくれるのだ。
意外な事実に驚く私の顔を見て彼は不気味な笑みをくれる。
「ようやく俺の偉大さがわかったか学生君」
「貴方が偉大と自負するとどうしてこんな人がって見下した感想が湧いて来るのかしら?」
「今すっげー馬鹿にしたよな!?」
「大丈夫。元からレイは馬鹿よ」
「どの辺りを指して大丈夫を定義してるんだ!?」
良い大人と学生が広い空間でガヤガヤ騒ぐ。
この盛り上がりも注目の的になっている要因だろう。勘弁してもらいたいものだ。
どうせ加入しない場所なのに名前なんて売りたくない。
ハァ、と溜息が出てしまうが何故か悪い気分にはなれなかった。
そんなこんなで良くも悪くも和やかな空気に酔い痴れている私。
だがーー。
「騒がしいですね。食事くらい静かに出来ませんか?」
唐突に響いた言葉があらゆる神経を刺激させてカナリア・シェリーに警戒をさせた。
かつて味わったことのある死を意識してしまうような程に。
私は振り返り、食堂に入って来た存在を凝視する。
「おや? 貴方はーー」
しかしそれよりも早く向こうが何かに気付いて先手を打つように此方側へと近付いて来る。
そうして最初に絡まれたのは黒髪の成年と東洋人の女性の二人であった。




