恋する天才
※勢いで書いたお話です
ここは将来有望な魔導師を輩出する魔導師学園。中でも結構国内じゃ敷居の高い生徒ばかりが集う場所であり、名をレミア学園と言う。過去に英雄の一人と称された人物が卒業していたり、国家の柱となる九大貴族の生徒が何人もいたりと最近では名を轟かせてばかりだ。
特に飛び切りなのは在校生で歴史上異例なる才能を開花させた魔導師生徒がおり、既にエイデス機関からお声が掛かったり、九大貴族の変わり者達を従える一種の勢力派閥みたいな存在がいる。
これはそんな異端の天才と集う仲間達が織り成すごくごく平和な物語である。
ただ肝心な彼女は不在だが。
「結局。リアン君とシェンリンはお付き合いされないのですか?」
「ごばぶぅぅうッ!?」
学園の中庭にて唐突な栗色の髪の少女の質問を聞く碧髪の少年は水筒の中身の大半を口から吐き出したり、溢しまわす悪行をしてしまった。普段見せない醜態ぶりに恥をかくよりも言われた台詞の方に動揺しまくる彼は何とか器官に入って噎せてしまった状態から脱出してようやく話す。
「い、いきなりなんだい? どうしてそんな事が突然出てくるんだい?」
「いやあ。あんだけ敬遠の仲みたいな関係だったのがいつの間にか仲良くなっているみたいですしぃ? かと言ってそれ以上進展がないですからどうなのかなと」
「本人がいないからってかなりぶっちゃけ出すよねシルビアは………って隣の神門さん? 何でそんなに殺気立てて睨んでくるの?」
「………別に。何でもありません」
いや、どう見ても何かあるだろ? と言いたくなるくらい温厚な灰色の少女は鬼みたいな目付きでリアンをまるで恋敵のように見ていた。
そんな様子にシルビアはニヤニヤした表情を浮かべながら彼女を背後から抱き締めて代弁をする。
「一途ですわねぇ光ちゃん。そんなにシェンリンの事が好きなのですか?」
「え、えええ、いやあの………私は………」
「やだぁぁ! 可愛い!」
和気藹々する二人を見て呆れる碧髪の少年。まあ同じ九大貴族中では指折りの実力者で絶対剣を振るえる彼女もあの少女の話題になるとこうもオドオドしくなるのだ。かく言う彼も人の事を言えない立場にいる辺りあの天才は本当に色々な意味で人を変えてしまう才覚の持ち主であった。
当人は何処吹く風だろうが、そんなのは此方からしたらあまり関係ない。
「ったく。キャッキャッうるせえな。静かに飯も食えねえのかよ」
聳える大木にもたれながらパンを食べるのは九大貴族の一人。へカテリーナ・フローリアだ。レミア学園の生徒じゃない彼女がどうして居るかと言うと現在短期休校の時期に差し掛かっていて暇だからだそうだ。更に不機嫌気味なのは今度こそ話題に上がっているカナリア・シェリーから白星を上げようと息巻いて赴けば不在と言うとんだ肩透かしが原因である。
「あら? 貴女も寂しいのですか?」
「ちげぇよ。用があったのにいねえから苛々してるんだよ」
「仕方ありませんわ。シェンリン今日は定期的な健康診断に行っていますもの」
深紅の少女は説明に「わかってるわかってると」諦め気味に対応する。
彼の天才は今から数ヶ月前。大和国で一世一代の世界の命運を掛けた戦いを繰り広げた。
突如此方側に現れた悪魔。人外のソレの中でも頭一つ抜けた化物を相手に奮闘し、撃破した。
だが、全力を持ってして多大な代償を払った上の勝利。目に見えた怪我こそはもうなくなったが、カナリア・シェリーの体内の一部は回復することなく、代わりの人工物で補っている。
本人はあっけらかんとしているが、あまり思い起こしたい内容ではないだろう。
だからフローリアもそんな風に話を振り払ったのだ。
「用って言っても君は彼女と一戦交えたいのだろ? あまり無茶はさせない方が」
「あ? そんな訳いくかよ! ぜってえあたしは認めねえからな!!」
リアンが天才の容体も兼ねて注意喚起をしたら彼女は声を張り上げて返してくる。
いきなり感情を剥き出しにした理由がいまいちわからない彼に隣にいる栗色の少女はそっと耳打ちをする。
「実は退院してからちょっとして二人は模擬試合していますの」
「! 本当かい?」
意外な事実を聞いて驚く。話によればもう魔法を使った激戦は命に関わるらしいと当人は溜息混じりに漏らしていた。そんな説明をしているのにまさか九大貴族で実力派魔導師の彼女と戦うなんて流石に不味いだろう。
まあ過去の話だからもはや気にしたって仕方がないのだが。
してその試合の結果は?
「シェンリンの圧勝でしたわ」
「【無暴】と呼ばれる彼女が? 実質ハンデがある相手に?」
「私も驚きましたわ。多分長丁場で肉体に負荷を掛けたくないから全力は尽くしていたと思いますが」
「にしてもそこまでの実力差があったのかい?」
「だからあんなに悔しがっているのでしょう?」
そう言われたら成る程と頷くしかなかった。
彼もまた天才の域に達しているが、それでも深紅の少女を相手にスマートに勝利出来る気はしない。いや、自身の知っているカナリア・シェリーなら圧勝なんて難しい見立てであった。しかも足枷を持っていれば尚更である。
「シェリーは私達よりも遥かに早熟です。例え足枷があった所で弱くはならないかと」
そこへ神門 光華が大切な友人を誇らしげに語る。そんな彼女も九大貴族の一人でしかも当主。加えて絶対剣と呼ばれる世界に三本しかない剣の一つに選ばれし人間で鬼の末裔と言った因果を抱えていた天才。正直彼女もこの場の誰よりも飛び抜けた者であるが、そんな人物が認めるのがカナリア・シェリーなのだ。
ただ知り合って間もない彼女がどうして長年の親友のように信頼して語るのかは疑問だが。
「そりゃあ光ちゃんからしたらシェンリンは白馬の王子様みたいなものだから無理もないですわ」
「ちょっと………そんなものじゃ………それに呼び方………」
「恋する乙女。素晴らしいですわ!」
まぁたキャッキャッ始まったと碧髪の少年は呆れる。
何か少し前じゃ有り得ない風景だと思うが、きっとそれも全ては彼女の成果なのだろう。全く本人が不在なのにこうも彼女の話題ばかりとはどれだけの幸せ者であろうか。
等とほっこりしてお茶を口に運ぶ彼の耳にとんでもない言葉が入る。
「よし。じゃあ皆でシェンリンに告白しようじゃありませんか」
「ごばぶぅぅうッ!?」
再びリアンはむせる。そりゃあいきなりの突拍子のなさにそうなるのは無理のない話だ。
訳がわからない。
しかも皆で告白ってこの場の大半以上は女性なのに。
「ど、どどどどうしてそんな風にシルビアさんは変な発案をするのですか!?」
「神門さん落ち着いて………」
「お茶を何回も口から吹いている人に言われたくありません!」
ごもっともな意見であった。多分彼もまた取り乱しているのだろう。
何せ過去の不幸に縛られた自身に手を差し伸べるわ、もう死んでしまった大好きな姉の姿が重なるわで意識しない筈がない。
灰色の少女にとって白馬の王子様的な例えは彼にも当てはまるのであった。
「いや、何ふざけてんだ? 頭大丈夫か?」
粗暴な口調だが、一番まともに機能しているのは深紅の少女であった。
が、まるで食い付いて来た獲物を見る目で、いや罠に嵌るネズミのようにすかさずシルビアは彼女を乗せる。
「まあまあ。ちょっとした勝負みたいなものですわ」
「勝負………?」
「(あ、凄い態度変わった)」
「(そう言う話が絡むと単純な人ですね)」
流石に口にするのは憚れるが正にその通りであろう。
更に栗色の少女は上手く言葉巧みにその気にさせそうな方便を並べる。
「もしこの中で告白に成功した者はシェンリンのお目に叶った人であるのですわ」
「ほう………それはあいつが認めたライバルってことだよな?」
「ええ。そしてまた別な意味で言えば告白したオーケーをもらう。それ即ち彼女の心を陥落させたと同じ!」
「なっ………まさか」
「察しの通り。告白が成功すればシェンリンに勝ったも同然なのですわ。またそれも勝負。この告白は彼女を含めた皆の中で誰が一番かを決めるのです!」
「へっ! 上等じゃねえか!」
何が上等だ! とリアンは顔半分をひくつかせてよくわからない苦笑いをする。
かくしてカナリア・シェリーに告白して誰がオーケーを貰えるか決定戦が幕を開いたのであった。(尚、リアンと光華は拒否権すらなしに)
「いやそもそも僕以外は女性だろう? 何か勝負として破綻した部分多くないかい?」
「愛に性別は些細な問題でしかありません。大事なのはハートですわ」
「破綻しているのは君の頭か!」
どこまで本気なのか測れない彼女に恐怖を覚える。
が、食って掛かった事によりシルビア・ルルーシアの策略に彼もまた落とされる。
「あらあら? そんな女心がわからない台詞しか出ないのは感心しませんねえ」
「?」
「貴方はシェンリンに可愛いや美しいの褒め言葉を使ったりはしないのですか?」
「え!? えぇ!?」
「はぁ………進展しない理由はそこですわね」
「何その見透かしたような感じ!?」
「リアン君は彼女をどんな目で見ているかは置いといてシェンリンは天才以前に一人の女の子ですよ?」
「っ!」
「あまり流石は天才とか特別視するような発言はNGですし、借りがあるとかそんな恩師みたいに持ち上げるのもあまり宜しくありません」
「そ、そうなのか………」
「ましてや姉に似ているなんて言葉は女性に対して失礼極まりありません。くれぐれもそんな言葉は並べないように」
「で、でもどうすれば?」
「簡単ですわ。シェンリンを普通の女性として扱えば良いのです」
まるで師と弟子の構図だ。しかもそれなりに説得力のある内容にリアンも最終的には聞く側になってしまっている。つまりカナリア・シェリーのことを意識している。もっと言えば好意を抱いていると既に告白しているようなもの。
因みに近くで一緒になって聞いている神門が斬り捨てる勢いで睨んでいるのに彼は気付いていない。
「とは言ってもチャラけた姿勢はいけません。確かな筋の証言によればどうやら軽い女に見られたくない節があります」
「ふむふむ」
確かな筋とやらの情報は大方誰か予想は難しくないが、一体どんな経緯があったのかはこの際置いておこう。
そこから続いて意外な真実が彼女の口から出る。
「因みに学園の統計を取った所。シェンリンに告白。或いは告白しようと手紙を送った男子と女子の数合わせて27人。プラス教師含めて29人。伏せられているものも視野に入れて規模としては3〜5パーの人が彼女にアプローチをかけています」
「ななななな!」
「い、意外にあいつモテてるんだな………」
「喜ばしいのに敵が多いのは中々どうして………」
そこに更にエイデス機関の一人も入るのは当人を尊重する為、内緒である。ついでに言えばこれは生徒会長である彼女の職権乱用でもあった。
各々が驚愕した様子でコメントするが、統計を告げた栗色の少女は皆の感想にやれやれ、みたいな感じであった。
カナリア・シェリーの見方をかなり修正させて上げなければならないようだ。
「で、でも全員断わっているんだよね?」
「ですわね。結構バッサリ斬り伏せているみたいです」
「きょ、強敵ですね………。あ、いや高嶺の人ですね」
「つーか。興味ないんじゃねーか? 恋愛に?」
「可能性はあります。しかし逆に捉えてみては?」
「どーゆー意味だよ?」
「つまり、好きな人がいるから断わっている」
「ま、まさか………」
「もしかしたらそれはこの中の誰かの可能性も!」
聞いている一同が頭に感嘆符で埋め尽くされる。俄かに信じ難いことで戸惑いを隠せないのだ。
が、【絶対攻略】の2つ名を持つ彼女は策士にでもなったように根拠を説明する。
「考えてみればわかります。シェンリンが過去から今に掛けて綿密な交流をしているのは私達ではありませんか?」
「うっ」
「確かに他の誰かって言やあ、ノーライズ・フィアナやエイデス機関の一部辺りだな」
「必然的に絞られますね」
「そう。もしかするとですから確実に私達とは言いきれませんが、それでも各々の記憶を振り返れば少なからず思う所があったりしませんか?」
確かに、と声が漏れる。
ただ大体のそれが勘違いであるのを彼等は考慮していなかった。
もはやシルビアに言われるがままである。
「そうか………彼女はそんな風に………」
「あ、あたしは別に何とも思ってねえ! ど、どこまで行ってもあいつとはライバルの関係なんだ。べ、別に好意なんか………」
「も、もし迫られたら私は………でも当主としてそれは………」
何かを悟るように呟く者。粗暴な性格がツンデレに向かう者。変な妄想と理性を衝突させる者。
思春期の勘違いとは末恐ろしいものである。
そして皆を煽る彼女はと言えば。
「(これ後が怖いですわね。まさかこんな盛大に勘違いする人達だとは………)」
我ながら、よりかは単純思考過ぎるのだ。
まあきっとカナリア・シェリーだからこそって部分も否めないかもしれないが。
それでも流石に真面目に考えている三人を見て引いてしまうのも事実である。
ただそれより恐ろしいのは。
「(無いとは思いますが、もしこれで彼等の中の誰かがなんてなれば………)」
意外にも適当にそれらしい根拠を並べ尽くしてから心配し出すシルビア。策士策に溺れるやもしれないなんて状態になる。
が、賽は投げられた。と言うよりかは暴走を始めた。
ここまで来て後には引けない。
前に進むのみだ。
「さあ。もう少ししたらシェンリンも戻ってくるでしょう! それまでに自分の思った気持ちをぶつける準備をするのです!」
後に語られる疑問。
どうして誰も止めなかったのだろうか?
◆
告白とは秘密にしていたことや心の中で思っていたことを、ありのまま打ち明けること。
実は私は〜みたいな決まり事で始まる一種の儀式だ。通過出来るかは相手の気持ち次第な確定のない賭けをした当人に取っては一世一代の勝負。
状況によるが今回の勝負はかなり分が悪く、見込みの薄い戦いであろう。
集まる天才達にとってはあの悪魔よりも厳しいもので、乗り越えて来たどの苦難よりも苛酷を強いられた背水の陣。
指揮を取るは【絶対攻略】の二つ名を冠する策士シルビア・ルルーシア。しかしこの場合は唆した悪の現況である。勿論それを知るのは全てが終わってしまった後だとも気付かない。
そんな結末を考えもしないでこれまでにもない程に頭を使い、集まる天才達と一緒に告白の仕方について議論する。
もう一度言っておくが、これまでにもない程にだ。
「だからストレートに告白なんざ他の連中でもしてるだろーがよ!?」
「いえ、少しでも彼女の圧に呑まれたらストレートな告白も響きませんわ!」
「って言ってもそれは僕達にも言えるんじゃないか!?」
「わ、私は言葉よりも行動で示した方がっ」
「ちょっと段階飛ばしてハードル上げてないかい!?」
「押して駄目なら引くって言葉があるだろ!?」
「此方から告白するのに引いてどうしますの!!」
「姉さんが言っていたんだ。女の子は素直な人が良いと………」
「それいつの話ですか?」
「やめとけ。こいつの恋心なんて一桁の時で止まってしまってるからよ」
「さり気無く酷いこと言っていますが、貴女はそもそも恋をしていないのでは?」
「は? つーか学園の(自称)アイドルのテメェも色恋沙汰な話だけは耳にしないじゃねーか。知ってるぞ? テメェの生徒会長室には恋愛をテーマにした文庫ばかりが密かにあるのを」
「し、失礼ですわね! 勉強することに無駄はありませんことよ!」
「(じ、自称アイドルは否定しないんだ)」
「わ、私も最近読んでますよ? 大和にはない様々な文庫は刺激的でした。特に百合薔薇桃源と言うのは実にーー」
「おい。それはまた別の文庫だろーがよ!」
「わ、私も知らないジャンルを!?」
「わかったよ。全員恋愛経験皆無など素人集団だよ!」
これだけ集まっても引き出しゼロで前途多難である。果たして天才とは何なのか? と言う観点から見直すべき程に色々な意味で残念さを極めている。
そして問題はこんな事態を予期せぬ噂の人物が刻一刻と帰還を迫っているのだ。残された時間は少ない。
まず彼等そのものが問題ではあるが。いや問題よりかは事案に近い。意味的なではなく、字面的に。
「つまり。恋愛経験の無い私達の議論は平行線を辿る、と言う訳ですね。分かりました。ならば総力戦でいきましょう」
話を纏める栗色の少女。何が分かりましたなのかでもあるし、平行線よりかは拘りを譲らないような節がある。
そして苦渋の決断の末みたいに大層な作戦とも思えない状況で彼女は何を考えているのか?
総力戦? まさか一斉に告白を?
「それは趣旨が変わりますわ。全員で押し掛けてはただただ混乱するだけ」
「個人個人が代わり代わりに告白するのも大概だけど?」
「総力戦とはですねーー」
「無視された!?」
盛り上がりで言えばかなり佳境に、もとい苦し紛れになってきた。もう当たって砕けろな策略になりつつあるいい加減さはさておき、次のシルビアの案が皆を頷かせれば後はカナリア・シェリー待ちになる。
そしてその言葉に意を唱える者は居なかった。
皆頭がお花畑になってきている。
◆
風が靡く。寒冷の季節に差し掛かる前兆を一人の少女は感じながら自身の通う学び舎の門でふう、と一息をつく。
彼女は身体に異常がないかの検査、所謂健康診断を受けにわざわざ近隣に設けられた列車に乗って遠路を行き帰りをしてきた。流石に日帰りの旅は少しばかり疲れを覚えるのは必然的であった。ならば行き先で一泊でもすれば良かったのではないかとも思えるが、あまり馴染みのない土地で一人明けるのも何かと寂しいし、上手く休めもしないだろう。だったら多少の無理は押してでも帰って馴れたベッドで寝るのが一番だろう。幸い陽も暮れはじめたくらいだからさほど遅くもない。まあ、そこまで大した距離でもなかったと言えばそこまでだ。
ただ遠路だったのは間違いないからか、帰って来てみれば長かったような気もしないでもない。
さあ、学園に帰還報告をして今日はとっと休息をーー。
と、学び舎内に足を踏み入れて少しした時であった。
「………!」
一人の少年が。一人の碧髪の少年が立ち塞がるように彼女の、カナリア・シェリーの前に現れる。
それは何処かロマンチストなシチュエーションにも思え、運命的な出会いをしたような場面。互いに沈黙の状態が果てしなく長く感じられる。これは一方の開口を待つ瞬間だ。
何方が? 誰が?
そんなのは決まっている。
と、二人を遠くの物陰から見守る無粋な輩達は陳腐な感想を持ちながらハラハラしていた。
折角の構図も彼等を入れて映せば色々と台無しであった。
でもよくある青春の世界でもないでもなかったと言えば嘘になるだろう。
せめてあのやり取りが無ければだが。
「か、カナリア・シェリー………」
「ーー!」
そこへようやっと動きがあった。重々しくて少し詰まりそうではあったがしっかりと名前を呼ぶ。対して彼女は僅かな反応は見せるが、いまいち内心の読めない静観した姿勢を貫く。遠巻きで見ている彼等の顔に焦りにも似た焦燥が滲み出るが対峙するアースグレイ・リアンと言う一人の男はその数倍以上の緊迫感に包まれているであろう。
最初の趣旨は確かこの告白に成功すれば勝者みたいな軽い乗りであった。だが今となれば全てを彼に託して見送った勇敢な英雄を眺めているような感じで、根本的な目的を忘れて皆はただただ応援するのであった。
なんだこれは?
そうしてよく分からなくなりながらも念が込められた声援を背に碧髪の少年は意を決して告げるのである。
「す、好きだ! 僕と付き合ってくれないか!?」
言ったあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!
なんて言葉がお似合いな間抜け過ぎる顔をする影に潜む一同。完全に他人の告白なのに夕焼けに染まっていく茜色よりも真っ赤な顔をしてごちゃごちゃする。
そしてその中に混じる唆した栗色の少女に到っては「ええいままよっ!」と落ち着いて聞けば確信犯みたいな対応をしていた。
これはもはや事案を超えて事件にすら匹敵する。
結局のシルビア・ルルーシアの出した提案は単純なものだった。
『丁度意見も別れているし各々が掲げるやり方を貫きましょう』
議論の予知は全くなかった。それは会話の中でも明確にされましたが、果たしてこれが提案なのか? 総力戦とは何だったのか?
その問いに答えなかった彼女の態度がこれだったのである。
無理難題。無茶無謀。そんな始まりから一年、ではなく数時間。
とうとうこの舞台まで来た彼等。そして役者のリアン。
それにカナリア・シェリーの出した答えはーー。
「えっと………私は友達として好き………よ?」
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!
世界は終末を迎えた。
一人の少年の犠牲によって。
いや大袈裟に見えるが、恋愛経験皆無の天才達が盛り上げに盛り上げて、積み上げて来た大事な何かが瓦解したのだ。あっさり呆気なく無情に。
そう。彼等は真面目だったのだ。本気だったのだ。命の次に大事な誇りを投げ打ったのだ。
その顛末が報われないなんて世界は、カナリア・シェリーの返事はあまりにも残酷過ぎた。
「ご、ごめんね? 貴方は凄い魅力的な人だと思うし、断るなんて贅沢過ぎるかもしれないけど………」
ただそれでは告白された側が悪者になり過ぎる。ここはその理由まで聞いて見届けようではないか?
とか言いつつ控える少女達は返答内容を聞いて告白を断念する口実を作る強かさを抱く最低な発想をしていたのだ。
彼の犠牲は無駄にしないとでも言うように。
この場合は犠牲ではなく、生贄にしか思えないが。
そんな所へカナリア・シェリーは誠意を示した態度の言葉で断る理由を話す。
ある意味一番全うで、彼女らしい内容で。
「私に今欲しいのは異性の付き人じゃないの」
「えっと………それは………?」
「何時迄も大事にしたい仲間。友達が欲しい。それだけ」
「そ、そっかあ………」
そう言われてしまえば仕方ない。
断られたことによりようやく洗脳が解かれた彼ではあるが、やはりショックを隠せはしない。異性として意識していたのには変わりないのだから。
ただ、カナリア・シェリーの話にはまだ続きがあった。
その時には既に見切りを付けてこの場から退散した卑怯な天才達は知る由もない話だが。
「も、もし学園を卒業してもリアンが………私で良いって言うんだったら………」
「え………?」
初めて。あの異端の天才と呼ばれた彼女が恥じらう素振りを見せ顔を赤面させる。先程までの態度を豹変させたような姿にどうしようもなく碧髪の少年は目を奪われる。
だが次の言葉が語られることはなかった。
「やっぱり今の無し! 忘れて頂戴!」
「………」
忘れられないないだろう流石に。
背を向けて振り切られる。もう次には普通の日常に戻って何事もなかったようになるだろう。
それでもーー。
それでも彼は今の台詞を心の内に秘めていようと決めた。
責めて学園を卒業するまでは。
「(その時は改めてもう一度………)」
そんな意味では今回の告白が上手くいかなくて良かったのかもしれない。何故なら半分は無理矢理を強いられた強行で勢い過ぎたのだ。
次こそは自身だけの意志で、そして今回以上に高めた気持ちでアースグレイ・リアンは立ち去っていく彼女に柔和な笑みを向けた。
再び一陣の肌寒い風が吹く。
甘酸っぱい香りを漂わせてーー。
めでたしめでたし。
◆
学び舎内の一室。
ノーライズ・フィアナは自信満々に胸を張って
頁数にして何十枚かに分けられた文字列の記載された文章を全て見終えてプルプルと震える私に誇らしげに語る。
「どう? 今度セントラルの文芸門部に応募しようと思っているんだけど?」
どう? じゃなかった。
どこから突っ込んで良いかもわからない凄まじい怪奇文章を目の当たりにした気分に陥入る天才。いや、この時ばかりは色々な意味で彼女が天才だろう。
と言うか丸っ切り実在する人物で書いてるんかい。酷く脚色して。
「かなりの自信作だと自分で自画自賛してしまったよ。いやあ、まさか私にこんな文才があったとは知らなかった」
文才よりかは奇才に近いだろう。確かに登場人物がそのままリアリティを交えながら大袈裟に書くのは真似出来ない。いや、ノンフィクションなんてジャンルあるしそうでもないか? 待て待てそこに当人達の気持ちが無さ過ぎた。
何よあの私の知らない場所での議論? アホ過ぎるだろう。
ただあながち一歩脇にズレたら実現しそうな面があるのが怖い。
にしても私の最後だけは確実にごめんであるが。
友達が欲しいなんては言ったけど。
兎にも角にもこれを堂々と公衆に向けての応募にしようだなんてことは何としてでも避けなければならない。
こんな事で一躍有名人にはなりたくないわ。
「これがベストセラーになって店に置いても目に入れても痛くない作品となり、ゆくゆくはミュージカルから実演事業の話が来て劇場一団の監督となって世界に名を轟かせれば最高の人生だなあ」
止めろ。それは不詳この天才がこの身に変えても実力行使に出て止めさせるわ。書店に並ばれたら目に毒である。そこからの話の飛躍振りなんて絶対私達も巻き込んでますよね?
予想の斜め上を遥かに行った菖蒲色の少女にはただただ呆れるばかりである。
が、この怪奇文章を書いた作者はもじもじしながら私の様子を見て恥ずかしげに言う。
「まあ、だからこそシェリーちゃんに始めに見て欲しかったんだ………私の自信作を」
どこまで自信作を押すのだ。ここまで来ると自画自賛じゃなく自惚れだ。
まあそんな訳でカナリア・シェリーはしっかりと責任を、使命ならぬ義務を全うする。
ベリィィィィッ!!!! と。
身体能力を無駄に向上させた力技で何十枚とある駄作の作品を盛大に破り散らかすのであった。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!! 何てことを!!!!???」
「こっちの台詞だわ!」
時には間違いを正す。これも友人の務めである。
にしても今生で二度と見せなさそうな絶叫だったわね。
「ああぁぁぁ………ま、良いか」
「良いんかい!」
奇才の発想ならば切り替えの速さは鬼才であった。今生の絶叫は一体何処へやらである。
「また書けば良いだけの話だよシェリーちゃん」
「お願いだから二度と書かないで! お願いだから!」
まるで殺害予告をされるように恐ろしい事を言う友人に私は肝を冷やす。
こればかりは悪魔と対峙するよりも危険さを帯びているのは言うまでもない。
しかし次に繰り出される彼女の台詞こそ何故か変な怖さを抱きそうなものであった。
「でもあったかも知れないお話だよ?」
「………え」
「ちょっと分岐しただけでシェリーちゃんにはこんな一面もあったんじゃないかとは思うよ」
何を馬鹿なーー。なんては直ぐに返答が出来なかった。
だって私はそんな経験を仮想ながらとある魔女によって見せられているのだから。
「なーんてね。相変わらず魔法以外は発想力が貧困だなあ」
「………貴女にしては珍しく辛辣ね」
「折角の作品を破り捨てられたんだから仕方ないと思うんだけど」
根に持ってたんかい。
と、どこまで本気なんだか読めない人物であった。
「私は好きなのになあ。そんな乙女心があるシェリーちゃんも」
残念そうな、それはそれで別に良さげな雰囲気で言いながらノーライズ・フィアナは教室から出て行く。
「………」
結局よくわからないやり取りであった。
わからなくて、読めなくて、図れない。
まるで彼女の存在が遠くなっていくような気がしたのだけはカナリア・シェリーの内で感じ取れた。
近くにいるのに、遠い。
この天才を持ってしても遥か先に行ってしまいそうだと思う程に。
第二部前日譚 終
と言う訳で第二部もぼちぼち書いていきます。
相変わらずローペースですがご了承ください。




