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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
第三章 変わる為に
57/155

−天才の物語④−


間違いなくそれは否定しない。だけど万全の自身がこうも疲労困憊する姿だって想像もしなかったのだ。これまでにここまで力の限りを尽くす相手に巡り合っていないのだから無理もない。どれだけ頭を働かせようと魔力配分の調整なんて出来る訳がないのだ。

浮かんだ案を成功させる為に全力を尽くしているのであって失敗を織り込んではいない。

それだけの絶対強者だ。

きっとそれを向こうも感じてしまった。しかし歓喜する相手とは違い、私は焦燥感が募る一方だ。


「勘違いしないでもらいたいわね」


少し違う。正確には不足の事態に備えた対策は残されているのだ。奥の手。切り札は戦いが始まった時から脳裏に浮かんでいた。

だがそれはこれまでのカナリア・シェリーならば決して推奨しないであろう作戦。どれだけ不利な展開でもそれだけは必ずしないであろう強行であり、恐慌じみた荒技。


「まだ負けるつもりはーーないっ!!」


残された魔力を振り絞り、金色に煌めく魔力を持って駆ける。正に一騎討ちに繰り出す英雄かまたは蛮勇の所業。まずこの時点で自分らしくない行動だ。一種の賭けですらあるだろう。

ただそうまでして私は乗り切って掴みたい未来が、自分があるのだ。変わりたいのだ。

神門 光華を置いて、如月 愛璃蘇を抜いて、織宮 レイを超えて一直線に冥天のディアナードへ向かう。

彼女はそんな姿を凝視しながら何かを悟ったのか小さく笑いーー。


「面白い。掛かって来るが良い人間!」


誘いに乗ってくれた。

この強かな悪魔でも一つだけ助かった点を上げるとすれば目的が分かり易かった事である。

一つは天敵である絶対剣の破壊。もう一つはその強大を打ち負かしてくれるかもしれない挑戦者。気持ちは多少わかる。退屈してしまうくらいに持て余す力。そして長きに渡り封印されたつまらない悠久の時。

おかげで募った闘争の本能が無粋な真似を選びはしないだろう。

そこだけは敵ながら素直に感謝する。

後は全力で立ち向かうだけだ。


「刻んでもらうわよッ!? 今日ここでこの異端の天才。カナリア・シェリーが貴女を打ち負かす瞬間を!」

「ははは! 胸が高鳴るぞ!! しかと刻んでみせい!! この冥天のディアナードに!」


紫炎と金色が衝突する。

光の矢が飛び、大地が陥没し、炎が燃え上がり、雷雨が消し去り、風が切り裂き、魔力の波動が拡散し、紫が侵食し、重力が変質し、水が迫り上がり、爪が割り、剣が降り注ぎ、雷撃が飛び交い、竜巻が荒れ、紫炎が墜落し、炎弾が貫き、輝きが浄化し、闇が渦巻き、彼女が跳ね返し、私が振り払い、大気を蹴りが散らし、拳が破壊し、音が割れ、空気が震え、鬼が暴れ、消失が呑み込み、魔がぶつかり、拮抗し、押して、返され、吹き飛び、砕き、薙ぎ、壊し、響き、全てが爆発して、音すら消える。

時間なんてほんの僅かしか経過していないだろう。そんな僅かに広げられた攻防は言葉じゃ語り尽くせない時限の激し過ぎるものであり、それを行なっているのは化物みたいな悪魔と化物みたいな人間のただ2人。

割り込む隙間すらない嵐の世界。全力と全力がぶつかり合う死闘。

善と悪なのか、異と異なのか、または己の魂同士の激闘なのか、一体何故こうまで力の限りを尽くして戦っているのかの意識すら彼方に飛ばして無我夢中でひたすら衝突し合う。

身体の安否なんて気にしてすらいない。互いに互いが。双方が同じ類の瞳を交えながら何方が正しいか、正当なのかを証明する為に死力を見せたもの。個と個の戦争であり、揺るぎない聖戦であり、殺し合いであり、単純な喧嘩。

己の限界を超えては超えられ、再び超えては再び超えられの繰り返しをしてどんどん頂きを目指す2人。息なんて飲んでられない、瞬きする暇まない、目を逸らすなんて以ての外。

ただただ変わらないようで変わりつつある両者の表現出来ない最高の成長のひと時。

いつ迄続くのか、直ぐ終わるのか、蚊帳の外で見守り、見守られる状況。この場の誰もが唯一把握しているのはそう長くは持たない。ただそれだけだ。


そうして最後にーー。


「が………はっ………ッ!」


均衡は崩れた。


「貴様は強い。この余が認めよう。そして刻まれよう。カナリア・シェリー」


地から足が浮く感覚の中、悪魔にそう言われた。

私の肉体は彼女の残された片腕が貫き、そのまま持ち上げられる。綺麗に中身を持っていかれたせいか、口の中は血の塊で溢れて溢れてしまっていた。

不思議な感覚。痛みなんて全くなく、あるのは視界に映る裂傷した悪魔の姿だけ。それ以外の全てが切断されて何も考えられない。

力も入らない肉体。全てをやり切った気持ちが心まで満たしてそのまま繋ぎ止めた意識を断ち切ろうとする。

さあ、どうしたら良いのだろうか?

恐らく目を閉じれば何もかもが終わるのだろうと思いながら意外に自身の胴に腕が刺さっているのを気に止めずに冷静に考える。


こんな時こそ冷静に。


考えるのだ。


何を?


決まっているじゃないか?


勝つ方法をーー。


「ま、だ、終わり、じゃ………、ないわよ?」


疲れたようなぐったりとした所謂死に掛けである瀕死の瀬戸際のカナリア・シェリーは口を歪めながらか細く公言する。


「ぬ!?」


突き刺さしている悪魔の腕が凍り付いていく。ゆっくりとだが、確実に活動を止める力が脱出を許しはしない。

逃さないのが狙いだ。


「【蒼氷アイシクル)】」


私の胴体もろごと凍て付き、身動きを封じる。後は簡単。まだまだ温存している奥の手であり、止めの一撃を託せば良いだけだ。

灰色の少女。鬼の力を取り返すべく神から授かりし奇跡の矛に全てを委ねる。その為にカナリア・シェリーはこの身を犠牲にしてでも繋ごう。

勝利と皆で生きて帰る未来の為に。


「そのような氷如き………燃やし尽くしてやろう」


動じはしたものの狙いを読めた冥天のディアナードは対処に努め出す。易々とは通用しないのは分かり切っている。それでもこの僅かな瞬間は大きい。

失敗と言えばもう少し反応が遅れてくれなかったことだ。このままでは悪魔は倒せても自身は焼き付くされるのは目に見えている。

果たして神門 光華は天地冥道を抜いてくれるだろうか? 私に構わず本懐を遂げてくれるだろうか?

あれだけ全員でと言いながら言い始めの自分が死んでしまうなんて笑えないわ。

ならば神様でも何でも良い。

今この瞬間に奇跡を起こして頂戴。

結局は神頼み。しかも神の力は悪魔が持っていると言うのに。


そんなどうでも良い考えを抱きながら私は終わりを告げーー。


「………な」

「?」


なかった。


異変が生じた。いやまさかの出来事が、願いが通じた。

一番驚いたのは自身より冥天のディアナード。本来ならば既に紫炎が私を包み、炭クズとさせる予定だった筈。

なのに。


「何故だッ!? 何故貴様の氷は余の業火に呑まれないッ!?」


何でだろうね?

最早本人にもよくわからないのだ。燃え上がろうとする炎はカナリア・シェリーを侵食せずに、寧ろ氷に押し負けてすらいる。まるで氷そのものが意志を持ったかのようだ。

本来腕だけでも凍らせたら上出来な程度の効果だったのに今も尚、彼女の身体は凍てついていく。

もしかして無意識に操っているのかしら? にしても紫炎すら意に返さない程の力は残されてなんていない。

本当に奇跡が起きているの?


「ちぃ! しぶといな人間!」


このままでは全身まで及ぶと悟った悪魔はついに残された片腕すらも犠牲にして脱出する。パキン、と肩から割れて下がる彼女に残る腕はなく、忌々しそうに私に突き刺さる肉体を睨み付ける。


「どうしてそこまで………」


違う。そうさせた自分を睨んでいるのだろう。

限界を超え、大半の臓器が貫かれながらもまだ諦めずに足掻いて、更には説明不能な異常事態すら発生させる。

初めてあの悪魔が戸惑い、畏怖していた。

絶対的な力を誇示する怪物がたった一人の満身創痍な人間に臆していたのだ。


「………ハァ、………ハァ」


額から落ちる血が片目を塞ぎ、何処にも残っていない酸素を補給するように息しながら迫り上がる血が口から滴り、何とか凍っているお陰で流れる腹からの液体が止まるが到底活動不能な致命傷を受けながらもまだ動けた。

立ち上がり、闘志を燃やす。

正直半分以上死んでいる状態にすら近いのに不思議と後もう少しだけ頑張れるような気がしたのだ。

いや、そう励まされたのだ。

誰かにーー。


頑張ってと。


「もう良い。貴様のその衰えぬ意志に敬意を称して最後は楽に死なせよう」


再び冥天のディアナードから紫炎が噴出する。それが形を変えてもう一つの化物を、神を作り出す。


冥炎鬼(アルターデーモン)


最強にして最悪の化身。その強大な力は山すら吹き飛ばす規格外な領域の塊。避けるか理から外れた力しか通用しない神の技。

そんな猛威を振るいに掛かる。

全てを終わらす為にーー。


「………ハァ、ハァ」


余力はないに等しい。朧げな視界に相手を捉えながら僅か残る魔力を振り絞る。が、それでは明らかにあの化物を葬るには弱々しい。脆弱過ぎる力が撃つには時間が足りないのだ。此方が整い終わる頃には手遅れだ。

そうわかっていても尚、私は諦め悪く無様にも足掻く。希望を捨てずに投げ出さずに。

まだまだ。


そんな自身の隣を駆け去る姿が2つ。


黒の青年と女性。

僅かな瞬間二人は私の方に視線だけ向けて語らずに意思だけを飛ばした。まるで以心伝心のように。


ーー任せろ

ーー貴女は集中して


本当にそう言ったかもわかりはしない。だが自身の為に作ってくれようとする力添えは伝わってきた。

私は荒い息を吐きながら頷く。

ありがとう。二人とも。


「邪魔をするな人間!!」

「邪魔するさ! 絶対に繋いで見せる!」

「人間の底力を舐めないでッ!」


吠える両者。どちらもが意地にも近い確固たる意志に基づいて激突する。あれだけ剥き出しの闘志はそうそう見れるものではない。

目をそらすな。行く末の一挙一動を見逃すな。でなければ奇跡は巡って来ない。


「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!」


再三に渡り己の力が足りないのを自負しながらも我が身とさえ言える天器を両手にぶつかる織宮 レイ。もはやそれしかない。培ってきた努力以外が簡単に通用すれば苦労はしないのだ。


「ぬうんッ!!」


悪魔が放つ紫炎。冥炎鬼が始動に掛かりだし、焼き払う業火が襲う。が、同じく火の魔法を得意とするものとして彼もまた最大出力の灰炎を斬撃に乗せる。

炎と炎。紫と灰。その2つが熱波になり爆発する。地を抉り、大気を燃やし、轟音を奏でる。

ただ、結果は目に見えていた。

既に証明されていた威力の差が奇跡的にひっくり返る事もなく灰は紫に包まれてしまう。それでも勢いに変化があった。いや、そうさせるのが狙いだったのか炎は螺旋の動きに変わり、中心だけが通路のように形が変形する。

そうしてその中を一筋の赤い閃光が走る。

黄でもなく、紫でもない赤の稲妻。若しくは全てが混ざった雷。何となくそれに青が混じれば虹色にでも輝きそうな神秘的な力の一歩手前の存在が顕現していた。

如月 愛璃蘇は全てを貫く槍となり突き進む。赤雷を纏いし音速の突撃だ。これまでよりも速く、強く、最大。

二人の東洋人組み合わせが見せて魅せる連携技。その光景は正に英雄に相応しい彼等の在り方でもあった。

だからお願い。届いて。


「見事な力だ。だがーー」


それは始動している脅威に対しては後僅かに及ばずに跳ね除けられた。と言うより鬼神の片腕を封じるだけで精一杯であった。

まだもう片腕が残ってしまっている。振るうだけで私達を葬るには十分な力だ。

憤慨する訳でもなく悪魔は叫ぶ。


「余こそ舐められては困る!」


決死になるのは何も此方だけではない。彼女もまた全力で迎え撃っているのだ。油断や慢心、驕りなんて有りはしない。残るのは化物や悪魔なんて肩書きすら優しく見える負けまいとする本能であった。

一切の慈悲もなく、敬意を評した渾身の力。ようやく巡り会えた好敵手との戦いに冥天のディアナードもまた久しくぶりの本気を、それすら超える強さを引き出した。

抜いたと思えば抜き返し、互いに追い抜いていく次元の攻防。または攻攻。

恐らく今の彼女の顔にはこれまでにない歓喜の笑みが浮かべられているのだろう。つまらない脆弱な人間だった存在がいつしか自身に匹敵する程の力を秘めて渡り合ってくる楽しさに満足しているのだろう。

脅かしてくる強敵を圧倒して捻り潰し、勝利を目前としている結果に。

十分に奮闘した。出来過ぎるくらいだ。最初から望み薄だった戦いがここまで肉薄に転じて善戦したと思う。


なのに。


「ーーッ!」


なのに更に悪魔を上回ってくれたのは奇跡とすら言えよう。


「これは親友から託された守る為の願いそのものだッ!!」


後進してくるは再び黒髪の青年。必死に逸らした紫炎に巻き込まれたものかと思われた彼はアリスさんに手を引かれていたのだ。大半が生身の状態で彼女に勢いを肩代わりさせていても迫る衝撃に傷付きながらも、最後の力を尽くして当人の今世紀最大の魔法が繰り出される。

灰炎は布石に過ぎない。


「お願い! レイ!!」


勢いよく投擲するように飛ばされた織宮さん。

今の彼が手に宿すは揺るぎない緋色に煌めき輝く業火。炎なんて生易しい。限界点を超えて暴発してしまいそうな圧縮されたそれはまるで小さな太陽がそこにあるかのようだった。

炎と炎が技術的な意味で混ざり融合して昇華された人が生み出しし、希望の灯火。


「【豪炎】ッ!!」


声を上げる間もなかった。

擬似的な星の力。紅炎とも呼べる存在は残す片腕で対処する以外方法はなく、どうしようもない果てに盾代わりにして彼女は身を守る。そうした事で冥炎鬼の腕は大爆発して呑み込まれ焼失した。私の使う意味とはまた違った形で、ある意味一番真っ向から捩じ伏せた力とも言えよう。同じ魔導師として尊敬する。

成功するかも怪しかったかもしれない。出し惜しみする局面なんて何処にもなかったのだからきっと破れかぶれで、もし失敗したら覚悟すら決めていただろう。あれは暴発すれば身を焦がすだけでは済まない。下手したら術者自身が墨となり、灰となるくらいの危ない綱渡りだ。命知らずにも程がある。

が、一か八かの勝負に勝った代償はとてつもない転機を与えてくれた。

攻撃の要であり、武器である両の手は拡散して無防備となり、隙を作らせて大きな猶予が生まれる。此度の勝負で見せた千載一遇の勝利への兆しだ。

そして見守る私も準備は整っている。

それが生む更なる好機を後は全神経を集中させる神門 光華に譲るのみ。


あともう少し!

これが最後だ!


「ーー」


自ら作りし世界に一際目立つ静寂が訪れる。音、風、生すら活動していないと錯覚出来る程の驚く静寂。

誰もが硬直したかのように見える瞬間。しかしそれはこれから放たれ、持てる全ての私が使う力の前触れに過ぎない。嵐の前の静けさ。

そんな中、私は初めてに等しいくらい本番の地で魔法の詠唱を試みようとしている。普段の自分には必要ないもの。ただこれだけの疲労と負傷に当たり前は当たり前でなくなると同時に今から使う魔法は自然とそうしなければならない気がした。

それは原初でもないが、普通の魔法でもなく、異種魔法とも言い難い変な魔法。

脳裏に過ってくるは詠唱文の代わりに皆と見るであろうこれからの未来の映像だ。


織宮さんが、アリスさんが、光華が、リアンが、フィアナが、フローリアが、

シルビアが、ガルムさんが、皆笑って迎える明日に姿。


意識するまでもなく詠唱文は勝手に口から紡がれていた。


「世を見守る全能なる守護神よ」


形振り構わない。必要なのは繋いで進む明日。


「来たり塞がる巨大を前に小さき者に勇気と力を与え」


自身に出来る精一杯をここに。


「守り導きたまえ」


変えて見せる。



「【旋律蒼天(ブルースカイメロディ)ーー」


蒼に光る数多の魔方陣が悪魔の地と頭上に現れ、閉じ込めるように包囲する。重なりながら聞こえ、反響する堅琴の音色が断続して奏でられ、臨界点を迎えようとする中、私は完走の終名を告げる。



「ーーブライ二クル】」


目も閉じたくなる蒼い閃光がほんの一瞬世界を包むまでに広がり、沈静化する。


最後の最後、カナリア・シェリーは不敵に笑みを浮かべながら足を崩す。

同時にブォンッ! と全方位に冷たい一陣の風が吹く。時間すら止めてしまってのではないかと錯覚する事象に陥りながらも実際確かに動きを止めた者はいた。


「………」


冥天のディアナード。彼女は何人も触れる事を許さないような紫炎を纏っていたが、その神秘なる魔法は全てを包み、揺らめく高熱の炎すらもそのまま凍て付かせる現象を引き起こした。

有り得ない。有り得る筈がない。

しかしそんなものは今は関係ないのだ。

無意識に一切の他を考えずに私は精一杯の声を張り上げる。


「いっけぇぇぇぇぇッ!!!!」


叫ぶ言葉を背に灰色の少女は一直線に走り抜ける。鞘から僅かに抜かれる氷結の空間を映し輝く絶対剣ーー天地冥道。

全てを切り裂く宝剣。物体であろうが、なかろうが、次元であろうがその意志を持ちさえすれば斬れる。

そして彼女は遥か古から引き継いで来た歴史、伝承、悲願の全てを断ち切る。

バッと高く翼を得たかのように舞い上がり、重力を味方に鞘から完全に抜かれた刀身がこれまで以上の輝きを放つ。

両手で柄を強く握り締めながら一筋の軌跡、未来の軌跡を見ながら一心同体となって奥義を繰り出す。


「【天冥壊世(てんみょうかいせ)】ッ!!」


音もなく剣が振り抜かれる。

瞬きをしないでも捉えられない速さ。恐らくは縦に一閃したのであろう。単純な斬った事で発生する筈の物理現象が起こらずに神門 光華以外の一同が目を見開き、行く末を見守る中ーー。


氷像と化した悪魔を包む氷だけが砕け散った。

その内から力なく膝を曲げる強者は無言を保ち、幻想的な細氷(ダイヤモンドダスト)を背景に暫くそれが続く。

思わず息を呑んで佇む。果たして倒せたのか、倒せていないのか?

こんなにも長く感じる時間。静止し、変化しない世界。気温が著しく下がり辺りを薄っすらと白い霧が立ち込める最中、ゆっくりと鞘に剣を収めながら灰色の少女は浅く息を吐いて語る。


「斬るは魂。肉体と魂の繋がりを断ち切られた貴女はやがて輪廻へと還るでしょう」


漆黒の瞳で見下ろしながら、結果を告げる。つまりもう戦う必要はないのだ。


「ふ。余が向かうは地獄であろう」


返答する冥天のディアナード。が、何処か満足した子気味良い口振りであった。

彼の強者は足元から光の粒子となっていく。細氷の粒子とはまた違った煌びやかな輝きを放ちながら下半身までをも消し、やがて全てをも還していく。または向かってゆく。

最大災厄の悪魔の終焉。

私達を彼女は愉快に笑いながら締め括る。


「良き闘争であった人間」


最後にカナリア・シェリーへと色褪せぬ強さを持つ双眸を送って。

何と無く彼女が見せる感情を私は理解した。

冥天のディアナードは自身の絶大なる力に敵がいなく退屈していたのだろう。自分も生まれた時代を間違えたとすら思う天性の才能に嫌気すら覚えた。相手もまた同じだったのではないかと思う。つまらない生涯が初めて光輝いたのが今で、最初で最後の至福の時だったならばそんなやり切った表情を私ならすると推測する。

同情をしながら敵意でも悪意でもない視線を向ける悪魔は間を置いた細やかな言葉を紡ぐ。


「ーー感謝する」


そうして全身が光となって消えた。

散りゆく彼女に一片の曇りもなく、一片の後悔もない。満足に自身と打ち倒した私達を誇り高く思いながら果てていくのだった。

もしもう少し違う道があったのならば敵としての畏怖ではなく、憧れを抱く戦士か或いは英雄にでもなれたであろう。

冥天のディアナード。鬼神を宿し気高き悪魔。

災厄ながらも誇り高き存在であったーーと私はそれだけは忘れないでいようと誓った。


「………」


後には何も残らない。荒れ果て、燃え尽き、凍て付いた地形の空間には勝利への喜びに悦するものはいない。こんな場が勝者の証なんて、特に今時の人間には印象がないのだ。例えば戦い抜いて大勢の人達から歓声が上がってみたいなものじゃなけりゃ身に染みないだろう。何せ相手が相手だったのだから。

ようやく、みたいな疲労困憊に加えてこの惨事が終わったのかな? くらいのまだ気が抜けない不安だけを置き土産にした。

ただまだそれは可愛いものだ。問題である安心している場合ではないのはこの私自身が一番理解している。

ある意味”終わった”とはこの事だ。


不味い、もう意識がーー。


眩む視界。上手く聞き取れないあちこちからの剣幕じみた叫び声。何もかもが暗転していく感覚。そうだ。私はとんでもなくこの瞬間を得る為に多大な代償を払ってしまったのだ。他の誰でもない自分が。正直よく粘れたものだと思う。

ただ勝てた先には未来はないかもしれない。何故なら助かる見込みが相当薄いのだ。もしこの突き刺さる氷漬けの腕がなくなれば自身の胴には風穴しか残らないだろう。

血が、肉が、臓器が抉られて精神や魔力がこと切れ寸前で、魂の灯しが弱くなっている。生きる為に必要なものがどんどん失われていく感覚を味わいながら残酷な結論だけが出る。

治療でどうにかなる話ではない。待つのは安寧の世界だけだ。この死闘は勝利で飾ったとも言えば痛み分けとも言えた。

が、私はそれでも何故か満足した。

ちょっとだけーー前の自分よりも少しだけ前進出来た未来に。

それだけで十分な気がしていたのだ。


頑張った。守れた。変えた。変わった。

自身が、自分が、カナリア・シェリーが、私が。

誇っても良いのかな? あの悪魔と同じように。死に行く今くらいは自分を褒めても良いのかな?


完璧に意識する迎え来る終わりを待ちながら虚ろな焦点で考え込んだ。


しかしーー。


「心配するな。必ず助けてやる。絶対に死なせはしねえ」


織宮さんが。


「貴女の未来は消えていない。だから大丈夫」


アリスさんが。


「約束は守ってもらいますからね? シェリーさ

ん?」


光華が。


何とか聞き取れた言葉は希望だった。弱まる意識が僅かに覚醒する。持って数秒程度にしか過ぎないが、また未来は変わった。

どうやらまだ死ぬには早いようだ。

生きろ、と告げるのだ。

と言うか楽にさせるつもりが毛頭もない雰囲気に思わず苦しながらも笑みで返す。肉体は壊滅的なのにまるで峠を超えた患者のような気分だ。まあ、峠は今から向かうのだけれど。

満足していた心に再び灯し火が強くなる。退屈な世界かもしれないが、平和で楽しい未来をまた過ごそう。

では後の事は彼等に任せて一休みだけさせてもらいましょうか?

色々と安心が募った私は意識が遠退いていく中で何とかこの【箱庭】を解いて安らぎに入るのだった。


これから作り出していくであろう幸せを夢見ながら。




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