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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
第三章 変わる為に
56/155

−天才の物語③−



「ーー!」


再び意識が眠りから覚めたような状況になる。果たして寝ていたのかは曖昧だが、周囲に変化は一切ない。どうやら精神的な箱庭に置ける時間もまた少し違うらしい。そもそもこの場所も箱庭だ。

見渡せば満身創痍に苦虫を噛んだような表情を浮かべる皆の姿。もはや目先の結界に閉じ込められた悪魔に撃つ術無しと言いたげに絶望染みた雰囲気を纏う。

あれもこれも駄目だった。色々な角度から試みたが歯が立たなかった。そんな未来しか覗けなかった。

最強の敵を前に残されたのはせめて逃げられる者だけでも逃がそうとする各々によぎり出す魂胆だろう。が、当然彼等が全員自身が逃げようとは考えていない。きっと逃がす人物はただ一人に決めているのだろう。

冗談じゃない。そんな提案は呑めないわ。

一同がそんな思考に口を動かそうとする前に私は一歩皆より前に出る。

堂々と、迷いなく。ただ一つの未来へ向かってーー。


空気が変わった。諦めようとしている中でまだそのつもりがない天才の放つ闘士の気配が彼等の動きを、未来を変える。

そしてカナリア・シェリーはーー。


「皆、結界が解けるのも後僅かだから聞いて」


総力戦を掛けるべく告げた。

少しばかりの猶予の間の作戦会議である。


「あんなバケモンに勝てる作戦なんてあるのかよ?」


当然何かあるのか? と聞かれるのは分かり切っている。だから当たり前な模範解答をした。

そう。ある意味一番しなければいけない戦法が出来ていないのだから。


「そもそも作戦もなしに挑んだのが間違いなのよ。これだけ優秀な面子が揃っているのに全くそれが活きていない」


相手がまだ並大抵ならばそんな雑な戦法でも良いだろうが、冥天のディアナードは並なんて域じゃない。にも関わらず各々が単独で挑んでいるだけの間抜けな戦術だ。それは優秀過ぎるからこそ陥ってしまう致命。何故なら私含め皆は力を合わせる必要がない状況しかなかったからだ。自身より強大な相手が現れなかったここ数年は確かに昔に比べれば強くはなっている。が、あくまで単体の力量のみで連携に関しては著しく弱体化しているだろう。きっとこれならば互いが互いを邪魔しているようなものでしかない。

そんなので勝てる相手ではないのは明確だ。

だから連携しなければいけない。一人一人の適材適所の位置で最適な戦法を。その為には誰かが中心に立って引き出さなければならない。

ならばそれはーー。


「お願い………生きて帰る為に私に力を貸してーー私、頑張るから」


カナリア・シェリーは頭を下げる。人生でそんな機会は一度もなかったからしっかりと出来たかもわかりはしない。だけど精一杯誠意を示す。勝手な我儘だと思う。しかしやるしかないのだ。

ただ今は勝つ為にーー。


下げたままどう応答が来るか不安な気持ちでいつ顔を上げようか迷っていた。


そこへ。


「………わかりましたシェリーさん。ならば私はどうすれば良いですか?」

「ーー貴女!?」


直様顔を上げた。

最初に返事をしたのは灰色の少女であった。鞘から抜いた硝子の刀身で空を斬り、身を鼓舞するようにして横に立つ。

まるで長年の付き合いの戦友の如く。


「私には遥か昔から背負っている宿命であり、悲願であるそれを叶えなければなりません。例えこの身が滅びようと、差し出せるものは全て投げ打って何としてもでも」

「………」


鬼に選ばれ、神に選ばれ、剣に選ばれ、何より運命に選ばれた稀代で異質な存在の人物。この時の為に生きて生涯をかける。命が潰えようがそれで成し遂げられるなら構わない覚悟を持つ。未来なんて見据えていないような印象の少女であった。


「ただーー」


長い灰の髪を後ろで纏め、彼女は似合わないようで似合う年相応の先を焦がれた眼差しの笑みを浮かべながら言った。


「貴女の選ぶ皆で生きて帰る方法に興味が出ました」

「神門 光華………」

「光華で宜しいと言った筈ですが?」


開いている手を差し伸べてくる。ある意味これが初めての挨拶かもしれない。

互いの利害的なものではなく、志しを共にする友人みたいにーー。


「………ふふ」


私はこんな場違いな空間にいるのに関わらず笑いの声を漏らしてしまう。正に生か死かの瀬戸際で感じてしまったものに嬉しく思ってしまっているのだ。

そう、あれはあの時もそうだった。

セントラルでへカテリーナ・フローリアとノーライズ・フィアナが私に手を貸してくれようとした時。

学園でもう諦めかけた瞬間、過去のしがらみを乗り越えて立ち上がってくれた時。

この喜びはそれらと同じ類だ。

切り開ける。抗える。希望を持てる。


これが幸せの気持ちなんだろう。


「頼りにしているわ。光華」

「必ず勝ちましょう」


そう二人が言葉を交わしあった所へーー。


「ったく、若さってやつかお前らは」


黒髪の青年がいつもの気怠そうな様子で後ろに立つ。


「いいえ、多分違うと思う」


その隣で負傷気味な身体に鞭を打って平然を装いながら彼の言葉を否定する。

二人には先程までの、いや、この戦いが始まる前までの弱気な態度は完璧に消え失せていた。


「そういや前にシェリーちゃんとあいつは間逆だと言ったが、どうやら違うみたいだ」

「似ているわね………」

「ああ、あの光景とはちと違うが大分重なって見えた」


言いながら彼等は構える。何処か雰囲気が一変したようにこれまでのどれよりも力強くて心強くさえ思える気配を纏う姿に安心さえ出来た。

背中を預けても良い。自身の穴はきっと二人が何とかしてくれる。確信にも近いくらいの絶対的な信頼が寄せられた。

一体彼等は私に何を重ねているのか?

私の先に何が見えているのか?

いや、そんな事は些細な話なのかもしれない。


「先輩達に甘えさせてもらうわよ?」

「ああ」

「任せてちょうだい」


全員の協力が煽げて役割を説明して頷いて貰えた。

ようやく一致団結した。

互いが互いを認め合った瞬間みたいな気分を味わう中、それが何なのかを理解する。


ーーこれが仲間と言うやつなのかと。


「悪くないわね」


さあ。

ここからが本当の意味で反撃だ。

間違いなく最強で最悪な強敵。何度挑んでも、天才達が立ち向かっても、カナリア・シェリーが本気を出しても平然としている化物。

だが負ける訳にはいかない。諦める訳にはいかない。

守りたい人が、世界が、未来がある。

大切な物に満ち溢れた場所をあげたりはしない。奪われたくない。壊されたくない。

今一度勇気を振り絞り、願い、祈り、誓う。

必ず皆で生きて帰ってーー。


「私は私の幸せを掴み取るのよ!!」


再び原初魔法である【コンバートアーツ】を発動する。

金色の魔力が全身を覆い、僅かな合間のみの限定的な最強魔導師へと昇華させる。誰よりも速く、誰よりも強大な魔法を扱える状態の証である鮮やかで膨大な魔力を使役しながら希望の光を宿す瞳が最終舞台の存在の先を射抜く。

直後に結界が崩壊して中から運命の壁とも言える敵が姿を現わす。


「小癪な………」.


圧倒的な暴力の化身。災厄の悪魔。

結局未だ傷一つすら付けらていない相手。

ただそれも流れは変わる。


「行くわよーー皆ッ」



「行ってしまったか………」


世界のどこか、または全く違う世界の中心で桜髪の女性は青い空ーー蒼天を眺めながら呟く。

悲しそうな表情をしながらも何かを懐かしむような感じで戻って行った少女の事を思う。

結局あの答えがカナリア・シェリーの望むものならば最早何も言うまい。と言うよりかは曲がらない、折れないから何を言っても無駄な訳だ。

つまりーー。


「頑固なものだ」


誰に似たのやらと後に続ける。その答えを知るのはただ一人彼女のみ。いつかは話さなければならない事を今はそっと胸の内に仕舞う。


「カナリア・シェリー。貴女はこれから更に苦しむ。それを理解して尚進むのならば止めない。予言ではない確かな未来だ」


聞こえない相手にバーミリオン・ルシエラは告げる。未来を予見せずともわかる苦難の道。また今回みたいに口出しをする気はもうない。


「だが私は信じよう」


地響きが起こる。この世界の崩壊を示すかのように崩れさる地と空。間も無く存在しなくなる場所に何も未練を残さないように彼女は語る。


「自身を乗り越えた貴女を。新しい自身を受け入れた貴女を信じよう」


きっとカナリア・シェリーならば。異端の天才の彼女ならば切り開いていけよう。全てを投げ出さずに全てを背負って進んでいけるであろう。


真実を知る最後の最後まではーー。


「貴女に蒼天の加護があらん事を」



「うおぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」


黒髪の青年は天器ーー【スサノオ】を両手に悪魔目掛けて全力突っ込む。側から見れば蛮勇か無謀にしか見えない自殺行為。自ら命を捨てに向かう自爆であり、それを支持した張本人は相手よりも悪魔だろう。

が、私はその光景を見守りながら口を孤に歪める。まるで手筈通りに上手くいくのを確信するように。


「小賢しい!」


颯爽と走って来る彼を冥天のディアナードは虫けらを葬る感覚で鋭利な爪を持つ腕で薙ぎ払う。人の肉体程度なら容易に引き裂ける脅威の塊に対して織宮 レイは避けることもなく、真っ向からその攻撃を受ける。

結果は言わずともなあっさりと胴が二つに割れてしまう。

偽物の肉体が。


「こっちだよッ!」

「ぬっ」


まんまと騙された悪魔の背後から青年の持つ長刀が振り下ろされる。


「やはり通用するみたいね」


確認が取れた自身は想定通りと希望を実らせる。

前回彼が逃げ延びれた要因と加えて先程の足止めにはならなかったが攻撃が通じたのは彼女には織宮さん固有の異種魔法が見破れなかったからに他にない。ならば一番最前線を任せるのが適任だったのだ。例え相手が音速についていける俊敏さを持っていようが関係ない。惑わせば動きは鈍るし、本物じゃない存在に速さを利用しても痛手になんてならない。

そして隙をついた場所に狙う攻撃は流石の彼女でも対応を取らなければいけないのもわかる。

絶望的な展開ではないのだ。

4人で危機的状況だったのに単独の彼が生き残れた理由がようやくわかった気がした。

ただそれも奥の手を存分に使わなかったらの話ではあるが。


「ええいッ! 見えないなら見えないまま消え失せろッ!」


痺れを切らした悪魔は背後に巨大な紫炎の怪物を顕現させる。

【冥炎鬼ーーアルターデーモン】。神の領域である鬼神の力を身にやどし、行使する絶大な魔力の集合体。自在に操り、山すら吹き飛ばす火力の塊で幻覚の範囲を一掃する大胆な手。

確かにこれなら見えていようがいまいが掠りでもしたら致命打になるのだから惑わされても関係ない。

だけど忘れないで欲しい。否、甘く見ないで欲しい。

強大な力そのものを扱う為、費やす刹那に遅れを取る訳のない存在がいる事をーー。


「【瞬電】」

「ちぃぃ」


鬼が暴れる前に間髪入れずに東洋人の女性が目に止まらぬ速さで冥天のディアナードへ仕掛ける。流石に捉えて打ち負かす速さを得ている相手ど言えど渾身の力の振るう態勢に入った状態の時までは対処出来はしまい。

防ぐことすらままならずに攻撃はあっさりと入る。

そうすることで痛手も与えられ、冥炎鬼を振り回す直前で抑え込む。あれだけ馬鹿げた力に集中力を要さない訳がないのだ。

無防備ですらいる悪魔にあの速度での攻撃は足止め以上の働きを示すだろう。

正直時間稼ぎを主に立ち回る作戦であれば二人で十分に手玉に取れる程度なのだ。見掛けや重圧が調子を崩しているだけで、落ち着いて動けばさっきまでの圧倒はされない。

とは言え、何回も同じやり口を見せて続くような相手ではないのも然りだ。


「それでは余は倒せないぞ!?」


かえって反感を募らせる戦法は無理矢理潰すのも可能なのだ。言わば彼女の周囲を飛び交う蝿みたいな動きをさせているようにしか彼方は思わないのだから振り払いながら此方の本命を叩いて後にゆっくり料理すれば良い。

そう結論を導き出せば誰が一番厄介なのかはすぐ様わかってしまう。

この四人で唯一あの悪魔が警戒しなければならない力を有するのはただ一人。


「先ずは貴様だ!」


殺意は灰色の少女に集中する。

天地冥道。鬼神の力を打ち破る為に神なる天帝命神が生み出した奇跡であり、軌跡の宝剣。それさえ懸念すれば彼女を屠る牙は私達にはない。

だから狙いは神門 光華に定められる。


「!」


瞬きする間もない時間で接近される彼女。

下手に反撃に出て最強の矛を砕かれては頓挫する計画を断片的にでも肌で感じる悪魔は多少の邪魔を覚悟で襲い掛かる。

だけど無用心過ぎないかしら?

まだまだ貴女の邪魔をする人物はいるわよ。


「させるとでも?」

「貴様か………そんなに早死にしたいのか?」

「生憎様。早死にはごめんよ」


対峙する私は強烈な重圧を浴びるが億したりはしない。寧ろそれで神門 光華から狙いを外らせるのだから好都合だ。

冥天のディアナードの弱点はそこにある。

絶対的な強さ、力を有するあまり自尊心が強い。まるで人間みたいな性格だ。それは理性的に何を潰すのが最優先事項だと判っていても目の前の障害から先に取り除こうとする。

次から次へと立ちはだかる弱者に苛立ちが募り出す気配が手に取るようにわかる。その代わり意地でも止めきれなければ調子付いてしまうのである意味足止め役はかなり責任がのしかかる。


「死ね」

「お断り!」


両者は纏う魔力を爆発させる。波動がぶつかり合い、まるで目に見えない押し相撲をしている感覚だ。

確かに悪魔の力は強大ではあるが、魔法分野に関してだけは渡り合える自信は私にはある。

案の定相殺の形で終わり、すかさず【コンバート・アーツ】の力で次から次へと多大なる魔力の塊を飛ばす。

幾ら怪物じみた彼女も苦い顔で後手に回るしかなかった。ただそれでも地力で跳ね返してくる辺り流石と言えよう。

ゴリ押しで払い除けながらカナリア・シェリーを打つべく鬼神の力で牙を向こうとする。

ーーが。


「アリスさん!」

「任せて」


絶妙な合間で横から妨害する東洋人の女性。

誰が個人で対処するなんて言った? そんなあからさまな攻撃を許す面子じゃないわよ。


「くぅ! おのれ人間!!」


そして怒り狂う悪魔の攻撃をまともに喰らってしまう。

ーーが。


「偽者さ」

「また貴様か!」


目先のアリスさんは塵となり消える。初めから何もなかったかのようにまんまと騙される光景は先程までの戦況から想像出来ない。

翻弄されている現実から熱くなってきている。

好都合だ。


「【アナイアレイト】」


全てを消滅、消失させる極大魔法を行使する。無慈悲な力は球型を形成して容赦なく牙を剥く。これの危険度だけで言えば天地冥道並だ。何も神門 光華だけを気にしていたら良い訳ではない。

舐めないでよ。悪魔。

が、それをまさかの意外な方法で対処してのける姿を私は目の当たりにする。


「過小評価をしていたのは認めてやろう人間。その代償としてーー」

「なっ!」


冥天のディアナードは自らの左腕を無彩色の歪に捩じ込む。

どうなるかなんて聞くまでもない。ただ簡単にその腕は呑み込まれるかのように消え去っていく。そうする意味があるか、ないかを問われたらあるのだろう。何故なら消滅魔法の弱点とも言えない弱点とは一定量の質量を消滅させた時点で役目を果たすように効果が解かれてしまうのだ。でないと永遠に全てを消し去る凶悪な力となる。出力を上げる事は出来るが、カナリア・シェリーと言えど最大出力があれくらいしか扱えない。暴発の危険性も考えれば十分な成果の威力だろう。

それでも、わかった上で止めるやり方じゃない。


「余はこの腕を差し出そう」


左肩まで削れて尚、笑みと怒りを交えた表情で語る。あれは甘く見た自身への制裁とも言える行為であり、それは彼女を本気にさせるきっかけでもあろう。

危機感を抱かせた意味では良いのかもしれないが、同時に油断や慢心を取り除いてしまうのは失敗だったかもしれない。

それが意味する不安要素とはーー。


「見ればわかる。貴様はあと何発魔法を打てる?」

「ーーッ」

「今の一撃で怯む余を畳み掛けようとする魂胆がひしひしと伝わったぞ? が、失敗したその先を貴様は想定はしてはいまい。今のが余を倒す最後の好機だった予定であろうからな」


返す言葉もなかった。確かに上手くいっている手筈であり、そこが唯一の狙い目だったのは事実なのだ。残す力を総動員して一気にケリをつけるのが狙いではあった。

何故なら有限の魔力はそう何度も使える訳がない。その証拠として既に私は額から夥しい汗を垂らし、目眩すら起き掛けているのだ。決して平然と使っているのではなく必死に使っているのである。

並の魔導師が10人居ても足りないくらいの大規模な魔力を。


「この空間から始め、悪魔である余ですら持て余す力を無限に使える筈がなかろう? だから勝負を最初から急いでいたのは知っていた」

「案外頭が回るのね」


いや、前回の魔天のエルドキアナにしろ堕天のルーファスにしろ考え無しの動きはしていなかったと思い出す。ただあまりにもの力の強さにそんな算段をする印象が取り除かれてしまっていた。と言うよりかは頭を働かすまでもなく崩れ落ちていく相手ばかりだったのだろう。








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