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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
第三章 変わる為に
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−天才の物語②−


「………」

「………」


そこから会話は途切れ無言のまま道中は進み、気付けば目的地の書店の前まで辿り着いていた。流石にあれから此方もどう接すれば良いかに戸惑いを覚えるのは仕方ない。


『私が守ってあげるから』


ちらつく台詞。それがどうにも胸を締め付けてしまう。普通なら嬉しい事なのかもしれないが、私にはもっと別の感情を抱いたような覚えがあったのではないか?

それも全く思い出せはしないのだけれど。


「ちょっと待っててね」


そう残して一人店内に入っていく彼女を見送る。本来ならば同行しても良いだろうけど気まずさのあまりに今は進んで後を追うつもりはなかった。

確か取り寄せていた本がどうとか言っていたかしら? つい先程の話だと言うのにその後のやり取りが濃密だった為に忘却しかけていた。

違う。既に私は様々なものを忘れているのではないだろうか? 忘れて楽になろうとしているのではないだろうか?

取り残されるカナリア・シェリーは辺りを見渡す。

茜に染まる市街。紅と影が歪んで見えそうな光景は自身が知っているようで知らない街並みに見える。あれも、これも、本物ではなく偽物。そんな気がしてならなくて不安になる。

ひょっとしたらおかしいのは私ではないのか?

何が正しくて間違いなのかすらわからない。


「ーーうッ」


頭痛がする。疲れたのか考え過ぎたのか、締め付けるような痛みに襲われ、悩ませる。

どうしたら良い? どうすれば良い?

ずっとこのままでは気が狂ってしまいそうで嫌な汗を流しながら助けを求める。

誰もいない。辺りに人気は皆無だ。まるで世界に自分一人だけが取り残されているような感覚。

いや、一人だけいる。

目先の書店の建物。あの中にはカナリア・シェリーの事を助けてくれる友達がいる。彼女なら全てを解決しようと手伝ってもらえる。例え世界から人が消えても彼女ーールシエラだけは。

フラフラした足取りで地に倒れる。が、それでも支えである存在に縋りたくて這いずりながら私は進む。

そして書店の扉をを開く。


先に広がったのは真っ黒な世界だった。



「ーーッ!? こ、ここ………は?」


何処まで続きそうな上下左右の感覚も曖昧な空間。到底書店の中とは考えられない異空間に私は困惑する。そりゃあ人はこんな閉鎖空間に一人入れられたらおかしくなってしまう。平常でいる方がおかしいのだ。

ただこの雰囲気はいつの時だったか、同じように浸入した記憶がある。上手くは思い出せないが、これは忘れない。忘れてはいない。何故なのか知る由もないが、それよりも兎に角今はどう対処するべきか?

背後を振り返るが予想通りとでも言う如くに入って来た筈の入り口は存在しない。完璧に閉じ込められたみたいな状態だ。

多少歩いてみた所で進展がありそうもなく、すぐ様諦めてその場にヘタリ込む。


「もう………どうすれば良いのよ………」


せめてもの希望の友達すら奪われた気持ちにどうでも良くすらなってきた。

結局、カナリア・シェリーは孤独だ。何も得られず、選べず、誰からも助けられない代わりに誰も助けない。生きる為にひたすら合理的に冷静に冷徹に努める。失うくらいならば最初から得なければ良い。何も求めなければ失うものもないのだから何も痛まない。

何も変わらない。変えない。それで解決ではないだろうか?

ある意味ではこの空間が私の望む本当の世界ではないのか?

もう頑張っただろう? 休んで良いだろう?

その答えがここなのだ。袋小路だ。未来もない道もない。居場所もない。カナリア・シェリーの終着点だ。

彼女も、彼も、誰かも、友人も、仲間も、同志も誰もを置いて来て、残された自分の力すら捨てて全てを消した。

これで良いのよ。この先を見る必要はない。見た所で何の得も幸せも有りはしない。そんな未来を見せられた。何をした所で無駄な結末を見せられた。十分過ぎるくらい私は砕かれた。

終わろう。

これでカナリア・シェリーの人生を終わらそう。物語を締め括ろう。

そしてーー。


全てを彼女に託そう。

バーミリオン・ルシエラ。

魔女に。


そう諦めようとしていた時だった。


「………!」


突如、目の前に光の粒子が集まり出す。それらがゆっくりと時間を掛けてひとつの形を作り上げる。

朧げな輪郭だけのものだが、それは確かに人であった。小さい小さい幼い少女であった。

見覚えがある。名前も顔もわからない存在だが絶対に忘れはしない。忘れてはいけないと本能が言う。心が、魂が忘却を許そうとしない。

私は立ち上がる。

今度は動けないなんて事はなく着実に光の少女の元へと近付け、彼女もまた逃げてはいかなかった。

そして互いが手を伸ばせば触れ合えそうな距離まで近付いた時、 光の少女は笑ったような気がした。

対峙するような形で見つめ合う二人。そうすることで様々な記憶が自身の脳裏を駆け巡った。ほんの一瞬の走馬灯のような映像の数々。夢の世界みたいな出来事。いや、悪夢だったかもしれない。だけどその悪夢は否定のしようのない事実でもある。決して変えられはしない現実。

そうだ。私は恐れているのだ。

何を?変わる自分をだ。

これまでに知らなかった新しい私を知ることが。まるで違う人格にでもなるのが怖くて怖くて。

でも少しずつ見えてくる新しい自身をもっと知りたくて、だけど中々思いきれなくて。不安に臆病に逃げて、避けてしまった。砂のように溢れ落ちる事に怯えていた。

そう。天才であるカナリア・シェリーが天才でなくなるに等しい感じで。失うことにばかり気が向いて踏み出せないままでいるのだ。いや、既に見失っていたのだろう。

自身を、道を。

全てを合理的だとかの難しい言葉を並べて自分押し殺してきて、異端の天才なんて肩書きに酔い痴れていた。例え目の前に壁があろうと乗り越えずに横から通り抜けて仕方ない言い訳で誤魔化してその罪悪感や、様々な意識を切り分けていた。言葉じゃ表せないものを無理矢理言葉で納得させて。演じるようにーー。

そうすることで独りの道を進んでいるとも知れずに。知らずに。

差し伸ばしてくれてるものだってあったのではないか? ただ気付かないで、気付かないフリをしていただけではないのか?

例え無くても自分にはこの天性の才があるからと逃げ道に甘えて、才能に甘えていたのだと思う。若しくは縋っていただけかもしれない。唯一残っているのがそれだけだと。

失なった私に価値はない。

失なったカナリア・シェリーに残っているものはない。

だから失う訳にはいかない。


そうなのか?


だから私はまた逃げるの?


だから私はまた甘えるの?


だから私はまた見失うの?



だから私はまたーー諦めるの?


「違う………」


違うでしょ?


「それで納得していないのは誰なの?」


そうだ。


他の誰でもない。そんな姿に1番納得してなくて、呆れて、不甲斐なさを感じて、怒りを覚えて、立ち上がれと一喝したくて、負けるなと励ましたくて、頑張れと応援したくて、前向いて欲しくて、歩いてもらいたくて、抗えと吠えたいのはーー。

天才だから何だ?

失敗したことを仕方ないで済ませる?

甘ったれるな!

そんな事でどうするの? 変わるのを恐れて目を背けて次の機を窺うような意志に満足なのか?

だから違うでしょ?

手を伸ばして得たいのはそんなものじゃない筈だ。自分が1番それを知っているだろう?

貴女はーー。

私はーー。

カナリア・シェリーはーー。


何よりも。

私が欲するものが。


私が選ぶ答えの先が他人任せで得たーー。


「そんな安っぽい幸せなんかで良い筈がない!」


休んで良い訳がない。頑張ってなんていない。やり切ったなんて全く思っていない。まだまだやり残ししかないのだ。

空間に亀裂がはいる。

隙間から見えるのは黒を白に変える輝きの光。閉篭もる殻を破った先の世界が、私だけの私だけが感じられる幸せの未来が。

袋小路なんて事はない。それは私が自ら作り上げた壁だ。決め付けたが故に閉ざしたものだ。そんなものは壊せば幾らでも道はある。

切り開ける。


「誰かに任せて、誰かに預けてしまう生涯は私の物語じゃないわ」


難しく考える必要なんて有りはしない。今に溢れそうな大事な宝物を失わないようにするべきことに理屈なんていらない。

ただ難しくなくても簡単ではないだろう。一筋縄ではいかないだろう。

だがーー。


「上等じゃない? やり甲斐があるわ」


例え天才じゃなくとも関係ない。どんな壁が立ちはだかろうとカナリア・シェリーは何度でも同じ事を言って挑んでやる。


「私を誰だと思っているの?」


殻は砕けた。

次々に眩い光が射し込んで世界を塗り変えていく。新たなる始まりが待ち構えている。

これまでが駄目だったのならばーー。


「やってやろうじゃない」


これから始めようではないか?


私、カナリア・シェリーの。


「天才の物語を!」


眼前の光の少女に手を差し伸べる。正直誰なのかを知りはしない。

だが、知らないけど私は知っていた。彼女がどう言った存在で、どうしてここに居るのかを。


「一人じゃないわ。一人にしないわ」


いつだったろうか? 遥か昔みたいな過去に一人の少女がいた。

異質で異端な程に才能に恵まれ、持て余し、周りから避けられていた小さな小さな少女。当然孤独な環境で生きて来たので孤独に成長して、孤独に慣れた。

だけどそれは孤独でも良い訳じゃなかった。

彼女は誰かと共に過ごす世界を、幸せな世界を望んでいた。孤独に持て余してしまう天才の退屈な世界じゃなく、大切な人達と平和に生きる世界を。

もしその平和が壊されようとする時にある才能だと信じながらーー。

もう気付いて良い筈だ。

ようやく実感して良いのよ。

貴女はーー。


「だから頑張ろ? あともう少しだけ」


それに返事はなかった。

しかし代わりに差し伸べた手を握ってくれた。

私は光の少女に促す。


「守りましょう。私達の平和を」


彼女は頷いてくれた。

私は初めてするような気分で柔和に笑みを浮かべる。


「ありがとう」


そして名前を呼ぶ。


「カナリア・シェリー」


彼女の名前はカナリア・シェリー。自身が置いて来た後悔にも等しい過去の寂しい少女。物心がつく直前の存在。友達に、仲間に、幸せに、平和に、楽しみに、希望に憧れていた頃の私。

異端の天才と呼ばれる以前の私だ。



夕刻の市街地。確か書店の扉を開いて入ったのに何故か扉を開けて外に出て来た所から始まった。

思わず覚束ない足取りになってしまう。


「ーーととッ」


現実に帰って来た感覚に不安定さを抱く。

だがまだそうではない。ここだって私の知る現実ではないのだ。

解決していない問題は未だに立ち塞がっている。

その元凶はすぐ目の前にいた。


「シェリー………」


色々と経た今では桜髪の少女ーー否、女性の呼び掛けは凄い違和感を拭えない。彼女は自身を優しく甘い誘惑を促すような呼び方をしないし、そこまでの間柄で有りはしないのだ。

偽りの関係。偽りの友人。恐らく根底にはカナリア・シェリーを助ける意図があるのは間違いない。


間違いはないが、偽物だ。

私の意志に反する紛い物だ。


「思い出したのね。一度ばらばらにした記憶を」


何処か悪びれながらもそうでもない口振りで話す。多分それが私の為を思ってした行動であるのだろう。自らの罪悪感よりも使命感が勝り、正当化しているのだ。

だが、そんな押し付けは既に一度断っている。


「別に怒ったりするつもりはないわ。これは私の弱さが、愚かさが招いた結果なんだから」

「………」


責めたりしない。ただ、揺るぎももうしない。


「でも、決意を固めた以上はこのまやかしの空間ともお然らばしないといけないわ。まさか阻止するなんて事はないわよね?」


魔女と言うだけはあるのか、これは私の原初魔法の【箱庭】に極めて酷似している。簡単に言えば私の使った魔法の中に私と彼女だけの空間を作ったような具合だ。まあ理論上可能ではあるが、実証のしようがないと思い込んでいたので先程までの自分からしたら訳がわからなかったけど。故に向こうが解除する気がないのならば力付くで対処しないといけない。


「正直驚いたわ。窮地に陥っている時に更なる別の空間にーーいや、これは精神的な概念の空間かしら? 私か、或いは貴女の中に繋いだ精神の箱庭」


だとしたらやはり私が持つ世界なのだろうか? 既に幾つもの空間を行き来し過ぎてよく分からなくなってしまっている。が、長くは保たないツギハギの舞台なのは分かる。


もう時間は残されていない。


「………そこまでの覚悟のシェリーの意志は尊重しない訳にはいかないね」


案外素直に引き下がってくれた。最悪彼方側で踏ん張る前に一悶着してしまうかもと危惧したがそれも無用の心配だった。一先ずはホッとする。


「いい加減元の貴女で対応してくれないかしら? 凄いやり辛いんだけど?」

「フ、私は結構気に入っているのだがな」


促したら直ぐに彼女は口調を直す。

虚像で生み出した学生服が瞬時に黒の不吉な色で塗り固められた修道服に変わる。魔女が魔女である由縁の正装にすら近い格好。本来のバーミリオン・ルシエラだ。先程までと随分違う雰囲気が伝わる。

どうすれば彼女があんなにもふんわりした声で友人を装えるのか不思議でならないくらい面影すら消え去っていた。それはそれで緊張感が増すだけであまり良い方向に働く訳でもないが、この世界から抜け出す前に聞いておかなければならない事が沢山ある。しかし時間も惜しく、質問しておきたい重要な事案だけを私は問う事にした。


そもそもが何でこうも私と彼女の話がぶつかり合うか。


「どうして貴女は私にそこまでしてくれるの?」


根本的な質問だった。と言うより見落とされていたのだろう。

彼女は忠告や警告とあたかも自身の都合や思惑を持った動きだと考えていたが、実はそうではない。バーミリオン・ルシエラは確実にカナリア・シェリーを歪みながらも助力してくれているのだ。多分その結論が出る前でも十分に疑問するべき必要はあったのに私は何をしていたのだろうと今では恥ずかしくすら思う。

そして改めて聞き直す事だってある。


「貴女は何者なの?」


既に【魔女】との答えは出ている。しかし、自身が聞きたいのは少し違った意味だ。これまでの諸々の行動に結びつけた上で彼女の存在は謎に満ちた部分が多過ぎる。まるで私の事を親しい人物であり、近しい人みたいな扱いを受けている。残念ながら私は知らない。聞けばどうなるのか、どう変わるのか。


「貴女は誰?」


詰め寄る。至って冷静に穏やかにではあるが、桜髪の女性は無言を貫く。話す気がないよりかは何かを躊躇っている風な感じだ。

説明が出来ない事情はあるだろう。暗示する未来にズレが生じるのかもしれない。

今更な気もするけど。

しかし黙る以上はあまり話しづらい訳で、変に濁らされても仕方がないと、素直に引き下がる事にした。

まだ知る時期ではないのかもしれない。


「………いいえ、止めとくわ。またの機会に残しておきましょう」

「そうか………」

「何となくだけどね。もし聞いたら二度と再開出来ないような気がしてね」

「二度と………か」

「またがあるかも知らないけどね」


さて、これ以上の会話は必要ないだろう。何時迄もこんな場所で立ち止まっている訳にもいかない。

彼等の所へ戻らなければ。

私の居場所はここではないのだ。

私の現実は、未来は、しっかり定めてある。

そんな意思が通じたのか茜の世界が不思議な淡い光に包まれていく。作られた空間が役目を終えようとしていた。自身の【箱庭】とはまた違った恐らく完成形であろう魔法。この私ですら詳細までを見破るのは困難を極める。

バーミリオン・ルシエラは間違いなくカナリア・シェリーよりも遥かに偉大な魔導師である証明ですらあるのだ。いや、以前から確信めいてはいたが。

分かるのは名前と素晴らしい才能を持ちし異形の魔女。今はそれだけでも十分に収穫としよう。


「行くが良い。シェリー」

「言われなくとも」


ややあって言葉を交わす。


「見せて貰おう。貴女の天才を」

「任せてちょうだい」


皮切りに茜色の世界が崩れ、白光が差し込む。

お互いの姿すら視認出来ない程に光に満たされていき、私の作り出している【箱庭】の空間に戻っていこうとする最後の最後。

二人は打ち合わせをしていたかのように別れを告げた。


「さようなら」

「さようなら」


そうして舞い戻っていく。

決戦の地へとーー。

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