−天才の物語−
ーー。
夢を見ていた気がする。まるで何処か遠い世界の知らない誰かのお話で、自分ではない自分が紡ぐ物語。決して有り得ない非現実な空間。願いもしなければ望みもしない悪い夢からようやく目を覚ました。そんな感覚だ。
机に預けていた顔を上げる。すぐ隣にある窓に反射する映り顔はオデコを赤くした恥ずかしい自分の姿。そんな染まる場所を撫りながら辺りを見回す。
ここは学び舎の教室。大して名前も売れていないごく平凡な学園だ。なんだっけ?
あまり鮮明に思い出せなくて考えているとーー。
「シェリー。何間抜けな顔しているの?」
「へぇッ?」
突如話し掛けられる声に驚きながら振り向く。
誰? 私はそんな馴れ馴れしく喋りかけられるような人間ではーー。
「………」
「どうしたの?」
「いえ、何でもないわーー」
顔を見てすっぽり抜けた記憶が回復したような感じで目先の人物の正体がわかった。
私は彼女の、仲の良い人物の名前を思い出すように口にする。
「ルシエラ」
桜髪をフワリと巻いた髪型の可愛らしい校内の人気者は首を傾げながら頭の上に疑問符を浮かべていた。
「変なの」
「私もよくわからないの」
これでは全く説明にならず、理解に苦しむだろう。なので自身は話題を切り替える。
「今って何時限目? 寝てたみたいだから」
「もう放課後だよ」
「あれま」
随分と居眠りして授業をサボっていたらしい。流石にしまったと反省しながらそんなに疲れるような事をしていたのだろうか? と考える。
或いは勉強するまでもない内容だったのか。
「ちゃんと勉強しないとまた赤点取ってしまうよ?」
「………まずいわね」
どうやら成績が優秀な訳でもないようだ。またって前回赤点なんて取っていたのか。少し前くらいまでの自分の学力すら把握していない事実に嫌気すら差しそうだ。
そんな記憶は全くないのだが。
「そうだよ、記帳貸して上げるから今日中にはちゃんと仕上げてね?」
呆れながらも優しい彼女は鞄から数冊の書き込んだ記帳を取り出して私の机に置いてくれる。
そんな光景にカナリア・シェリーはキョトンとしてしまう。
「どうしたの?」
再び彼女は同じ質問を再度する。彼方からすればどうやら今日の自分はおかしくて仕方ないようだ。だがしかしそれは私からしても同じでこの光景に違和感ばかりが付き纏う。どうしてか理由を問われればはっきりとは答えられないが、私の心がここに在らずみたいな感覚を抱かずにはいられないのだ。
「良いの? 借りても?」
果たして人生でそんな出来事はあっただろうか? そんな環境だっただろうか? 少なくとも身に覚えを感じられない状況に戸惑うばかりだ。
「おかしなこと言うねシェリー」
「………え?」
机に置いていた記帳を取り、それを半ば無理矢理に私に押し付ける。どうしたら良いかわからないまま受け取る姿を見て彼女は優しく笑みを浮かべこう言うのだった。
「友達でしょ?」
「ーー!」
友達。聞き慣れないような聞き慣れたような単語が脳内を反復する。
誰と誰が? いや彼女と誰が? それとも私と誰が? 決まっているではないか。この場合差す人物なんて他に誰がいようか。
ようやく浸透して来た物事に納得をしてカナリア・シェリーも同じく笑みを返す。
「そうね。ありがとうルシエラ」
「どういたしまして」
不思議と言うか、変な感じだが否定のしようがない事実。悪い訳ではないのに何処か罪悪感が芽生えそうな気持ちを今は胸の奥に隠していよう。
「あ、でも帰りのお買い物は付き合ってね? 今日は授業も早く終わったんだし」
「はいはい。わかったわよ」
そうして私達は教室を後にして廊下へ躍り出る。
まだ授業が終わったばかりのそこは生徒達が忙しなく歩き回っている。皆自分達と変わらずに下校をし始めているのだろう。
普通だ。普通で平和な日常だ。
ーー退屈な世界だ。そして幸せだ。
そして他愛のない会話。
「で、買い物って何処へ行くの?」
「えーとね。魔術書店に取り寄せてもらっている本があるの」
「へえ、勉強熱心ね」
「シェリーちゃんが勉強しなさ過ぎ。どうするの将来? お姉さんは不安で仕方ないのだけれど?」
「将来………か」
似たような話を前にもしたような気がする。が、上手く思い出せない。はて? 将来なんて明確に定めていただろうか?
考え込む姿を見てか彼方は溜め息を吐く。失望よりかは呆れた具合だ。まあ、この歳になってまだ何も決めていない人物なんて学園全体見回しても少人数な方だろう。しっかりと計画しているルシエラからしたら困った子にでも見えるのか?
「全く………そろそろ考えないと知らないよ?」
「老婆心?」
「老婆心!」
老婆だったのか。失礼な応対をしながらも半分乗っかって返してくれる彼女に自分は悪びれもせず話を続ける。
「貴女はどうするの?」
「私? 私は一先ず高等部卒業してからもう少し大きな学院に通って勉強して国政に携わる環境に足を踏み入れようかな?」
「立派ね」
「凄い上から目線に感じるんだけど」
「私と違って順風満帆だから僻んでいるだけよ」
「でもシェリーもその気になれば今からでも目指せると思うけどね」
「そうかしら?」
「だって勉強もしないだけですれば出来る訳だし、実技に関してはそんなにやる気ないのに学園上位には入ってるし」
そんな評判だったのか。案外自分で自分を見直した。まだ挽回出来る技能があって助かったわ。と言うか今まで何をしていたのよ私。
「いっそエイデス機関にでも入ろうかしら」
ポロッと漏れた独り言みたいなものであった。特に本気で言っている訳でもなく、冗談で口にした筈なのに何故か彼方の反応は酷く疑問した様子だった。
そして驚愕の台詞を発する。
「ーー何を言っているの?」
「え?」
カナリア・シェリーは耳を疑った。
「エイデス………機関? 何それ?」
瞬間に世界が否、私の時間が止まった感覚を覚える。
どういうこと? 逆に何で貴女はエイデス機関を知っていないの? 軍とギルドが解散された後に創れた優秀な魔導師が集まる機関で、魔導師なら一度は夢見る場所で、今後の人生を大きく左右させて一転させる所をどうして?
互いが噛み合わない会話をしているのを悟り、それを解決しようと考え込む。
ーーが、どちらが正しいかと言えば。
「そんな機関は存在しないよ?」
「な………」
意味がわからなかった。そんな筈がある訳ない。
だってあんなにーー。
あんなにーー?
エイデス機関はーー。
「………あれ?」
浮かんで来なかった。まるでこれまで培ってきた土台が消えて宙に取り残されたようにあった筈のものが、者達が何処かにいってしまっていた。
いつの間に? どうして?
どれだけ探っても出てこない。それは当然だと言いたくなるくらいに、そこには何も残ってないのだ。消えた、いや奪われたような気分だ。
あれだけ濃密で大事だった時間が奪われた。果たしてそうだったのか? と疑問さえ覚えるくらいに尻尾すら掴めない記憶。
混乱してしまう様子を冷ややかな目で覗くルシエラは最初から本当に何もなかったような風に告げてくる。
「あるのは軍だけだよ」
「ぐ………ん?」
「そう、ここは産業発展をしていく軍事国家だよ」
そう、そうだった。確か私達の国はそんな平和に見えているようでまだ成長段階であり、発展途上国であった。言われてすっぽり抜けた穴を埋めるが如く記憶が上書きされていく。
でもこれは上書きではないのだろう。ただ単に忘れていた自身の記憶が蘇ってきただけなのだ。
「ごめん、ごめん。何かまだ寝ぼけているみたい」
「じゃあ目覚める続きのお話しましょうか?」
「それ眠くなるんじゃない?」
「なら少し簡略して言うね」
そうして頭がフワフワした自分に現実を教えてくれる。
魔法産業が発達していくこの国は昔の名残りで軍事国家としてまだ続いており、実際に国家間の小競り合いは昔よりマシだが未だに続く世界。とは言え、何れはそれも終わって交易が盛んになっていくであろう平和な世の中に向かう時代。今から軍人なんて目指すよりかは彼女みたいに未来を重んじて勉学に励んだりする方が賢いだろう。
自身の想像していた場所とは噛み合わないが、多分その方が良いのだと頭の隅で思うのだった。
「発展中だけど決して誰もが幸せな国ではまだないから頑張らないとね」
「やっぱり立派よ。ルシエラは」
「貴女にも立派になって欲しいんだけど」
「困ったわね。実技なんて軍人向けな感じだから軍人になる方が良いのかしら?」
先程前述したのを撤回するように言葉を出す。
軍人、またはそれに近い組織に所属する。まあ現実的だし、向いているなら目指しても有りではないと考えもしないでもない。
そんな矢先だった。
「駄目よ。貴女には向いてないわ」
「え? そ、そう?」
頭から否定、断定してきつめに放つルシエラに驚く自身。急な雰囲気の変貌にはカナリア・シェリーを絶対にそんな組織や機関に入るのを阻止したそうな思惑を感じられた。
「シェリーちゃんはもっと他にも選べる道はある。きっとその方が幸せになれるよ」
「………」
籠の中の鳥みたいな気分だ。彼女と言う籠の中から外に出さない。若しくは違う出口を提案している。息苦しくなる意見だが、身を案じている気配を感じる私はそれを一蹴する程冷徹ではない。
代わりに質問をしてみた。
「じゃあ何が良いと思うかしら?」
「!」
「自分じゃ他の道ってのが今一浮かばなくて、貴女なら私に向いている何かを教えてくれるんじゃないかって」
カナリア・シェリーは無知だ。持つべき才能を活かせる居場所が最初からそこだと決め付けて他にないものだとばかり思っていた。
周りが見えていなかった。視野が狭過ぎた。きっと彼方からしたらわざわざ死が付き纏いそうな所に行こうとする友人を心配しているに過ぎないのだ。もしかしたらそうして不幸になった人物でも知っているのかもしれない。
ただこうして言われるまで気付かなかった以上、色々と助言は欲しい。
友人の貴女の言葉なら信じても良いわ。
「………参ったな。まさかそう言ってくれるとは思ってなかった」
「え?」
「だって貴女頑固だもの。一度決めたら曲げない性格」
「そうだった………かしら」
「ーー忘れましょう。で、貴女に向いてそうな将来よね?」
一瞬脳内に何かが表面化しようとしたが、桜髪の少女は脱線しないように話題を戻す。
丁度学園から出ようとしていた時だった。
校門前。そこでーー。
「あ」
「どうしたの? シェリーちゃん?」
「あれ………」
眼前の先には一人の物静かなそうな少年が複数の柄の悪そうな同学年の少年達に囲まれていた。明らかに下校をする所を無理矢理止めている。
あれがどんな事象かは側から見るだけでもすぐ様に理解出来る。ごく一般的な解釈で平たく言えば虐めだ。経緯とか何故彼がとかは詳しくは知らなくともあの光景は酷く私を不愉快にさせる。
虐める側も虐められる側も。以前にも同じ感覚を持っていたのかはわからないが、どうしても苛立ちを覚えずにはいられない。
見ていて気分を害した自分は止めようと足を動かす。
だがそれは憚れた。
意外にも隣の友人によってーー。
「行きましょう。関わらない方が良いわ」
「ッ? でもーー」
「別に死ぬ訳じゃない。当人達の問題に口出ししても良い事なんてないよ」
「死ぬ訳じゃないって………」
極論だ。だから放って置くの? それこそ遺恨を残して良い事ないのではないか? 下手したら一回や二回じゃ済まない繰り返しをずっと無視して誰も手を差し伸べなかったらどうするのだ?
ここで始めて友人の説得に無責任さを思う。
が、彼女は此方の返しに被せて突き付ける。
「今度は貴女が標的にされるかもしれないのよ? 構わないの?」
「大丈夫よ。私ならーー」
あんな不良なんて簡単にーー。
ーーあれ?
簡単に? どうするの? 喧嘩するの? 私は勝てるの? 多少実技が良いだけの普通で平凡な女の子が?
ふと冷静に考えてみると止められるかすらも疑問だった。もし下手に刺激させて彼等の虐めが勢いを増したら標的が自分に向く以上にあの少年に当たるかもしれない。なんて考えると大見栄切って続きを発言することが出来なかった。
「私なら? 何?」
「………ッ」
「貴女が止める必要はないの。貴女じゃなくても良いことをどうして貴女がやろうとするの?」
「だからってーー」
「見なさいあれ」
熱くなって返そうとする自身を冷ませる風にルシエラはある先を指差す。
釣られて見た場所にはーー」
「テメェら! 何してんだ!? ああん!?」
「風紀員として見過ごせませんわ」
そこには真紅の髪の少女と栗毛の少女が威圧感満載で不良達に向かって歩く。その肩には述べたように【風紀員】と刺繍された腕章を付けている。
詳しく説明してもらえずともわかる。彼女達が居るならば自分が出張る必要もなく、私である必要もない。代わりにあの少年は助かる。
適材適所。勝手に此方が動くよりも正しい。桜髪の少女が言わずとも考えればわかることだ。
私が間違っていた。
「ごめん、熱くなってしまったわ」
「そゆこと。もっと周りに頼るべきものはいっぱいあるの。全部貴女がやろうとする必要はないわ」
「そう………ね」
「寧ろ抱えなくて良いものまで抱えて潰れてしまうくらいなら最初から背負わない方が良いのよ。自分のことを大事にしなきゃ」
全くその通りである。言い返せる言葉なんて何一つ有りはしない。
だけど何故だろうか? 他人任せにしてしまって取り返しの付かない事になってしまわないだろうか? 脳裏を衝撃が走る。大切なものなのに無くなってしまったような喪失感が納得をさせなかった。
私じゃなくて良いかもしれない。けど、それで私が良かったの? と自問すれば答えは出せなかった。
「決して責められはしないよ。でももし責められたりするその時はーー」
「………?」
「私が守ってあげるから」
「ーーッ」
慈愛の笑みを浮かべなから放つ言葉に私は目を奪われる。例え世界の全てが敵に回ろうと彼女だけは味方でいてくれるような風に語る姿は友達なんて関係とは程遠く感じた。いや、更に近しい存在の義務とでも言うのか?
ルシエラの発言は私は守ってくれるが、それ以外は守らないみたいに捉えられる。どうしてそれ程他者を見捨てられるのか? どうして自身にそこまで執着出来るのか?
一番理解出来ない瞬間であった。




