−迎え撃つ天才達③−
◆
静かなる客室。夜更けの時間帯に一つ付く灯りにカナリア・シェリーともう一人の影が対峙するような形で揺らめく。
自分がとある話を語り出してからもう随分長い沈黙の間を得てようやく切り出したのは相手の方だ。
「そうか………彼等はもう………」
「ええ、冥天のディアナードは想像以上の化物だったわ」
「想像以上の化物………か」
事情を聞く絶対剣ーーゼレスメイアの使い手である剣聖に私は素直な感想を述べた。すると何かを言いたそうな目付きで此方を射抜く。酷く悲しげなものと酷く怒りが揺れ動くような雰囲気。意外にも珍しく、それでも何も言わない姿に滑稽すら覚える。
果たしてそれがどんな本音なのかは読めもしない心に聞いた所で答えは出ない。
だから代わりに口を開いて尋ねる。
「私こそ化物だと言いたいのかしら?」
「………否定はしないさ。ただ、その場に居なかった私には君をとやかく言う資格なんてない」
「案外冷静なのね」
「冷静? これが冷静なら君は冷徹だよ。君とて悪くはされなかった人物達だっただろう?」
声量は強くない。が、早口気味な言い方が余裕のない雰囲気を醸し出している。あまりらしくない姿だ。見ている方が辛いかもしれない。
確かに彼の言う通り、危機を救ってもらった場面も多々あり、会話する数少ない存在だったと思う。少なからずは配慮してもらう時もあったし、対等な元に話せた仲だったかもしれない。恐れや、畏怖よりも先に私と言う根元に興味を持ってくれた変わり者だったかもしれない。
そう考えるとある意味特別な存在だったのは否定しないだろう。
だけどーー。
「あそこでの必要な犠牲だったわ。もし失敗していれば全滅していたし、最悪和の国はおろか国全土が滅んでいたかもしれない」
またそれとこれは話が別だ。どうしようもない状況で全てを持って帰るような理想を描く程、カナリア・シェリーは愚かではないのだ。
ギリッと歯を食い縛る彼は更に目付きを尖らせる。
「私が言いたいのはどうして犠牲で割り切れるのかだよ。数や量の問題じゃない」
「なら貴方は数人の為に国を犠牲にしても良いの?」
「数人も守れなくて国を守れやしない」
「全部守れるの? 貴方に? 現に彼等が死んだのに」
「それはーー」
「他人任せにした結果がこれでしょう? とやかく言う資格がないって先に言い始めたのは貴方じゃなくて?」
「………」
「私は英雄じゃないわ。貴方が自称剣聖と名乗るのと同じようにね」
「ーーッ」
言葉に詰まる純白の青年。
正しくあろうとする正直過ぎる姿勢。しかし、そんな夢物語の理想は少し目を離せば砕けてしまう絵空事なのだ。出来ない事を口にするものじゃない。常に表裏一体で付き纏う事象はもはや割り切るしかない。それは彼もよくわかっていると思うのだけれど、あまりそうでもなさそうだ。
今一度言うが彼らしくない一面だ。
ふと溜め息が溢れる。
もう少し利口で現実主義者かと思ったが、期待外れである。いや、もしかしたら期待以上にこの人物は見た目よりも、対話した平面じゃ気付けない程に真っ直ぐで正しさを求める人間だったのかもしれない。故に私は苦手だったのではないだろうか? 感情的になりやすいのを必死に抑えて私みたいに利己的であろうとする偽りの姿が。
話は平行線のままでしかないと結論付け、私は最後に吐き捨てるように言い放つ。
「自分なら守れたなんて言わないでね。これが現実だし、主観で言えば貴方の剣でも悪魔を倒せた可能性は低いわ。言い訳だけどね」
「ああ………言い訳だよ………」
頭を抱える剣聖。しかしこれが現実なのである。もう2度と戻ってこないし、どうしようもない事実。もはや語る言葉のない彼は絶望するしかなかったのだ。
その姿に仕方ないことだと程度にしか思わないまま私はその客室を後にした。
◆
「………」
冷たい床の感覚。ここは神門家の通路であった。まるで、何事もなかった風に先程までと何ら変わらない光景が広がる。ただそれでも変わってしまったものはあるのだ。
「気の毒だったけどこれしか方法はなかった………やはり貴女の言う通り、英雄さんやオルヴェス・ガルムさんが必要だったわ」
何とか現世の空間に戻って来たのは私。
それと一人の東洋人の女性であった。
「………」
返事のない彼女。
あの場所に取り残したのは織宮さんと神門 光華。告げた案はどうしようも無くなった時の最終手段だった。結局長丁場の戦いで疲弊していく私達にはもはやこの方法しかなくなってしまったのだ。
そして誰かに時間を稼いでもらう役を買って出たのが黒髪の青年と灰色の少女であった。
『私は使命があります。例え死ぬのがわかってたとしてもこの手で葬らなければいけないのです。だから私には構わず行って下さい』
空間に裂け目を作った彼女はそれだけ言い残して悪魔に挑みに駆ける。
『俺も少ない希望に賭けてみる。ただそんな無茶にお前達まで巻き込ませるのはエゴだ。ここまで付き合わせさせただけでもすまねぇ気持ちでいっぱいだからな。後は任せろ』
そう言う彼を私は止めなかった。いや、止めれなかったのかもしれない。本当は止めないといけないのに。
その時、眼前で神門 光華が散り行くのが視界に映った。天地冥道が砕かれ、持ち手が宙を舞う。ゆっくりと見えてしまう中、思考だけが速く働き瞬く間に答えを導き出してしまう。
彼女はもう助からないのだとーー。
ほんの間を稼ぐ為に使った灯火。
『早くいけっ!!』
怒鳴るように放つ言葉。
だが、もう一人の東洋人の女性ーー如月 愛璃蘇は首を横に振って彼と同じ場に立とうとする。
これまでずっと一緒にやって来た相棒の存在。否、想い人の存在を見捨てて逃げる気など毛頭ないのだろう。一心同体、運命共同体。正に死ぬ時も一緒にと口にはせずとも感じ取れた。
ーーが。
『………え?』
『シェリーちゃん。そいつを頼む』
乱暴に私の方へと突き飛ばしながら託す台詞に私は頷く他なかった。すぐ様その自分より小さな身体を抱きかかえて裂け目に飛び込んだ。
そして【強制中断】を使ったのだ。
戻ってきたのはではなく、生還したのは私と彼女だけであるのだ。
彼等はもう2度とーー。
「ここにいつ迄も居ても仕方ないわ。とにかくーー」
「………戻して」
震えた声が聞こえた。
「?」
「今すぐあの場所に! まだ今なら!!」
刹那、鬼気迫る剣幕で叫ぶ彼女に私は驚きを隠せずに見開いた目でアリスさんを覗く。まるで今にも泣きそうな悲痛な顔とまだ間に合うかもしれない焦燥が入り混じった複雑な表情。短い付き合いの中でもこうまで取り乱す姿はなかった。やはり置いて来た彼がそれだけ大事な人物であり、必要な存在なのは心中察するのに時間はかからなかった。
しかし、それに応じる事は出来なかった。
「そんな事出来ないわ。戻った所でーー」
そこから先を言おうとして瞬間、私は音速の速さで取り押さえられて地に倒れる。両肩を強く握り締められ、魔と邪を宿した双眼に射抜かれる。
その瞳は今にも溢れ落ちそうなものが溜まっていた。
「やりなさい!! やらないとーー」
「殺すのかしら?」
「ッ!!」
脅す勢いのアリスさんにカナリア・シェリーは何ら動じずに尋ねる。わかっているのだ。彼女にそんなつもりはない。脅しているように見えて一種の懇願であるのは雰囲気から悟れる。
幾ら強行手段に出ても、懇願しても無駄だ。冷静に考えても無駄なのは火の目を見るより明らかなのだから。
「殺しても戻れる手段を無くすだけ。これは無益な殺生よ」
「うぅ………」
「彼の為を考えれるなら戻らないのが1番の選択なのは貴女ならわかるでしょう?」
「ぁ………あぁ………」
止まらない涙を流しながらも言い聞かせるようにして説得する。どれだけ長い間そうしていたかはわからないが、何とか決意して貰った。
これはどうしようもない事。手遅れな結末。彼女には割り切って次へと進んでもらうしかない。
ーー。
それから少しした頃であった。
「………」
雨の降るとある市街の街角。そこは普段ならあまり人の通らない緑が多くある広場。特に雨の日なんて誰も居ないような場所。
しかし今日だけは違う。幾重にも傘を差した人達が何十人も集まってある場所でお祈りを捧げていた。
小さな小さな装飾された石の塊。人々は順番ずつお花を添えて去っていく。
私も参列者の一人としてそこへ立ち尽くす。
その石にはーー墓碑には如月 愛璃蘇と刻まれていた。
あの日の翌日、彼女は自決をしてしまった。話が回って来たのは随分と後になってからであった。
理由など聞かずともわかる。支えにしていた人物の居ない世界で生きる理由が無い以上、余生なんて必要がなかったのだ。寧ろそれならばあの時連れ帰ることは逆に酷だったのかもしれない。
ただ、それでも納得出来る筈がない。
何で、何でなのよ。
参列者が解散した後もカナリア・シェリーは墓碑の前で傘を差す事も忘れて雨に打たれながら孤独に思っていた。
「どうして………どうして皆死にたがるの?」
死んでしまえば何も残らないのにーー。
結局は生還したのは私だけと言う何とも報えない結末しか生み出さなかった訳である。
◆
学園の客室。夕暮れの時間に集まるは三人の少女。遠目からは大して違和感のない組み合わせの中、異変は生じた。
怒声が校舎に響く。
「おいッ!? テメェ! ノコノコとどの面下げて帰ってきてやがるんだっ!? あぁんッ!?」
唐突に胸ぐらを乱暴に掴むのは髪の色と同じくらい怒りに燃え上がっている真紅の少女である。同じ九大貴族からなのか、またはエイデス機関からなのかは知らないが例の情報が回って来るやいなや、すぐ様こうなった始末である。
彼女の場合は特に感情的過ぎて物分かりが悪いので説明をどうしたものかと考える。しかも別にエイデス機関の二人とも大して交流があった訳でも同じ九大貴族の神門 光華と仲が良かった話を聞いている訳でもないから余計にだ。
どうしてなのだ?
何故彼女はこうも怒りに満ちている?
この向けられる感情の真意は流石に読み取れなかった。
「落ち着いて下さいませフローリアさん。そんな事をしても何も解決しませんわ!」
今にも殴り掛かってきそうな剣幕の所を背後から羽交締めにして止める栗毛の少女。理性的で食えない人物でやり辛い相手であったが、今この瞬間だけは感謝の念を抱いた。こういうのは自身の言葉ではきっと逆撫でするしかないだろうからこうして身内が止めてくれるのは助かる。
それでも彼女の目にも似合わない感情が見え隠れしているのはわかった。恐らくはあまりよくないものであるのを感じていると不意に無暴と呼ばれる彼女は力なく発する。
「また見捨てたのかよ?」
「また………?」
何の話だろう? といまいち要領を得ない言葉である。今回の件はともかく一体いつ何処で私が誰かを見捨てたのだろうか?
まるでそんな事も忘れたのか? とでも言いたげな風に彼女は続ける。
「セントラル行きの列車でお前、本当は誰一人殺される前に救えたんじゃねーのかよ?」
「!」
これまで何度か振り返って考えていた記憶。まさかそれが彼方の口から出て来るとは想像も付かず、珍しく私は動揺し胸にチクッと針が刺さるような気持ちを覚える。当時はあまり揺れ動かなかった感情が再び掘り返されて責められてどうしてか震える。
何故?
「なあ!? お前は天才だろーが………」
「………」
「確かに天才でも、どれだけ強かろうが救えねぇものはあるけどよ………お前なら出来るんじゃないのか………?」
「貴女だって天才よ………」
弱々しくなる口調の無暴らしくない台詞に僅かに戸惑いながら返事するが、彼女は更に弱々しく首を横に振る。
そして今にも泣きそうな表情をする姿にまるで自分には出来なかった英雄みたいな像を私に見ていて裏切られて絶望しているような例え難い感じだった。
止めて。そんな顔で私を見ないで。
カナリア・シェリーはーー。
「ちげぇよ………。お前はあたしと違って届かない場所に行ける奴なんだよ。不可能だって可能に出来るくれぇに誰もが憧れる存在なんだよ………なのにどうして………」
崩れる真紅の少女。一体何が私をそう祭り上げているのかは察せない。ただ、彼女の中での自身に対する大きな救いにも近い期待を裏切ってしまったのだけはわかる。
だから何て声を掛けたら良いのかわからないままに立ち尽くす。
「すみません、シェリー。こんなのはただの押し付けなのは彼女もわかってはいるのです」
代わりに代弁するように栗毛の少女は言う。
だが続け様に悲しそうにこうも言った。
「でも貴女を希望や目標にする人もいますわ。そんな貴女が見せてはいけないものがあるのをわかって上げて下さい」
「見せてはいけないもの?」
「………それ以上はご自身で気付いて下さい。それではーー」
最後だけは何処か失望してしまった風な装いを見せて去って行く二人。
心に穴が開いた感覚を覚えてしまい、何が間違っていたのかに柄にもなく必死に考えてしまった。
◆
校舎の屋上。黄昏れる私は思い出す。
死力を尽くして駄目だった悪魔。もはや全滅しかなかったであろう瞬間に自身を生かす為に彼等は身を犠牲にした。その瞬間は数日経過した今で尚、色褪せずに鮮明に焼き付いている。
『流石に気付かないとでも思いましたか? この天地冥道があれば空間に裂け目を開けて抜け出せることに』
『でも、それはーー』
『やっぱ勝てそうにねえか、ならお前だけでも逃げろ。そして構わずこの空間を閉ざすんだ』
『駄目よ。諦めちゃ………』
『付き合わせて悪かったわ。本来貴女にここまでしてもらえただけで充分だよ』
『私だけ助かって勝ちなんて言えないわ。皆で帰るのよッ』
『良いんだよ。お前ならわかる筈だ。そして自分がどうすれば良いかも』
『ーーッ』
『ここでお別れだシェリーちゃん。後は頼むな』
正直忘れ去ってなかった事にしたかった。思い出せば出すほどに言いようの知れない変なものが込み上げて気持ち悪くさせる。
一体何を頼むと言うのだ? 幾ら天才の私でも出来きない事やわからないことはある。彼等の屍の上に立って生きていく重荷なんて背負えない。
わからないし、どうしようも出来ない。酷く振り回されるような気持ちになってようやく私は少しだけ理解したのだと思う。
これが感情なのだとーー。
苦悩する天才。
するとそんな所へ背後から声が聞こえた。
それは私へと警告を幾度となくしてきた人物。
「言っただろう? エイデス機関に関わるなと」
「貴女………」
「今のはカナリア・シェリーが選んだ未来の一旦だ。まだ確実に決まった結果ではないが、飲み込みが早い貴女なら理解出来るだろう?」
「どの道を選んでも私は後悔………する」
黒の修道服に包まれし負なる存在を認めし西洋の反逆者。鮮やかな桜髪を揺らす魔女なる女性。
神出鬼没なのは毎度の事で大した驚きではない。しかしよりによってどうして今、この瞬間なのだ? こんな不安定な気持ちで困惑して弱気な時なのであろうか?
ただそれも語られる程に嫌でも納得せさざるを得ない。
「普通にしていれば必要ない犠牲を生む事なく、貴女がそんな気に病む事もなかったのだ」
忠告ーー否、警告を告げていた彼女の指示を無視した結果が生み出した末路。このカナリア・シェリーが振り払った身勝手はこんなにも多大な犠牲を作ってしまったのか?
「私が間違っていたと言うの?」
「ああ、間違っていた」
「傷心中の人物に厳しいわね。魔女」
「そうさせない為にした警告だったのだがな」
「く………」
返す言葉が見当たらない。これまでもそうであったが、彼女と交えれば交える程に自身の中が揺さぶられてしまう。
訳がわからない。
「貴女は弱い。自分すら救えない者に何も救えやしない」
非情な台詞が私を袋小路へと追いやる。意に返さない冷徹な人格は也を潜めてひたすら苦しさに頭を抱えるしかなかった。
「止めて………」
「何故彼等ではないといけない? 彼等でなくとも貴女の心の抜けた穴を埋める事は出来る筈だ」
「そんな言い方………」
「いずれ死ぬような連中と仲良くして傷つくくらいなら最初から死とは無縁な人達と過ごす方が賢いだろう?」
「止めなさいよ!!」
悲痛な叫びにしか聞こえないと思う。だって私ですら反射的に自己防衛みたいに発したのだ。これ以上責められるのが怖いのか、自分が1番理解しているからなのかもわからない。
「だったら見せてやろうか?」
「ッ?」
「もし貴女が普通の生活を送っていたら見えていた未来を」
「………貴女は一体………?」
此方を見つめる彼女。何処か悲しげなその様子に私も同じように悲しみが押し寄せてくるのを感じながら次第に自身は暗転していく。
そんな中、確か聞いたであろう魔女の名前を小さく呟いた。
「バーミリオン・ルシエラ………」




