−迎え撃つ天才達−
開幕ーー。
「【箱庭】」
私がそう唱えた瞬間に辺りは全くの別の世界へと変貌していく。荒れ果て、草すら生えないような灰色の空の荒野。見晴らしが良く、広大さのあるそこは決戦の舞台と言うよりかは戦場の舞台がお似合いだろう。
これはカナリア・シェリーの原初魔法の一つ。とは言え結界魔法と仕組みは大差はなく、あるとすれば性能の差だろう。
【箱庭】は絶対に外部から干渉を受けたりはしない。と言うよりかは世界から切り離さした為、入り口や出口がない空間転移とも比喩出来る。幾ら隣にいる東洋人の女性でもこればかりはどうしようも出来ない。因みに内側からも無理矢理破壊は不可能。術者である私が解除をしない限りは幾ら巨大な魔法が放たれようと損傷はしても壊れないのだ。
何故なら切り離されたこの世界を構築しているのはこの私なのだ。私の意志が生み出した小さき世界。まるで神の所業であるが、代償が付いて回るので多用も長時間の維持も問題が付き纏う。
それは世界の法則から外れた場所で生きているからだ。単純に言えば【箱庭】の中と外では時間軸は全く違う。いや、此方にいる間は彼方の世界は時間を止めているような隔離状態だ。一見何処に不利益があるのだ? となるが、確かな問題は生じてしまう。
例えばエネルギー論の話。世界はエネルギーが変換して循環していく仕組みだけど、こうして別の場所で使われたエネルギーは一体どうなるのか?
答えは不明。【箱庭】が解除されたと同時に世界が辻褄を合わせようとするのが現状の憶測だけど正直検証する術はない。故に判らない解答だけが残るのだけれど、それがどれだけ恐ろしいか。最悪を考えれば世界の中心である核に戻っていくのが有能だけどもし戻っていくエネルギーが一度に多ければ世界の寿命を削る、若しくは世界を不安定にさせるかもしれないのだ。正しい循環を行えない世界の末路を想像するだけでも私からしたら冷や汗もの。まあ極論の話だし、僅かな誤差ならば世界が修正してくれるとは確信してはいる。
次にこれは個人差の考え方の域だけれど、切り離された世界で活動している私達は【箱庭】が解除されてもそこで得たものや消費したものがなかった事にはならない。つまり簡単な例で元の世界との時間がズレるのだ。
今こうしている間にも私達だけが歳を取る。これが長時間に渡れば同じ年齢のノーライズ・フィアナや、へカテリーナ・フローリアよりも歳を重ねてしまう。必ずしも良い方向な内容なのかと問われれば言葉に詰まる他ない。失なった者は戻らないに近い意味だと少なくとも私は思う。
と、ここまでが使った弊害。その先にまだ使う為の代償が存在するのである。寧ろそれこそが一番の問題であり、悩みどころなもの。
はっきり言えばこの原初魔法は失敗作とすら言える程にお粗末な力なのだ。まあそのおかげで対策として新たな原初魔法が生まれたのだから一長一短みたいな感はあるけれど。
「因みに使う為の代償とは何ですか?」
「んー、【強制中断】でしか解除法がない」
固まった表情で尋ねてくる灰色の女性ではなく少女に私はあっけらかんと答える。
初耳の彼女達からしたらそれが何を意味するのか具体的な想像が出来ないだろうから素直に死刑宣告の如く告げる。
「その魔法は私しか使えないし、外部からは絶対に干渉されない隔離空間なのでーー」
「おいおい………それはつまり………」
「ええ。もし私が死んだり、魔法が使えない事態になればーー」
「元の場所には戻れない………?」
「正解」
「クソッたれ! そんな魔法は予め伝えやがれッ!!」
「仕方ないわよ。急すぎたのだから」
「巻き込まれる側の立場を考えて欲しいものですね………」
「どの道逃げの一手が通用する相手ではないし、負けて全滅しても最悪あの悪魔が外に出ていく事はないのよ」
「俺逃げ延びた口なんだけど?」
「貴方は私を嵌めた罰として逃しはしない」
「お前明らかに今の発言は敵の台詞じゃねーか!!」
「要は勝てば良いのよ勝てば」
「勝てばの中にはカナリア・シェリーを生かした上でって条件があるのだけれど?」
「そうよ。か弱い私をしっかり守りなさい」
「か弱いどころか思考が悪魔より質悪いぞ!」
「異端であり、異端児なのですね貴女は」
気を抜かないでと口にしたばかりなのに早くも内部分裂をしかねない展開のやり取りがされる。半強制的な一連托生は流石に不味かったかと反省気味になるけど。
「元より倒すつもりの相手。さして問題はありません」
「逆に何も気にしないで全力を出せる場の方が良いかもね」
「まあいつものことだ。今更だよな」
ここらへんは彼等の裁量が上手く話をまとめた。流石だと感じながらもやり出したのは他ならぬ自身なのだから皆に遅れを取る訳にはいかない。
「出来たら時間を稼いでほしい。まだ呪術も解除してないから向こうが油断している内にーー」
と提案しようとした直後だった。
よくよく考えれば先手を打っているのは此方であり、私である。その時点で敵が反撃に出ない理由はなく、寧ろする理由の方が多い。
そして敵対心を一番抱きやすい人物は当然ーー。
「気に食わない魔法を使いよるか。それは余を魔界に隔離したものとよく似ていて虫酸が走る」
瞬く間に一直線に距離を詰めてきた冥天のディアナード。しかも反感を買うにあたって最適解な技を使ってしまったようで、笑みこそ崩さないが殺意がカナリア・シェリーのみに集中される。
浴びる私はさながら重力魔法を掛けられた感覚に陥り、虚を突かれて全く無防備の状態で懐近くまで浸入を許してしまった。距離がゼロに限りなく近付いてようやく悪魔を見上げている実態に気付く。
大きい。人間ではないのは承知の上だが、これまでの悪魔達と比べても遥かに大きな身体だ。
否、それは多少ばかり大袈裟だったかもしれない。幾ら何でもこうも見上げる程に相対した時点で大きくは感じなかった。
即ち、見えてしまったのだ。
冥天のディアナードの存在感が、絶対的強者が放つ圧が、私にそのような幻覚に近いものを見せているのだ。じゃないと懐になんて言葉を使いやしないだろう。
走馬灯にように思考が駆け巡る今も尚死は近付いている。
彼女の人間離れした鋭利な鉤状の爪の手が自身の胸に風穴を開けようと。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
早くも終止符を打たれる状況を迎える異端の天才はなす術がなかった。
だが、そんな呆気ない筋書きを許す訳はない。
「【瞬電】ッ!!」
「ーー!!」
早さならず速さでならまず右に出る者はいない如月 愛璃蘇の音速を超えて纏う紫電が漆黒の悪魔へ横からぶつかる。ほんの一瞬だけ見えた光景が正しければ紫電に包まれた蹴りが炸裂したと思われる。
そうして後から発生する衝撃波が周囲を襲い、皆がその場から吹き飛ぶ。
巻き添えではあるが、あんな場面で間に合って拾えた命の対価に比べれば安ずぎる。更には明確で強烈な攻撃が当たったのだからお釣りがくるくらいであろう。
余波て吹き飛ぶ私達と違って直撃した相手は接近してきた攻撃の倍以上で吹き飛ぶのだ。堕天のルーファスでさえ間近で浴びた波動にそれなりの損傷があったのだからその直撃なんてどれだけ破壊力があるか。
冥天のディアナードは荒野に聳え立つ岩山にぶつかることでようやく失速して地を幾たびか跳ねて転げる。何か人外とは言え痛々しい様だ。あんなに生物が舞い上がる光景を初めて見た私は引き攣った苦笑いをする。
な、生身なら列車に轢かれるようなものだろうか?
「ヤッた!?」
「ヤリ過ぎじゃないかしら!?」
繰り出した本人に私は助けてくれたにも関わらず突っ込みを入れる。と言うよりかは彼女事態手ごたえを感じていないのか? でもあの速さは使用者自身にも負荷が掛かる影響で判らないのかもしれない。
しかしあの攻撃はまず致命打にーー。
「いや、まだ足りねえ………。奴には………」
「よく判っておるではないか?」
「ーーッ!?」
何んら変わらない口調で悪魔はむくりと起き上がりながら喋る。その様子だとまるで効いていないような雰囲気だ。
有り得ない。と口にする直前でそのカラクリである現象をこの目に映した事で納得せざるを得なかった。
「【冥炎鬼】」
濃密過ぎる魔力を糧に具現化した如月さんのとはまた違う紫の炎火を帯びる顔と腕だけの化け物。それは漆黒の悪魔を覆い尽くして守るようにしていた。恐ろしく凶悪で邪悪さを放つ存在は私達を後退りさせる。
あれが鬼神の力ーー。
聞いて抱いた印象から掛け離れ過ぎている。もっとも彼女に宿る形になって変化をした結果なのかもしれないが、どちらにせよ厄介な力に変わりはないのは明白だ。
冥天のディアナードも危険なのは間違いないが、あの冥炎鬼は更に危険である。外部からは干渉されず、内部から壊す手法も叶わないこの【箱庭】ですら悲鳴を上げているのが術者である私が感じる。
聞いた話では山を軽く無にする最上級の破壊力。加えて今実証された音速の蹴りをも防ぐ鉄壁の紫炎。水準としては両者が同じくらいだと想定出来るのであの化け物を葬る為にはあの攻撃力以上で挑まないと難しいと思う。
流石に彼女の攻撃で山は破壊出来ない。
「アリス。あれを見れば判ったろ?」
「………ええ、あの力は彼の振るうものと同質だけど持ち主の影響で歪んだ塊になってしまっている」
「聞いても無駄だと思うけど攻撃が来れば防げるかしら?」
「無理ね。避けるだけならともかく防ぐなんて素人の下級魔法を熟練魔導師の上級魔法にぶつけるようなもの」
「俺達が素人で向こうが熟練魔導師か」
最後のやり取りは置いといて判りやすい差が現状出来上がってしまっている訳だ。それでも口振りから不可能な差にまでは昇華していないのと避ける事態に難易度が大きく求められないのが救いだ。
「じゃあ気にせずに避けてくれて構わないわ。攻撃に大半を注いで頂戴」
「了解」
「で、織宮さんは? いけるわよね? 真っ向から」
「有り体に死ねって言ってるよなそれ!?」
「言葉足らず。そのように仕向けながら立ち回れるわよね?」
「ん? ああ、そういうことね。実際通用するかはまだ半信半疑だが、実際その力で逃げ延びれているし俺も動きは遅い訳じゃないのと少なからず向こうの戦法は経験しているから問題ねえよ」
「なら臨機応変に対応頼むわね。ある意味貴方の力は注意を分散出来るから生存率を上げる要よ」
「的確な助言ありがとうよ。てかいつの間にかシェリーちゃんが中心みたいになってないか?」
仕方ない。まともに戦える状態じゃないから頭を働かせているだけよ。今でもさっきの原初魔法の反動か呪術の影響で頭痛が治らないから身体が上手く動かない。適材適所で立ち回るしかないのだ。
さて彼等の役割は決めたとして、これはこれで現状悪魔を打破する唯一の可能性を残すーー。
「もう余は待たないぞ? 小細工を郎されるのは好かん」
宣言する彼女の背後に聳える鬼に動きがあった。
鼓膜を突き破るような大咆哮を上げて萎縮する私達向けてその腕は高らかに振りかぶられる。
確かあの腕から繰り出される一撃が山を吹き飛ばすのよね? 単純な動作に普通なら見えるけど凝らせばどれだけの高密度な魔力が凝縮されているかは判る。それを簡単に波動として飛ばす事で障害となるものを全て壊してしまう純粋な力だけの所業と言えば馬鹿げているが腑には落ちる。
依然狙いはどうしてかカナリア・シェリーから変わらない。聞くだけ野暮そうだから此方で判断して考えるならばやはり1番弱っている貧弱なコマなのと、その割には知恵を絞ったり奇策を誇示してしまったからが理由なのかもしれない。
ただそもそも先程の会話を耳にしていれば私を最初に始末しようなんて考えは却下される筈だから狙われる心配は本当はないのだけれど。
「もしかしたら気付いているのかもしれないわね」
「何を………です?」
独り言に反応してきた神門 光華は問うてくるが自身は首を横に振る。まだ話す場面ではないし、今は悠長に説明している暇もないのだ。
「来るわ! 神門 光華、いけるわよね!?」
振りかぶって力まれていた化け物の腕がド派手に振り下ろされる。例えるなら隕石でも落ちてくるような勢いだ。紫炎に包まれし強大な巨塊が人間4人を殺す為だけにーー。
多少以上に異端ではあるが。
「光華で良いですよ」
そう彼女が口を開いた直後。
紫炎の腕は真っ二つに斬り下ろされていた。
「【一閃両斬】」
恐らくこの場の誰しもが灰色の少女の剣技を目で追えてはいなかったと思われる。もしかしたらアリスさんなら視えていたかもしれないが、明らかに天地冥道が抜かれた素振りはなかったのに鞘に納めた場面だけはしっかりと現れていた。
要するに視認出来ない速さで抜いて斬ったのだ。
軌跡を描いた彼女の剣技。それは山を破壊する力でさえ抑え込む絶対剣の真骨頂であった。
確かにこんな次元なら俗世間から身を引く訳だ。
確かに天地冥道は凄い。が、それだけではなく、神門 光華の技もまた並外れた領域に達している。この私で持ってしてもあんなのを見様見真似で扱うのは不可能だと断言出来る。と言うよりどんな剣聖であろうと会得なんて無理だ。あれは彼女と宝剣が揃って途方もない鍛錬を経て奇跡的に編み出された極技だ。
神に選ばれ、鬼に選ばれ、絶対剣に選ばれた者の実力。この瞬間の為に、終われば全てが無に還る閃光のような集大成を何処ぞの異端が身に付けるなんて烏滸がましい。そう思わせる光景だった。
と、そこへ。
「【因果切断】」
「!」
「シェリーさん、貴女を縛る呪いは断ち切りました。もう何の足枷もありません。存分にその力を発揮して下さい」
「手短にとは言ったけどまるで詠唱破棄の魔法みたいね」
「しっかりと斬っていますよ? 失敗していたら貴女の胴は上と下に別れているでしょうね」
「こわっ!」
仮の話でも笑えない内容でしかない。様子を見る限り彼女なりの洒落を効かせた一面を出したつもりかもしれないが、真っ黒過ぎた。
まあともあれ、あまり実感はないが頭痛も治り、呪いも解かれたのならばまた勝つ為の一手が整い出した訳だ。いよいよ私自身も本領を発揮していく番である。
「鬼を滅し刃………中々に厄介な代物ではあるが」
華麗に斬られた腕が紫炎により、燃え尽きる。
そして新たな腕が発現した。再生と言うよりかは復活に近い。何となくは予想していたが、向こうの力が失われる事がないのは些か不利な部分である。何せ天地冥道は砕けば再生に長い時間を要する諸刃の剣であるのだから多少秀でた能力であっても限界がある。
「果たしていつ迄持つか?」
再び暴力と言う単純な理不尽が放たれる。
しかし、先程の再現みたいな行為の攻撃はあまり痛手にはならない。通用しないのを知りながらも肥大化するように接近する衝撃波は同じ過程を経て神門 光華の抜刀に沈む。
かと思いきやーー。
「ほれ、腕は一つではないぞ?」
空いている片割れの腕が始動する。
合計で山をも破壊する力が二撃。絶妙にズラして向かってくる。まあやはり工夫して来るのは当たり前であろう。
でも目の前の相手を過小評価してはいないだろうか?
そんな生温い抜刀術で準備する程、彼女は怠けてはいない。
「ハァッ!」
結局今回も灰色の少女の振るう速度を捉える事は叶わなかった。だが横と縦に斬られて沈む腕を見ればあの一瞬で鞘から二回抜いたのか、或いは一度の抜刀で二閃したのかのどちらかであろう。
呆気なく沈む鬼神の腕。
が、あっさりした出来事をそのまま受け取るには相手が強か過ぎた。
そんな想定で挑んでいるならとっくに撃破出来ていると考えた私の予想は的中だった。
「安心するのは早いぞ?」
「ーーなっ!?」
紫炎に焼かれる腕がそのまま業火となりて襲い掛かる。僅かに出遅れてはしまうが、そこは灰色の少女の反射神経が働いてそれすら両断して散開させた。
いや、まだだ。
不自然な動きを見せながら別れた炎はーー。
「復活!?」
これには不意を突かれたのに加えて既に出遅れた体勢から切り返した反動で硬直してしまっている彼女にはどうしようもなかった。軌跡を描いて斬る動作に必要な溜めが終えていない。中途半端に刀を抜けば待つのは容易に想定出来る末路だろう。
では迫り来る猛威にどう対処するか?
決まっているわ。




