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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
第三章 変わる為に
50/155

−天才の宿命③−

祝50話



「貴女………神門 光華かしら?」

「!」


面の内側が震えたように伺えた。それは動揺や驚きに他あるまい。

これがカナリア・シェリーが最初に抱いた疑問だった。

まあ、鬼の仮面と並ならぬ気配で遣いとは言え、まるで本人が語るかのような内容から導き出しただけで少ない情報の憶測だったので雑な解答だが、ほぼ正解ではないかと思う。


「後は遣いが引き連れているにしても特に事情を伝える事なく門番があっさり中に入れてくれたくらいかしら? それも当主が直々に連れて来た客人なら違和感はないからね」


さあ、どうだ? と言わないばかりに私は顎を上げて彼方が話すのを待つ。別に間違いだったとしても気にはしない。ちょっとしたお話の延長なのだからそもそも。

自信満々に振舞いながらも戯れ感覚を抱いているとーー。


「………参りましたね。噂以上の方だ」


お手上げな風の口調で息を吐きながら彼女は諦めた装いで付けていた面に手をやる。

ゆっくりと、それがどれだけの重みを見せるかのように。ただただ簡単な動作である筈のを眺めるだけに此方が必要以上に神経を使わせる。このカナリア・シェリーを持ってしても身構えたくなる一連の動作。鬼が出るか蛇が出るかとはこんな時に使うのだなと理解した。

まあ出るのは鬼だけなのけれど。


「では改めて自己紹介しましょう」


そして外した。


「私はーー神門家当主、神門 光華。鬼の加護を授りし異形の後継者であり、または宝剣ーー天地冥道に選ばれた天帝命神の後継者です」

「………」


覗くは黒と白の間の灰色に鈍く光る髪。頭部には悪魔とはまた違った形の短な一角。瞳も同じく灰色かと思えばそこは東洋人のそれと変わらない漆黒。白過ぎて華奢な印象と大人しそうな整った顔立ちとは相反して震えそうな威圧感を纏っていた。

看板が強大過ぎる。比べるものでもないのかもしれないが、九大貴族の中でも飛び級の人物であろう。他で知る無暴の少女や天器を扱う貴族はともかく、自称剣聖すら霞むような圧倒的な存在。しかし来たる災害に備えた最終兵器としてならこれくらいは必要なのだろう。エイデス機関辺りと比べても何ら遜色ないかもしれない。

実力なら如月さんと同じくらいか、宝剣を含めば彼女を超えそうな勢いである。


「あの方も極めて特殊な人です。魔眼と邪眼を持ちし人知の枠から飛び出た者。比べてしまうのは失礼かもしれません」

「そうね、少し知っている常識から外れてついつい変な考え方してしまったわ」

「常識から外れているのは貴女もそうではないですか?」

「これでも常識人として意識しているんだけど」

「持つ力の話ですよ」


いや、互いにこんな会話を繰り返しても仕方がないと2人はこの話に区切りを入れる。

兎に角だ。姿を隠す為の行為なのは頷けるが、それではどう私達と話をするつもりだったのだろうか? まあ、既に話はしているのだが、本人がこう遣いに成りすましていたら正式な取り決めを一体私達は誰に向けてしようとな意味である。もしこのまま気付きもしなければどうなっていたのか?


「体裁上、エイデス機関の方々を門前払いするのは当方もそれなりに問題が生じますので一先ずは招待させてもらいました。ですが、私の存在を見破れなければ影武者である偽りの神門 光華にお引き取り申し上げてもらうつもりではありました」

「試した………訳かしら?」

「すみませんがそうです。いきなりの外部から時を経て、代々受け継がれてきたこの問題に易々と関与させるのは鬼神様と天帝命神様の顔向け出来ません」


遣いに扮していた時の台詞とは思えない。さっきのは単に会話を合わしていただけなのか?

末恐ろしいが、今はまた流れは違う。


「それなりの筋があっての事ね。で、どうかしら? 私達は貴女の目にかなったのかしら?」

「はい、貴女方の定時した条件をのみましょう」

「ふう、と安心して良いのやら」


結局呪いを解く術も他にあるのにわざわざ死地に赴いているようなものだ。それでも乗りかかった船であるし、今更遠慮しときますは流石に無礼極まりなさそうだ。


「先ずはカナリア・シェリー様には呪いを解いてもらう所から始めた方が安心でしょうか?」

「シェリーで良いわよ。私だって普通に話している訳だし」

「ではシェリーさん。早速手短に済ませる方法で呪いを解除しますか?」

「出来るならそうして欲しいわね」


面倒ごとは早めに済ますに限る。いつ緊急事態になるかも分からない状況で選択肢が狭まる状態では溜まったものではないし、彼女にも申し訳がない。折角目にかなったのもあるし、多少は力にならなければ自身の沽券に関わる。

ーーとは思ったのも束の間だったと私は後悔してしまう。

何故なら途端に神門 光華は何もない場所から自身よりも長い刀身の刀を持ち出したのだから。


「!?」


それはまるで半透明のような極細で極薄な刃。若干透けて向こう側の持ち手の姿すら映し出されていた。何でも斬れるが簡単に折れてしまうと言われるが、正にそうだろうと思うくらいに儚い硝子のような塊。空を薙いだだけでも根元から容易く折れてしまいそうだった。

代わりに刀からは不思議な神々しい力を感じる。神が生み出しし物だから当然ではあるのだろうけど、何かこう自然の結晶とでも言うような宝石みたいな美しさを抱く所宝剣なんて名称がつくのも頷けた。

ただ何故今抜いたのかだけは疑問でしかないが。


「これが絶対剣と呼ばれる一つ。宝剣ーー天地冥道です」

「え、ちょっと待って」

「? どうかされましたか?」

「何で今ここで出すの?」

「斬る為です」

「何を?」

「貴女を」

「え、ちょっと待って」


振り出しに戻るような応酬が始まり、繰り返す流れではないのかと考えた矢先に彼女は誤解を招いているのを悟り、理由に補足をつける。


「正確には貴女の呪いを断ち切る為です」

「確かに何でも斬れるとは聞くけど」


可能なのだろうか? と言うよりそもそも私ごと一緒に斬ってしまうのではないか?

呪いを解く代わりに真っ二つとかは洒落にならないわよ。


「詳しくは話せませんが、斬るそのものが適用されれば後は使い手次第で病魔や空間さえ斬れます。同時に斬る必要がないと使い手が判断すれば斬りたいものだけ斬り、斬りたくないものは斬らないなんて芸当も出来るのです」

「神業………って神が作ったからか」

「軌跡を描かなければなんて意味はそこから来てる部分もあります。因みに非常に脆い刀ですが、折れたり砕けても再生はします。恐ろしく遅いですが」

「意外………伴う代償としては安すぎるわね」

「正確には神が作ったよりかはこの世界が生み出した産物に近いのです。剣とは人の匠の力が治し、鍛えますが、これは万物により自然石の如く研ぎ澄まし、再生される」

「道理で………」


世界に3つある一つの剣は天器なんかを遥かに圧倒する力を備えているのは話だけで伝わる。

そう考えるとオルヴェス・ガルムが所持する聖剣ゼレスメイアもまだカラクリがあるのではないかと思わざるを得ない。絶対剣に選ばれる彼女を見ると彼もまた特別な因果を抱えた異端ではないのか?

ならば余計に喰えない人物なのは嫌でも抱いてしまうがーー。


「一応確認するけど信じて良いわよね?」

「はい。もし私が本気で斬るつもりならば貴女には斬られる瞬間が感じ取れる筈です」

「そんな効果もあるの?」

「いえ、貴女程の実力者ならばの話です」

「あ、そう………」


変に称賛されたけど、感じ取れるかなんて自信はないわよ。幾ら何でも天才とはあくまで魔法の分野が秀でてるだけだから過大評価されて誤解しないで欲しいわ。

でもここまで来たらどうにもならないのはあるから腹を括るしかないのよね。

ええい。ビビってても埒があかないわ。


「じゃあ信じるわ。手短に終わらせましょう。まだ安心出来る状況でもないし」

「意外に命が潰える瀬戸際なのに決断が早いですね」

「どうせここで終わるようじゃ悪魔にも勝てないような気がしただけよ」

「益々気に入りますね。貴女のこと」


開き直っているだけなのだけれどね。

クスリと笑う灰の少女の不敵さにやれやれと思いながらいい加減に敬語口調を止めてもらうように促す。さっきもカナリア・シェリー様だとか大層な呼び方を九大貴族からされるのもげんなりする。

もっと和の国のお偉いさんらしく「じゃ」とか「儂」とか使ってもらいたい。

しかし何故か向こうは首を傾げながら疑問符を入れながらこう返す。


「この口調は平時のものですよ?」

「………じゃ、とか儂とか使わないの?」

「一体何処でそんな間違った情報を………」


何か恥ずかしなって来た勘違いの為によく分からない空気が場を支配してしまう。

どうやらその言葉遣いは年長者が主に多用する語であり、彼女はと言うと意外にも自身と然程変わらない年齢であるようだ。

ある意味一番驚いた所がそこな辺りやはり常識人からズレているのを否めないのが悲しいであろう。


閑話休題と言いたいが、一変してしまう。

和みの空気は何時迄も続きはしないのだ。

幸か不幸か私を中心にーー。


「ッ!?」

「!?」


2人は見向きもしない内から感じ取った。悪寒や寒気なんてわかりやすいものじゃないある何かを。それはまるで心臓を鷲掴みにされた感覚。いつ死んでもおかしくない状況下へ陥った最悪の事態に携わっていて危険信号が極限まで高まっている状態。

重力は増し、指先すら動かせない程の殺気。空間は小さな悲鳴を上げて震え、地は微かに揺れる。

かつてない危機、災厄、絶望。それらすら生易しいのではと思わせるくらいにこの世の終末が漂う気配。この天才、異端を持ってしても意識せずにはいられない恐怖。傍らにいる神の力を振るえる万物の刀を持ちし者も流す嫌な汗が同じ感想を抱いていると判らせた。

誰だ? 何者だ? なんて思いはしない。

結論は背後にある。

私達はゆっくりと振り返る。亀よりも遅く鈍い動作でようやく後ろの空間を視界に抑えた。


「見つけたぞ余の身に宿りし力の片割れ」


そこには湾曲する角を頭部から伸ばす鮮やかな漆黒の髪を持つ女性が佇んでいた。当然人間ではない。

悪魔だ。

自分で言っといてなんだが、確かに見れば分かるは適切だった。

その姿を見ただけで聞かずとも思い知らされる存在感に私は正体を吐露する。


「冥天のディアナード………」

「ほう人間。余を知るか」


事前に聞いていたからね。なんて軽口すら叩けなかった。彼女の一挙一動が全てを制限してしまう。もし下手な事をするならば即死亡みたいな圧力が場を支配している為だ。本人にその気があるのかは判らないが、そこに居るだけで周囲は感じ取ってしまう程の存在感。

強いなんて陳腐な発想じゃ例えられない強大な相手。これまでの悪魔とは一線を凌駕する差を見た。織宮さんや魔天のエルドキアナの言っていた事は嘘ではなく、事実。こんなのと背比べするなんて無謀な考えは有り得ない。

瞬時に私はこの馬鹿げた迫力を放つ悪魔を相手にあの黒髪の青年はよく生還出来たなと思う。

率直な感想を言うとだ。

勝てる見込みは此方が現時点の総戦力を持ってしても1割未満。若しくは限りなくゼロに近いのが異端の天才の見解である。これでも大分甘めの希望的観測な視点からだからやはりゼロの可能性すらある。

いや、化け物とは正に目の前の相手だわ。対峙しただけで理解してしまう力量なんて相当な戦力差がないと考えられないもの。簡単に例えるなら1対100ーーいや1対1000の開き。素人目からでも確実に無理だろうと結論が下される程の明確な壁が出来上がってしまっている。

まだ彼方は一言口を開いただけだと言うのにーー。

こんな敵に勝てるのが限られてくるのは必然としか言えない。

ただ何方もこの場には居合わせていないのだけれど。


「その様子だと余以外の同胞でも重ねているのか? 差し詰め堕天のルーファスか、魔天のエルドキアナ辺りではなかろうか?」

「………」

「流石に流天のヴァリスならばもう少し対応が違うだろう。あれを知っていればそんなに慎重にいられはしまい」


楽しげに話す悪魔。聞く側からすれば心底穏やかでいられない。

まあた知らない名前が浮上したよ。眼前の勢力でいっぱいいっぱいなのに変な情報を与えないで欲しい。

なんて悠長に構えている場合ではなかった。戦況で言えば争いが勃発する前から既に後手なのだ。打開していくしかないのである。

しかしどうやって?

こうなれば身に降りかかる呪いを解いている余裕すらないからもうカナリア・シェリーの力なんてしれている。いや、万全でも通用するか以前なんて次元かもしれない。

既に構えもしない相手からの重圧だけで根尽きそうな状況。真面目に白旗を挙げたいくらいだ。

ーーが、この存在の出現に気付かない彼等ではなかったのが不幸中の幸いと言えるかもしれない。


「おいおいッ!? 早速お出ましかよッ!?」

「悪魔もそうだけどもしかして彼女は神門 光華じゃない?」


エイデス機関と言う有能魔導師の中でも指折りの実力者がこの場へと到着する。

片や生還した実力者、片や堕天のルーファスと呼ばれる悪魔を退けた化け物に近い魔導師。2人共が修羅場を潜り抜けてきた歴戦の強者であり、英雄の一員なのだ。これ以上に頼もしい味方は現時点の私の周りにはいないであろう。

尤も相手が人間であるに限る話ではあるかもしれないが。

それでも場には必然な手札は揃ってはいる。後はどの状況で切っていくかがこの戦いの鍵を握るだろう。

下手すれば絶命。全力を尽くしても上手くいくかどうかが本音。この天才達を持ってしてもだ。

敵はそこまでの規格外を誇っている。

こんな唐突な展開ではあるが、もしかしたらこれが最初で最後の最大の相手であるかもしれない。私のこれから繰り広げていく物語でそれ以上を超える死闘を知る事はないと思う。

勝つしかない。可能性が少しでもあるならば。

その為の手札ではなく、切り札はある。


「今は目の前の敵に集中よ。気を抜かないで!」


一同は臨戦体勢になる。

悪魔はようやくその様に獰猛な笑みを宿しながら優雅に構え口を開く。


「面白い。余を精々楽しませてもらおうか」


戦いの火蓋が切って落とされた。

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