–天才の知らない世界②–
構築開始。属性は火、熱の陣を空間に作る。効果は上昇と合成が基盤になる。発生した陣の文字は宙で一定の規則で回転し、発動を控えた状態で待機。
構築開始。属性は地、対象である辺りの大地を囲む形で陣を作る。効果は合成のみで刻み上げる文字が青く光りを放つ。
2つの魔法陣を重ねるように合体。単純な文字の羅列だったのが複雑化し、更に輝きを増して色を橙色に変化させる。
完成した現象は地熱。冷え切った大地を芯から暖めて薄い氷の膜を張っていたのが水分へと変わり、続いて蒸発する。
主に大気の温度を冷やして周りを表面から凍らせた彼女に対して私は下から温度を上げて相手の魔法を呑み込んだ結果、状態は何もなかったものか若しくは少し暖かいくらいの空間に落ち着いたのだ。
簡略化した図式としては朱色の女性は風と水の派生である氷による温度低下。自身は火と土による温度上昇。
意外に難しい技術ーーらしい。
ーーと、長々した解説は全て存在しない。私が暖かくなれと魔力を練りながら意識した結果冷えた空間が元通りになった訳だ。ただしそれを出来るのは向こう側も同じだがーー。
「澄ました顔で無詠唱の複合魔法を使えるようね」
皮肉めいた言い方をするボルファ・ルナも別段顔色を変えた雰囲気はない。寧ろそれくらい当たり前でなくては困ると述べたそうな笑みですらいた。
それは此方も同じで、この程度で終わってしまったら肩透かしも良い所である。
「挨拶代わりって所ですよ? 先生?」
「タメ口になったり敬語になったり、あんた結果性格悪いわね?」
「お互い様。でしょ?」
うるさいと、口には出していないが、代わりに魔法で応答があった。
パキパキと私を囲むように大きな氷山を形成させる。瞬く間に視界は氷の世界に移し変えられて、零度の国へと誘う。
次に指と指を擦る音が木霊した。それを合図に氷山は崩壊を始め、雪崩のように襲い掛かる脅威へとなってしまう。上から硝子の破片が落ちてくるに近い状態で全方位から降り注ぐので脱出経路はない。地面に潜る方法もあるが、土竜みたいな事はしたくもないのだ。
と言うか避けられなければ大怪我してしまうわよこれ。
学生相手に大人気なくえげつない魔法。実戦と言っても過言ではない洗礼みたいな意地悪染みた力は普通の有象無象の人達なら成す術すらないだろう。
普通ならね。
「………危ない危ない」
結論から言えば難なく此方の魔法で突破した。
土から生成した大きな土偶が私を庇うように守って氷の岩を跳ね除けたのである。
だがそんな土偶も次には凍らされてしまい、跡形も無く砕け散る。
折角良いものが出来たのに。
「今では構築の理解さえあればどの属性も使えるご時世になったけど昔は複数の属性を扱えるなんてなかったのよ?」
「まあ、天才ですから」
「天才でも無理な所業だったのよ」
「先生ですら?」
「………一々腹立つ言い方ね」
否定しないのを見ると事実なようだ。魔法も科学と同じで絶えず進化を続けている。正確には魔法の難易度が下がって扱い易くなったのだ。朱色の女性もまた時代に合わせて過去に不可能だった事が普通になっているのに感心しながらも偉大な事だと身に沁みた風な言い草である。
そんな昔の天才。現在でもそれは変わらないのだろうが、基準の軽い天才だと思ってしまう。
私なら当時でも変わらずに同じ技術を使えると自負すら出来るだろう。
だからギルドマスター級なんて彼に言われる訳だけど。
「天才なのはこの攻防だけで判るわ。複合魔法も何ら問題ないし、使う属性の偏りも感じない安定した発動をしている」
ただーー。と彼女は区切る。何か物足りないような物言いに私は不満を覚えながらもどんな言葉を放つのかに興味を持つ。
まだ世の中が凄いってのを知りたいのだ。自身のいる場が霞むような知らない世界を教えて欲しい。
例えばーー。
「あの7年前の落ちこぼれさんには負けるとか?」
「!」
図星かやはり。先程の黒髪の青年が付き添いとの情報から多分知っているだろうと予想して尋ねた甲斐がある。
確かに世界を救った英雄と比べれば分が悪いのは此方であろう。私はまだ世界を救ってもいなければ英雄と呼ばれる大業を成した訳でもない。しかし実績の問題だ。戦時と戦後の人をそこで評価したって仕方がないだろう。
意外に負けず嫌いな一面を持つ私は少しばかり辛い言い方で意見を述べる。
「所詮過去の栄光じゃない? 落ちこぼれは落ちこぼれでしょ? もし私がそこに居れば確実に私が上なのは明白だわ。今何をしているかは知らないけどそんな英雄とか持て囃されてる落ちこぼれさんになんか負けはーー」
「ーーは?」
自身の口はそこで止まった。いや、止められてしまった。
魔法とかによるものの影響ではない。また別の違った技で成せられる体験した記憶のない現象。
重々しくて、空気が変わって、寒気がする。重力でも風でも氷でもないが、それらを全て一緒にして使われたような感覚。
1つ言えるのは、どうやら私は何かしら彼女の地雷を踏む発言をしてしまったようだ。浅い怒りではなく、もっと奥底から湧き出る本気の怒りの。
そして氷点下を想起させる息を吐き出しながら落ち着きを取り戻す彼女は語る。
「無理ね。あんたじゃ歯が立たないわ」
「………断言してくれるのね」
「ええカナリア・シェリー。あんたは幾つか勘違いをしている」
「ど、どういう事かしら?」
これが気押されてしまったと言うものなのだろうか? 意地がなければ足を後ろに進めたくなるような正体不明の力に踏ん張る。
それにこうも真剣に放たれた言葉。まるで口にするだけで禁忌みたいな重みを持ち、圧倒的な届かない領域があると思わせてしまう落ちこぼれの存在。多分彼女程の実力者が認め、怒り心頭するからこそ余計に真実味を帯びて理解してしまうのだろう。故にこの瞬間だけは行動を誤ったと自覚し、藪蛇をつつくとはこういう事を言うのだと理解した。
そんな中、ボルファ・ルナは説明するのだ。
「1つ。落ちこぼれの彼だけど、天才のあんたには持っていないものがたくさんあった事。例え当時に存在してもあんたが上になるのは有り得ないわ」
「持っていないもの?」
何だそれは? 比べる理由として大きく関わるのか?
とても気になるが、質問も憚れて次の勘違いを伝えられる。
「1つ。今の彼は昔よりも届かない頂にいるわ。色褪せなく、更に磨きすら掛かってね」
「………」
本当ならゾッとする内容。否、事実だと私が認めてしまうからゾッとしてしまう。限界の底がないのだろうか?
よく聞くのは過去の最高を追い越せずに全盛期を終える天才達。だから全盛期なのだろうけど、それが7年前英雄となった自分を追い越すなんて有り得ない。世界を救った時が全盛期でないのなら何処が頂点なのだ?
異例で異端で異質な私ですら畏怖を覚えるのであった。
「そしてもう1つ」
「ま、まだ何か?」
「とても重要」
唐突に指を指される。この瞬間がある意味一番空気が震えて天才なる私が恐怖とかそんな類のものを感じて冷や汗を滴らせた。
彼女は言う。
「何処で誰に聞いたかは知らないけど………」
「ーーッ!?」
大きな魔力の気配がする。方式的には古い手法のようだが、明らかにこれまでの魔法が手抜きで加減していたと判る。
実戦の対峙相手と本気で見て殺るか殺られるかの雰囲気を纏いながら全開の魔法を行使する勢いだった。
嘘でしょ? ここでまさかーー。
制止をする間もなく朱色の女性は大事な言葉を発するのだ。
「話す相手を間違っているのよ!」
「え? え!?」
重要な割には全く意味不明な発言が飛んできて今日一番の混乱に陥る。幾ら天才とは言え判らないものは判らないのだ。
そうして彼女は魔法を解き放つ。
「ストップ!! ストーーップ!!」
「!?」
「あんたはっ!?」
直前の間一髪で現れて止めに入ったのは先程の黒髪の青年であった。多少無理矢理にボルファ・ルナを羽交い締めにしてくれる事により魔法の発動は食い止められる。幸い使い慣れていた魔法だからか暴発もない。
これには助かったと僅かながら思う。未だに抑えられながらも暴れ狂う彼女を見ていると危機は去ったような気がしないが、一先ずは再び魔法を使う事はないだろう。
不特定多数を巻き込みかねない力をもし使われたら堪らない。
同じ感想を抱いているのか、彼も必死に止めに入ろうと言葉を使う。
到底収まりそうな訳がないが。
「お前こんな密集した場所で最上級魔法を使うなんてここを戦場にする気か!?」
「あんたは黙ってなさい!! 変態野郎!! ちょっとお灸を据えるだけなんだから!!」
「オーケーオーケー! ! こんな時でも罵声を混ぜてくれて涙が出そうだ。しかし! ちょっとの惨事じゃ済まねえからな!?」
「大丈夫よ! 周りの景色がある程度雪国になるだけだから!!」
「それ雪国じゃなくて軽い氷河期だから!」
ふざけたやり取りではあるが、依然必死さが途切れないから落ち着けない空気である。
あれは最上級魔法の陣。魔導師ならいつか目標にする一種の通過点。ただ、その通過点は単純に魔法を扱えるだけでは到達出来はしなく、実戦等で経験を得ていく果てにある名前の通り最上級の難易度を誇る力。天才だけでは無理だし、努力しても届かない時もある。
その代わり、得られた瞬間に壮大な成長を遂げる事になる。言わば限界を超えた先を見れるのだ。
当然魔法産業には大きな手助けになる。もし大戦時代や7年前なら相当なお偉いさん階級に特進出来る身分にもなったであろう。
難易度に伴った力は災害級にまで迫る脅威で、モノにもよるが街から都市まで機能不全すら可能な恐ろしい魔法として無闇に使えない制限制約を義務付けられている場所もある。
実際今発動が成されたと仮定したら被害は下手したら学園の建物にまで及んでいたと思われる。つまりここら一帯は氷の国になっていた。
想像するだけで恐ろしいわ。そんな馬鹿げた技を学生相手に使うかな? 普通。
「何でそんなに怒り剥き出しなのかは知らないがいい加減収れ!! こんなの息子に見られたら2度と近寄らないぞ!?」
「う………そ、それは………」
ん? 何やら意外な情報が入ってきたような気がする。
まさか、と疑いたいくらいに似合わない印象が本当なのか、私は尋ねてみた。
「あの、もしかして子持ちさん?」
「そうさ。コイツこう見えて一児の母親なんだよ」
嘘でしょ? とすんなり聞けた解答に違和感しかない。学生相手にムキになる人のだから尚更であるが、彼の奥の手みたいな息子と言う合言葉を使用したら予想外にも大人しくなるので間違いないのだろう。
どれだけ息子に弱いのよ。
鬼の形相は一体何処に行ったのやら。と半ば呆れる所へ黒髪の青年は「因みに」と付け加えた情報を述べる。
聞いた私は瞬時に鬼になる理由を把握してしまう。
「ーーコイツの夫だけど、さっき言っていた落ちこぼれさんな」
「………」
時間にして3秒。多分間の抜けた顔で沈黙した。何回か言われた言葉を脳内で反復して、ようやく理解が追い付く。
そして自分でも似合わないと自覚しながらも盛大に驚愕の声を漏らすのである。
「ええええぇぇぇッッ!!?」
あ、そう言えばすっかり菖蒲の少女が蚊帳の外なのを思い出した。と言うかこの事態の収集は一体どうするのだろうか?
集まる学生の野次馬達に嫌気がさしながら考えるのだった。