−天才の宿命−
眠りから起こされた時点で中々に緊迫した面構えをするエイデス機関の二人を見て色々と悟った私は目的地にたどり着くまでの間で士気を上げ、準備に取り組んだ。
そうだ。大方あの質の悪い(中でも飛び切りらしい)悪魔が潜んでいるのは殆ど確定事項だ。とっくに戦いなんて始まっているとさえ言える状況下に身を投じているのを忘れてはいけない。なんなら到着した時点でそこは火の海と化している予想だって否定出来ないくらいだ。当初の目的は身に受けた呪術の治療ではあるが、悠長な観光旅行感覚で向かうのは甘い考えでしかなく、乾坤一擲くらいの心構えで挑むのが正解だ。またでたとこ勝負による惨劇なんて二の舞過ぎるからなんとしても防がなければならず、寧ろ此方から先手を打って流れに乗るべきである。もはや油断や驕りを見せたりもしない。前回だって列車内で騒ぎもあった訳だし、余計に気を張ろうではないか。そう意気込みながらカナリア・シェリーこと、異端の天才の私は神経を研ぎ澄まし大和国へと辿り着いたのだった。
結果ーー。
「随分平和で賑やかねー」
「東洋は独特の産業を発展させているからな。活気があるのは当然だよ」
「表向きは………だけどね」
「違うだろ? 一部が訳あり家業なだけで大半はこんなものでだな」
「いやいやいやいや。私が言ったのはそう意味じゃなくて」
駅から市街へと降りた先の光景はまるでセントラルと同じか、或いはそれ以上の人の交通で賑わっていたのだ。黒髪の青年が述べたように東洋ならではの変わった造りによる木造型建築の建物が入り乱れるように並び、出店もそこら中に構え、都市を分断するように伸びる水路がひたすら一直線にあってその先には一際目立つ豪華絢爛なんて言葉が似合うような巨大な建物が聳え立つ。確か寺とか呼ばれる個性のある名前の屋敷で、私とかが住む場所で例えると教会の規模をでかくしたものらしい。
神を祀る為の神聖な所で此方と比べて一際強い信仰心があるだとかどうとか。レミア学園で見た文書に記載されていた。確か開闢神ーー天帝命神と呼ばれ、この地に恵みと生を与えた原初の神らしい。少し違うが同じ”みかど”と読む九大貴族の神門家は関連があるのだろうか? しかしあれは鬼の末裔とされているのでまた違うのだろうか?
とにかくあの佇む屋敷はその開闢神を祀る場所らしい。んで更に遠くに見える山があるのだけれど、そこがどうやら神門家の総本山。原初の神が始めて神の座を与えたのが鬼神で、その一族が鬼。そして今も尚受け継がれたのが神門家。ややこしいが、ざっくり言えばこんな所だろう。
恐らくは神門家なのか鬼なのかに関係するかもしれない悪魔である冥天のディアナードが暴れているのを想像したが、見事な肩透かしである。
本当に何も起きていない。此方が先回りしたなんて可能性はあり得ないのでもしかしたら目的地の道程と被っただけではないのか? それならそれで良いのではあるが、一体何だったのあの緊張感ある流れは。
「まだ地下に潜っているだけかもしれないから意識はしといた方が良い」
「………確かに」
「そんなコソコソした気性には見えなかったけどな」
「どっちを信じたら良いの!?」
ちぐはぐな意見に翻弄されてしまう。もしかすると深く考え過ぎるよりぶっつけ本番の方が気楽なのでは? と先程まで固くした意志が早くもブレ出す。
「まあ、ここで立往生したって仕方ねえ。向こうの意図が見えない以上こっちも今やれる事を進めるしかないさ」
「それもそうね」
「いつの間にかまとまってるし………」
溜息が出るばかりだが、真っ当な意見である。一先ずはこの身に受けて悪化した呪いを綺麗に落とさなければ何も始まらないのだ。最優先事項を完遂してからでないと悪魔はおろかゴロツキ相手にすらまともに対処出来ない。
「でも面会予約取ってないのでしょう? どうするつもりなの?」
「このまま行くしかないだろ」
「それは歓迎されるのかしら?」
前途多難な出だしである。動かなければいけない状況なのは判っていたのに前準備が適当過ぎて怒る気力もない。
「と言うよりかは約束を取り付けても意味がないって事さ」
「え? どういうこと?」
何かよく理解出来ない言葉に疑問符が浮かぶ。
意味がないとはハナっから断られるからを指しているのかまたは別な理由なのか?
果たして彼は神門家の何を知っているのか?
「そーだな………あそこはーー」
その時であった。
何処からともなく押し寄せてきた唐突な言葉はーー。
「お待ちしておりました。御仁方」
背後から投げ掛けられた声に3人は最大の警戒しながら振り向く。そこに居たのは不気味な鬼を模したお面ーー鬼面とでも呼べるものを被った女性らしき人物であった。
背丈、声量、体躯を見た限りに加え、明らかに女性が纏いそうな一風変わった衣装に包まれていたのである。黒に青紫の花らしき刺繍が混じるそれは恐らく東洋では馴染みのある和服と呼ばれるもの。一見動き辛そうな感じだが神聖さを帯びた印象があり、きっと客人に対しての正装なのだろう。
ただ出向いた覚えはあっても招かれた覚えはなく、何故約束を取り付けてもない筈なのに此方の動向を把握しているのか?
「街中の真ん中で随分とご挨拶な登場ね」
「大変失礼致しました。遣いの身上にご無礼をお掛けます」
噛み付き気味な対応をヒラリと躱して謝罪する彼女、或いは彼。きっと彼女だろうけど、とにかく敵対心がないのは伺えた返答内容に警戒心は収まる。
遣いが寄越されたのは助かる話だけど、やはり疑いだけは残る。
それにーー。
「貴女………」
「はい? 何か?」
「………いいえ、何でもないわ」
何だろう? 一瞬だけ不協和音のような違和感を覚えた。まるで僅かな間だけ表面化されたのが息を潜めたみたいだ。敏感な体質だからこそ感知した細い糸。多分織宮さんと如月さんは気付いた様子がなく、単に目の前の人物を遣いと決めてその先の推測に頭が回っているようだ。
私はもっと別なものを抱いたが、それがどんなことを意味するのかも判らないので今は隅に追いやろう。まあ相手側陣営が得体の知れない存在だと言うのだけは確かではある。
敵対心はなくとも敵ではないなんて根拠は流石にこの展開からは無理があるのだ。
まずは情報ね。
「質問良いかしら?」
「何なりと」
「そもそも誰からの遣い?」
「大方予想出来てるのでは?」
「じゃあ確認。神門家の遣いでよろしいかしら?」
「間違いありません。神門家の当主である神門 光華様の遣いであります」
「変ね、私達が来るのを予期していたとしか思えないわ」
大和国への段取りが決まったのがつい先日。黒髪の青年が面会を取ってないのだから相手側こそ予期せぬ来客な筈だし、この感じだと何故来たのかすら知っている可能性も匂う。
おかしな話なのだけれど、これなら織宮さんが言っていた台詞も頷ける。
話を通す必要なんてないわ。
ひたすら不気味である。
「事前に探る手段でもお持ち?」
更に掘り下げる。
要は私達の情報が何処かから筒抜けに漏れていたのではないか? ならばこうして意表を突かれるのも仕方がない。
「いえ、神門様は一切そのような手段を用いておりません」
「腑に落ちないわね」
「強いて言うならば御告げがあったのかと」
「御告げ?」
益々訳の判らない内容を発する鬼面の人物。もしその面を外したらほくそ笑んでいそうな少し面白がっている口調だ。普通なら腹が立つが、今はただただ不気味で不快さしかない。
神門様ってのは一体何者なのよ? この人が神門の遣いなら神門は神の遣いかのような公言ぶりに無意識に目を細めてしまう。
そんな私の様子に気付いたのか彼女は補足らしき台詞を付け足す。
「天帝の御告げです」
「………それは?」
「カナリア・シェリー。そろそろ立ち話は後にしましょう。あくまでその人は遣いなのだから」
「ああ、聞くなら本人に聞けば良いだろう?」
ここで静観していた二人はようやく会話に割り込み出した。意見が纏まったのか、事を円滑に進めだそうとしている。釈然としないが、確かに直接聞いた方が早いのは否定出来ないのでこれに従う他ない。
だがどうしてかその考えが正解とは言えない違和感が底に渦巻く。何かこう都合が悪い話を上手く誤魔化すようなそんな感じだ。いや、これは流石に疑心暗鬼過ぎなのかもしれない。つい最近も罠に嵌められたばかりだから些か勘繰り深くなっているのだろう。
私はそんな自身の不安に蓋をして鬼面の人物の案内をしてもらう。
「まあ、ただある程度手短には済ませたいから向かいながら要件話すぜ? と言うよりかはもうそれも把握済みか?」
「いえ、詳細までは」
「じゃあ簡単に説明するぞ」
そうして彼は淡々と経緯を語る。
まずはこの私、カナリア・シェリーが呪術解除に失敗により事態が悪化して専門家の治療が必要に成らざるを得なくなったこと。その専門家が大和国の神門家の息がかかった魔導師に限定される為、こうして出向いている。
更に加えて公にはしていないが、大和国方面に鬼神の力を持つ勢力が赴いていること。そしてこの事態に対処出来る戦力として私が必要不可欠な戦力としてここに居る状況。
非常に簡潔であり、自身の治療を疎かにしない配慮のある説明だ。
ほんと、助かる人物である。
キモいけど。
「………そうですか」
「冷静ね。神門家からしたら鬼神がどんな扱いかは言うまでもなくて?」
これもまるで予期していたのか、あまり変わった様子を示さない。
如月さんの口調振りからして鬼神の存在は彼等にとって大きなものではあるようだ。まあ鬼の末裔なのだから信仰心の強いこの国では拍車がかかるのはおかしな話ではない。
なのに何故? 鬼面の内側でどんな顔をしているの?
「神門家には古くから言い伝えがあります」
「………」
そんな心情は他所に彼女は不意に語り部となる。
「大和国の原初の神。天帝命神がこの地に生と恵みを与えました。草木、水、大地、生物。後に誕生したのが我々人間。天帝命神はその世界の創生に喜びを覚え、行く末を見守っていました」
お伽話に近い歴史。よく有りがちな展開だが、特に際立った事ではない。問題はそれからであろう。
「神はやがて新たなる生命を創り出し、後の大和国の守り神にさせようと考えました。死の概念はないですが神とて流転を繰り返していく存在であり、一に留まらず」
言うなれば私達も神の一部。授かりし命を後世に繋ぎ、故に輪廻する。と、伝承論に至る。いつ迄も同じ存在が留まるのは世界にとって大きな影響を及ぼす。なんて簡単な解釈だけど遠からず近からずだ。新たな後継者が必要な点では原初の神の行為は正しい。
ただし、都合良く世界は周りはしない。
流転はしない。
「この地に生まれ降りた生命とは鬼。人であり、人ではない半人半獣とも言える生物」
人はいた。動物もいた。なら間を取った有能な力を持つ後継に相応しいのを創生するのは当たり前なのかもしれないが、必ずしも正解であるとは限らない。
神にも過りはあり、謝りはあるのだ。
全知な為に無知な生命を知らない。
人間とは神が考えているよりも不完全な存在であるのを。
「神の生み出した生命達は争いを始めました。それがいつ迄続いたのか細かい期間は判りませんが、やがて収束して長い長い争いは終わりを迎えました。そして当初の目的であった鬼神の目論見は成就した訳です」
解決したと言えば良いのだろうか?
違う、あくまでそれは大和国の個の問題が済んだに過ぎない。
歴史はまだ現在に追い付いていない。
「直後、今度は【大いなる戦い】が始まった訳です」
【大いなる戦い】。魔族と人間の壮絶で最悪の戦い。今でも民衆の大半以上は実際の出来事として認知していないもの。
ここらで悪魔との繋がりが見えてくるのではないか? の予想はどうやら正解のようだった。
「結果は広まっている通り人間が勝ち、魔族を封印したようになっていますが。神門家に伝わる言い伝えでは鬼神と鬼達が抑え込んで人が封印したと言われています」
つまり鬼の力がなければ魔族達を封印出来なかったのかもしれない。いや、その話通りならば鬼神と鬼はそこで滅んだ形となる。
「そうです。神門家は鬼の加護を受け継いだ後継者なだけであり、鬼の血を引いているのでは正解にはありません」
成る程。真実はそのようになっている訳だ。だから鬼神の存在は神門家では大きな意味を、影響を示しているのは判った。
「鬼神の力は恐らく奪われた………。これに関しては大いに考えられた話でありました。故に天帝命神は【大いなる戦い】が終わった直後に残された力で鬼神の力が迫った時の為にあるものを神門家に残しました」
あるもの。
それはーー。
「神器ーー。あなた方の認識で言えば宝剣ーー」
絶対剣。
「天地冥道」
鬼神の力に対抗出来る数少ない私達の切り札の一つがまさかこの場面で登場するとは流石に想像なんて出来なかったのである。




