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◇旋律と蒼天のブライニクル◇  作者: 天弥 迅
第三章 変わる為に
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−天才が行く④−



「随分と疲れてたんだな」

「そう………みたいね」

「お前も寝とけば? 酔いもマシになるだろう?」

「大分落ち着いて来たから大丈夫」

「さっきの道は結構悪路な感じだったもんな」


織宮 レイと如月 愛璃蘇は静かに寝息を立てる異端の天才少女を眺めながらそんなやり取りをする。あれだけ高飛車な性格の彼女も寝れば人の子と言わないばかりに無防備であり、年頃さを感じさせる寝顔だ。

もしかしたら全然休めてないのではないのだろうか? と黒髪の青年は考える。会話している雰囲気ではどうにも神経質な印象があって色々と考える事が多そうに見えるからその為なのか?

または案外列車の揺れが心地よくなってきたのか?

どちらにせよ疲れていた事には変わりないのは間違いない。

まだ学生で幼い少女。どれだけ強かろうが、天才だろうがか弱い乙女でしかないのだ。そんな風に見えずとも過酷な修羅場を潜り抜けて経験してきた彼等だからこそ言える。


「結局だ。力不足なんだろうな………」

「誰が?」

「俺たちが………だよ」


過去にもそうやって嘆いた事はある。また今回は事情が変わってくるなんて訳もなく、立ち塞がる強敵を他人任せにしてしまっている。がむしゃらになってひたすらに前しか見ていなかったあの頃よりも質が悪い。

少女すら守れない大人の彼等に果たして何が残っていると言うのだろうか?

考えれば考える程に表情が歪むばかりである。


「そんな全部を抱え込んでいては駄目。私達は私達に出来る事をしていきましょう」

「抱え込んできてた奴がよく言うぜ」

「貴方に言われるのも変な話だけど」


お互い様で落ち着くのは必然である。二人ともが今こうして敵対せずに同じ壁にぶつかれるのもたった一人の落ちこぼれの英雄のお陰だ。本来なら手を取り合うどころか接触もしなかったかもしれない抱え込んでいた闇を知りし彼等。だからこそ機会を与えられ、笑えるようにしてくれた人物の為にも頑張るしかない。

彼が帰ってくる間だけでも。


「まああいつに限らずかな? 普通に今の俺達には戦力が少なずぎる」

「確かにそれはあるかも。手を広げている分抜け穴も多いのは否定出来ない」

「ただでさえ色々な事件や騒ぎも任されているのにな」

「軍とギルドが無くなった弊害ね。少数精鋭はそれが弱い」

「せめてなー………」


大きく身体を伸ばし背もたれしながら吐露する。一体何を言いたいのか? と思う発言だが、如月 愛璃蘇はすぐ様に意味を理解する。


「仲間がいれば? かしら?」

「お前が頼りないって訳じゃないぜ? 寧ろ現状この有様だからお前がいないと困るくらいだ」

「………」

「お? どうした?」

「………何でもない」

「?」


まさか彼の口からそんな言葉が出るとは流石に予測範疇を超えていたようで彼女は僅かに頬を染める。当人は意識してないだろうが、それでも中々な口説き台詞は反則でしかない。

徐々に恥ずかしさが込み上げてきた東洋人の少女は何とか話題を戻す。

まだ脱線した訳でもないが。


「ところで皆はどうしてるのか知らないのかしら?」

「あ、ああ。そうだなぁ………じゃあ先ずは最近の話でならレミア学園でルナちゃんに会ったぞ」

「あそこで?」

「元々生徒だったしな。講師として呼ばれたんだとよ。危うく学園が氷河期になりかけたが」


母校を何だと思っているのか? と問いたくなる話が聞こえた気がするが、逆に変わらずな様子の話に僅かに微笑する彼女。昔の事件後から多少なりと共に過ごした時間があるからこそ判ってしまうのだろう。


「相変わらず喜怒哀楽の激しい人ね」

「主に怒だけどな」

「良いじゃない元気そうで?」

「あれ? 恋敵なのに意外に辛辣にならないのな………って痛ッ!? ちょ!? 怪我した足踏まないで!!」

「はい。次は?」


怒にさせてるのは貴方だと行動で示すが、どうせ気づかない事に考えが至って1人目の話に区切りをつけた。


「(あれだけはあんまり思い出したくないから掘り返さないでよね………)」


ここだけの話で、当初一人の男を巡って三人の女性が醜く争った時期があったのを思い出して最終的には譲った訳だが、それを知る者は女性陣のみである。故に眼前の青年は今もなお勘違いしたままでいる。いや、勘違いでもないから何とも言えないがいい加減諦めがついた話ではあろう。

特に次に向かっている相手に言われるのは中々腹立たしい。

本当に何時になれば勘付いてくれるのか? と溜め息を吐きながらアリスは続きを促す。


「俺も風の噂頼りではあるけど、フェイルのやつがスゲェ有名人になってるようだな」

「英雄ーー聖騎士フェイルね」


それは彼女も聞き覚えのある話であった。

時は遡り、世界の危機を回避して暫くしての事。軍が解体され、散り散りに別れた中の一人である人物。

聞く限りでは解体直後に勃発した手の回らない諸国の戦争をただ一人で止めたとか。名声を上げたのも凄いが、後に諸国のお姫様と結ばれた夢想的な展開の情報の方が彼等からしたら驚きなことであった。

そうして諸国の英雄になり、お姫様の騎士となったのだ。


「あの野郎、俺の居ない所で逆玉しやがって………」

「結局そこに行き着くのね………」

「まあ、せめて一報くらいは欲しいもんだけどな。知らない内にってのも寂しいじゃんかよ?」

「取り残されるのが?」

「ちげぇよ。仲間だからだよ」


向こうにも何かしら事情があるのだろう。散り散りになってしまえばそんな事なんて多々あるのは必然なのだ。それでも気にしてしまうのはただの我儘でしかないのか?


「私もよく言われるけど貴方も随分と変わってしまったよね?」

「………ルナちゃんにも言われたな。あれか? ずる賢くなってんのか俺?」

「違うよ。彼女の場合はあの軍人時代の頃からの話でしょう?」

「お前もだろ?」

「いいえ、私はもっともっと昔から知っている」

「は? もっと昔って………」


それは彼が少年時代。今から赴く場所にかつて違う名で住んでいた時の話。元々は同じ出身である彼女が知っているのは別段おかしい訳ではないが、織宮 レイ自体に覚えが残っていない。

何故如月 愛璃蘇は知っている? 身に覚えがある? と不思議でしかなかった。

いや、1つだけ有り得る可能性が浮上してきた。曲がりなりにも二人は褒められた育ちではないとは言え、和の国では名のある家系だったのである。


「とある会合か?」

「随分と昔だったし、あの頃の貴方は周りに興味を示してなかったから覚えてないのも無理ないわ」


とある会合。言わば彼等だけが知る秘密裏で裏の世界の住人が集う集会みたいなものだ。正式名称すらないそれに二人は幼い頃に数回参加していた。家系が家系なだけにある意味当然なもので案外接点があったのだ。

世間は思ったよりも狭い。


「まるで触れるもの全部を怪我させてしまいそうな裏の人間としての姿だったわ」

「家系の育ちが育ちだからな」

「忍………。やがてガイノス基地で貴方と会った時は慣れない環境の中での唯一の仲間だと感じたりしたわ」

「………」

「でもね。そうじゃなかった。だってその時の貴方には既に昔の面影は全く消えていたから」


例の事件では対立さえしていたのだからそれが終わってからの引取先が先なだけに多少の孤独感は覚えてしまうのは無理ないが、同じ出身地の彼が居るのは色々と通じる部分があって助かるものだと考えた。

だが、予想外にも黒髪の青年は過去の自身を捨てて新しい自分を獲得していたのだ。結局は身寄りがないような気持ちを抱いたままでしかなかった。


「ただ逆に希望は持てたかもね。同じ世界に身を投じた貴方が変われたなら私もって」


結果は周りの意見を聞けば明らかであった。まだ多少の人見知り気味な感はあるが、誰かを傷つけもせず、拒絶もせず、暗闇の道に光を見出した。随分時間が掛かったかもしれない。まだほんの少しだけ変わっただけで何かの拍子に闇に堕ちるかもしれない。

それでもきっと今の変わった彼ならそんな道から救い出してくれる筈だ。

だからーー。


「だからそんな顔しては駄目。私や皆も貴方のことを頼りにしているからレイも皆を信じなさい」

「………」


織宮 レイは僅かに驚きを見せる。

自身は周りの中心だとして考えたことはなかった。当然皆を信じてはいる。ただ、いつも真ん中にはあの親友が立っていてたまたま隣で馬鹿やってただけだ。悪い言い方をすれば脇役みたいなもの。現に軍が解散されれば呆気なくバラバラになってしまったのである。それ以降だって再び全員が集まる機会はなかった。どんどん距離が空いていく皆に対して不安を覚えてしまうのは仕方ない。

目の前にいるアリスはそんな自分を励ましてくれた。頼りにしていると皆を信じてとまるで親友のあいつの居場所に向かって言っているように。

嬉しくない訳がない。過去の自分を一番知っているであろう彼女が尚言うのだから余計だ。

何処かに置いてきた罪すら受け入れて放つ言葉に目を丸くするばかり。

俺よりお前の方がよっぽど変わった、と返したかった筈なのに黒髪の青年はポロっと全く違う台詞を不意に漏らしてしまった。


「………俺もお前がガイノス基地に来てくれて肩身の狭い思いが楽になったよ。お前で良かった」

「………え?」

「あ、………いや、ちがっ! 何言ってんだ俺!? ちょっと待ってくれ。今のはなしなし! 忘れてくれ!!」

「あの………その………?」

「何だこれ? わからねぇ。どうしてあんな意味分からないことが浮かんできたんだ?」


慌てふためく織宮 レイ。如月 愛璃蘇もまさかそんな返答が来るなんて思わず、しかも相手が相手なだけに先程よりも口説かれた気持ちで頭の中が真っ白になってしまっていた。

互いがそわそわしだす光景。もし仮に今カナリア・シェリーが起きており、二人を眺めていたならば恐らく「あとは時間の問題かもね」とニヤニヤしながら漏らしたであろう。


「そ、そうだ! まだあと一人残っているんだせ? まさかお前忘れた訳じゃないよな?」

「え………ええ。変わり者の意味で一番しっくり来る人よね?」

「お、おう! 俺も薄々は感じていたぞ。と言うか色々と破天荒過ぎるんだな! うん!」


無理矢理な戻し方で最後となる人物の話に入った。そしてその人物に関しては極めて特殊であるのが印象的である。

あの件で英雄になった者。変わった者。強くなった者。恋した者。味方になった者。と様々な成長を遂げていた中で、ただ一人だけ型破りな経験をした者がいた。

それは敵として行く手を塞いだもの。


「セラ・ゲルビン。まあ、大半は此方側の連中の魔法が原因なんだけどね」

「確かに奴は稀な魔法を最も嫌らしい手段に用いていたな………倒せたのはたまたまってくらいにな」

「相性が良かったのはあるわね。基本相性が良い相手なんていないから彼女もまた術中に落ちてしまったのよ」

「ああ、ただそれにしてもだ。あの時は本人にも思う所があって、そこをつけ込まれただけでやっぱ放っておけばその内何かあったのは間違いないと思う」

「あら? 珍しく女の子に対して厳しい意見ね」

「案外一番感情的なのはあの子だったって話だよ」


と、そんなあまり良い話のない仲間だが、果たして現在の彼女はと言うと。


「まさかだよ。医療機関の最高権威の医師に抜擢されるなんてな」

「元々治療魔法に関しては秀でた才を持っていたものね」

「噂では胴体真っ二つになった人すら完治させたとか」


流石にそれは盛り過ぎた話ではあろう。しかし実際に限りなく近い所業を成してはいる。これも例の件から開花した賜物。本人の過ちの負債なんて完済してお釣りがくるくらい今は頑張っているのである。

更に言えば此度の織宮 レイの大怪我を短期間にこの程度に収めたのもセラ・ゲルビンと言う仲間の存在があってこそだった。


「本人は大したことじゃないよ、と軽く言ってくれたがスゲェよほんと」

「彼女には感謝しなければね」

「因みにまだ結婚は考えてないんだとよ」

「ま、………彼を諦めたから………」

「英雄と釣り合うくらいの奴じゃないと駄目とか乗り越える壁高過ぎだろ」

「変わったと言うよりは変わってるわね」

「ま、特に普通じゃないけど普通だったよ。またお世話にならないように、とだけ言われて帰らされたぜ」


改めて全員のなり染めをなぞり終わった。そして振り返って話すこの二人も今や世界各地へと派遣されるエイデス機関の優秀魔導師だ。あの事件を乗り越えたからか、各々が相当な道程を刻んでいる。

ただそろそろ皆は幕を下ろしていかなければならない。

まだ前線に立つ若さではあるが、彼等もまた老いと時代には敵わない。やがて次なる世代の者達に託していく頃合いだ。いつまでも過去の栄光に縋れるほど甘い世界ではない。だから力不足なのだろう。

ここらが落ち着いてしまえばもう潮時。その為にも情けなく重荷を背負わせる訳にはいかない。


「昔の伝説や英雄なんてきっと次々と新しい者に塗り替えられるのだろうな」

「人ってのはそうよ。立ち止まっていないんだから」

「だな………。これだけ無防備に寝るこの子もいずれは伝説になるかもな」


もしかすればあいつすら超えてしまうかもしれない。否、必ず超えるだろうと不思議と黒髪の青年は頭の片隅でそう思わざるを得なかった。

そんな期待の天才は未だに起きる気配を微塵も見せないのだが、そのひとときの間もそろそろ時間である。


「さあ、じきに到着するわ。起こしてあげましょう。ギリギリまで寝させて寝惚けられても困るわ」

「ああ、着けばもう後戻りは出来ない可能性もあるし、絶対に守ってやれる保障もねえからな」


間も無く赴く先、大和国。彼等の故郷で出るのは鬼でも蛇でもなく悪魔。最悪の想定でいけばの話ではあるが、現状その確率は相当に高い。特にカナリア・シェリーと言う巻き込まれ体質がいるから余計だ。冥天のディアナードと呼ばれる存在が一体どのような目的で向かったのかは不明だ。しかし呑気に観光して帰る程話の判る相手でもないのは未だ対峙した際に残された全身の傷跡が如実に語っているのを織宮 レイが一番理解している。

ろくでもない展開が繰り広げられるのは必然とさえ言えた。


「悪魔にやられた呪いを治す為に向かった先にいるのが悪魔だなんて、まるで誰かが裏で仕組んだような筋書きよな?」


それでものんびり悠長に皮肉を漏らす。ふと咄嗟に浮かんだ言葉をそのまま吐き出した内容ではあるがーー。


「(誰かが仕組んだ………?)」


中身のない薄っぺらな気持ちで発言した彼の言葉に何か引っかかる所を覚える東洋人の少女。

確かに言われてみれば出来過ぎた流れに今更ながら違和感を抱く。何故なら彼女にしてみれば実質健やかに眠りについている天才魔導師と同じ回数悪魔のいる現場に居るのだ。いい加減何か不自然さが募るのは変なことではなかった。

とは言え、風が吹けば消えるような少しした引っ掛かりであり、何の根拠もない。

唯一判るのはカナリア・シェリーが動き出した時期で発端は始まり出したかも的な安易な偶然に近い出来事のみ。

まだまだ様子を見ながら思考していくに他ないだろう。

既に始まっていたのか、または歯車が動き出したのかまるで判らない展開に気を抜く暇な等与えられないのであった。


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