−天才が行く②−
そう言われれば仕方がなかった。どの道実現叶わない方法ならば聞いても参考にはならないだろうし、ここは彼の歩みに任せる。
しかし悪魔とはどんな悪魔だったのだろうか? 私が相対した存在も何かしら二つ名みたいな異名を持っていたが。
考えていると、予想外な名が織宮さんの口から発せられた。
「冥天のディアナード」
「ーーッ!?」
ディアナード。それは確かに聞いた覚えがあった。つい最近と言うよりかは昨日だ。あの憎たらしい悪魔であるエルドキアナが会話の中で出した名前。口振りからしたら悪魔の間でも質が悪そうな印象に聞こえ、恐らく今回の大きな戦いで一番難問である敵。もしかしたらこれからが本番なのかもしれない。
堕天のルーファスや魔天のエルドキアナよりも凶悪な悪魔。
ただそんな相手に生還出来た存在の彼もたまたまで済むような実力者ではないのを改めて認識せざるを得ない。
普段の振る舞いからはとても想像出来ないが。
「まあ最初に一言、あれは駄目だ。単独で挑むのは自殺行為に等しい」
「他の悪魔でも言えた事だとは思うけど?」
「実際他がどうかは俺は知らないが、多分そいつらよりかは飛び抜けた力を持っていると想定出来る」
「勝算は?」
「打つ手なしかもな。あれに限ったらいよいよアイツに帰ってきてもらわねえといけないかもしれん」
アイツとは誰だろうか?
疑問符を浮かべる隣を見てみたらこれまた意外な東洋人の女性の驚愕な表情が見て取れた。もしかしたら案外身内がいる時はこんな人物なのではないか?
が、驚くのも無理ないと言わないばかりに彼女は私すら驚かせる発言をするのだ。
「それが本当なら私でも歯が立たないね」
「………嘘でしょ?」
失礼な話かもしれないが、自身の見立てではアリスさんの実力こそ天井人みたいな規模の出鱈目であるのにそんな存在が今の彼の言葉にお手上げを示すなんて信じられない。
同じ系列の堕天のルーファスでさえ畏怖した彼女が既に弱気な言葉を出す時点で中々だ。
試しに詳しく聞いてみる。
するとーー。
「以前に大事件となった【黒の略奪者】を牛耳る頭目に匹敵する強さを、或いはそれ以上の化物ってなる」
「………でも昔の話でしょう?」
「時代でどうにかなる敵じゃない。彼が必要ならば彼以外じゃ太刀打ち出来ない相手ってこと」
「その彼ってもしかして………」
「ああ、例の元落ちこぼれさんだよ」
流石に何回も耳にする存在に驚きは薄まるが、それでも現状で打破する力を持つ唯一の人物と称されているからやはり凄いお方なのだと思う。
「あ、まだ居たな。望みありそうな野郎が」
「え? そうなの?」
すっかり忘れていたみたいな間の抜けた言い草。ただ期待が持てるだけで確信じみた感じは見られない。十分凄いのだとは予想出来るが、果たして誰なのだろうか?
そこへアリスさんも思い出した素振りを見せる所、どうやら2人共通の知り合いみたいだが。
「貴女も知っているわ」
「………まさか」
それだけ聞けば大方答えが決まってしまう。何せこの3人が面識ある人物で、相当な腕前を持つ実力者は1人しか該当しない。
まあまず私の知る中で単独で悪魔と渡り合えそうな知り合いも1人しかいないのだけれども。
因みにリアンは除いて。
「オルヴェス・ガルム」
「理由は九大貴族だからではなく?」
「勿論。アイツはアイツである意味天器よりも凄い力を扱えて、これ以上とない悪魔へ有効な切り札を手にしている」
「それはーー」
「絶対剣」
東洋人の女性は淡々と答えを紐解く。
この世には絶対剣と呼ばれる剣が3つある。
魔剣ーーギルザイア。極限まで高められた最上質の魔の力を帯びた剣。同時に災いすら呼び起こすとも言われているいわくつきの代物で、常人では触れるだけで命を落とす噂の諸刃の剣とも称される。しかしその劣化物が今の魔武器にあたるのだ。言わば魔武器の原点であり、本物の魔武器なのだ。所在は不明。
宝剣ーー天地冥道。これは主に東洋が原点で神器と呼ばれる正に神が扱う剣。詳細が全くない謎に満ちたものだが、一説では正確な軌跡を描いて斬らなければ壊れてしまう脆さの剣らしいが、それが成せれば斬れないものはない。例え鉄だろうが、宝石だろうが、魔法だろうが、次元だろうがだ。最悪もう存在しないかもしれない。
そして最後がーー。
「聖剣ーーゼレスメイア」
「正解だ。あれは神の加護を宿す全てを浄化する聖なる武器。穢れたものは斬られた時点で無に返す反則な剣だ」
「持ち手が穢れてそうなんだけど」
「辛口だな。まあ何を基準に扱えるかは判らないからこればかりは何とも言えないさ」
「でも確かに堕天のルーファスもアレには苦手意識があったのは否定出来ないわね」
「単なる憶測だけど悪魔の力を弱める効果を持っていたから逃げたんだと思う」
「本当に?」
「戦った私の眼から得た情報には常に聖剣を気に掛けていた思考があったわ」
「何か悪魔を倒す為の剣みたいに感じるわね」
「だから絶対剣なんて呼ばれるんだろ?」
「成る程」
納得はしてしまう。しかし逆に言えばそれだけの特殊性がある人外な存在でようやく可能性が見えて来る敵でもあった。目には目を、歯には歯を、人外には人外をなんて同じ土俵に上がれる者が少な過ぎる。まあそれでも身近に頼りになる切り札があるのは心強い他にない。
現状所在がよく定まっていない英雄さんよりは前線を任されているオルヴェス・ガルムを頼るのが有効だろう。もしかしたら知らない内に撃破してくれるかもしれないとどんどんと期待が膨らんでいく。
ーー筈なのだけれど。
「だがアイツ聖剣使いなのに剣術の心得皆無だからなー」
「え?」
「うん。それに彼は頭脳派だからと戦いたくないからいつも後ろで傍観しているし」
「正直頼りになるかは分からねえ」
「駄目じゃん!」
そう言えば堕天のルーファスの時も如月さん任せでいて、追撃もしようとはしなかった。本人は深追いを避けたいと言ってはいたが、この調子では実力面に希望は持てない。
ついでに剣聖ではないとか訳わからん事で威張っていたのも思い出して更に使い物にならない人物であるのを痛感してしまった。
神は何故彼を選んだの?
結局対抗手段が例の落ちこぼれさんになる。
ただ呼べば来るような都合はつかないのは目に見えている。
念の為に所在に関して尋ねてみると。
「知らね」
「適当か!!」
それでは役立たずなだけだ。どれだけ強かろうが、居ない人物をあてにして縋れはしない。ある物、居る人で何とか出来なければどうにもならないのだ。
となれば話は振り出しに戻るしかない。
「根本的にどう駄目なのかしら? 幾ら何でも手立てがないと最初から諦める気は私はないわよ」
「そうだな………。少し弱気になっているかもしんねえわ。確かに強大な敵に勝つには諦めない強い意志が一番重要になってくるわけだからな。シェリーちゃんのその姿勢は嫌いじゃない。………だけどーー」
「心配いらないわ。蛮勇みたいに無謀に走る気はない」
「まああんたなら言う必要もないか………じゃあ冥天のディアナードについて説明するぜ?」
「ええ」
息を呑む。念を入れた忠告までしてここまであんな性格の人を滅いらせる存在の悪魔。一線を凌駕した最大級の敵である全貌。
平たく簡単に言えば、と切り出して軽い口調混じりな感じで織宮さんはざっくりと述べる。
「まずあいつは鬼神の力を扱う」
「ーー嘘でしょ!?」
先に驚きの声を上げたのはアリスさんであった。
ただ東洋の事に関して疎い私からしたらあまり要領を得ない。鬼神とは一体何なのか? から入らなければいけないのだ。まあ神なんて大層な名前が入るのだから凄い力なのは間違いないだろうが。
「鬼神は東洋文化の中で伝わるとある一族の守り神でそれが鬼の一族な訳だけれど。此方で言う蒼天の守護神みたいなものかしらね」
「いまいち判り辛いのだけれど?」
「神の力を悪魔が扱っているのが厄介なんだよ。あれは世界がひっくり返るぐらいに壮大な力だ。何で毎度持っちゃいけねえやつに渡ってしまうのやら」
「既に見知った言い草ね?」
「ああ。何せ例の【黒の略奪者】の一人が鬼神と同格の蒼天の守護神の力を持ってして世界を手中に入れようとしたからな。ソイツもシェリーちゃん以上に馬鹿げた才能を持っていたぜ」
「………改めて貴方達の友人である落ちこぼれさんがどれだけ飛び抜けてるかが理解出来てきたわね」
だからこそ一番必要なのだろう。神の力を扱う者すら打ち倒したその彼が。
「奴が使っていた鬼神の力は魔力を糧に一時的に具現化させて使っている召喚術に近いものだ。使役と言うよりは手足のように使っていた感じだけどな。主にソイツが冥天のディアナードの戦闘方だろう。悪いが、それ以上は引き出せなかった」
仕方ない。彼が力不足だとは思わないし、誰が責めるだろうか?
それは次の質問から更にひしひしと判らせる。
「具体的にどのくらい強力なの?」
「うーん。具現化した鬼神の大きな拳が一振りで岩山を軽く3つ4つは吹き飛ばしていたぜ」
「つまり、最上級に並ぶ魔法を惜しみ無く使ってくる訳ね」
「ああ、………意外にそこらへんは驚かないんだな?」
「確かに純粋な戦闘力は驚きものだけれどね」
いい加減驚き過ぎたのだ。それでも十分に驚きはするが、隠せない程ではなくなった。加えて単純な力比べなら私もまだ可能性は残されている。相変わらず危険な奥の手だが、いよいよ活用していかなければならない時なのかもしれない。
一先ずはそんな覚悟を心の隅で意識しながら私は漸く話題の肝心な所である要点を尋ねようと切り出す。
「容姿とか姿とかは良いわ。どの道雰囲気で判るだろうし」
「言うまでもねえか」
「で、結局現状の所在は把握しているの? 何だかんだで遭遇しないのが一番正解だと考えているけど」
対策が難しいなら予防するようなものだ。相手は災害と想定して動いていくしかない。ただでさえ自身は呪術の治療の為にここを離れて遠路を行かなければならないのだ。
特に行く先、止まる先で散々な目に合っているのはこの短い期間で自覚した。どうやら私は天才でも幸運ではないのだ。と言うかこの十余年も大して良かった思入れがありもしなかった。
案外一番自分の事を把握していない事実を知って溜息が出る矢先に、何故か質問した筈の言葉に咳払いをして誤魔化し気味な態度を取る黒髪の青年。
はて? どうしてそんな気まずそうな表情でよそよそしくなるのだろうか?
「んーとだな。シェリーちゃん」
「え………はい?」
「ちょっと言い辛い事があってだな………うん」
嫌な予感がしたのは言うまでもなかった。
「良いか? 心して聞いてくれ」
「………」
もう先は読める解答である。
「どうやら奴は和の国ーー大和。つまりこれからあんたが治療しに行く場所の方角へ向かった情報が最後なんだよ」
悪意しか感じられない展開に未来は真っ暗で何も見えないのだった。




