−【彼の想い】
倒した。巻き込まれた時はどうなるものかと諦めすら入った気持ちでいたが、最終的には助かった。
いや、助けられたのかもしれない。もしあの悪魔が消耗していなければ容易く打破するのは絶対に無理であっただろう。そんな強敵を弱らせていたのは他でもない彼女。カナリア・シェリーだ。
まず本来呪術を自力で打ち破る事態が有り得ない現象なのだ。生身の肉体を鎖が雁字搦めにしているようなまず不可能な抜け出しをやってのけて、尚且つ敵の片割れの化物を倒した。恐らく彼女が相手にした方が弱い個体ではあるだろうが改めて凄さを見せ付けられたと思う。
そして籠に閉じ籠る僕を引きずり出した。あれだけ避けて逃げて傷付けても折れずに何度でも手を差し伸ばし続けてくれた。諦めが悪くもはや頑固ですらあるだろう。
何も知らない癖にーー。
まるで姉さんのようにーー。
僕はすっかり忘れていた。絶望の底に落ちてしまった事を言い訳に大切なものを心の隅に押しやってしまっていた。
アースグレイ・ディアナ。彼女が最後に残した言葉を今ならしっかりと受け止められる。
既にあの時に僕の心は決めなければこんなぬ回り道をしなかっただろう。ある意味僕から死を奪い、絶望と喪失、そして未来と希望を残しくれた最愛の姉の言葉をーー。
『リ………リア………ン』
『姉さんッ、姉さんッ!』
『ごめん………ね………いっぱい酷い事言っちゃって………』
謝る彼女。しかしそんな事はどうでも良かった。
『嫌だよ………こんなのって………こんなッ!!』
『泣かないの、………男の子………でしょ?』
『ーーッ!』
震える手が自身の手を握り、少しでも安心させようとする。
それだけで酷く落ち着いた。
『良いリアン? よく聞いて………』
『姉さ………ん?』
『私はもう………これで未来を歩けない………』
『そんな、嫌だよッ』
『でも………貴方はまだ未来がある』
『………』
『だから歩いて。世界を、未来をその目に映して………』
未来とは何だろうか? この時はまだ自分の為に考えた未来なんて有りはしなかった。故にどういう意味を含ませていたかも気付けない。
『何を………僕だけが………』
『笑って、泣いて、悲しんで、怒って、楽しんで、頑張って………いっぱい成長していきなさい』
出来る訳がない。僕にとってのそれら全てがアースグレイ・ディアナを中心に動いていたのだからそこに彼女が居ない光景が考えられる筈もない。
『………無理だよ…無理………』
『生きな、さい………そして成りなさい………貴方が、成りたいものに………』
『姉さんが居ない世界なんて………』
『だからよ………私の分も………精一杯、生きなさい………』
『姉さん………』
『前に言った………でしょ? 例えどんな事があったとしても………』
握られる手がスルリと落ちる。
向こうにはもうそんな力すら残されていなかった。
最後が近付いている。
途端に僕は堪えられない悲しみが漏れ出した。
『嫌だ………お願い………神様………姉さんをーー』
『リアン』
『!』
彼女が溢れ止まらない目尻の涙を取り去り、頬に手を当てながら最後の最後に弱々しく、だが優しく笑って言った。
『私がお姉ちゃんで貴方が弟なのには変わらない』
『姉さんッ』
『私達は姉弟よ』
振り絞って出した言葉。口癖のようでまるで今思い出したら魔法の言葉のように心を重く縛る鎖から解放された気分だった。
そして苦しい筈なのに安からそうに、未練がなさそうな屈託無い笑みを浮かべながら生涯を終えて息を引き取ったのである。
あの時は何も判らなかった。目の前の光景にただただ目を奪われてそれを否定するのに必死で、ひたすらにとめどない感情を放出しているだけだった。多分すぐ後に母も逝ってしまった不幸も重なったのがあるからだろう。
母は僕に笑いかけただけだった。何も言い残す事はせずに。
皆してその頃の自分には到底理解出来ない事を伝えていた。だが、今なら判る。まだ何と無くな程度のものだけれどそれでも掴めはした。
もう大丈夫。僕はようやく1人で歩き出せる。
あそこから。
座り込んでいた自身に手を伸ばして立たせてくれた彼女のおかげで。
大恩だろう。返しきれないくらいな借りを作ってしまった。きっと本人はそんな勘定無しに単にそうしたいからそうしただけにしか思ってない。自己満足でやったから感謝だって要らないと言いそうだ。
しかし僕はそうはいかない。どれだけ掛かろうが返さなければいけないのだ。
僕が返し切れたと納得するまで。
彼方が自己満足でやったのと一緒だ。故に彼女には生きて貰わないといけない。でないと困る。まあ、彼女の場合はしぶとそうだからあんまり心配は要らなさそうだけど。
それでも目の前で倒れられた時は流石に焦ってはしまった。どうやら一時的な疲労昏睡だ。魔導師ならよくある体力を使い過ぎたようなものである。休ませれば問題はない。
「………」
スヤスヤと眠るカナリア・シェリー。何処かしら満足気な雰囲気の寝顔を見ていると人の気も知れないでと思いもした。
そう言えばいつの間にか彼女は僕の事をリアンと呼んでいた。そんな風に呼ばれた久しぶりの事を考えて自然と頬が緩む。
シルビア・ルルーシアが言っていた通りなのかもしれない。
彼女は姉さんと似ているーー。
とは言え、もう居ない人物に重ねても仕方がない。彼女は彼女なのだ。カナリア・シェリーの何者でもない。
憧れでもなければ誇りとも違う。
「なら僕もシェリーと呼ばせてもらうよ」
恩人である。
そして自身は聞いていない筈のディアナ姉さんの声が何処からか風に乗って囁いた気がしたのだった。
『大好きよリアン』




