−天才所以に⑦
そこにはーー。
「全く………君は自分勝手過ぎるよ。こんな状態の僕に、心も身体も駄目だと叫んでいた僕にまだと鞭を打たせるなんてね」
立ち上がった碧髪の少年の姿があった。
ボロボロになった学生服。額から赤い液体を垂らし、脇腹も滲み荒く白い息を吐いている所は自身なんかより遥かに満身創痍な肉体だ。実際こうして立ち上がって減らず口を叩いている事態が不思議な程だ。だがやはり本人も述べているように無理はさせているだろう。
しかし。何処かしら雰囲気に変化を感じた。まるで憑き物が落ちた風に清々しく見え、本来あるべきものへと戻ったみたいだった。
乗り越えたとまでは流石にいかないとは思う。だけど乗り越える為に背負い直しはしたのだろう。何時までも足踏みをするのは止めて進む事を選んだのだ。
ようやく、なのではないだろうか? もう何年も灯火が消え、光を失った瞳に輝きが取り戻されたのは。下手したら本人は更には長い時間を体感したのではないか?
「思い出したんだ………」
彼はこんな状況下で、悲しく切なさを混ぜながらも優しく希望が込められた表情で私を見つめる。初めて遭遇した頃とは別人に見える様子で静かに発する。
「最後のあの時に姉さんが託した言葉を………」
その内容を語りはしなかった。が、聞きはせずともどれだけ大事なものであるかは言うまでもない。
故に何も言わずに私も笑みを零しながら頷くのだ。
もう彼は歩き出せるだろうきっと。だから後の始末は任せてしまおう。その代わりにアースグレイ・リアンの晴れ舞台をしっかりと見届けてあげるわ。
自身の知る中での唯一で、悲劇の天才だからこそ。
「生きなければならない。まだ死ぬ訳にはいかない」
両の手に魔力が集約し始める。淡く強い輝きを放ちながらその光はみるみるうちに物質を形成する。それは前を向いて進み出し、取り戻した自身たる証明とも言えるもの。
誇りであり、勇気であり、意志だ。
戦う決意をした碧髪の少年が抗いし為に使う魔を込めた天才所以の無二の武器ーー魔武器。
それは人が持つ物とは思えない巨大な機械風の鉄剣。片刃は鋭利に、反対は切るよりも削るような牙みたいな複雑で尚且つ繊細な形が幾重にも並ぶ独特な印象を抱くもの。大きさだけを取っても本人の背丈を十分に超えており、武器としては考えられないし、単純な重量なんて傍目からは何百じゃ効かないくらいに感じるが、まるで細剣のような軽さにも思えた。
彼は迷う事なく全力で振るう。
ーー瞬間に衝撃が外からも内からも走る。
鉄剣が襲い掛かって来る黒毛の怪物の頭の1つを破砕させる。障害なんてものともしないような威力が敵を蹂躙し、加えて伴う反動が大きな図体すら勢いよく吹き飛ばした。持つ武器もそうだが、対象なんて遥かに巨大な塊だ。なのに至近距離から特大の砲弾、或いは最上級の魔法でも放った惨状を物語らせる規格外の破壊力。
これにとうとう悪魔の顔から笑みは消えた。寧ろ予想外の被害に見舞われて笑み所すらではない。
そんな畏怖を覚える鉄剣を地面に突き刺し怪物の返り血を拭う彼は言う。
「姉さんと母さんが繋いだ命。僕は例えどんな脅威が立ちはだかろうと超えてやる。壊してやる。それが僕の生涯を賭けた償いだ」
言葉に呼応したのか魔武器が特殊な音を奏でる。暴れ狂いそうに並ぶ牙が振動し、切れぬものはないと宣告するように高速回転する。
どんな仕組み、原理かはさて置き。あれは魔武器なんて生易しい代物ではないだろう。一目見ただけで判る。
圧倒的な存在感。圧倒的な破壊力。圧倒的な未知。一言では説明出来ないが一言で呼ぶべき名称を私は知っている。
彼は告げた。
その矛を掲げて。
「ーー天器。【オリンポス】」
「やっぱりこの目に狂いはなかったみたいね」
私は馬鹿げた所業に口を端を吊り上げ、笑みを浮かべながら漏らす。
天器とは単純に言えば一般が扱う魔武器の上位互換である。昔は型に分けていたが、一定の基準を超えたら天器とするように昨今から定着された。魔法の下級と上級みたいな差別化を図る為である。
ただ魔武器と天器を隔てる差は天と地の差。これも最上級を習得出来るのが一部のように天才でなければ不可能だし、天才でも得て不得手次第では扱えない。
故に天器と皮肉な名前が付いている。こればかりは神に選ばれるような天性が必要な偶然の産物。
そんな大層な代物を学生の年齢で、いやその気になればもっと昔から習得出来ている彼は異端に届く天賦の才かもしれない。
因みにこのカナリア・シェリーは選ばれはしなかった。無くとも補う力があるから問題視はしないけど、意外にここに来て敗北感みたいな悔しさを覚えてしまう。が、それも仕方ないのかもしれない。
碧髪の少年には大切な人達の魂を背負って戦うのだからーー。
あの武器には恐らく見た目以上にもっと別の重みが籠っているのだろう。
「嘘………人間如きにケルベロスが………」
これに一番の驚愕を受けたのは私よりも魔天のエルドキアナの方だった。それだけ宙に飛ばされ、地に沈んだ存在は魔界の中でも上位種の怪物だったのだろう。まず人間相手では束になっても勝てないとでも思っていたと窺える。まあ、私は何だかんだで片割れに勝ってしまっているのだけれど。
あまり強調をされない自身の例外を抜きにすれば確かに手に負えなさそうな規格ではあるかもしれないが、今回ばかりは相手が悪かったとしか言いようがない。
もはやアースグレイ・リアンは一般の枠には収まらない力を持つ私に手を伸ばせる才があるのだから。
あっさりと倒された事実に底が知れないと恐怖を感じたのか悪魔は見下していた人間に怯えていた。私達を騙しに騙して嘲笑いながら後一手まで追い詰めていたあの悪魔が。
構わずに碧髪の少年は踏み出す。
鉄剣を持っているからなのかは判らないが、その一歩一歩の足取りには真似出来ない重みがあった。
「悪魔。君は、若しくは君達は知らないだろう?」
「ーーッ!」
近付く分、小さな悪魔は後退りをする。
魔界で生まれて落ちて、此方に現れて初めて相対する下級である種族の私達に。
「守るべきものがある強さに、守られたものが背負って生きていく強さに」
「う………」
恐らくはカナリア・シェリーを抑えるだけに持ち得る魔力を十二分に使い果たしたのだろう。召喚した怪物達も倒し、もはや彼方には余力なんて大してなく、その程度では彼には歯が立たないのを判っているからああまで恐怖している。
「僕達はッ!!」
彼は鉄剣を振り上げる。
それだけの動作でとうとうエルドキアナは混迷した。彼女本人の戦闘力も相当に高いのは否定のしようがないが、単純な実戦は少なそうに窺えた。だから勝敗はどうであれ、厄介さを認めざるを得ない私を不意打ちで押さえた計画だったと思う。なのに、ここに来て予定外の覚醒。手に負えない強者を前になす術を持たないのだ。
即ち王手がかかったのである。
「必死に全力で立ち向かうんだッ!!」
「いっけぇぇぇぇ!!」
私は叫ぶ。
立ち上がったリアンを奮い立たせるようにーー。
「それが人間の強さだぁぁぁッッ!!」
鉄剣を薙ぐ。大気を切り裂きながら迫り来るそれを、怯みながらも下がる事でその一振りから逃れて必死の形相で反撃に出るエルドキアナ。弾丸のように弾け飛びながら距離を詰めて奇しくも人によって生み出された刀剣を腰から抜く。
素直に速く鋭い。私が戦っていた時と同等以上の動きを見せながら迎え打って矛が交差する。
が、やはり彼の天器の前には勢いすら消す事は叶わない。いとも容易く刀剣は真っ二つになり、唖然とする存在を風圧で後退させ、それに追撃を掛けようとする。
「け、ケルベロスッッ!!」
直後に彼の背後から崩れ落ちていた黒毛の怪物が咆哮を上げながら襲う。既に頭を1つ失っていながら、衰えない迫力の脅威を持つ凄まじい生命力。流石は魔界の生物であり、悪魔が使役する化物だ。
しかし彼女も判っている筈だ。
現在の碧髪の少年には通用しないのを。
「邪魔だぁぁッ!!」
体勢を無理矢理に変えて残りの頭をまとめて薙ぎ払う。止まる事を知らずに鮮やかに切断し、止めと言わないばかりに下から上へと振り切って打ち上げた。
巨体は重力を無視したように再び大きく宙に舞ってそこで灯火が尽きたのか光の粒子となり粉々に散って消失する。
とうとう潰えた強敵達。後は散々此方を苦しめた元凶であるエルドキアナのみだ。彼女を討つことでようやく終わりを迎える。
私達の勝利だ。
「………ふふ」
「ーー!」
だが簡単にはいかない。
これまでも欺いて来た相手に油断等出来はしなかったのだ。最後の最後まで足掻くのが果たして此方だけなんて誰が決めつけようか? 向こうも敗北する気なんてないし、諦めるつもりもないのは戦いにおいて必須。あの時の試合で負けたのは正にそんな勝利への執念の差だったのかもしれない。
だからこそ気付けた自身は碧髪の少年に注意を呼び掛けた。
必死さに馴れ馴れしく呼び捨てで。
「リアンッ!!」
「ーー!」
そんな呼び掛けに反応して此方へ向き直った頃には彼の視界には高密度の魔力波が間近に迫っていた。ケルベロスを仕向けたのは囮。完璧に倒す為に隙を作らせる強かで有りがちな戦法。ただ極限まで擦り減らした神経や、精神状態では裏の裏まで読むには限界があった。きっと悪魔も無我夢中で実行したことだろう。追い詰められた末に卑劣きわまりない事へ何の躊躇いもなく。
大爆発が起きた。最上級を誇るであろう威力のそれは瞬間的に避けるのは不可能としか思えない。
間に合わなかった。懸命な努力も無に返すような渦巻く粉塵と灰煙の最悪な光景に私は目を見開き、悪魔は必死さを残しながらのもぎ取った勝利の確信に笑みを浮かべる。
今度こそ終わりーー。
「まだ死ねないと言った筈だッ!!」
だと思った瞬間にその中から抜け出す彼の姿があった。更なる致命傷を受けながらも衰えない灰の双眼を輝かせながら飛び掛かる。
「馬鹿なーーッッ!!?」
当然虚を突かれた彼女に打つ手はない。念入りな策もこれだけ打ち破られれば打開する術は有りはしないのだ。
最後の最後まで諦めずに誰よりも必死に、強い意志をその内に秘めてーー。
彼の誇りが断ち切るのだ。
「ああああぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
世界が遅く感じる中で人間を脅かす悪魔が天才の手によって成敗される。
そうして光の塵となっていく相手は最後は何も語らずに静かにこの世を去る。呆気なくも思えるかもしれない。しかし僅か数日だが、確かに皆を苦しませたエルドキアナ。強く、賢く、卑劣な存在はようやく消え去って被害が抑えられたのだ。救われたのだ。
生きる希望を捨てなかったアースグレイ・リアンに軍配が上がったのである。
まるで英雄みたいな締め括り。
「ちょっと惚れちゃいそうね」
私は、カナリア・シェリーはそんな彼の姿に笑みを浮かべながら1つの大きな勉強をした。
天才にとって否、誰にとっても意味のあるもので大事なものだ。
そう思いながらーー。
「う………」
私は意識を失なった。




