–天才の知らない世界–
とりあえずはお手並み拝見をしましょう。
切り出した私が思いの外、才がない者の実態にこれ程までに目を丸くさせるとは最初の時点では考えもしなく、自分の中での一般的な資質について大きく上方修正を余儀なくするなんて面白いくらいに予期をしなかった。それか才がない人物への超絶な下方修正か。
「えい!」
天才は仰天した。
凄く可愛らしい掛け声。ええ、言葉だけで済めば良かったけど比例するように生成された火の玉も同様に可愛らしいものであった。と言うかあれマッチじゃないのかしら?
まあ、派手なら良いものでもないけど、それが明らかに彼女ーーノーライズ・フィアナの可能な限りの限界出力なのは手にとるように判ってしまった。最初こそ内心で苦笑しながら真面目にやろうねと思ったが、ものの数秒で冷や汗を覚える事実に変わってしまう。
肩で息をする菖蒲の少女を見て才が無いとはこれかとようやく事態の深刻さに気がついて、普段意識しない「どうすれば現状を解決出来るか」の案を必死に頭を回転させて模索するのであった。
えー。何で? どうして? 普通出来るでしょ? 物心がついた時の自分でもこんなに技量がない事はなかったわよ?
と、過去の幼き自分にすら及ばないフィアナに頭を抱える。何かの間違いならそうであって欲しいくらいに希望的観測にすがる天才がここに居てしまう。
こんな絶望感は未だかつてない。
「もう一回してみて………いや、何でもない」
「はぁ………はぁ。………ふぅ………ふぅ………え? 何か言った?」
押したら倒れそうな満身創痍の少女にまた同じ事をしろだなんて言えない。体力的に次同じやり方をさせれば学園にある保健室送りになるのは目に見えていた。だから無茶をさせる訳にはいかないのである。
見切り発車してしまったかな? と早くも天才には考えられない挫折を味わいそうになった。
今一度掘り返して言いたい。
本当に黒髪の青年が語っていた落ちこぼれさんは世界を救ったのかと。
「一先ず休憩を挟も? その間に私の魔法見せるから何か感想だけ言ってね?」
これが一番最良の案だろう。まずはお手本を見てもらってから真似するのが合理的だと未知に触れた際の私が最初に行うやり方で試してみる。普通なら真似出来れば苦労はしないが、その為に相方がいると考えれば最良に繋がるやり方だろう。
心底助かった風な彼女は疲れているのか物凄い速さで地べたに座り込んで観戦体勢に入るのであった。
そこまで頑張っていたのねあれで。
やれやれと思いながら私は今させた火の玉の生成について説明を始める。
「今のは魔法の維持能力を見定めるもので別に出力の大小よりかはどれだけ均一な出力で固定された魔法を使えるかのものだから無理に全力でしないでも良いからね」
言ったは良いが、あれより出力を落としたらそもそも発動すら出来ない残念な事態になってしまうのは内緒にしておこう。
「そうだったんだー。均一に出来るのって凄い事なの?」
「魔法って安定した魔力供給で行わないと張りぼての見掛け倒しになったり暴発したりと意味を成さない危険なものになるからまずは常に一定の力を引き出して使うのが理想なの。それが出来れば加減操作だって出来て不必要に体力を使わないで済む訳」
例えば全力疾走する人と速度を維持した人が同じ距離を走れば到着時間に差は出来るかもしれないが、どちらが疲れるかは一目瞭然だ。
問題は速いか遅いかではなく、どれだけ負担を減らした移動が出来るかである。配分がしっかり出来ているかだ。
彼女の場合はその配分を維持するだけで大変な作業になるだろうけど。
「理想の魔法形態は球型」
言いながら私は火の玉を作る。先程フィアナが出した物とは違い、火であるに関わらず波すら見えない本当の玉のような火が出来上がる。
「わー。凄い!」
「コホン。何で球型が理想なのかって言うと集約された魔力が均等に行き渡りやすいからこれより大きな火に包まれようと負けずに維持された力で押し返す事が出来るのよ。無駄な場所に拡散しないから持続力も高い。近代の魔法工業もこれが重宝されている」
判りやすく言えば燃費の良い魔法。それで生活がより一層楽になると考えたら良いだろう。
魔導師の基礎であり、基盤の技術だ。
「何かよく判らないけど球型を作れたら良いんだね!」
これまでの説明を全て無に返して結果だけ残す発言をしちゃったよこの人。数式をイコールから先しか見てないじゃん。それじゃあ暗算よ。
頭痛を覚えそうになるが、ここは堪えて何とか「その通り」と満点を上げた。
骨が折れるだけでは済まなそうだ。
「それって何かコツみたいなのあるの?」
「え? そ、そうねー」
コツ、か。ちょっと難しい質問である。此ればかりは資質を問われるものだから出来る人は出来るし出来ない人は出来ない。ただそれを補うのが努力なんだけど私からしたら無縁な問題である。故にコツとかを意識した経験がない為に説明しずらいのだ。
まあそれでも一般知識を叩き込んでいるから検索すれば多少なりとも助言は浮かんではきた。
「強いて言えば想像力が鍵を握るかな? 何かを作ったりする時だって図形を描いて完成図を見て作業するでしょ? ちょっと違うけど似たようなものよ」
多分彼女に難しく説明するよりかはこんな簡単なやり方を労した方が良いだろう。実際想像をするのは魔法にとって必要な仮定であるし、言葉に乗せて使う魔法を省略した詠唱破棄はその想像力が大きく関与してくるのだ。
しかし口では簡単に言えるが、これが案外難しい。個人個人で想像した物体を絵に描いてみるのと同じで、上手い下手が出てくるのだ。
結局才能がモノを言う。
果たして息を吹き返して「よーし」と意気込むフィアナは上手くいくのだろうか? 場合によっては本当に才が有るか無いかが決まる瞬間である。
そして菖蒲の少女は魔法を使う。
結果はーー。
「あら」
「で、出来た」
完璧。とは言えないが、充分に形になった火の玉が彼女の手に浮かんだ。本人も流石に驚きを隠せないようで暫く呆然としながら自分が生成した魔法を見つめる。
うん。合格。落ちこぼれではどうやらないようで一安心って所かしらね? 言われて一回目にしてはよくやれていると思う。それにさっきは既にバテて肩で息をしていたのが、今は余裕すら持って魔法を持続させているし、意外に要領さえ掴めばちゃんと出来るようだ。
これには教えた私も素直に喜びが込み上げてくるのであった。
「見て見てシェリーちゃん。私がこれを作ったんだよ?」
「(しぇ………シェリーちゃん?)」
何だその呼び方。いや、普通なのかもしれないが馴れない呼び方に戸惑いを覚えてしまう。何せこれまでにーーそう言えばあの黒髪の青年もそんな呼び方していたわ。自然過ぎて全く気が付かなかったのか、同性に言われるのが違和感なのか私は照れ臭く感じる。
それでも素直に嬉しさを表現するフィアナに水を差さずに頷く。
不思議だ。何故かこの光景が凄く新鮮で温かい。周りを見れば当たり前な映像があって自分達も溶け込んでいるのにどうしてか特別な世界にいるような気分になる。
違うか。多分今のこれは私が知らないだけの当たり前な世界なのだろう。天才だから入り込めなかった何処にでもある普通で当然で平凡な場所。
天才の知らない世界。
一端に触れた程度に過ぎないが、それでも心地良さを体験出来たカナリア・シェリーであった。
「フフフ。アハハハハ」
「ど、どうしたの?」
「いえ、何でもないわ」
楽しい。単に上手く魔法が使えない少女にちょっと教えていた時間だけに過ぎないのにあまり実感しない至福を覚えてしまい、自身でも制御出来ずに声にだして笑った。
当然フィアナはびっくりするが、構わずに私は楽しむのだ。
と、そんな余韻に浸っているとーー。
「どう? 何か得られたものはあったかしら?」
今回の校外特別講師であるボルファ・ルナが混ざってきた。
元々彼女の発案であって不服や文句があった訳ではないが、少し合わないと考えていた自分だけど何だかんだ上手く釣られた。やはり理に適ったやり方だと言わざるを得ない。
「そうですね。当たり前ってものを勉強させてもらいました」
「へえ。変わった感想ね。貴女名前は?」
「カナリア・シェリーです」
「噂の天才少女って訳ね。さっき遠くから見てたけど、どおりで学生にしては綺麗な魔法だと思ったらそう言う事か」
納得をする朱色の女性。ちょっと発動した魔法だけであらかた見抜かれたようだ。まあ、黒髪の青年が連れ添いと述べるからにはある観察眼である。確かに距離が近づくに連れて感じる魔力も大きく伝わる。似ているのは雰囲気だけではなく、持っている資質もあるのだろう。
ただ一般の才ある者達の水準よりかは上くらいだろうけど。
と、私はここで変な悪戯心みたいなのが芽生える。
折角の校外からお越しになった講師だ。見られているばかりじゃ面白くないから此方も見定めようじゃないか。きっとまだまだ奥の底は、付き添いの彼のように深いだろう。
だったら問題ない。これまでの人なら色々と物足りずに苛めてしまう結果になったけど、彼女なら大丈夫そうだ。
そう思った私は早速実行に移す。
まんまと発案した計画に引っ掛かったお返しと言わんばかりに。
「ボルファさん程ではないですよ。この学園に講師として呼ばれる人は滅多にいないんですからきっと凄い天才なのでしょう?」
「ま、まあ昔はよく騒がれていたわ」
「やはり。………そうだ。宜しければ先生の魔法を是非拝見させて貰っても構いませんか? 絶対に私なんかじゃ真似出来ない魔法を扱えると思います。フィアナもそう思うよね?」
「え? わ、私? う………うん」
いきなり振られて弱々しい返事をするが、肯定する。こんな場合は1人でも数を増やして煽てるのが効果的な方法だ。
案の定、ボルファ・ルナは見事に嵌って乗せられる。意外にも単純な講師である。
「そこまで言われてたら見せない訳には、いかないわね。特別よ?」
満更でもなさそうな表情を浮かべながら彼女は言うのである。しめしめと内心で嘲笑う天才ならではの見下した感情に支配された瞬間だ。
私は魔法の発動を妨害する事が可能な構築阻害魔法を見えない所で黙々と貼り付けた笑みで準備する。これで上手く発動出来なかった時の反応が見ものだ。
今なら煽てられて上機嫌な相手も気付きはすまい。
さあ。早く間抜けな姿を晒しなさい。
勢いも乗って少し悪魔化する自身を、静かに怯えながら眺めるノーライズ・フィアナを尻目に朱色の女性は行動を始めるのであった。
「ではいくわよ?」
「はい。いつでも」
そうして彼女は慣れしたんだ動きを駆使して阻害されようとする魔法を行使する。
ーー。
筈がボルファ・ルナは突然発動する予定の力を解除した。同時に私の方へ視線を鋭く向ける。
短い沈黙の間を作って私に指を指して言うのであった。
「ってそんな明らさまな悪戯に引っ掛かかる訳ないでしょ!?」
「あ、あら?」
どうやら看破されていたようで、しまったと後悔する。ちょっとワザと過ぎた運び方を見落とす講師ではないみたいだ。
だけど、それにより化けの皮を引き剥がす事は出来そうである。
「あんた。この私を嵌めようだなんて良い度胸してるわね?」
「もしかして怒った?」
「どれだけ天才だか知らないけどあまり大人を舐め過ぎたらどうなるか教えてあげましょうか?」
「えー。どうなるの? おばさん?」
プチン、とあちら側からそんな音が聞こえた気がした。ついつい悪い癖による挑発は、今度ばかりは見事に釣られたようだ。
一瞬の間に周囲の温度が心境的にではなく物理的に下がったのを感じる。勿論判りやすい魔法による影響だ。
誰が生み出したかは言うまでもない。
「カナリア・シェリー。あんたには特別授業を受けてもらうわ。感謝しなさい」
「この私の勉強になるものなら大歓迎」
「フン。まだ外の世界も知らないお子様がいつまで調子に乗ってられるかしら?」
また数度、冷たくなる。この現象に気付き始めた生徒達もいるだろう。段々と下がる空間はいつの間にか息を白くさせ、地を凍らす程になっていた。
背後で身体を縮ませ震わす菖蒲の少女を私は火属性の付与をさせた魔法壁で覆わせて体温の低下を防がせる。
自分以外にも被害を被っているのを見る限り、ボルファ・ルナは手加減をする気がないのが伺える。
そう来なくては。
「周りに被害が出過ぎないようにお手柔らかにお願いね」
笑みを浮かべながら私も動きを開始した。